弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワハラを理由とする損害賠償請求訴訟-メモでは勝てない

1.パワハラを理由とする損害賠償請求

 パワハラを理由とする損害賠償請求訴訟において、個々のハラスメント行為の立証責任は労働者側が負っています。

 録音・録画のような客観的な証拠があれば、立証は比較的容易です。しかし、後の訴訟提起を企図してハラスメントを録音・録画媒体に記録している人は、決して多いとはいえません。

 それでは、録音・録画とまではいかなくても、ハラスメントを受けて悔しい思いをした時に作っていたメモを根拠にハラスメント行為の存在を立証することはできないでしょうか。

 この点が議論された裁判例が近時公刊された判例集に掲載されていました。名古屋高金沢支判令元.8.21労働判例ジャーナル93-26・津幡町事件です。

2.津端町事件

 本件は、町職員が同僚からパワハラを受けたとして、町に対し、使用者責任の追及や国家賠償請求を試みた事案です。

 この時、原告はハラスメントを受けた日に記載したメモ帳に立証の力点を置きました。

 しかし、裁判所は次のように述べ、メモ帳が主としてその日に受けた出来事についての気持ちを書いたものであるとしながらも、違法なハラスメント行為の立証がないとして、一審同様、請求は認められないと判示しました。

 以下に判旨を示します。なお、本件は一審敗訴判決を受けた原告が控訴しているので、原告=控訴人です。

(裁判所の判断)

(1).メモの信用性

「控訴人は、被控訴人cらが、控訴人の挨拶を無視したり、控訴人のことを中傷する発言をしたりするなどの嫌がらせをした旨主張し、控訴人の、原審における本人尋問の結果(以下、人証についてはいずれも原審)及び陳述書・・・中には同旨の供述部分があるほか、控訴人が嫌がらせを受けた日に記載したとするメモ帳・・・や当時被控訴人町の社会福祉課(控訴人配属の長寿介護課の隣)に勤務していたe(以下「e」という。)の陳述書(甲5)にもこれに沿う記載がある。」
「なお、上記メモ帳については、控訴人がメモを記載した時期が争われているが、メモの内容としては、仕事に関することは少ない上、毎日記載されているものではないが、明らかに日付を誤った記載(控訴人のお茶出し当番の日が被控訴人ら主張のとおりであることを裏付ける的確な証拠はない。)や不自然な記載は見当たらず、その記載振りからすると、控訴人において、主としてストレスのはけ口として、その日に受けた出来事についての気持ちを書いたものと認められ、具体性を欠き、また控訴人の主観が多分に含まれているものであることは否めないものの、その記載内容の信用性はあるものというべきである。

(2)メモでハラスメントの存在を立証できるか

(イ)挨拶の無視について
「上記メモ・・・の10月18日分には、

『朝あいさつむし あいさつはいらんのか!人間として最低や』(〔5〕)、

10月31日分には、被控訴人fらに

『早退したこと あいさつ むし 返事なし」(〔8〕)

