弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

死者が当事者である事件、周辺から事情聴取する時の注意点

1.農業アイドル自殺訴訟の経過に関する記事

 ネット上に、

「『農業アイドル自殺訴訟』で場外乱闘 タレント弁護士がちらつかせた“月9出演”話」

という記事が掲載されています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/4e7aa69c8949152bfffdad8696c36c79384d357a?page=1

 記事には、

「橋川さんに承諾のないまま無断で法廷に提出された『聴取報告書』」

「橋川さんが振り返る。

『断ったはずの陳述書の文章がそのまま、私に何の断りもなく法廷に提出されていたんです。彼らは陳述書の文章を『聴取報告書』とタイトルを変えて、私のサインなしで、弁護士作成文書として提出したのです。私が実名で語っている形式のもので、文章そのものは陳述書と変わらないものです』

 にわかに信じがたい話だが、

『弁護士さんだから信用してお話ししていたのに、頭が真っ白になりました。すでにお話ししましたが、社長から会って話をしろと命じられて仕方なく会っただけで、事実を前提としてお話しした内容ではないのです。しかも、よく読んでみると話したつもりのない内容まで書かれていて……』(同)

 そして、遺族弁護団のこの身勝手な行動によって、関わりたくなかった裁判に否応無く関わらざるを得なくなってしまったというのだ。

『言ったつもりのないことが法廷に出されてしまったのだから、訂正しなければなりません。もはや佐藤弁護士のことなんて信用できません。どうしたら良いのか分からなくなり、みんなで話し合って、前事務所の社長にも相談して、被告側弁護士に話を聞いてもらうことにしました。そして、言ってもないことを勝手に法廷に出されてしまった経緯を陳述書にまとめてもらい、今度は堂々と法廷に提出してもらったのです』(同)」

などと書かれています。

 要するに、聴取報告書の作成過程(利益誘導があったのではないか?)と提出の仕方(原供述者の意向に反した聴取報告書を提出していいのか?)を問題提起しているようです。

2.周辺から事情聴取する時の注意点

 昨日の記事でも触れましたが、死者を当事者とする事件の遺族側は、処理が難しい事件類型の一つです。事実関係を最も良く知る立場にある人が死亡しており、何があったのかを語ることができないからです。

 このような事件では、残された痕跡や、周辺人物への事情聴取によって、本当は何があったのかを調査して行くしかありません。

 それでは、周辺人物への事情聴取は、どのように進めていくのが適切なのでしょうか? 記事にあるようなトラブルを予防するためには、どのような進め方が考えられるのでしょうか?

3.可能なら訴訟提起前に事情聴取は済ませること

 事情聴取を行う場合、当事者の死亡からあまり時間を置かないことが望ましいです。

① 遺族に対する同情的な気持ちが最も強いのが死亡直後であること、

② 記憶が比較的鮮明であること、

が理由です。

 時間が経過すればするほど、当初の同情的な気持ちは薄らぎ、協力は得られにくくなります。また、記憶の劣化により、入手できる情報の質量も低下します。

4.録音しておくこと 

 人の死が絡むような深刻な事件においては、事情聴取にあたり録音しておくことが推奨されます。

① 脅迫・利益誘導の疑いを払拭する必要があること、

② 音声データを証拠として残しておくこと、

が理由です。

 弁護士を何年かやれば普通に経験することですが、原供述者が弁護士から脅されただとか利益誘導をほのめかされただとか言い出すことは一定頻度であります。そういう疑いを払拭できるように、どっち側につくのかが良く分からない相手から事情聴取するにあたっては、録音して供述の録取過程に問題がなかったことを事後的に検証できるようにしておくのです。

 また、録音を音声データとして残しておけば、生音声や反訳書を出せばいいだけなので「聴取報告書」は出さなくて済みます。聴取報告書は飽くまでも伝聞で、原供述者に発言の趣旨を確かめることができないため、一般論として証拠としての価値はそれほど高くありません。その反面、事後的に原供述者から「そんなことは言っていない、捏造(ないし要約不相当)だ。」などと言われた時に、代理人自身の立場を危うくするほか、紛争が更に錯綜することになります。こういう証拠は、出さないで済むなら、それに越したことはないのです。

5.何等かの背景事情はあるのだろうが・・・

  教科書的に言えば、周辺人物の供述は、遺族への同情心の強いうちに録音媒体等に記録し、速やかに同意を取り付けたうえ、訴訟提起と同時に証拠提出してしまうことが推奨されます。訴訟提起と並行して事情聴取を続けることや、原供述者の承諾を得ることなく聴取報告書を提出することは、あまり望ましい事態ではないと思います。

 ただ、生の事件は、種々の現実的制約から、教科書通りに進められないことの方が多いため、本件でもそうならざるを得なかった何等かの背景事情はあるのだろうと思います。利益誘導にしても、反論のためのロジックは予め用意されているのだろうなという気はします。そういう意味では、原告側の行動の適否を論じるには、もう少し情報が必要ではないかと思います(それにしても、私なら記事にあるような形で陳述書の作成の依頼は絶対にしませんし、随分危ない橋を渡る人達だなという印象は否めませんが)。

 人の死が絡む事件では、事実調査の段階から弁護士に依頼した方がいいだろうとは思いますが、一般の方が自分で関係者への聴き取りをやる場合にも、

① すぐやること、

② 補充立証を必要としないほど、広範囲の人に、深く、聴取すること、

③ 録音してしまうこと、

を意識しておくと良いだろうと思います。