弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤怠に反映されていない不就労と残業代請求

1.勤怠に反映されていない不就労

 残業代を請求する訴訟をしていると、タイムカードなどの客観証拠によって始業時刻と終業時刻をある程度特定できる事案においても、業務時間中にサボっていたという主張が使用者側から大量に出されることがあります。

 別段、サボっていた時間が記録されていたわけでも、その分の賃金が差し引かれていたわけでも、注意・指導・懲戒処分がなされていたわけでない事案においてもです。

 勤怠に反映されていないサボり主張に何の意味があるのかは分かりません。裁判所が受け入れる議論とは思えず、時間と労力の無駄でしかないと思います。

 昨日ご紹介させて頂いた東京地判令元.6.28労働経済判例速報2409-3 大作商事事件は、勤怠に反映されていない不就労に係る主張が排斥された裁判例としても、記憶しておく価値があります。

2.大作商事事件

 本件は、雑貨の輸入並びに工業製品の開発及び販売等を業とする会社の元従業員が、残業代を請求した事件です。

 被告会社では、出勤簿に、始業・終業時刻、休暇・遅刻・早退の有無、残業をした場合における残業内容や残業時間が記録されることになっていました。

 ただ、始業時刻に関しては、出勤簿に記録されるだけではなく、被告会社から出勤時にグループウェアのタイムカード機能を利用して、出勤時刻を記録するように指導されていました。

 タイムカード記録の内容には、定時に後れたものもありましたが、被告から特段注意や指導をされることもなければ、賃金計算上もこれが顧慮されることはありませんでした。

 原告がパソコンのログ記録に基づいて残業代を請求したところ、被告会社は、

タイムカードの打刻時刻を基準にすれば原告には187回の遅刻がある、

出社時刻はタイムカードの打刻時刻とみなされるべきだ、

と主張しました。

 また、

勤務時間中、歯科医診察や内科受診、役所訪問等で私的活動を行うこともあった

などと原告はサボっていたと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり判示して、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「被告は、グループウェアのタイムカード記録の打刻時刻(出勤時刻)によれば、むしろ、原告は、別紙2赤字記載のとおり、異常な回数の遅刻を繰り返していたなどと認めるべきである旨主張する。確かに、被告においては、出勤事実等の確認のため、出勤に際し、グループウェアのタイムカード記録を打刻するよう指導していたことがあったものであるところ、原告のタイムカード記録(出勤記録)は同別紙のとおりであり・・・、証人Aの証言中には原告がしばしば遅刻をしてきた旨述べる部分がある。」

「もっとも、原告は、上記被告主張を争っているところ、原告が定時に遅れたタイムカード記録を記録しても被告から特段注意や指導をされることはなかったことは前記認定のとおりであって・・・、かかる点に鑑みると、原告に対し、タイムカード記録による出勤時刻の勤怠管理が厳格に履践されていたとはいえず、タイムカード記録の記録時間に定時に遅れるものがあったからといって、そのことから直ちに実際に遅刻をしていたとみるべきことになるものとはいえない。この点、被告はタイムカード記録の出勤時刻が実際の出勤時刻とみなされるべきであるなどといった主張もしているが、労働時間に該当するか否かは・・・客観的に定まるのであって、そのように解すべき根拠はない。」

「かえって、前記のとおり、相応の信用性を認め得るログ記録によれば、ほとんどは所定始業時刻に先立つ起動時刻であると認められ、これに遅れる起動時刻のものはごくごく少数であること、また、被告においても、定時出勤した旨記載された出勤簿の記載内容について上司認印を施すなどしてこれを認め、基本給の支払をしていたこと・・・を指摘することができる。これらの点にも照らすならば、原告自認の遅刻はともかく、特段の具体的な反証の認められない本件において、被告の主張するような頻回の遅刻欠勤まではなかったものと認めるのが相当であって、これに反する証人Aの前記証言もたやすく採用し難い。

「被告は、原告が、勤務時間中、歯科医診察や内科医受診、役所訪問等で私的活動を行うこともあった旨主張する。しかしながら、そのような事実を窺うことのできる的確な証拠はなく、むしろ、被告において、通常どおりの勤務があった旨の出勤簿の記載内容について上司認印を施すなどしてこれを認め、基本給の支払をしていたことは前記説示のとおりであって、被告主張のような事実があったとは認められない。

3.勤怠に反映されていない不就労に関する主張は逆効果ではないか

 勤怠に反映されていない場合、実は労働者が働いていなかったという使用者側の主張に、殆ど意味はないと思います。

 しかし、使用者側から労働者がサボっていたという主張が大量に出されると、裁判所の心証が引き摺られることは先ずないだろうとは思いながらも、念のため、対抗措置として大量の反論を出さざるを得ません。

 こういう作業をしていると、時間と労力を浪費させられているという感覚から、沸々と怒りが湧きあがってきて、どんどん和解(互譲)によって紛争を解決する気が失せてきま(ただし、これは私固有の感覚なのかも知れません)。それを措くとしても、依頼人である労働者の方の感情を刺激するので、和解は確実に成立しにくくなります。始業時刻・終業時刻の認定が比較的固い事案において、和解の余地が狭まることは、使用者側にとって、決して得策ではないように思います。

 また、大量の主張の応酬は審理の長期化を招きます。審理の長期化は遅延利息を膨らませます。退職した労働者からの残業代請求の場合、賃金の支払の確保等に関する法律6条1項に基づいて年14.6%とかなり高率の遅延利息が発生します。そのため、意味の希薄な主張を大量に出すことは、遅延利息という観点からも、使用者側にもかなりのデメリットを生じさせるのではないかとも思います。

 勤怠に反映されていない怠業に係る主張が排斥された事案は、本件に限ったものではありません。審理期間を短縮し、早期に事案を落ち着くべきところに落ち着かせるためにも、意味の希薄な主張の応酬に大量の時間と労力が費やされる現象は、何とかならないものかと思います。