弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

異動の内示は拒否していいのか?

1.日本の人事労務管理の特徴-配転の多さ

 日本企業の人事労務管理の一つの大きな特徴に、配転の多さがあります。「頻繁な配転の意義は、長期雇用慣行をとる日本企業において、①多数の職場や仕事を経験させることによって幅広い技能・熟練を形成していくとともに、②技術や市場が多様に変化していくなかでも雇用を維持できるよう柔軟性を確保することにある」といわれています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕491頁参照)。

 しかし、配転は労働者の私生活・職業生活に大きな影響を与えることが少なくありません。職業生活との関係では、頻繁な配転のため、いつまでたっても専門性を磨くことができないといった弊害も指摘されています。

 労働者は不本意な異動を使用者から内示されることもあると思います。それでは、不本意な異動の内示を断った場合、そのことはどのように扱われるのでしょうか。使用者は異動の内示を断ったことを、人事上、不利益に考慮することができるのでしょうか。

 昨日紹介した山口地判令2.2.19労働判例ジャーナル98-20 山口県立病院機構事件は、この問題についても、興味深い判断を示しています。

2.山口県立病院機構事件

 この問題は有期雇用の看護師の方を雇止めにすることの適否が問題になった事案です。

 本件の被告は山口県立医療センター等を運営する地方独立行政法人です。

 原告になったのは、被告に有期雇用されていた看護師の方です。

 被告では、無期転換権(労働契約法18条)が発生することが見込まれる有期雇用労働者について、面接試験と勤務評価の総合判断で契約更新の可否が審査される仕組みがとられていました。

 そして、この面接試験は、試験委員が受験者を

A(ぜひ雇用継続したい)12点

B(雇用継続したい)8点

C(雇用継続をためらう)4点

D(雇用継続したくない)0点

の四段階で評価する恣意性の高い仕組みになっていました。

 原告の面接試験は、事務部職員と副部長によって構成され、事務部部長は8点、c副部長は4点の評定をつけました。

 副部長が4点という低い評定をつけた理由の一つには、原告が過去に異動の内示を受けて拒否した事実がありました。

 本件では、面接試験の合理性に加え、異動の内示を受け入れなかったことを労働者の不利益に評価できるかも問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、異動の内示を拒否したことを不利益に考慮することを否定し、雇止めは無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件雇止めの原因は、c副部長の行った評価C(4点)にあるといえるので、c副部長の評価の客観的合理性を検討する必要があるところ、証拠・・・によれば、c副部長がC(4点)と評価した根拠は、原告が過去に同僚とトラブルを起こしたことや、原告が異動の内示を受けてこれを拒否したことが2度あるとの認識のもと、原告が、自己の性格について、まじめで、気になることは見逃せず、協調性があり、まわりに柔軟に対応している旨を回答したことから、原告は自分の考えを押し通す性格で、協調性に問題があり、自分を客観的に評価できていないと判断した上、原告が異動について、納得ができれば異動できるが、納得できるまでは意見を言う旨を回答したことから、異動についての組織内の調整が難しいと判断したことにあると認められる。

「しかし、原告の同僚との過去のトラブルについては、本件全証拠によっても、原告にどの程度の非が認められるのかが明らかではなく、また、被告が主張する原告の平成28年6月及び同年9月の異動の内示拒否の後にも、原告は平成29年4月に異動の内示を受入れたことは当事者間に争いがない。また、証人eによれば、被告における異動命令は、当該職員が異動の内示を承諾することが前提とされていたことが認められるから、異動の内示は、異動命令に先立ち、異動を受諾するどうかについて検討する機会を与えるための事前の告知であり、その後に異動計画が撤回ないし変更される余地を残しているものと解される上、正規職員とは異なり、有期職員は内示の時点でしか異動の希望を述べることができなかったことが認められるため、原告の回答自体からc副部長のように判断することについて、必ずしも客観的合理性を有するものであるとはいえない(c副部長自身の問題ではなく、前記の判断のとおり、被告の行った本件面接試験自体が客観的合理性を担保されたものでないことが現実化したものである)。」

「したがって、c副部長が行ったC(4点)の評価についても、客観的合理性が欠けているといえ、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない。」

3.異動の内示は拒否していい?

 建前のうえで異動を嫌だと言えるシステムを持っている組織は、決して少なくないと思います。

 例えば、裁判官には、

「公の弾劾又は国民の審査に関する法律による場合及び別に法律で定めるところにより心身の故障のために職務を執ることができないと裁判された場合を除いては、その意思に反して、免官、転官、転所、職務の停止又は報酬の減額をされることはない。

と法律で異動を嫌だと言う権利が認められています。

 しかし、外部に流れてこないだけだという可能性はあるにしても、裁判官が転勤を断ったという話は、殆ど聞いたことがありません。

 やはり、システムがあることと、実際に異動を嫌だと言えるのかは、別の問題なのだと思います。

 本件は地方独立行政法人というやや特殊な性格を持った組織の話ではありますが、「被告における異動命令」が「当該職員が異動の内示を承諾すること」を「前提」にしていたという建前を重視し、異動を拒否した事実を雇止めの局面で労働者の不利に斟酌することを否定しました。

 この看護師の方が異動の内示を受け入れなかった理由までは判決文からはよく分かりません。しかし、専門的な職種においては、どのポジションで仕事をするのかが、職業生活上重要な意味を持つことは少なくありません。

 飽くまでも建前を重視し、異動の内示を受け入れなかったことを労働者に不利益な事情として考慮することを否定した本件裁判例は、異動を断る勇気を後押しする事例としても位置付けられるのではないかと思います。