弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

違和感のあるネット記事-解雇の効力を争うことにそれほど悲観的にならなくていい

1.違和感のあるネット記事

 ネット上に、

「突然のクビ宣告、そのときあなたはどう行動すべきか」

という記事が掲載されています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/d35a769bb445b019e725efb10a7eb0d84d5370f7?page=1

 記事は、

「あなたは年齢は45歳、大学を卒業後にA社に入社し、営業畑ひと筋に23年が経過したとしましょう。結婚し、子どもも2人。ローンを組んで郊外に自宅も購入しています。通勤は会社まで片道1時間半かかりますが、充実した生活を送っています。」

「そんな時、上司から急に呼び出しがありました。呼び出された部屋に入ると、上司と人事部の課長が座っています。上司は突然、『今日で辞めてもらう。書類や荷物はあとで宅急便で送るから心配しないでくれたまえ!』とひと言。人事部の課長も、『今日で解雇になりますので来月の給料ありません』。あなたは必死に掛け合いましたが、けんもほろろで取り合ってくれません。パソコンは押収されて、ルームキーも取り上げられました。」

 あなたの来月以降の給料の見込みは立たなくなりました。早急に対策をしなければなりません。奥さんは専業主婦なので収入がありません。

という事例をもとに、

「あなたは何とかして会社に残る道を探すことにしました。だったらまずどんな行動に出るべきなのか。」

という問題を設定し、話を進めています。

 しかし、筆者の解説には、かなり強い違和感があります。

 細かいところを挙げると際限がないので、下記のポイントに絞って指摘します。

2.あっせんの説明が相当おかしい

 記事には、

「労働委員会に調停をお願いするとどうなるのでしょうか。労働委員会は都道府県の行政機関で、労働者個人と事業者の間に生じた職場のトラブルについて、『個別労働関係紛争処理制度』によって中立・公正な立場でその解決を支援してくれる組織です。しかし、労働委員会に相談をしても、実際のあっせん案が出されるまでに通常1年以上かかります。

と書かれています。

 しかし、あっせん案が出るまでに1年以上もかかりません。

 筆者が都道府県労働委員会が行う個別労働紛争のあっせんのことを言っているのか、労働局の紛争調整委員会が行うあっせんのことを言っているのかは分かりません(両者は法的には別物です。一般の用語法に従えば、個別労働関係紛争処理制度と呼ばれているものは、労働局の紛争調整委員会が行うあっせんのことを指すとは思いますが。)

https://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/index.html

 ただ、いずれであるにしても、中央労働委員会の資料によると、

労働委員会のあっせんでは、全体の76%が、

労働局の紛争調整委員会のあっせんでは、全体の86.5%が、

2か月以内に終わっています(平成30年度実績)。

https://www.mhlw.go.jp/churoi/assen/toukei.html

https://www.mhlw.go.jp/churoi/assen/toukei/dl/06.pdf

 私が観測する範囲で言うと、行政機関の行う個別労働紛争のあっせん手続で、あっせん案が出されるまでに通常1年以上かかることはありません。労働局の紛争調整委員会が行うあっせんに関して言えば、原則1回の期日で終わる手続ですし、代理人なしで普通に本人からの申立が行われてもいます。

3.普通の使用者はそんなに無茶しない

 記事には、

「団体交渉が開始されれば、解雇はしにくくなりますのであなたにとっては『時間稼ぎ』にもなります。しかし、その間にも、社内では降格人事や異動が行われ、場合によっては事件をでっち上げられた懲戒がおこなわれることもあります。本来は、組合員に不利益な扱いをしてはいけないのですが(労組法第7条、第24条など)、そんなことは通じません。」

と書かれています。

 しかし、絶無とは言いませんが、普通の使用者は、解雇→組合加入→組合による交渉→解雇撤回の流れの直後に降格人事をしたり、懲戒事由をでっちあげて懲戒処分をしたりしないと思います。

 法的措置をとってサンドバッグにしてくれと言っているに等しい行為だからです。でっちあげで懲戒解雇でもしてくれようものなら、大方の弁護士は楽に金銭をとれる事案として認識するでしょうし、依頼に不自由することもないのかなと思います。

 退職に追い込むにしても、近年ではもっと洗練された方法がとられることが多く、所掲のような指摘は、使用者側を舐めすぎた記述であるように思います(こんな使用者ばかりだったら本当に仕事が楽です)。

 ちなみに、労働組合法24条というのは、

「第五条及び第十一条の規定による事件の処理並びに不当労働行為事件の審査等(次条において『審査等』という。)並びに労働関係調整法第四十二条の規定による事件の処理には、労働委員会の公益委員のみが参与する。ただし、使用者委員及び労働者委員は、第二十七条第一項(第二十七条の十七の規定により準用する場合を含む。)の規定により調査(公益委員の求めがあつた場合に限る。)及び審問を行う手続並びに第二十七条の十四第一項(第二十七条の十七の規定により準用する場合を含む。)の規定により和解を勧める手続に参与し、又は第二十七条の七第四項及び第二十七条の十二第二項(第二十七条の十七の規定により準用する場合を含む。)の規定による行為をすることができる。」
「2 中央労働委員会は、常勤の公益委員に、中央労働委員会に係属している事件に関するもののほか、行政執行法人職員の労働関係の状況その他中央労働委員会の事務を処理するために必要と認める事項の調査を行わせることができる。」

