1.大量の解雇理由
懲戒解雇に限らず、解雇の効力を争おうと思った場合、先ずは使用者に対して労働基準法22条1項に基づいて解雇理由の証明を求めることになります。
解雇に関する紛争は、ここで使用者側から出てきた書面(解雇理由証明書)に記載されている事由を中心に争われていくことになります。
解雇理由証明書に記載されていない事由であったとしても、後の訴訟で解雇事由としての主張ができなくなるわけではありません。
しかし、解雇理由証明書に記載されていなかった事実は、裁判官から、
「使用者が解雇時には当該事由を重視していなかったという場合が多いであろう」
と受け止められます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕258頁参照)。
当然のことながら、重視されていなかった事情が、訴訟において解雇の有効性を基礎づけるだけの十分なインパクトを持ってくることはあまりありません。
これを警戒してか、解雇理由証明書の交付を請求すると、本当に証拠上認定できるのか怪しいものも含め、思いつく限りのことを列挙したとしか思えない書面の交付を受けることがあります。
こういうものを見ると、一々反論する作業を想像して多少げんなりはしますが、同時に、これなら勝てるかも知れないなと思うことが少なくありません。形成不利な事件であったとしてもです。
なぜなら、解雇の効力は、解雇事由に支えられているからです。解雇理由が粗製乱造されていることは、切り崩せる解雇理由がたくさんあることを意味します。ある意思決定の効力を否定する一番の方法は、その意思決定の基礎となった事実を切り崩すことです。このような観点からすると、解雇事由が根拠のあやふやなものまで大量に掲げられていることは、むしろ好機として捉えられます。
例えば、解雇の理由として、60項目の非違行為が掲げられていたとします。30項目の事実が固くて、これだけが解雇事由として構成されていれば、解雇の有効性は争えないかもしれません。しかし、根拠薄弱なものを30項目まぜてくれれば、
60個中30項目は根拠の曖昧な事実である、
半分があやふやなものであるのに、60項目の解雇事由があることを前提にしている点において、解雇するという意思決定は正確な事実認識に立脚しているとはいえない、
ゆえに、このようないい加減な解雇は違法無効である、
といった論理を組み立て易くなります。
近時の公刊物に、こうした問題意識を裏付ける裁判例が掲載されていました。
大阪地判令元.12.12労働判例ジャーナル96-74 富士化学工業事件です。
2.富士化学工業事件
本件で被告になったのは、医薬品の製造・販売・輸出入業務を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告の従業員の方です。
被告は、
「原告は、セールスフォース(営業支援及び顧客管理のためのツール 括弧内筆者)の記載と異なり、実際には当該営業先を訪れていないのに、旅費等を請求している。」
ことなどを理由に、原告を懲戒解雇しました。
この懲戒解雇の効力を争って、原告が地位確認等を求めて被告を訴えたのが本件です。
本件で特徴的だったのは、被告が営業先不訪問として66項目もの大量の懲戒解雇事由を掲げていたことです。
裁判所は営業先不訪問として認められるのは内16項目に留まることを指摘し、懲戒解雇は無効であるとして、地位確認請求を認容しました。
裁判所の判示は、次のとおりです。
(裁判所の判断)
「別紙懲戒解雇事由一覧表の被告が主張する原告の懲戒解雇事由66項目のうち、原告が営業先を訪れなかったと認められたのは16項目にとどまること、また、そのうちのほとんどが当該営業先を訪れていないものの、同じ日に当該営業先所在地付近には訪れたり、他の営業先を訪れたりしていること、原告の担当営業先が500以上に上ること・・・も考慮すると、上記不訪問回数が多いとまではいえないこと、関係各証拠・・・によっても、それにより原告が得た旅費等が多額であるとは認められないこと、C部長が原告に対し、平成29年7月12日に注意を行っているとしても、日当の二重請求や出張の事前申請を怠ったこと等についてのものであり、営業先を訪れていないこと自体の注意ではなかったこと・・・、その後のDによる確認等・・・は、本件懲戒解雇に至る一連の調査におけるものであって、原告が営業先を訪問していないことに関する注意を受ける機会は、本件懲戒解雇の際が最初であったと見られること、それまでに原告が同様の行為によって何らかの処分を受けた事実も見当たらないこと、以上の事実が認められ、これらの事実からすれば、原告が配偶者を通じるなどして各営業先に働きかけを行ったこと(このこと自体は争いがない。)、原告が全ての懲戒事由を否定していたこと等被告が指摘する事情を考慮しても、上記・・・懲戒事由によって懲戒解雇にまで至るのは重きに失し、社会通念上相当であるとは認められない。なお、上記事情に鑑みれば、諭旨退職処分も重いといわざるを得ないから、被告が原告に対して諭旨退職を提案したことは上記判断に影響しない。」
「以上によれば、本件懲戒解雇は、その権利を濫用したものとして、無効である(労働契約法15条)。」
3.金銭の詐取は本来それほど簡単に勝てる事案ではない
昨日の記事で、お金がらみの不正行為に、裁判所が厳しい姿勢をとっていることに言及しました。
https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/04/10/214317
判例の傾向として、
「横領・背任や金銭的な不正行為については、金額いかんにかかわらず、おおむね懲戒解雇は有効とされて」
います(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕399頁参照)。
金額の多寡は別として、16項目分も故意的な旅費の詐取があれば、本来、労働者側にとって、それほど安全な事件ではなかったのではないかと思います。
しかし、本件の結論にそれほど違和感を抱かないのは、使用者側が甘い事実認定のもとで66項目も懲戒解雇事由を構成したからだと思います。このうち50項目が消し飛べば、懲戒解雇の効力が覆るのも当たり前だとしか思えません。
最初から16本の脚でテーブルを組み立てていればよかったものを、66本もの足を持ったテーブルを設計したため、そのうち50本が切り倒されてバランスを失い倒れてしまったといった比喩が、しっくりくる事案だと思います。
4.解雇理由をたくさん指摘されても、それだけで引く必要はない
使用者側からたくさんの解雇理由を指摘されると、それだけでびっくりしてしまい、不安な気持ちになる方は少なくありません。
しかし、やたらめったらたくさん解雇理由が並んでいることは、弁護士の目には勝機に映ることが少なくありません。
一般の方とプロとで受け止め方が違う事実は、本件に限らず紛争処理の局面ではたくさんあります。勝機のある事案なのに諦めたりしないためにも、法律が絡む問題に関しては、自力で判断せず、弁護士に相談してから意思決定を行うことをお勧めします。