弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇事件における尋問の勘所(使用者側の常套句への備え)

1.使用者側:ここで働くつもりはあるのか?

 解雇の効力を争う事件の尋問手続では、しばしば使用側から、労働者本人に対して、

「今更解雇が無効だと言われたところで、ここで働くつもりはあるのか?」

という趣旨の尋問がなされます。

 このような質問がなされる背景には、解雇の意思表示がなされてから当事者尋問が実施されるまでには、かなり長い期間が経過していることがあります。

 裁判所が公表している

「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書」

の概要版によれば、労働関係訴訟の平均審理期間は14.5か月です。

https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/siryo/hokoku_08_about/index.html

https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/file4/hokoku_08_gaiyou.pdf

 尋問が実施されるのは、審理の終盤です。解雇の意思表示から交渉を経て提訴に至るまでの間にも一定の時間がかかることからすると、解雇されてから尋問が実施されるまでに1~2年くらい経過していることはザラにあります。その間に他社就労するなどして元々の会社で働く意思を失ってしまうことは少なくありません。

 それでは、なぜ、使用者側は

「ここで働くつもりはあるのか?」

といった質問をするのでしょうか。

 それは、この質問が逆転の一手に繋がるからです。

 この質問に漫然と乗っかって、

「正直、もうこの会社で働きたいとは思っていません。」

と答えると大変なことになります。

 苦労して解雇無効を勝ち取ったとしても、

「就労の意思を喪失した以降の賃金請求は認められない。」

との理屈でバックペイ(解雇無効の判断が出た時に支払ってもらえる解雇された時点からの賃金)の請求がカットされてしまうからです。

 就労意思の喪失の時点を解雇から比較的近接した時期で認定されると、折角解雇無効の判断を勝ち取っても、殆ど経済的なメリットに繋がらないこともあります。

 使用者側からの就労意思を尋ねる質問は、頻出パターンであるため、労働者側は尋問に先立って、就労意思を尋ねられたらどのように答えるのかを入念に打ち合わせて対策を練っておくことが必要です。

 近時の公刊物にも、就労意思を尋ねる質問への対応が、結論に大きく影響を与えたと思われる裁判例が掲載されていました。

 東京地判令元.8.7労働経済判例速報2405-13 ドリームエクスチェンジ事件です。

 これは、以前、

「中途採用・転職の場面で、どこまで話を盛ってよいのか(内定取消の適法性)」

というタイトルでご紹介させて頂いた事件と同じ裁判例です。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/02/16/231258

2.ドリームエクスチェンジ事件

 本件は採用内定の取消の効力が問題となった事案です。

 職務経歴を盛ったことが転職先に発覚して内定を取り消された労働者が、内定取消の適法性を争い、内定先を相手に地位確認や賃金の支払いを求める訴訟を提起したのが本件です。

 この事件では内定取消の効力が否定されましたが、使用者からの尋問に対して就労意思を否定する回答をしたため、バックペイがごっそりと削られています。

 本件では、

内定取消の意思表示が平成28年12月2日で、

内定通知に記載されていた労働契約の始期が平成29年1月1日

とされていました。

 裁判所は内定取消の違法性を認め、令和元年8月7日に賃金の支払いに係る原告の請求を認める判決を言い渡しましたが、請求を認めるバックペイの範囲は、他社就労中の当該他社の試用期間の満了日である平成29年7月9日までと判示しました。

 その理屈に係る裁判所の判断は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が、雇用条件に関する被告からの再度の通知に対して連絡することもなく、被告での就労を自ら拒否した、原告は本件内定取消の3か月後には別会社に就職しており、もはや被告において就労する意思はない、原告が本訴訟において賃金等を請求することは権利濫用に当たる等と主張する。」
「しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告は、現時点では被告において就労する意思がないことが認められるものの、原告代理人の本件の受任通知・・・の時点(平成29年2月24日頃)において、被告から当初の月額賃金35万円の条件で迎え入れると言われたとしたら入社するつもりであったかとの被告代理人からの質問に対しては、『取り消された会社に入りたいとは思わない』『そのときになってみないと分からないので何ともいえないです』『内定取消を軽く思ってほしくないっていうのが一番の理由です』などと供述したのみであり・・・、原告が、本件内定取消後、比較的早期に就職活動を再開し、原告代理人に対し、本件内定取消に関する被告との交渉等を委任したこと・・・や、同年4月10日には訴外株式会社ウィングメイト(以下『ウィングメイト』という。)での就労を開始し、旅行業務全般に従事して月額26万円の賃金(平成30年4月より月額27万5000円に昇給。試用期間は入社後3か月。)を得ていること・・・を考慮しても、これらの事情から、この頃、原告が被告における就労意思を喪失したとまで認めることはできない。」
「したがって、原告が被告への復職や就労の意思を全く有していないにもかかわらず、労働契約上の地位確認請求や本件内定取消後の賃金請求をしたと認めるに足りる証拠はない上、本件全証拠に照らしても、原告の請求自体が権利濫用に当たると評価すべき事情があるとはいえない。」

原告は、現在までウィングメイトにおいて就労を継続していることが認められるところ、同社における業務が被告の業務と類似するものである反面、同社の給与水準は、被告の本件採用内定時の条件(月額賃金35万円)の8割にも満たない金額であることからすれば、上記のとおり、同社での就労開始後、直ちに原告が被告における就労意思を喪失したとは認められないものの・・・、同社での原告の就労は、本訴訟の口頭弁論終結時点ですでに2年2か月以上に及んでおり、遅くとも、試用期間満了後の平成29年7月10日時点では、原告の雇用状況は一応安定していたと認められ、原告の被告における就労意思は失われたと評価するのが相当である。
「そうすると、本件訴えのうち、原告の被告に対する労働契約上の地位確認を求める部分・・・については、もはや訴えの利益がなく、却下を免れないが、本件採用内定通知・・・に定められた労働契約の始期(平成29年1月1日)から同年7月9日までの賃金(バックペイ)請求については、使用者たる被告の責めに帰すべき事由により、原告が労務の提供ができなかった期間に当たり、原告はその間の賃金請求権を失わないから(民法536条2項)、その限度において理由があるというべきである。」

3.打ち合わせのうえでの回答なら問題ないであろうが・・・

 使用者側の具体的な発問までは分かりませんが、本件の労働者は使用者側からの尋問に対し、尋問当時において就労意思を喪失していると回答したのだと思われます。

 結果、現在時点での就労意思が否定され、就労意思があったのは、他社就労における当該他社の試用期間の満了日(平成29年7月10日)までと認定されてしまいました。

 解雇の意思表示がなされてから判決が言い渡されるまでには2年以上が経過していましたが、バックペイは約7か月分の限度でしか認められませんでした。

 尋問前の打ち合わせで、リスクがあることを承知しながら、被告から尋ねられた時には就労意思を喪失したと回答すると決めていたのであれば特段の問題はないとは思います。しかし、利害得失を計算しないで、使用者側からの質問に漫然と回答していたとすれば、労働者側は結構な損をしたことになるのではないかともいます。

 打ち合わせが十分であったのか、不十分であったのかは外部からは分かりませんが、幾ら勤務先に対して腹立たしいと思っていたとしても、法廷で捨て台詞のように

「働くつもりはない。」

と言ってしまうと、それを逆手に取られる可能性があるため、尋問を迎えるにあたっては、細心の注意を払って、答え方を入念に準備しておくことが重要です。