弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

裁判所の事実認定の特徴から見る事件化の時期-問題は起きたらすぐに相談を

1.問題にしにくい事件類型-古い事件

 問題にしにくい事件類型の一つに、古い事件があります。

 古い事件を問題にすることが難しいのは、人の記憶や関係証拠が時の経過と共に失われてしまうこともさることながら、裁判所の事実認定の特徴が関係しています。

 問題が生じた時、裁判所は、すぐに問題提起されていなければ不自然だという考え方をとることが多々みられます。そのため、時間が経ってから事件を掘り起こそうとしても、下手をすれば、問題の存在そのものが疑われてしまいます。

 一般の方の中には、時効が完成するまでは、事件にすることができるはずだと考えている人がいます。

 しかし、これは実務的な感覚とは全く合致しません。事件を事件として成立させるためには、時効期間に関わらず、問題の発生からできるだけ速やかに着手して行くことが重要です。消滅時効の完成前であったとしても、相談の内容が古い出来事を対象にしている場合、事件化が困難であるという見通しを告げなければならないことは珍しくありません。

 近時の公刊物に掲載されていた、大阪地判令元.12.16労働判例ジャーナル96-72 ダイナス製靴事件も、問題提起の時期の遅れが、裁判所の事実認定に消極的な影響を及ぼした裁判例です。

2.ダイナス製靴事件

 本件で被告・被控訴人になったのは、皮革製品の製造及び販売等を目的とする株式会社です。

 原告・控訴人になったのは、被告・被控訴人の販売員として勤務していた方です。

 本件では複数の請求が併合されていますが、その一つが同僚従業員(本件従業員)から眼鏡を壊されたことを理由とする使用者責任の追及(損害賠償請求)です。

 原告・控訴人は、

「本件従業員は、平成30年8月3日、百貨店のバックストック(商品を保管している倉庫)で、踏み台に乗って、商品の確認整理の作業をしていた際、不意に両腕を下したため、その右肘が控訴人の左こめかみに当たった。このとき控訴人は、縁なしのツーポイント眼鏡をかけており、本件従業員の右ひじが当たった際、弦をつなぐためネジを留めているレンズ部分にひびが入り、その後まもなくレンズが割れ、弦がとれてしまった。」

と同僚の従業員から眼鏡を壊されたとして、使用者責任を根拠に被告・被控訴人に損害賠償を請求しました。

 しかし、原告・控訴人が本件従業員に眼鏡代の負担を求めるメールを最初に出したのは平成30年9月8日で、眼鏡が壊されたと主張する日から1か月以上が経過していました。

 裁判所は、次のとおり述べて、本件従業員から眼鏡を壊された事実は認定できないと判示し、原告・控訴人の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

仮に、控訴人が主張及び陳述するように、本件従業員の右肘が当たったことにより、眼鏡の弦をつなぐためネジを留めているレンズ部分にひびが入り、時間の問題でレンズが割れ、弦がとれてしまうような明らかな破損状態になったのであれば、また、生活に不自由が生じ、同眼鏡が高額であるのであればなおのこと、速やかに本件従業員や被控訴人の上司等に報告し、事後対応について話し合うなどしていて然るべきであるところ、上述のとおり、実際には1か月余り後に眼鏡レンズを発注ないし購入するのと同時期に、本件従業員に対して金銭的な負担を求めるようになったというのは、不自然な経過であるといわざるを得ない。また、この点に関し、これから共に頑張って仕事をしていこうというときに気まずくなることを懸念したとか、雰囲気が悪くなると困るので我慢して言えなかった旨の控訴人の説明が合理的であるとも認め難い。このことに加えて、控訴人の主張する平成30年8月3日の上記出来事の直前及び直後の眼鏡の状態を示す客観的証拠は提出されておらず、本件記録を精査しても、控訴人の主張及び陳述する眼鏡の破損に係る具体的状況及び経過を裏付ける的確な証拠も見いだせない。」
「したがって、仮に控訴人の眼鏡の破損という事実があったとしても、上記のとおり、新しい眼鏡レンズの購入時期や本件従業員に対する被害弁償の請求時期が不法行為日と主張する平成30年8月3日から1か月余り後であることからすると、同破損が本件従業員の行為以外の原因により生じたものであった疑いは払拭できないというべきであり、控訴人の眼鏡の破損という事実のみから、本件従業員の右肘が控訴人の左こめかみに当たったとの事実やそのことにより控訴人の眼鏡の破損が生じたとの事実が裏付けられるものではない。
「そうすると、控訴人の上記陳述について十分な信用性を認めることはできず、他に控訴人の上記主張を認めるに足りる証拠はない。」
「以上によれば、本件従業員が過失により控訴人の眼鏡を破損したという不法行為が成立するとは認められない。よって、これを根拠とする控訴人の被控訴人に対する眼鏡レンズ購入代金相当額の損害賠償及び慰謝料の請求には理由がない。」

3.請求棄却の原因が嘘だったのか立証の壁だったのかは分からないが・・・

 原告・控訴人の請求が棄却された理由が、眼鏡を壊されたのが嘘だったというのか、立証責任の壁に阻まれただけなのかは分かりません。

 しかし、いずれにせよ、問題が発生してから問題を提起するまでに1か月以上の時間を要していることが、裁判所の事実認定において、原告・控訴人の請求に消極的な意味を与えられていることは間違いありません。

 問題提起は、問題が発生してから時間を置くことなく、適切な時期に行うことが必要です。事件化することを考える場合には、できるだけ早く弁護士のもとに相談に行き、問題提起の時期を検討しておくことが推奨されます。