1.労働時間等に関する規定の適用除外
労働基準法上、農業に従事する方には労働基準法の労働時間等に関する規定の適用がありません(労働基準法41条1号 別表第1 第6号)。これは、この種の事業がその性質上天候等の自然的条件に左右されるため、法定労働時間及び週休制に馴染まないとされているからです(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕622頁参照)。
また、管理監督者にも労働時間に関する規定の適用はありません(労働基準法41条2号)。これは事業経営の管理者的立場にある者又はこれと一体をなす者は、労働時間に関する規定の規制を超えて活動しなければならない企業経営上の必要があると理解されているからです(上記文献622頁参照)。
それでは、このように労働時間に関する規定の適用のない労働者に対しても、使用者が長時間労働との関係で安全配慮義務を負うことはあるのでしょうか。
この点が問題になった近時の裁判例に、高知地判令2.2.28労働判例ジャーナル98-10 池一菜果園事件があります。
2.池一菜果園事件
本件は自殺した労働者(P6)の遺族が、勤務先に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求した事件です。
長時間労働による心理的負荷がかかっている中で、代表取締役の娘(常務取締役)からハラスメントを受けたことが原因で精神障害を発症し、自殺に至ったというのが、安全配慮義務違反の内実を構成する事実とされています。
被告会社は、自らが農産物の生産等を目的とする特例有限会社であったことや、P6の管理監督者性を主張し、本件では、それが安全配慮義務との関係で、どのような意味を持つのかが議論されました。
裁判所は、次のとおり述べて、農業法人であることや、管理監督者性が、安全配慮義務を包括的に免除することを否定しました。
(裁判所の判断)
「被告らは、被告会社が農業法人であること(労基法41条1号)や、P6が管理監督者に当たること(同条2号)などから、労基法32条が適用されないと主張する。同法41条1号によって農業が同法32条の適用除外とされた理由は、業務が自然的条件に大きく影響を受けるため、画一的な労働時間規制に馴染まないところにあり、同法41条2号によって管理監督者が同法32条の適用除外とされた理由は、その業務が本質的に経営者と一体的なものであることにあって、同条が適用されない結果、同条違反による罰則の適用がなく、同条違反の労働契約に対する強行的直律的効力が生じないということになるが、これを超えて、労働者を無制限に働かせることを容認するものでないことは当然であり、労働者に対する安全配慮義務を包括的に免除するものということはできないというべきである。したがって、実労働時間を確定した上で、労働者の心身の疲労の蓄積を斟酌して、安全配慮義務違反の有無を検討することは不可欠である。」
3.労働時間の把握義務
事業者には、医師による面接指導を実施するため、労働者の労働時間の状況を把握する義務があります(労働安全衛生法66条の8の3参照)。
ここで規定されている労働時間の状況を把握しなければならない「労働者」には、農業従事者などの「管理監督者『等』」が広く含まれます(平成30年12月28日 基発1228第16号参照)。
これはいわゆる働き方改革関連法(平成30年法律第71号)によって示されたルールです。
本件では、P6について農業従事者への該当性も管理監督者への該当性も否定されているので、上記判示は傍論的な判断ではあります。
しかし、働き方改革関連法の成立後の時点において、労働時間等に関する規定の適用除外が安全配慮義務の適用を排除するものではないと明示的に判断した点には、なお一定の意味があるのではないかと思われます(法改正以前も、管理監督者だから安全配慮義務のレベルで長時間労働から保護されないといった単純な議論は採用されていなかったとは思いますが)。
農業従事者や管理監督者などの労働時間規制の適用除外とされていても、長時間労働からは保護されているし、長時間労働によって心身を壊した場合には安全配慮義務違反に基づいて損害賠償を請求できる可能性があります。
労働基準法の労働時間規制の適用が除外されていることと、安全配慮義務の問題は、別の次元の問題なので、混同しないよう注意が必要です。