弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自宅作業時間の労働時間性の立証

1.持ち帰り残業

 業務量は多いのに勤務先からは早く帰れと言われる、そうした時に自宅に仕事を持ち帰って働いている人がいます。

 こうした自宅での作業時間も、使用者の指揮命令下で労務を提供していると認められる限り、労働時間になります。

 ただ、自宅での作業の労働時間性、何時から何時まで使用者の指揮命令下で労務を提供したといえるのかの立証には、困難を伴うことも少なくありません。

 近時公刊された判例集に、自宅作業時間の労働時間性を認定した裁判例が掲載されていました。熊本地判令2.1.27労働経済判例速報2419-3 地方公務員災害補償基金事件です。

 持ち帰り残業を行っている方・在宅で仕事をしている方の残業代請求の参考になるため、ご紹介させて頂きたいと思います。

2.地方公務員災害補償基金事件

 本件は労災の取消訴訟です。

 原告になったのは、小学校で教諭として勤務していた方です。

 脳幹部出血を発症し、後遺障害を負ったのは公務に起因するとして、労災を申請しました。しかし、地方公務員災害補償基金熊本県支部長から公務外認定処分を受けた為、その取消を求めて出訴したという事案です。

 地方公務員の脳血管疾患の公務災害の認定には、

「平成13年12月12日地基補第239号 心・血管疾患及び脳血管疾患の公務上災害の認定について 第4次改正 平成30年4月1日基地補80号」

が大きな影響力を持っています。

https://www.chikousai.go.jp/reiki/pdf/h13ho239.pdf

 ここでは脳血管疾患の公務起因性を判断するにあたり、労働時間が重要な考慮要素となり得ることが規定されています。

 その関係で、本件でも、原告の方の労働時間がどれくらいであったのかが争点の一つになりました。その中で、自宅作業時間の労働時間性も議論されました。

 他の事件でも参考になると思われるのは、自宅作業時間の労働時間の認定手法です。裁判所は次のとおり述べて、パソコンの起動時間とファイルのプロパティ情報を手掛かりにし、自宅作業時間の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

パソコン起動時間のうち、複数の文書ファイルの作成又は更新が連続的に行われている時間については、原告がPC1又はPC2を使用して、当該文書ファイルの作成などの作業をしていた可能性が高いというべきである。

「そして、本件発症前1か月間に原告が作成した文書の内容(なお、原告は、作成に一定の時間を要すると考えられる文書については、1つの文書を作成するに当たって、複数回の更新作業を行っている場合があることが認められる。)等からすれば、パソコンの起動から1時間以上にわたって、何らのファイルも作成されていない場合について、原告がパソコンを起動してすぐに何らかの公務を開始したとは認め難い。また、パソコンの起動から1時間以上経過した後にファイルの更新が行われていた場合についても、原告がパソコンの起動後すぐに公務を開始していない可能性が高いというべきである。これらを踏まえると、証拠から認められるプロパティ情報に基づき、原告の自宅作業時間、すなわち公務に従事した時間については、次のとおり考えることができる。

「まず、文書ファイルが校内労働時間外に作成又は更新されている場合には、原告が自宅で作成作業を行ったものと考える。そして、①公務開始時刻については、Ⅰ.パソコンの起動又はスリープモードの終了時刻と当該ファイルの作成又は更新時刻との差が1時間未満である場合には、パソコンの起動又はスリープモードの終了時点を公務開始時刻とし、Ⅱ.これらの差が1時間以上である場合には、当該ファイルの作成時刻又は更新時刻の1時間前を公務開始時刻と考え、②公務終了時刻については、一定程度連続して更新等が行われている最後のファイルの更新又は作成時点を公務終了時刻とする。

「このように考えると、別紙13のとおり、原告の自宅作業時間は合計39時間55分となる。」

3.労災の労働時間性と残業代請求の労働時間性とは若干ニュアンスが異なるが・・・

 労災の場面での労働時間と、残業代請求の場面の労働時間とでは、同じ「労働時間」でも若干意味が異なっています。

 しかし、オーバーラップしている部分も多く、今回裁判所が示した認定手法は、残業代請求の場面でも応用できる可能性を持っています。

 今日では、コロナ禍のもと、持ち帰るまでもなく、在宅で仕事をし、そのまま残業に入っている方も少なくないのではないかと思います。こうした在宅ワークで残業代の不払いがある場合、本件で示されたようなルールを踏まえたうえ、残業代の請求をしてみることも考えられるかも知れません。