弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇・雇止めの意思決定は一発勝負-意思決定の繰り返しによる理由追加は許されない?

1.認識していなかった事実と解雇理由・雇止め理由

 「使用者は、解雇時に認識していなかった事実も解雇理由として主張できるのか?」という問題があります。

 この問題に関しては、

「普通解雇は解雇権の行使であり、使用者が主張する解雇の理由は、法的には解雇権濫用の評価障害事実に該当する事実であることからすれば、懲戒解雇の場合とは異なって、解雇時に客観的に存在した事実であれば、使用者が当時認識していないものであっても、解雇を有効ならしめる事由として主張することができるということになる。」

しかし、使用者が解雇時に認識もしていなかった事実が、解雇の有効無効を決める重大な事由になるとは一般的にはいいがたいであろうし、使用者がこの主張を無限定に行うことを許すとすれば、次々と新しい争点が発生することとなり著しい訴訟遅延を招くことになる。したがって、裁判所としては、解雇権濫用の評価障害事実については、適示に主張させるよう訴訟指揮をすることが不可欠となろうし、使用者側も適示に主張するよう努めるべきである。」

と整理・理解されています(山川隆一ほか編著『労働関係訴訟Ⅱ』〔青林書院、初版、平30〕746頁参照)。

 この理解は雇止めに関しても、基本的に妥当するのではないかと思います。

2.意思決定のやり直しによって、解雇理由・雇止め理由を追加できるか?

 それでは、意思決定をやり直すことによって、先行する意思決定時点において認識されていなかった事情・存在しなかった事情を、解雇や雇止めの理由にすることは許容されるのでしょうか。

 特に、契約の終期が明確に予想できる雇止め事案においては、雇止め・更新拒絶の実質的意思決定がなされている時点と、実際に雇止めを告知することが予定されている時点との間に、かなりの時間的間隔が生じていることも少なくありません。

 こうした事案において、改めて意思決定を行うことにより、先行する意思決定の時点では存在しなかった事情を、雇止め・更新拒絶の理由にすることが許容されるのかという問題です。

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令2.2.27労働判例ジャーナル98-12 学校法人信愛学園事件です。

3.学校法人信愛学園事件

 本件は幼稚園の園長に対して行われた雇止めの効力が問題となった事件です。

 被告になったのは、幼稚園(本件幼稚園)を経営する学校法人です。

 原告になったのは、平成21年4月から本件幼稚園の園長として期間1年の有期労働契約を繰り返していた方です(本件は原告の労働者性も争点になっていますが、裁判所は労働者性を肯定する判断をしています)。

 平成29年11月14日、被告のB理事長は、原告に対して、平成30年4月1日以降は契約を更新しないことを通告しました(本件更新拒絶)。

 その後、平成29年12月17日に理事会が開催され、ここで平成30年度の体制が議論されました。

 しかし、原告を雇止めにすることは、実際には平成29年1月29日の理事会の時点で決まっていました。この理事会で、平成29年度限りで原告に園長を退任させることと、原告への通知時期をB理事長に一任することは既に決められていました。

 被告は原告の園長退任の方針を決定したのは、平成29年12月の理事会であるとして、その時までに生じた理由を色々と主張しました。

 しかし、その中には平成29年1月29日以降に生じた事情も含まれていて、こうした事情を、雇止めの効力を判断するにあたり、どのように評価するのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、新たに生じた事実を、雇止めの理由として重視することを否定しました。結論としても、雇止めの効力を否定し、原告からの地位確認請求を認めています。

(裁判所の判断)

・雇止め事由「遊具からの園児の転落事故に関する対応に問題があったこと」の評価

園児の転落事故があったのは平成29年7月であるところ・・・、原告に対する更新拒絶は同年1月29日の理事会の時点で既に決定されていたというべきであり・・・、その後に発生した園児の転落事故に対する対応は、被告としては、もともと更新拒絶の理由として考慮していなかった事情である。G理事やB理事長は、平成29年1月29日の理事会では原告の退任を決定していない旨証言、供述するが・・・、B理事長が自己の名義で全ての理事及び監事に宛てて作成した文書・・・において、原告の退任を『2017年1月29日開催の理事会』で『全員異議無く決定した』『決定事項』と記載しているのであるから・・・、これを決定していないという前記証言及び供述はたやすくは信用しがたい。そうすると、被告自身、更新拒絶の理由として考えていなかったような原告の園児の転落事故に対する対応について、これを本件更新拒絶の合理的な理由として重視することはできない。

・雇止め事由「理事会前に園長を含む人事体制を他の職員に口外してしまい、法人に混乱をもたらしたこと」の評価
被告が問題にする原告の行動は、平成29年11月14日に更新拒絶を通告した後の出来事であるから、更新拒絶が決定された同年1月29日の段階では判明していない事実であり、これを理由として更新拒絶が決定されたものではなく、本件更新拒絶の合理的な理由として重視することはできない

「前記・・・のとおり、理事会は既に平成29年1月29日の時点で本件更新拒絶を決定していたというべきであるから、理事会による承認前の人事情報を口外したとの評価も当たらない・・・原告の上記行動は、本件更新拒絶の合理的な理由を補完する事情ともならないというべきである。」

4.解雇・雇止め事件の訴訟戦略-実質的意思決定の時点の特定

 本件は実質的意思決定のやり直しというよりは、実質的な意思決定が一度しか行われていない事案だという見方も成り立つように思われます。

 しかし、そういう見方が可能であるとしても、実質的意思決定が先行していたことを理由に、雇止め・更新拒絶事由としての重要性を否定する判断をしたことは、なお注目に値します。

 実質的意思決定の時点よりも後に生じた解雇理由・雇止め理由に関しては、重視されていないとの立論で排斥できる可能性があります。この議論に裁判所を乗せることができれば、解雇・雇止め事件における主張の分量や審理期間を大幅に減らすことができるかもしれません。

 本件では、平成29年11月30日ころ、B理事長が原告に対して、

「『2017年1月29日開催の理事会において、A理事(園長)を除く全理事と両監事で協議し、下記の事項を全員異議無く決定した。』、『決定事項:2017年度末をもって、A園長にご退職いただく。』、『A園長は2017年度に70歳となるので、これを一つの区切りとしたい。』などの記載がある」

文書を交付していました。ここから雇止めの意思決定が平成29年1月29日の理事会であることが判明したという経緯があります。

 認識ないし認識可能性の議論に埋没することが多いように思われるものの、解雇・雇止め事件の訴訟戦略として、実質的意思決定の時点を特定することは、もっと明瞭に意識・注意喚起されてもいいのではないかと思っています。

 本件では被告のエラーによって、実質的意思決定の時点との乖離の問題が顕在化しましたが、これが不明である場合には、どの時点で・いかなるプロセスを経て意思決定がされたのかを、必ず求釈明で明確にしておく必要があるだろうと思います。