弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

寸分たがわない残業時間の申告

1.残業時間の調整

 残業代の支払をしないため、偽装工作が行われることがあります。タイムカードを打刻させてから働かせる・手書きの出勤簿に適当な時刻を記入させてから働かせるといった手口が代表的です。

 こうした偽装工作の一種に、月の残業時間の上限を決め、それに辻褄があうように各日の就業時刻を調整して記録に残すという方法があります。

 このようなことをすれば、一定の時間数で月の残業時間が横並びになります。

 それが作為的・不自然とみられることは容易に想像がつきそうですが、それでも、こうした手法が問題視される裁判例は後を絶ちません。近時の公刊物に掲載されていた東京地判令元.6.28労働経済判例速報2409-3大作商事事件も、その一つです。

2.大作商事事件

 本件は雑貨の輸入並びに工業製品の開発・販売等を業とする株式会社を退職した従業員が、残業代を請求した事件です。

 被告会社では「出勤簿・残業申請」という書類に、稼働日毎の始業・終業時刻、休暇・遅刻・早退の有無、残業をした場合における残業内容や残業時間を記載することになっていました。

 原告は「出勤簿・残業申請」に記載した終業時刻は、

「被告から毎月の残業時間の合計を月30時間とするよう指示があったことから、原告において、月30時間以下となるよう、実際とは異なった終業時刻に調整して記載をしていたものであり、実際の勤務時間を反映しているものではない。」

として、パソコンのログ記録に基づいて残業時間を計算し、残業代を請求しました。

 これに対し、被告会社は、ログ記録に基づく労働時間の認定を争い、残業時間を月30時間以内にとどめるように指示していた事実はないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり判示して、被告の主張を排斥し、ログ記録による労働時間の立証を認めました。

(裁判所の判断)

「証人Bは、月30時間を超える残業時間を記載することを禁ずる指導をしたことを否定する証言をしており、他にそのような指導がなされたことを裏付ける的確な証拠もなく、かえって、被告の従業員の中には月30時間を超える残業時間を申告していた者がいると認められることは前記認定のとおりである・・・。しかしながら、原告申告の出勤簿の残業時間をみると、・・・月当たり30時間未満とされている月も散見されるものの、どの月も30時間を超えることはなく、多くは寸分違わず30時間と申告されているところであって、このこと自体、原告が、実際の労働時間いかんにかかわらず、月30時間以内に残業時間をとどめようとしていたことを強く窺わせるものといえる。そして、証人Aや同Bも、業務の効率的遂行といった観点から、個々の従業員の月当たりの残業時間が30時間以内となるよう指導していたこと自体は否定をしていない・・・。そうしてみると、原告がこうした指導故に出勤簿記載の残業時間を多くとも30時間にとどめることとしていたと推認するのが合理的というべきであって、原告本人の供述は同旨を述べるものとしてむしろ首肯することができる。したがって、被告指摘の点は、上記説示の点において原告の供述の信用性を高めこそすれ、その信用性を損なうものということはできない。」

3.寸分たがわない残業時間の申告

 芋版で押したように各月の残業時間が30時間となっていれば、それが実際の労働時間と乖離しているであろうことは想像に難くありません。裁判所が判示した経験則はごく自然なものであるように思われます。

 偽装工作をさせられている方の中には、自分で打刻・記入したものの効力を覆すことができるのかと思っている方も少なくありません。

 しかし、残業代を払わないための偽装工作の手口に関しては、裁判所にも当然多くの事例・経験の蓄積があります。労働者側の立場の弱さも分かっていますし、使用者側から出される不自然な証拠書類が鵜呑みにされることはありません。

 タイムカードを打刻した後に働かされている、事実に反する終業時刻を記入させられているといった方でも、残業代の請求を諦める必要はありません。やるせない思いをお抱えの方は、一度、弁護士に相談してみることをお勧めします。