弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

無理のある目標・不慣れな業務を押し付けられた末の降格

1.無理のある目標・不慣れな業務の押し付け

 配置転換によって不慣れな業務を担当させられたり、熟練していない中で無理な目標値を設定されたりすることがあります。

 普通に考えると合理的な人事ではありません。しかし、退職勧奨や何等かの報復的な意図などのイレギュラーな目的で、こうした配置転換が行われることは、それほど珍しくありません。

 こうした不合理な配置転換の後には、成績不良による降格や解雇といった不利益な取扱いが続くことになります。

 不慣れな業務を担当させられたとしても、そのこと自体を争うことは、決して容易ではありません。配置転換の効力を否定できる場面は、判例上、極めて限定的に理解されているからです(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)。

 ただ、配置転換に続く降格処分は、それなりに争える可能性があります。

 近時公刊された判例集に掲載されている大阪地判令2.2.27労働判例ジャーナル98-14ニチイ学館事件も、そうした降格処分の適法性が否定された事件の一つです。

2.ニチイ学館事件

 本件で被告になったのは、医療、介護、保育等の人材育成のための教育事業、介護保険法に基づく指定居宅介護支援事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の従業員の方です。

 元々総務・労務管理畑の経歴を有していたものの、平成25年4月に被告の営業統括部営業二課の課長に配属され、平成26年4月以降は課長でありながら家事代行法人契約からの利用者獲得営業及び介護セミナー販売営業に特化することを命じられました。

 しかし、被告から与えられた目標が達成できなかったことなどを理由に、出向先の株式会社ニチイケアネットのd支社の係長に配転され(本件降格)、それに伴って給料も大幅にダウンしました。これに対し、本件降格とそれに伴う賃金減額が無効であるとして、差額賃金の支払を求めて原告が被告会社を訴えたのが本件です。

 裁判所は、次のとおり判示し、本件降格の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告が営業二課の業務を部下に任せることが多かったこと自体は原告も争っていない。しかしながら、原告は、コムスン在籍時等に介護の営業の経験はあったものの、平成25年4月に営業二課に配属されるまでは総務・労務管理系の業務が中心であり、営業、特に被告における営業業務にはあまり慣れてはいなかったこと、他方、他の営業二課の従業員は、原告着任以前から営業二課に配属されており、経験も豊富な人材が多かったこと・・・に照らすと、c執行役員が証言・・・するように、原告が営業課長会議や支店の会議に出席しても発言することが少なく、経験豊富な他の従業員が満足できるような指摘やアドバイスができなかったとしても無理からぬところがある。

(中略)

「c執行役員は、原告に対し、平成26年4月頃、家事代行法人契約からの利用者獲得営業及び介護セミナー販売営業に特化するよう命じ、原告は、

〔1〕家事代行法人契約からの利用者獲得数が年間400名、

〔2〕介護セミナー開催数が年間60回との目標設定を行ったが、

同年12月までに、

〔1〕原告によって締結された家事代行法人契約が6社で利用者はなく、

〔2〕介護セミナーの開催が1回にとどまり、その目標を達成できなかった・・・。

その結果、原告の平成26年度上期及び下期の評価は、いずれもEとなった・・・。しかしながら、目標設定自体が原告にとって達成困難なものであったことは被告も認めていること、上記・・・のとおり、原告が被告の営業業務にあまり慣れていなかったこと、介護事業の法人営業が、被告において十分な実績が上がっておらず、これから全社的に強化していこうという分野であったこと・・・からすれば、わずか1年の実績で原告の適性を評価するのは酷である。そもそも原告が必要とされるのは営業の管理職として部下を指導するに当たっての営業の経験であって、営業の現場で実績を上げる能力とは必ずしも一致せず、それがないからといって直ちに営業の管理職として適性を欠くといえるものではない。また、原告が営業二課の他の従業員が担当していない法人営業に特化した経験をすることで、どの程度その指導につながるのかも疑問がある。
本件降格は、3段階の降格であり・・・、本件合意による経過措置があった結果とはいえ、総額24万2500円(約45%)の給与の減額をもたらしたものであって・・・、原告の被った不利益は極めて大きい。上記・・・の経緯に照らすと、本件降格までの原告の勤務状況によって、原告に対してこのような大きな不利益を与えるまでの相当性があるとはいえない。」
「以上によれば、本件降格は、被告の人事権を濫用するものであって無効である。」

3.無茶振りされた仕事はできなくても仕方がない

 配置転換の効力が広範に認められる分、労働者は解雇や降格といった不利益な取扱いからは、ある程度強く保護されています。不慣れな仕事を担当させられたことから設定目標を達成できなかったとしても、そのことと労働条件の不利益変更を伴う降格処分を結びつけることに、裁判所は比較的慎重な姿勢をとっています。

 従前の経歴との関係で無茶な仕事を振られた場合、目標を達成できなかったとして不利益な扱いを受けても、法的に争える可能性は十分にあります。

 専門分化が進む昨今、どんな仕事にも器用にすぐ対応できるということは考えづらいように思われます。裁判例もすぐに結果が伴わないのは仕方ないと言っているくらいなので、精神的な健康を維持するためには、不慣れな仕事に関しては、暫くの間は出来なくても当然だと開き直ることも必要です。