弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

刑事責任を追及される危険のある解雇理由を争うにあたり、民事訴訟で主張、供述を拒否することをどう考えるか

1.犯罪を理由とする解雇

 詐欺、横領、営業秘密不正取得行為など、犯罪にも該当する行為を理由に解雇されることがあります。

 こうした場合、犯罪の成立を争い、解雇の無効を主張したい労働者としては、

刑事事件において防御活動を行うとともに、

労働事件で解雇理由がないことを主張して行く、

という二本立ての活動を行って行くことになります。

 刑事事件として捜査機関から取調べを受けるにあたっては、しばしば黙秘権の行使(刑事訴訟法198条2項等参照)が有効な防御方法になります。弁解の内容が分からなければ、捜査機関は無罪となり得るあらゆる可能性を潰さない限り安心して起訴することができないからです。黙秘権の中には、黙秘していること自体から罪となるべき事実の存在を推認することの禁止まで含まれています。そのため、犯罪の成立を争う被疑者は取調べに対して安心して黙秘することができます。

 しかし、これと同じような対応を解雇無効を理由とする地位確認請求訴訟でとることに問題はないのでしょうか?

 民事訴訟でどのような主張を行うのかは、各当事者に委ねられています。解雇の効力を争い地位確認請求訴訟を提起した原告労働者の側で、

解雇事由を構成する事実の立証責任は、飽くまでも使用者の側にある、

ついては、解雇事由を構成する事実が存在しないことについて、労働者側で逐一説明する必要はない、

と事情説明を拒否することは、禁止されているわけではありません。

 また、証言が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれがある事項に関するとき、証人は証言を拒絶することが認められています(民事訴訟法196条 証言拒絶権)。当事者には明文で証言拒絶権が保障されているわけではありませんが、証言拒絶権を行使できるような場面は、当事者尋問においても陳述を拒否する「正当な理由」があると理解されています(民事訴訟法208条参照)。そのため、刑事責任を追及される危険のある解雇理由に関する被告使用者側からの質問に対しては、当事者尋問における供述や陳述を拒否するといった対応をとることも原理的には可能です。

 そして、

刑事手続と並行して地位確認を求める民事訴訟が進行中である場合(民事訴訟で主張や供述を行うことが、刑事事件で黙秘していることの意義を毀損してしまう場合)や、

黙秘した結果、嫌疑不十分で不起訴になったにすぎない場合(民事訴訟で得られた資料をもとに刑事事件の再起がありえる場合)

など、民事訴訟においても、原告労働者側からの情報提供を拒否したり、被告使用者からの発問に不回答を貫いたりすることに、刑事弁護的な観点からの必要性が認められる局面は確かに存在します。

 このような場面で、裁判所からの釈明に応じなかったり、被告使用者からの発問・質問への回答を拒否したりして、訴訟進行上、労働者に負の影響はないのでしょうか?

 昨日ご紹介した、大阪地判令4.9.15労働判例ジャーナル131-26 高松テクノサービス事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.高松テクノサービス事件

 本件で被告になったのは、土木建設工事の施工・請負等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、マンション改修工事の現場監督などの業務に従事していた方です。Cらと共に自動車保険金の詐欺未遂被疑事件で逮捕、勾留された後、

「現役の反社会的勢力であるC・・・と交友していたこと」

等を理由に普通解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です(詐欺未遂被疑事件は解雇後、嫌疑不十分で不起訴)。

 本件の原告は、刑事弁護的なセオリーを重視したのか、被疑事実やCとの関係に関する主張、供述をしないという手続方針を選択しました。

 具体的に言うと、本訴は、次のような経過を辿ったと認定されています。

(裁判所の事実認定)

「原告は、令和3年2月17日、本件訴えを提起した。」

「被告は、令和3年6月8日受付の答弁書において、原告に対し、本件被疑事実の具体的内容(逮捕状・勾留状等に記載されていた被疑事実)、被疑事実に関連する事実関係(車両の車種、価格、購入経緯、保険会社名及び保険内容、保険金受領の有無、仮に保険金支払を拒否されていればその理由等)及びCとの交流の具体的内容(いつ知り合ったか、いつ面会した等)等を説明するように求めたが、原告は、同年7月8日受付の準備書面(1)において、前記各事項について積極的に釈明する考えはない旨を伝えた。」

