弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則の懲戒事由の定めは懲戒対象行為を限定する機能を果たしているのだろうか

1.懲戒処分の有効要件(懲戒事由の定め)

 使用者が労働者を懲戒するためには、

「あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する」

と理解されています(最二小判平15.10.10労働判例861-5フジ興産事件参照)。

 しかし、実務上、懲戒事由を定める就業規則の規定が茫漠としていることは珍しくありません。

 厚生労働省のモデル就業規則においても、懲戒事由を定める規定の中には、

「その他この規則に違反し又は前各号に準ずる不都合な行為があったとき。」

「その他前各号に準ずる不適切な行為があったとき。」

などという条項が挿入されていて、事実上、あらゆる非違行為が懲戒処分・懲戒解雇の対象になる形がとられています。

 それでは、このような「その他~」条項を利用して、懲戒対象行為を把握することに、何等かの限界はないのでしょうか。

 この点が問題になった事案に、大阪地判令2.1.31労働判例ジャーナル97-10 日本郵便事件があります。

2.日本郵便事件

 本件は定年間際に懲戒解雇された従業員が、懲戒解雇の無効を主張して、受け取れるはずであった退職金と、定年後再雇用で得られるはずであった賃金相当額の支払を求めて、勤務先であった日本郵便を訴えた事件です。

 従業員が懲戒解雇されたのは、郵便局長の採用試験に関係して、受験者から金銭や商品券を受け取っていたからです。

 ただ、この従業員は郵便局長の採用試験に関して具体的な職務権限を持っていたわけではありませんでした。

 日本郵便の就業規則の懲戒事由には、

職務に関して直接間接を問わず、不正又は不当に金銭その他の利益を授受し、提供し、要求し、若しくは授受を約束し、その他これらに類する行為を行い、又はこれらの行為に関与したとき」(14号)

という規定がありましたが、職務関連性がないため、本件ではこの規定を用いて原告に懲戒処分を行うことはできませんでした。

 そのため、日本郵便は、具体的な懲戒事由を定めた後に規定されていた

「その他前各号に準ずる程度の不適切な行為があったとき」(17号)

という条項に該当することを根拠に、原告を懲戒解雇しました。

 これに対して、原告から、

「『その他~』みたいな条項を根拠に懲戒処分を下せるとなると、何でもありではないか。」

とクレームがつけられたのが本件です(なお、説明の便宜から表記のような言葉を用いましたが、実際にはもっと格調の高い言葉が使われています)。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、日本郵便のした懲戒解雇に問題はないと判断しました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成22年1月頃から平成27年1月頃までの間、郵便局長採用試験を経て大阪市南部地区の郵便局長に採用された者合計9名に対し、同試験の受験時又は採用通知後に、紹介料と称して金員の支払等を要求し、商品券合計210万円分を受け取ったほか、ある団体の会費として現金を原告指定口座に振り込ませるなどしたこと(本件行為)が認められる。」
「そして、・・・被告の郵便局長採用試験は、支社長が実施すべきものであり、原告は、形式的にはこれについて何らの職務権限も有していなかったと認められるから、原告による本件行為は、本件就業規則81条1項14号にいう『職務に関して』行われたものとはいえず、同号の懲戒事由に該当するものとはいえない。
「しかしながら、・・・原告は、本件行為の当時、大阪市南部地区連絡会に属する西成梅南通郵便局の郵便局長として、被告に現に勤務していたこと、そのため、当時、同連絡会の統括局長であったP3に採用希望者を紹介したり、郵便局長採用試験における小論文の書き方等を指南したりすることができる立場にあったことが認められ、原告は、このような被告における職務上の地位ないし立場を利用して、実際にはP3に対するお礼として金品の授受等が必要なわけではなく、これをするつもりがなかったにもかかわらず、採用希望者らに対し、採用されるためには世話になった人に対するお礼が必要である旨を告げて、金品等を交付するよう要求し、採用通知後に、これを受領するなどしたことが認められる。」
「以上のような原告の職務上の地位ないし立場や本件行為の具体的な内容に照らせば、本件行為は、被告の郵便局長に採用されるためには、金品の授受が必要であるとの誤解を生じさせ、ひいては郵便局長の採用選考の公正性に強い疑問を生じさせ、その結果、郵便局という公共性の高い機関の長として、高い清廉性が求められる郵便局長の職務ないし職務上の地位に対する信用を著しく毀損するものであるといえるから、本件就業規則81条1項14号に準ずる程度の不適切な行為として、同項17号の懲戒事由に当たるものというべきである。
「これに対し、原告は、本件行為が本件就業規則81条1項17号の一般規定に当てはまると解することは、罪刑法定主義類似の要請から、就業規則において具体的な懲戒事由を定める実質的意味を失わせるものとして極めて不当である旨主張する。」
「しかしながら、・・・本件就業規則81条1項においては、1号ないし16号で具体的な懲戒事由を規定した上で、17号で『その他前各号に準ずる程度の不適切な行為があったとき』と規定しているのであり、その規定振り自体が、就業規則において具体的な懲戒事由を定める実質的意味を失わせるほど抽象的なものとはいえないし、14号が『職務に関して』『不正又は不当』な金銭の授受等を懲戒事由と定めていることからすると、その趣旨は、収賄罪(日本郵便株式会社法19条1項)に該当し違法である場合でなくとも、被告の社員としての職務の公正性や信用を害する行為を懲戒事由としたものと解される。このような同項14号の趣旨に照らせば、本件行為が被告の社員としての職務の公正性や信用を害する行為といえることから、これを同項17号の懲戒事由に当たると解することは、同項1号から16号までの具体的な懲戒事由に該当するものでなくとも、これらに準ずる程度の不適切な行為を懲戒事由と定める17号の趣旨に合致するものというべきであり、原告の上記主張は理由がないものというほかない。

3.全く無限定ではないのだろうが・・・

 裁判所は具体的な懲戒事由の趣旨から懲戒事由・不適切行為の枠を措定し、その枠(趣旨)の中に収まっている行為だから懲戒対象行為にしても問題ないというロジックを展開しています。

 しかし、裁判所は懲戒対象行為を画する枠として用いたのは、

「社員としての職務の公正性や信用を害する行為」

という極めて茫漠とした概念です。

 これでは、会社にとって好ましくない行為が広範に該当してしまい、やはり「何でもあり」という感が否めません。

 全くの無限定とまではいえないにしても、実務上、就業規則の懲戒事由の定めに、懲戒対象行為を限定する機能はそれほどないだろうとは思います。

 好ましいとは思われませんが、こうした裁判例が存在することは、労働者の側も意識しておく必要があります。