弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラ事案で女性から聴き取り調査をするうえでの留意点-虚偽供述の動機に注意(婚姻のうえ、子どもに恵まれているという立場を守りたい)

1.セクハラ事案における女性の供述の信用性

 このブログでも何度か言及したことがありますが、私の実務経験上、女性が殊更にセクハラの被害をでっちあげるという事案は、なくはないにしても、数としてはそれほど多くないだろうと思っています。

 しかし、セクハラを自分から積極的に問題にしてゆくという場面ではなく、複数の女性へのセクハラを繰り返す労働者を処分したい使用者から聴き取り調査を受けるといったように、客体としてセクハラ事件に関与する場合には、事情が変わってきます。この場合、現在の立場や名誉を守るため、事実を枉げて被害者であるとの立場から事情の説明が行われる可能性があります。

 近時の公刊物に掲載されている名古屋地判令元.9.30労働判例ジャーナル94-60 愛知県公立大学法人事件もそうした事案の一つです。

2.愛知県公立大学法人事件

 本件の原告は愛知県立大学の准教授の方です。被告・愛知県立大学から学生へのセクハラを理由して解雇されたことを受け、その効力を争い、地位確認等を求める訴訟を提起したのが本件です。

 本件では、セクハラを受けたとされる女性(E)の供述の信用性が、争点の一つとなりました。

 裁判所は次のとおり述べて、Eの供述の信用性を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、Eに係る事実について、原告が平成19年2月下旬から同年3月初め頃の間に、当時本件大学大学院美術研究科の研修生であったEと性的接触の上でついには性交渉に至った旨主張し、Eも、

〔1〕原告は、平成19年3月、原告の自動車内でEにキスをし、それぞれの自動車でEの自宅に赴いてEを抱きかかえ、覆い被さり、身体を触るなどしたが性交渉には至らなかった、

〔2〕原告は、数日後(平成19年3月15日から始まったEの個展より前)、「この前のリベンジがしたい。」などと言ってEを原告の自宅に連れていき、Eと性交渉に至った、

〔3〕しかし、原告は、Eと関係を持った直後から冷たい態度をとるようになった、

などと供述している・・・。」
「他方、原告は、

〔1〕原告は、平成19年3月下旬の謝恩会の日にEとキスをし、Eの自宅に赴いたが性交渉には至らなかった、

〔2〕原告は、Eの本件大学卒業後である平成19年4月下旬頃、原告の自宅でEと性交渉に及んだが、真摯な交際を考えてのことであった、

〔3〕しかし、原告は、Eから過去の性経験について聞かされたことからEに対して性病検査を勧め、その後、交際を続けることはなかったが、Eとの交流は継続した

と供述しており・・・、Eの上記供述とは、Eの自宅での性的接触及び原告の自宅での性交渉という事実については一致しているものの、その時期及び前後の経緯等については一致していない。」
「そこで検討するに、Eの前記供述については次の点を指摘することができる。
(ア)Eは、J管理課長らから原告との間の出来事について聴取を受けた上で作成した書面(乙18の1)においては、原告との初めての性的接触の時期を平成16年3月の謝恩会の日であり、その日に原告の自動車でEの自宅に送ってもらったが、原告の自宅で性交渉に至ったのはその数日後である旨供述している。しかるところ、上記書面の記載とEの前記供述との間には、性的接触等が発生した時期及びその経緯という重要な部分に変遷がある。
 Eは、上記変遷の理由として、第二子の授乳をしながら聴取を受けたことや飽くまで匿名で話をすることになっていたことを挙げるが、J管理課長が作成した上記書面を確認の上、署名押印をしているのだから、その内容を慎重に検討することは十分に可能であったばかりか、原告に対して処分を求める意向を敢えて書き加えている以上、匿名であるからといって不正確な事実の記載を容認したとするのは不自然である。このように、Eは、上記変遷について合理的な説明をしているとはいえない。
(イ)Eは、平成19年4月以降も、原告との間でミクシィのメッセージ機能による連絡を継続しており、そのメッセージの内容も、アクリル画に関するものなど自然な内容のものであるばかりか、本件大学を訪れて原告と会話している。このように、原告がEに対する連絡を絶ったということはなく、また、Eに対して冷たい態度をとったこともうかがわれない。
 かえって、Eは、平成19年5月25日、原告に対して原告の求めに応じて性病検査を受けたことを報告している。男性の求めによってこのような検査を受けることは、女性にとって屈辱的とみる余地が大きいものであるが、Eのメッセージにはそのような気配が感じられず、原告も、Eの健康を祈る旨を返信していることに照らすと、当時の両者の関係が何らかの緊張をはらんだものであったとは認められない。
 このように、Eの前記供述のうち原告の性交渉後の態度に関する部分は、他の客観的証拠と整合していない。
(ウ)さらに、Eは、婚姻や第一子の出産後も原告との交流を円満に継続しており、原告に対して消極的ないし敵対的な態度をとるようになったのは、性交渉から約6年後の平成25年3月21日にJ管理課長らから事情聴取を受けるようになってからである。そして、J管理課長らの事情聴取が、過去における原告とEの間の性的な関係に関するものであり、Eは、その時点で婚姻の上で二児に恵まれているという環境を享受していたのであるから、EがJ管理課長らに対して自らが専ら被害者であるとの立場で事情を説明し、その説明を維持しようとしたとしても、そのことは、あながち不合理ではない。
「以上によれば、Eの前記供述は、供述の重要部分に不自然な変遷があり、他の客観的証拠と整合せず、自己の立場ないし名誉を守るために事実を枉げて供述した疑いの残るものであるといえる。」

3.古い事件を掘り返す時には注意

 セクハラに限ったことではありませんが、古い事件の受任を躊躇する弁護士は少なくないと思います。

 時が経過すると、物証が散逸していたり、関係者の記憶が曖昧になっていたりして十分に情報を把握することが困難になります。

 また、積み重なった既成事実を覆して行くにあたっては、それまで事件化していなかったことに合理的な説明を加える必要も生じます。

 加えて、どこの地雷が埋まっているか分からない怖さがあります。本件のように関係者を取り巻く環境が変化していて、当時存在していなかった虚偽供述の動機が時の経過により生成してしまっていることがあります。

 古い事件を適切に掘り返して行くにあたっては、気にしなければならないことが数多くあります。しかし、その全てを気にかけ、適切な事実認定を行って行くことは、一般の方にとって必ずしも楽な作業ではないと思います。

 もし、やむを得ず、古い事件に踏み込んでいかざるを得ない場合には、できるだ早期の段階から事実認定に習熟した弁護士を関与させることをお勧めします。