「当裁判所は、令和3年7月13日に行われた書面による準備手続の協議時、原告に対して、〔1〕原告に対する被疑事実の要旨、〔2〕これに対する原告の認否等、〔3〕Cと原告との関係に関する説明を補充するように促した。」

「原告は、令和3年8月12日受付の準備書面(2)を提出し,令和元年8月2日に自動車を購入して保険契約を締結したこと、令和2年1月29日に車両の盗難事故が発生して被害届を提出したこと、同年3月上旬に保険会社の担当者と複数回の面談をしたこと、Cとは、本件報告書のとおり、保険契約を締結した時期に、知人の紹介を受けて知り合ったこと、原告は、盗難事故が発生した後にCに連絡して具体的な手続への対応を相談したが、これ以外に連絡を取ったことはないことを回答した。」

「当裁判所は、令和3年8月19日、同年9月21日、同年11月1日の書面による準備手続の協議時に、前記ウ〔1〕から〔3〕と同趣旨の説明を求め、原告はこれを検討することとなったが、原告は前記・・・以上の説明をしなかった。」

「被告は、大阪地方検察庁及び大阪府警察本部を文書の所持者として、原告に関する逮捕状請求書、逮捕状、勾留状、Cと一緒に撮影された写真等及びこれに関連する捜査報告書等並びに原告とCとの交友関係に関して収集・作成された記録一切を送付することを求める文書送付嘱託を申し立て、原告はこれに反対した。当裁判所は、令和3年11月1日、これを採用したが、大阪地方検察庁及び大阪府警察本部は、刑事訴訟法47条の趣旨等を理由に送付を拒否した。」

「当裁判所は、令和4年1月24日に行われた書面による準備手続の協議時、改めて、原告に対し、前記ウの〔1〕〔2〕の他、〔3〕原告とC氏との間の保険契約や保険金請求等のやり取りの具体的内容を説明すること及びその前提として、保険金請求手続の内容やその結果等を釈明するように求めたが、原告は、同年2月25日の書面による準備手続の協議時、現時点でこれ以上回答する意向はない旨を述べた。」

「原告は、令和4年6月2日の口頭弁論期日で実施された本人尋問(原告及び被告の双方申請に基づくもの)において、原告代理人弁護士による質問に対しては、概ね前記ウの内容に沿う供述をし(なお、本件報告書の内容と異なり、Cと知り合ったことと自動車の購入は無関係である旨を述べた。)、Cと原告の母が内縁関係にあること、原告がCの運転手を務めたり、暴力団事務所を訪れたりしたこと、原告が山口組の代紋を背にして写真を撮ったこと等の被告主張事実について、いずれも否定する供述をした。」

「これに対し、原告は、被告代理人から別紙・・・記載の事項を質問されたが、Cが怖いのでできるだけ話をしたくないなどと述べて、そのすべてについて陳述を拒否した。また、裁判官から、請求した保険金が支払われたかどうかを質問された際も、陳述を拒否した。」

 このような手続態度のもと、裁判所は、次のとおり述べて、原告とCの交友関係を認定しました。

(裁判所の判断)

「(1)基礎となる事実関係」

「原告の主張等及び書証・・・によれば、

〔1〕原告が、令和元年8月に自動車を購入し、保険会社との間で自動車保険契約を締結したこと、

〔2〕原告が、令和2年1月29日に自動車が盗難にあったとして保険金請求をし、Cが、原告から相談を受け又は請求手続に協力するといった関与をしたこと、

〔3〕Cは、少なくとも平成28年頃には指定暴力団に属する暴力団の幹部を務め、このことはインターネット等を用いて知ることができる状況にあったこと及び

〔4〕原告とCが、詐欺未遂被疑事件である本件被疑事実を理由として、22日間にわたって逮捕及び勾留され、原告を被疑者とし、被告を捜索場所とする捜索差押許可状が発付及び執行されたことを認定することができる。」

「そして、前記〔2〕及び〔4〕の各事実からすれば、

〔5〕原告の行った前記〔2〕の保険金請求に対して保険会社が疑問を抱き、保険金を支給しなかったこと

も容易に推認することができる。」

「また、〔6〕原告がCと知り合った経緯やCが原告の保険金請求の手続に関与した理由及びその具体的な関わりの内容について、原告は本件解雇に至るまで被告に対して説明せず、本件訴訟においても具体的な説明をしていない・・・。