という規定です。

 記事の文脈上、どうして労働組合法24条が引用されているのかは分かりません。

4.普通の組合は当事者の意思に反してまで無茶はしない

 記事には、

「対立は精鋭化したら、労組やユニオンは争議活動をおこないます。会社の前でシュプレヒコールをあげ事件の概要と実名入りのビラを配布します。」

と書かれています。

 断定的に書かれていますが、これも自動的にそういうことが行われるわけではありません。普通の組合は会社と交渉するにしても、当事者の意思を尊重しながら行います。

 そのため、組合に頼んだら実名でビラがまかれるのではと心配する必要もありません。

5.労働審判の説明もかなり違和感がある

 記事は、労働審判について、

「弁護士とメールのやりとりなどによって、訴状を作成するのに1カ月を要しました。裁判所への提出は1週間後。第1回期日は2カ月後に決まりました。」

「そして最終的に双方合意のうえ和解しました。期間は3カ月かかりました。あなたが手にしたのは、給料の5カ月分です。かかった弁護士費用は70万円でした。」

と言及しています。

 多分、これは架空設例であって、実際の流れとは大分違うと思います。

 労働審判を選択する時に時間がかかるのは事前交渉です。迅速に判断を得るため、申立書を起案するにあたっては(労働審判の申立にあたって作成するのは訴状でははなく申立書です)、相手方となる会社としっかりと事前交渉を行い、争点に対する申立人側の検討結果を的確に記載しておく必要があります。

 また、労働審判規則では、

「特別の事由がある場合を除き、労働審判手続の申立てがされた日から四十日以内の日に労働審判手続の第一回の期日を指定しなければならない。」

と規定されています(労働審判規則13条)。

 裁判所の都合だとか、補正対応に時間を要しただとか、事件規模を勘案してだとか、種々の理由が考えられるため、第1回目の期日までに2か月を要することは、少ないまでいうつもりはありませんが、労働審判規則上例外と位置付けられている期間を、それと断らないで記載するのは一般の方への誤解を招くのではないかと思います。

 事前交渉を充実させる必要があるため、事件の依頼から第1回目の期日が入るまでに3か月程度かかることは、それほどおかしいとは思いませんが、実際の仕事と記事の表現との間には違和感があります。少なくとも、ぼんやりしながら1か月もかけて書面を作ることは普通はありません(事前交渉と並行して書面を書いて行って受任から1か月後に申立は普通にあるとは思いますが)。

 また、得られた利益と弁護士費用との対照も、少し分かりにくいかなと思います。

 計算を単純化するため消費税を省きますが、着手金30万円、報酬金16%(旧日弁連報酬規程の経済的利益300万円までの報酬計算のパーセンテージに準拠)で受任したと仮定して計算すると、弁護士費用がトータルで70万円になるのは、250万円くらいの経済的利益が得られている事案になります(250万円×16%=40万円)。

 安いと言うつもりはありませんが、70万円の弁護士費用が発生する事案では、依頼人の側にも結構な経済的利益が生じていることが多いのではないかと思います。

6.上告する/されることなんて普通ない、バックペイは使用側に資力があれば普通に回収できる

 記事には、

「労働審判での結果に納得いかないので本訴で争うという人もいるかもしれません。ただ、本訴に移行しさらに上告審で争うと数年掛かります。勝訴しても解雇時以降のバックペイが全額支払われることはまずありません。

と書かれています。

 しかし、上告審まで行くことは、実務的にはあまり心配しなくて大丈夫です。

 平成30年度の司法統計では、民事・行政事件の新受件数について、

地裁で、58万8904件

最高裁で、6830件(4 989件)

https://www.courts.go.jp/app/sihotokei_jp/list?filter%5Btype%5D=1&filter%5ByYear%5D=2018&filter%5ByCategory%5D=1&filter%5BmYear%5D=&filter%5BmMonth%5D=&filter%5BmCategory%5D=

https://www.courts.go.jp/app/files/toukei/484/010484.pdf

となっています。

 括弧内の数値は1つの原判決に対する上告申立事件・上告受理申立事件を1件で換算した数値です。つまり、実質的な上告件数は4989件です。

 単純比較はできないにしても、地裁の新受件数の1パーセントにも満たない件数しか上告審には行きつきません。

 また、資力のある会社である限りという留保はつきますが、私の経験上、勝訴しさえすれば、会社はバックペイも遅延損害金も訴訟費用も全額払ってくれます。資力のある会社が判決で払えと言われたお金を払ってくれなかったことはありません。

 筆者の方が何を根拠に「勝訴しても解雇時以降のバックペイが全額支払われることはまずありません」と記述しているのかは全く分かりません。

7.記事に書かれていることを参考にするのは勧めない

 雇用保険(基本手当)の仮給付だとか、賃金仮払の仮処分だとか、生活の資を確保しながら争う手段も普通にあります。損益相殺の問題はあるにしても、他社就労しながら解雇の効力を争うことも、別段珍しいわけではありません。

 それぞれの紛争解決手段の実体・特性についても、正確に記述しているようには思われないので、お悩みをお抱えの方は、やはりネット記事を真に受けることなく、弁護士に相談してみることをお勧めします。