弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

高齢で認知症を患っている親族に自動車の運転を止めてもらうには

1.認知症患者による自動車運転

 時折、認知症を患っている家族が自動車を運転するのを止めさせることができないかという相談を受けることがあります。

 悲惨な交通事故に関する報道が定期的になされている中、高齢・認知症の家族を介護する方にとっては、不安が大きいのではないかと思います。

 相談への対応は、基本的には、ご本人の納得のもとで運転を止めてもらえるよう、説得してみてはどうかといった内容になるのではないかと思います。

 しかし、諸々の事情からどうしてもやむを得ないと思われる場合には、警察に情報提供して運転免許の取消処分をしてもらえるように働きかけるという選択肢を提示することもあります。

2.認知症と運転免許の取消

 道路交通法103条第1項1号の2は、

「認知症であることが判明したとき」

を免許の取消事由としています。

 ここで言う「認知症」は同法90条1項1号の2で

「介護保険法・・・第五条の二第一項に規定する認知症・・・である者」

と定義されています。

 介護保険法5条の2第1項は、認知症を、

「脳血管疾患、アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態をいう」

と定義しています。

 このように、法律はアルツハイマー病などの認知症に罹患した方の運転免許を取り消すことが可能な造りになっています。

3.家族からの働きかけによる運転免許の取消処分

 家族であったとしても、公安委員会に権限の行使を義務付けることはできません。しかし、情報を提供して運転免許の取消に係る職権を適切に行使するよう促すことはできます。

 そうした働きかけによって、実際に運転免許が取り消された例もあります。

 近時の公刊物に掲載されていた東京高判平31.1.16判例タイムズ1466-86も、そうした事案の一つです。

4.東京高判平31.1.16判例タイムズ1466-86

 満80歳を過ぎても自家用車の運転を続けている人がいました。その方は、自動車運転中に大型トラックとすれ違った際、これを避けようとして操作を誤り、路外のフェンスに自車を接触させる事故を起こしました。

 これを心配した子ども達は自動車運転を止めるように求めましたが、その方がアドバイスを受け入れることはありませんでした。

 子ども達は、自家用車の鍵を隠したり、自動車を廃車にしたりして、自動車運転を止めようとしました。しかし、その方は新たに中古車を購入して自動車運転を続け、また自車を隣家の車に接触させる事故を起こしました。

 その後、その方は医師から認知症の疑いを指摘されましたが、自動車運転を止めることはなく、更に直進走行中の対抗車両のフェンダー部分と自車とを接触させる事故を起こしました。

 こうした経緯のもと、子ども達は、その方に自動車運転を止めさせることができないかを神奈川県警察本部交通部運転免許本部免許課に相談するようになりました。

 同免許課は家族からのその方の診断書の提出を受けた後、聴聞手続を実施したうえで、その方に運転免許取消処分を発令しました。

 その方が運転免許取消処分の取消を求めて公安委員会を訴えたのが本件です。

 裁判所は次のとおり判示し、運転免許の取消処分は適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「認知症に起因する様々な社会的リスクを避けること(自傷他害による重大な事故の発生を防止することなど)も、現代社会における重要な要請である。初期の軽度の認知症の段階であっても、認知症患者による移動者運転は、社会に極めて大きな危険をもたらす行為である。そうすると、認知症患者による自動車運転は、ためらくことなくこれを禁止すべき社会的要請が非常に高い。事故の認知機能の低下を受容する気持ちを持てず、かえってこれを指摘する意思と喧嘩をする者については、なおさらである。道交法103条第1項第1号の2の立法趣旨は、このような点にあるとみられる。前記認定事実(各種検査結果、自動車事故歴、自己の認知機能低下の否定)によれば、第1審原告は、アルツハイマー病に基づく脳の器質的変化により、日常生活(自動車の運転を含む。)に支障が生じる程度にまで記憶機能その他の認知機能が低下しているものと解され、本件取消処分は、法律の要件を満たすものとして適法であることは勿論、実質的な妥当性も高いものである。」

5.認知症であったとしても基本的にはご本人の了承を得られるよう説得すべきであろうが・・・

 認知症に罹患してしまったとしても、その方の意思を尊重しないでよい理由にはなりません。ご本人の意思に反して無理に免許を取り消させるようなことには、可能な限り慎重になるべきだと思います。

 しかし、事故を繰り返すなど、そうも言っていられない事情が生じた場合には、本件の子ども達がとったように、警察に情報提供して運転免許の取消処分をしてもらえるように相談してみることも考えられます。