「(2)検討」

「ア Cとの交友関係について」

「原告は建設会社で現場監督などとして勤務している社会人であり、自動車保険の契約及び保険金請求手続に当たって、特段の交友関係もない知人に助言や協力を求めることは通常考え難い。」

「すると、前記(1)〔2〕の事実(原告が自動車の盗難事故にあった際、Cに相談し又はCが請求手続に協力した事実)は、原告とCとの間で、令和2年1月の時点において、交友関係があったことを示すものといえる。」

「イ Cが暴力団幹部であることの認識について」

「そして、このように原告とCとの間で交友関係があったとうかがわれることに加え、原告とCとの間では年齢や職業で特に共通点は見られない中、原告がCと知り合った具体的な経緯についての説明を一貫して拒否していること(同〔6〕)を併せて検討すれば、原告は、Cが暴力団の幹部を務めていることを知りながら、前記アの交友関係を維持していたものと認めるのが相当である。」

「ウ 小括」

「以上によれば、原告は、遅くとも令和2年1月以降、Cが暴力団関係者であることを知りながら交友を維持し、自らの自動車保険契約の締結及び保険金の請求手続に関与させた旨の前記認定事実・・・が認められるというべきである。」

「(3)原告の主張に対する検討」

「ア これに対し、原告は、Cのことを暴力団関係者と知っていたことや原告とCが深い交友関係にあったことを基礎付ける客観的証拠はない旨を主張する。」

「確かに、本件証拠上、原告とCとの交友関係の具体的内容や原告のCに対する認識を直接基礎付ける客観的証拠は見当たらないが、原告の主張及び供述並びに客観的証拠から認められる前記(1)〔1〕~〔5〕の事実関係に加え、原告が具体的説明を拒んでいること等の経緯(前記(1)〔6〕)も併せて検討すれば、本件交友等の存在を推認することができることは前記(2)のとおりである。」

「イ 次に原告は、Cと知り合ったきっかけや保険金請求手続への関わり等を含む事実関係を具体的に主張せず又は本人尋問において供述を拒んだ場面があったのは、暴力団幹部であるCが好まない可能性が高い刑事事件に関する供述等をした場合、原告が報復や要求を受けるおそれがあり、Cのことが怖かったためであると主張し、本人尋問でもこれに沿う供述をしている。」

「しかし、原告がCと知り合った経緯や保険金請求においてCがどのような関与をしたのかを説明したとしても、特にCに不利益が生ずるものではなく、原告に対する報復や要求行為がされる可能性が高まるとは考え難い。しかも、原告は、本人尋問において、原告代理人からの質問には答え、Cとは、保険契約を締結した令和元年8月頃に知人の紹介を受けて知り合ったことや、盗難事故が発生した後にCに連絡して具体的な手続への対応を相談したが、これ以外に連絡を取ったことはないことは供述しているのであって・・・、これに加えて、1回だけ連絡を取ったにすぎない関係であるはずのCと知り合ったきっかけや、保険金請求手続時の同人への相談内容を供述することが、Cを刺激するとは想定し難い。」

「また、原告は、本人尋問において、Cと知り合ったきっかけが自動車の購入と関係するかについては、積極的にCの弁護人である弁護士が作成した本件報告書の内容と矛盾する説明をしているのに対し、原告の説明によればCと無関係であるはずの、原告が購入した自動車の車種や金額、保険契約の内容、保険事故の内容についてすら、一切の供述を拒否している・・・。

「ウ これらの事情に照らせば、原告が暴力団幹部であるCのことを恐れているとしても、原告が、本件訴訟及び本人尋問において、Cと知り合った経緯、同人の保険金請求手続への具体的な関与の態様並びに保険事故及び保険金請求の内容といった事項を説明しなかった理由がこの点にあると認めることはできず、原告は、これらの事項について説明すると、その説明の不自然さが明らかになるか、又は追加の説明が必要となって、Cとの交友関係が推測されることを懸念して、具体的な説明をしないものと考えざるを得ない。

「エ 以上によれば、原告の前記主張を採用することはできない。」

3.民事訴訟では普通に不利益推認が行われた

 上述のとおり、民事事件の裁判所は、主張や供述を控えたことを原告の不利に評価して結論を導きました。

 こうした裁判例をみると、民事訴訟では必ずしも黙秘的な対応で問題がないとはいえず、地位確認訴訟を提起するにあたっては刑事事件の方を優先するのか、民事事件の方を優先するのかの方針選択が必要になってくるといえそうです。