弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

過労死しても7割自己責任-健康診断の軽視等はそこまで責められることなのか?

1.過失相殺

 民法418条は、

「債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。」

と規定しています。

 また、民法722条2項は、

「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」

と規定してます。

 これは一般に過失相殺と呼ばれています。この過失相殺のルールによって、

「債権者・被害者の側にも〇割の過失がある」

などと判断されると、損害賠償請求の認容額は、総損害額から〇割減らされた金額になります。

 この過失相殺が適用される範囲は非常に広範です。(被害者自身ではなくとも)被害者側に立つ者に過失があるだとか、被害者に損害の拡大に繋がるような素因があっただとか、被害者の側から危険に接近して行っているだとか、とにかく色々な理屈をつけては損害賠償額が削減されます。

 こうした現象については、

「過失相殺といっても『過失』ということに特別な意味があるのではなく、被害者の側にも責任原因が存在するときは、これを考慮して加害者の責任の範囲を公平に定めるべきであるとういことであり、それがいわゆる過失相殺の理念なのである」

という説明がされています(我妻榮ほか『我妻・有泉コンメンタール民法 総則・物権・債権』〔日本評論社、第6版、令元〕1559頁参照)。

 この過失相殺は、損害賠償額が高額となりがちな死亡事案において、熾烈に争われることが多くみられます。人の死が絡んでいる損害賠償請求は、請求額が数千万円規模に及ぶことが少なくないからです。過失相殺割合が1割違うだけで、義務者が払うお金/遺族が受け取る損害賠償金は数百万円規模で変動します。

 近時の公刊物に、この過失相殺割合について、遺族側にかなり厳しい判断がされた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、横浜地判令2.3.27労働判例ジャーナル100-30 サンセイ事件です。

2.サンセイ事件

 この事件は、いわゆる労災民訴の一種です。脳出血で死亡した従業員(平成23年8月7日死亡:故P7)の遺族が、勤務先及びその取締役らに対し、当該従業員が脳出血で死亡したのは、勤務先が長時間労働を行わせたからだと主張して、損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 裁判所は、

発症前1か月                85時間48分
発症前2か月 111時間09分 2か月平均 98時間28分
発症前3か月 88時間32分  3か月平均 95時間09分
発症前4か月 50時間50分  4か月平均 84時間04分
発症前5か月 63時間20分  5か月平均 79時間55分
発症前6か月 75時間43分  6か月平均 79時間13分

の時間外労働があるとし、

「本件脳出血の発症当時、故P7は重度の高血圧を呈しており、自然経過として脳出血を発症する可能性は高かったと認められるものの、業務による過重負荷によってその自然経過を超えて本件脳出血を発症させるに至ったと考えられるから、業務と本件脳出血による死亡との間に相当因果関係を認めるのが相当である。

と長時間労働と脳出血・死亡との間の因果関係を認めました。

 裁判所が相当因果関係を認めたのは「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合」が脳血管疾患の労災認定の基準となっていることとを踏まえた判断です。

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11a.pdf

 ここまではそうだろうと思われますが、裁判所は、続けて次のように判示し、7割もの過失相殺を認めました。

(裁判所の判断)

「本件脳出血は、故P7の基礎疾患である高血圧が過重な業務の負荷により自然経過を超えて増悪して発症に至ったものと認められるところ、故P7については、被告会社の実施する健康診断において、平成13年5月以降、継続して高血圧を指摘されて産業医との面談が行われたにもかかわらず、少なくとも平成19年以降に病院を受診せず、P9や被告P6に対して病院を受診しているなどと虚偽の事実を述べ、また、原告P1(故P7の妻 括弧内筆者)に対しても健康診断の結果を伝えずに高血圧が徐々に増悪したこと、脳出血の危険因子である飲酒を本件脳出血の発症時点まで継続していたことが認められ・・・、被告会社における業務とは無関係に、本件脳出血の発症につながる要因があったということができる。そうすると、本件脳出血による死亡によって生じた故P7の損害の全額を被告会社に賠償させることは公平の見地から相当ではなく、過失相殺の規定を類推適用し、故P7に関する上記要因がその結果の発生に寄与した割合に応じて損害額を減額するのが相当である。そして、本件における故P7の業務の過重の程度、故P7の高血圧や飲酒等の脳出血の危険因子の有無及び程度、健康診断で異常を指摘されてからの医療機関への受診を始めとする故P7の行動等の諸般の事情に鑑み、本件における上記寄与の割合は7割と判断するのが相当である。

3.確かに血圧は高かったようであるが・・・

 裁判所では、

「平成13年に実施された健康診断の時点で高血圧と判定され、平成20年以降の健康診断では収縮期血圧が200mmHgを超える重度な高血圧を呈するようになり、本件脳出血の直近に行われた平成23年5月26日の健康診断における血圧は210/120mmHgであったこと、高血圧以外の脳出血の危険因子である飲酒についても、本件脳出血の発症に至るまで1日当たりビール1~2本程度の飲酒を継続していたことが認められる」

との事実が認定されています。

 確かに、高血圧が脳出血のリスクを高めるのは、そうだろうと思います。

https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/3284.html#:~:text=%E8%A1%80%E7%AE%A1%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E3%81%AE%E7%AE%97%E5%87%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6&text=%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%A7%E3%80%8C%E8%84%B3%E5%8D%92%E4%B8%AD%E3%81%AE%E7%99%BA%E7%97%87%E7%A2%BA%E7%8E%87,%E3%81%8C%E5%9B%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

 しかし、高血圧の人が必然的に脳出血を発症するというわけでもないのに、

病院を受診しなかった、

病院を受診したとつい嘘を言ってしまった、

妻に高血圧のことを言っていなかった、

1日ビール1~2本程度の飲酒を継続していた、

といった程度のことで、死亡しても7割自己責任とされるのは、人が死んでもおかしくないほどの残業をさせた企業・経営者との間の利益較量として、やや行き過ぎであるように思われます。

 過失相殺がなかったとしても、損害賠償は、一家の大黒柱を失った遺族にとって、不十分であることが少なくありません。逸失利益の中間利息控除(将来もらえたはずの金銭を現在価値に引き直す作業。金利が市中金利と著しく乖離しているため請求者にとって非常に不利となる。)など、本当に色々な理屈をつけては損害額が減らされていくからです。

 本件は労災認定されたことがせめてもの救いですが、一家の大黒柱が過労などで死亡してしまうと、残された遺族が困窮することは少なくありません。

 自分の命を守るということは言うまでもなく、死亡しても必ずしも遺族が十分に守られるわけではないので、当たり前のことではありますが、死ぬほど働かないこと、死ぬ気で働こうとしないこと、しんどくなったら医師・家族・弁護士など他社に相談することが大切です。