弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒解雇の可否にみる職場の懇親会に対する世相の移り変わり

1.不正請求した旅費を懇親会等の費用に充てていた事案

 社用車を使って出張したのに、公共交通機関を利用したものとして、その利用によった場合の旅費を請求する方法で、旅費等を不正請求していた人がいました。この人は、これ以外にも、クオカード代金が宿泊費に上乗せされていた宿泊プランを利用して宿泊し、クオカードを受領しながら、そのことを告げずに旅費を請求するなどの不正行為にも及んでいました。

 不正行為を理由に懲戒解雇されたこの方は、その効力を争い訴えを提起しました。札幌地判令2.1.23労働判例1217-32 日本郵便(北海道支社・本訴)事件です。

 この事件の特徴は、不正請求で得た金銭やクオカードを、出張先の職員らとの懇親会費などに充てていたことです。

 本件で被告になったのは、事件名にもなっている日本郵便です。

 懲戒解雇された従業員・原告は、保険担当の広域インストラクターという地位にあった方です。広域インストラクターは、札幌市内の郵便局に駐在しながら、北海道内全域の郵便局を訪問し、窓口社員に対して保険営業の技術、知識を指導する役職です。

 広域インストラクターが出張した際には、酒食を伴う懇親会が開催されることが多くありました。不正請求で得られた旅費等は、この懇親会費等に充てられていて、純粋に私的な欲求を満たすために旅費等が詐取されていたのかは微妙な事案でした。

 このブログでも何度か言及してきたとおり、横領・背任などの金銭的な不正行為については、金額の大小にかかわらず、懲戒解雇が有効になる例が多くみられます(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕399頁参照)。裁判例は、金銭に絡む不正行為について、労働者に厳しい判断をする傾向があります。

 しかし、こうした厳しい判断は、勤務先から詐取したお金を、職場での懇親会費用に充当していたような場合にも妥当するのでしょうか?

2.仮処分事件の高裁と、本訴の地裁とで判断が分かれる

 本件で特徴的だと思われたのは、仮処分事件を担当した高裁と、本訴を担当した地裁とで判断が真逆になったことです。

 仮処分事件を担当した高裁(札幌高決令元.10.25労働判例1217-43)は、

「抗告人が広域インストラクターという他の局員を指導する立場にあったこと、抗告人の出張先は広範囲に及んでおり、訪問先の郵便局で懇親会が多く開催されていることからすれば、抗告人ないし訪問先の郵便局社員が全くの私的な会合として懇親会を開催していたとは考え難く、被抗告人から具体的な指示がなかったとしても、業務の延長上にあるか会合であったと考えるのが自然である。訪問先の郵便局社員との懇親会等の費用を全くの私的な懇親会費とみることは相当でな」い

などと判示し、懲戒解雇は無効だと判断しました。

 これに対し、地裁は、

原告が参加した懇親会及び食事の機会が被告の職務命令に基づくことは証拠上うかがわれず、この点において私的なものとみるほかない。職務に関する助言等は、被告にとっても有益であると評価する余地はあるが、こうした助言等と酒食の費用とは直ちに関連しないから、上記の評価がされることから上記の費用が被告のために費消されるべきものとみることはできない。したがって、上記の費用は原告の私的なものというべきで、不法領得の意思も認められるのであり、詐取という評価は相当である。」

などと判示し、懲戒解雇は有効だと判断しました。

3.懲戒解雇の可否にみる職場の懇親会に対する世相の移り変わり

 個人的に興味深いと思ったのが、高裁よりも地裁の方が厳しい判断をしたことです。

 一般論として言うと、高裁の方が地裁よりも保守的な判断をしがちな傾向があります。

 高裁が懲戒解雇するほどのものではないとする一方で、地裁が懲戒解雇相当だと判断したのは、職場の懇親会に対する世相の移り変わりを反映しているのではないかと思われます。

 過去、非公式の懇親会が職場での知識・技能の伝承に資していた面はあったでしょうし、現在でも一定の機能を果たしているのではないかと思います。

 しかし、仕事の話がなされることはあったとしても、公式の場と、非公式の場を、はっきりと区別し、けじめをつけて行こうというのが時代の流れであり、この流れは、おそらく止まることはないだろうと思います。こうした時代の変化に敏感であったのが、地裁の判断なのだろうと思います。

 金銭にまつわる非違行為に対する裁判所の姿勢は、今後ますます厳しくなって行くことが予想されます。会社の金銭の管理は、ルーズにならないよう、特に気を付けておくことが必要です。