弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

小規模企業には管理監督者は存在しない?-管理監督者を置く必要性

1.管理監督者

 労働基準法41条は「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)に該当する労働者について、労働時間に関する規定の適用を除外しています。結果、管理監督者には時間外割増賃金が支払われません。そのため、残業代を請求する時、しばしば労働者が管理監督者に該当するのか否かが争われます。

 この管理監督者とは、

「部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

をいいます。そして、管理監督者に該当するか否かは、一般に、

「①事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を認められているか否か、②自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有しているといえるか否か、③一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金上の処遇を与えられているか否かを実態に即して判断する」

と理解されています(以上、東京地判平24.5.16労働判例1057-96ピュアルネッサンス事件参照)。

 しかし、近時公刊された判例集に上記①~③とは異なる観点から管理監督者への該当性を検討している裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.3労働判例ジャーナル104-38 マツモト事件です。

2.マツモト事件

 この事件は、いわゆる残業代請求訴訟です。

 被告になったのは、青果物卸売業等を営んでいた株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員です。被告を相手取って残業代を請求する訴えを起こしたところ、管理監督者への該当性が争点の一つになりました。

 この争点について、裁判所は、次のとおり判示し、原告の管理監督者への該当性を否定しました。

(裁判所の判断)

被告は、被告の株式譲渡前にあっては従業員6名程度、その後においても原告と訴外Eのほか事務方の従業員1名程度の極めて小規模な事業体であったものであり・・・、そもそも、経営者の身代わり的存在を置いて、労働時間規制の枠組みを超えた労務管理をなさしめるべき必要性があるとはおよそ認め難い。なお、訴外Cが訴外会社を営んでいたため・・・被告の運営を原告に委ねるべき必要性があったことを考慮するとしても、あくまで被告の代表者はその妻であるから、やはり身代わり的存在を置かなければならない必要性があることには直ちにならない。」

「また、以上の点を措くとしても、原告の所定労働時間は前記説示のとおり一応1日8時間と定められてはいたところであって、およそ所定労働時間の稼働の有無や稼働の程度を随意にできたと認めることのできる証拠はない。かえって、被告は、本件訴訟において、原告に無断欠勤があったなどと主張している。確かに、証拠・・・によれば、原告のタイムカード上の始業時刻や終業時刻が区々となっている傾向は看取できるが、これも、所定始業・終業時刻が定時に定まっていなかったことの結果とみることもできるから、そのことから直ちに原告に上記説示のような意味における出退勤の自由があったということはできない。結局、本件において、出退勤が原告の自由に委ねられていたとは認め難い。」

「さらに、原告に対する待遇も前記前提事実・・・記載の程度であって、基本給のほかは、役職給その他の支給項目による支給はなく、原告の基本給に労働時間規制を超えて労働をすることの対価が含意されていたと認めるに足りる証拠もない。平成30年3月支払分からの賃金増額分も、被告主張のように、業績好転への寄与への期待から増額されたものとはいえても、管理監督者としての稼働に対する対価として増額されたと認めるべき的確な証拠はない。結局、原告に対し、労働時間規制の枠組みを超えた労務管理をなさしめることの対価としての十分な待遇がなされていたともたやすく認め難い。」

「以上の次第であって、本件において、労働時間規制の枠組みを超えた労務管理をなさしめるべき必要性があるとは認め難い一方・・・、原告に出退勤の自由や十分な待遇がなされていると認め難く、労働時間規制の枠組みを超えた稼働をさせたとしても労働者保護にかける嫌いがないとも評価し難いから・・・、労基法41条2号が管理監督者について特に労働時間規制の例外を設けた趣旨にも鑑みると、そもそも原告が管理監督者に該当すると認めることは困難である。」

「のみならず、被告が、管理監督者に該当するとして主張する事実を個々的にみても以下のとおりである。」

「すなわち、被告は、原告に対し、被告の業務のうち、取引先の管理、仕入値・卸値の決定、納品の時間といった経理業務を除くほぼすべての業務の決定を委ねていた旨主張する。しかし、原告は、かかる主張を争っているところ、これら業務は人事労務管理権限とは別異の業務であり、そもそもこれら業務について原告に権限が委ねられていたからといって、直ちに管理監督者として認めるべきことになるものとは解されない。もっとも、この点を措くとしても、原告は、同業務について訴外Eともに従事していたというのであり(原告本人)、およそ原告だけがこれら業務に専断的に従事していたと認められるものではない。また、被告主張によっても、原告を経理業務には関与させていなかったというのであって、その点からしてもおよそ原告が経営上の重要な地位にあったとは認め難い。」

「労務管理権限という観点でみても、被告は、原告に事実上の人事労務管理権限があった旨主張するものの、そのように認めるべき的確な証拠はない。すなわち、原告が他の従業員の勤務評定を行っていたと認めるべき証拠はないし、原告が他の従業員の労務管理を行っていたことを認めるべき証拠もない。被告主張の余剰人員の人員整理の点(原告の要望により人員整理を行ったとの点)についても、原告は意見を訴外Cから聞かれたため不要と思う旨を答えたにすぎないとしてこれを争っており、原告本人もその旨供述をしているところであって、この点を超えて、原告が事実上であれ人事権を行使したと認めるべき証拠はない。被告は、原告が転籍を拒否した事実やバックオフィスを訴外会社と統合することを拒否した事実についても主張しているが、前者については、転籍を拒否したからといって原告に労務管理権限があることになるものではなく、後者の点も、原告はその旨意見を述べたにすぎない旨主張してこれを争い、原告本人もこれに沿う供述をしているところであって、これを超えて、原告に重要な労務管理権限が委ねられていたと認めることは困難である。」

「そうすると、被告の主張事実自体もたやすく認め難い。」

4.管理監督者を置く必要性

 裁判所は管理監督者を置く必要性という観点から事案を分析し、原告の管理監督者性を否定しました。判決文を見ると、傍論的に上記①~③の各要素が検討されているため「管理監督者を置く必要性」は、上記①~③とは異なる第4の要素・要件を規定したものであるかにも見えます。これが従来の管理監督者性の認定手法に一定の変容を迫るものなのかは大変興味深く思います。

 小規模な企業では、人材の不足から、特定の従業員が何でもかんでも様々な事務を処理しているといった事態になりがちです。こうした会社で種々広範な権限を行使していたとしても、即ち管理監督者となるわけではありません。ただ単に人手不足から広範な権限を行使せざるを得ないだけなのに管理監督者扱いされて残業代の支給を受けられていない人は、本当にそれが正しい取扱なのか、弁護士に相談しに行っても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でも、ご相談を、お受け付けしておりますので、お心当たりのある方は、ぜひ、ご一報頂ければと思います。