弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「同一労働同一賃金」は「悪い意味」で大きな意味を持っているのか?

1.同一労働同一賃金に関する記事

 ネット上に、

「賃金は減り、リストラが加速…… ミドル社員を脅かす『同一労働同一賃金』の新時代」

という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200110-00000019-zdn_mkt-bus_all&p=1

 記事には、

「20年の大きな目玉といえば、4月から施行される『同一労働同一賃金制度』です。本来、同一労働同一賃金とは、職務内容が同じであれば、同じ額の賃金を従業員に支払うという制度です。」

「『正規か非正規かという雇用形態にかかわらない均等・均衡待遇を確保し、同一労働同一賃金の実現に向けて策定するものです』」

「これは厚生労働省が示した『同一労働同一賃金ガイドライン』の冒頭に書かれている文章ですが、『均等・均衡待遇』という文言は、実に大きな意味を持ちます。

いい意味で? いいえ、悪い意味で。

同一労働同一賃金に『均等』だけではなく『均衡』という2文字が入ることは、働く人の賃金に悪影響を与える可能性が高まってしまうのです。

「『均等』とは、一言でいえば『差別的取り扱いの禁止』のこと。国籍、信条、性別、年齢、障害などの属性の違いを賃金格差(処遇含む)に結び付けることは許されません。仮に行われたとすれば、労働者は損害賠償を求めることが可能です。」

「一方、『均衡』は、文字通り『バランス』。『処遇の違いが合理的な程度及び範囲にとどまればいい』とし、『年齢が上』『責任がある』『経験がある』『異動がある』『転勤がある』といった理由を付すれば、違いがあって当然と解釈できます。

「均等の主語は『差別を受けている人』ですが、均衡は『職場』。『均等』では、差別を受けている人(=処遇の低い方)を高い方に合わせるのが目的ですが、『均衡』では低い方に高い方を合わせても問題ありません。

などと書かれています。

 しかし、所掲の記事は法の趣旨を大分曲解しているように思います。

2.そもそも改正法に現状を劇的に変更するほどのインパクトがあるのか?

(1)同一労働同一賃金と呼ばれる仕組みの根拠となる法文

 同一労働同一賃金制度が開始されることを喧伝する記事は多く出されていますが、そもそも改正法は現状を劇的に変えるようなものではありません。

 同一労働同一賃金と呼ばれている仕組みは、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律の第8条と第9条を根拠としています。

 それぞれの条文は次のとおりです。

(不合理な待遇の禁止)
第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)
第九条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間・有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。

(2)短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条、9条の改正前から似たような仕組みはあった

 上記の8条、9条の条文は突然降って湧いたような仕組みではありません。

 法改正がなされる以前から似たような仕組みはとられていました。

 短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律は、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律という名前の法律を前身にしています。

 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条及び9条には次のような条文がありました。

(短時間労働者の待遇の原則)
第八条 事業主が、その雇用する短時間労働者の待遇を、当該事業所に雇用される通常の労働者の待遇と相違するものとする場合においては、当該待遇の相違は、当該短時間労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
(通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止)
第九条 事業主は、職務の内容が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」という。)については、短時間労働者であることを理由として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、差別的取扱いをしてはならない。

 以上は短時間労働者と通常の労働者との間での問題ですが、有期雇用労働者と無期雇用労働者との間での不合理な労働条件格差も労働契約法20条により旧来から許されないとされていました。労働契約法20条の法文は次のとおりです。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 労働契約法20条は職務の内容や配置の変更の範囲が同じ場合にも適用されます(最二小判平30.6.1労働判例1179-34長澤運輸事件参照)。

 法改正以前の立法状況と対照すれば分かるとおり、旧来から似たような規制はなされていました。短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律の第8条と第9条は、旧来の規制を再確認・整理する程度の意味を持つにすぎず、現状を劇的に変えるような新制度が導入されるわけではありません。

 法改正の経緯をどのように認識すれば、同一労働同一賃金の導入・施行が「悪い意味」で「実に大きな意味」を持つというのかは不明というほかありません。

(3)「均衡」という言葉も前から法改正前から普通に使われていた

 上述の労働契約法20条の趣旨について、最高裁は、

「期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。」

との理解を示しています(最二小判平30.6.1労働判例1179-20ハマキョウレックス(差戻審)事件参照)。

 均衡処遇を求めることを趣旨とした労働契約法20条により、労働条件格差の不合理性が認定された裁判例は数多く出されています。

 記事の筆者の

「同一労働同一賃金に『均等』だけではなく『均衡』という2文字が入ることは、働く人の賃金に悪影響を与える可能性が高まってしまうのです。」

という記載は均衡処遇を求める労働契約法20条が実際の裁判において果たしてきた役割と整合的ではありません。

 そもそも短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律の8条及び9条に「均衡」の2文字は出てきませんが、従前の裁判例の流れを理解していれば、「均衡」という2文字が入ることが働く人の賃金に悪影響を与える可能性を高めるという理解にはならないのではないかと思います。

(4)改正法の施行は現状を劇的に変えるものではない

 以上のとおり、法改正以前から似たようなルールは施行されていましたし、「均衡」という言葉もルールの中に取り込まれていました。

 改正法の施行は現状を劇的に変更させるようなものではありません。従来、労働者を守る脈絡で用いられてきた「均衡」という言葉が法改正の前後で意味を180度変えるというのも考えづらいことです。

 改正法の施行が悪い意味で大きな影響を与えるだとか、働く人の賃金に悪影響を与える可能性が高まるだとかいった評価には、理由がないように思われます。

3.理由を付すれば違いがあって当然? 「均衡」では低い方に高い方を合わせても問題ない?

 均衡処遇は理由を付しさえすれば違いがあっても当然とされるようなルールではありません。上述の条文を参照すれば分かるとおり、理由があるだけでは労働条件格差は正当化されません。その理由が不合理とは認められないものであって初めて労働条件格差は許容されます。

 「理由を付すれば、違いがあって当然と解釈できます。」との見解は法文に合致しない理解であるように思われます。

 また、厚生労働省告示第 430号、いわゆる同一労働同一賃金ガイドラインは、

短時間・有期雇用労働法及び労働者派遣法に基づく通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等の目的は、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者の待遇の改善である。

(中略)

「短時間・有期雇用労働法及び労働者派遣法に基づく通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等の目的に鑑みれば、事業主が通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等を行うに当たっては、基本的に、労使で合意することなく通常の労働者の待遇を引き下げることは、望ましい対応とはいえないことに留意すべきである。」

と明記しています。

 行政解釈は司法判断にも当然影響を与えます。

 記事の筆者は「『均衡』では低い方に高い方を合わせても問題ありません。」と主張していますが、行政解釈と真っ向から抵触するような理解に問題がないわけないだろうと思います。労働条件の不利益変更による格差是正に関しては許容される余地がないとまで言うつもりはありませんが、これが適法とされる場面はかなり限定されるのではないかと思います。

4.メディアには正確な情報を発信する責任はないのだろうか

 普通に考えれば、法改正は労働者に不利益を与えるようなものではありません。現状を大きく変えるものでもありません。それを悪い意味で大きな意味を持つだとか、「『均衡』では低い方に高い方を合わせても問題ありません。」などと断じられる根拠は不明というほかありません。

 記事に書かれている言説を信じた使用者が安易に労働条件の不利益変更で格差是正を図ったり、そのような措置を受けた労働者が権利の救済を諦めてしまったりすることを考えると、専門的な記事を執筆・掲載しようとするメディアには、もう少し慎重さが求められてもよいのではないかと思います。