などの記載がある。

「これに対し、被控訴人cらやgはこのような事実を否定するところ・・・、被控訴人cは、控訴人は係の皆さんにおはようございますと言う程度なので、みんな会釈を返す感じだった、被控訴人cも控訴人に会釈ぐらいはしていた旨を述べる一方で、左隣の控訴人が採用されたばかりで、同じ業務を担当する後輩であるのに、世間話をするなどして控訴人が職場になじむようにするでもなく、業務上のことを含めて、控訴人に話しかけたり、控訴人から話しかけられたりすることはなく、黙々と仕事をしていた旨を述べていること、控訴人が途中から職場の自席で昼食をとらなくなったこと・・・に照らすと、控訴人と被控訴人cの職場内での関係は不良であり、同人らの間には会話らしい会話もないような状況にあったと認められる。」
「これらからすると、控訴人は、被控訴人cらが軽く会釈した程度であったために、これを『むし』と捉えた可能性も否定できず、また、例えば、控訴人が被控訴人cら一人一人に対し各別に朝のあいさつをしたにもかかわらず、被控訴人cらにおいてこれに応答しなかったといった、控訴人の人格を否定するような、まさしく『無視』といえる具体的態様であったことを認めるに足りる証拠はない。被控訴人cらが声に出して挨拶や返事を返さなかったというだけでは、上記のとおり、控訴人と被控訴人cの職場内での関係は不良であり、同人らの間には会話らしい会話もないような状況にあったことをも併せ考えると、直ちに控訴人に対する不法行為が成立するものとは認められない。」
(ウ)中傷等の発言について
上記メモ・・・の10月18日分には、被控訴人cが『いらん仕事ふやしたと言った』・・・、11月には『何しているんや いらん仕事ふやした 書きなおしして嫌にならんか 辞めるやろ』『毎日きこえてる気持ち↓』・・・、『毎日毎日わるぐちばかり聞こえてるわ 私、好き嫌いはげしいからきこえてるわ。私もお前たち大嫌い』・・などと記載されているところ、控訴人は、被控訴人cらに認定調査票の確認を依頼した際に、被控訴人cらから、上記のような発言があった旨を述べている・・・。」
「これに対し、被控訴人cら及びgは、被控訴人らが控訴人を中傷するなどの発言をしたこと自体を否定しているところ・・・、上記メモにある『わるぐち』について、具体的にどのような発言があったのかを認めるに足りる的確な証拠は見当たらず、『聞こえてるわ』『私、好き嫌いはげしいからきこえてるわ』との記載内容からすると、果たして具体的発言があったのかも疑わしい。
『いらん仕事ふやした』『書きなおして嫌にならんか』『辞めるやろ』といった記載についても、具体的にどのような状況ややり取りの中でなされたかを認めるに足りる証拠はなく、上記メモの記載はこれのみから、被控訴人らの行為が職務上の指導、助言を超えて違法というには足りない。なお、eの陳述書(甲5)には、給湯室での被控訴人cらの近くで仕事をしている女性たちの会話の中で、『aさん、あの二人(cさんとdさん)にまた言われているわ』などと話をしているのを聞いた旨の記載があるが、この記載では、被控訴人cらが控訴人に対してどのような発言をしたのかが明らかではない。
「以上のとおりであるから、上記メモの記載は、上記eの陳述書を併せ考えても、被控訴人cらが控訴人に対して違法な言動をしたと認めるには足りないというべきである。」
(エ)その他の被控訴人らの言動について
 上記メモ・・・の10月20日分には、『むし むし ばかり 何もきけない おしえない』・・・、11月には、被控訴人dが『手伝いほしいと言う、私が行くと言うと』被控訴人cは『にらんで』被控訴人d『といく』・・・、『ゆのみも洗ってない 私のだけはじにおく いじめか』・・・、『ゆうびん出してやろうとしたら さわるなだって 時間まに合わないからやってやろうとしたら』『さわるな』『c なに様だ しね』・・・などの記載があり、また、eの陳述書・・・には、自らが目撃した事実として、控訴人がおそらく仕事のことを質問しようとしているのに、被控訴人cと被控訴人dの二人とも目も合わせず全く無視し、控訴人はとても困った様子であった旨の記載がある。」
しかしながら、上記メモの記載からは、被控訴人らの控訴人に対する対応が穏当でなかったとはいえるものの、上記のとおり、控訴人と被控訴人cの職場内での関係は不良であり、同人らの間には会話らしい会話もないような状況にあったことからすると(上記メモの『c なに様だ しね』との記載からもその不良さが窺える。)、一見穏当を欠く言動がなされたとしても直ちに違法とはいえず、被控訴人cらの言動が具体的にいかなる状況の下でされたかを具体的に特定することはできず、何らかの思い違い等による可能性や、仕事のやり方の行き違いにすぎない面があることもうかがわれるから、上記メモの記載は控訴人に対して違法な言動がなされたと認めるには足りないというべきである。また、控訴人が長寿介護課に出勤していた期間中のeとのLINEでの会話には、『後出しジャンケンじゃあないけど、入職した時に全く教えてもらってないことを、何で知らないの?という雰囲気はやめて欲しいと思ってます』『もうそれは初めて聞きましたと言うのも嫌になってます』との記録があるが、具体性を欠くものであり、また『雰囲気はやめて欲しい』といったように控訴人の主観が多分に含まれたものであり、また、被控訴人cらの具体的な言動について相談していた記録は見当たらず・・・、控訴人が、その在職中、gを始めとする他の職員に対し、パワハラの被害を受けているなどといった申出をしたことがなく、被控訴人町にパワハラの相談窓口があるか調査するなどしていないから・・・、上記LINEの記録も控訴人に対して違法な言動がなされたと認めるには足りないというべきである。」
「これらからすると、その他本件事由・・・に係る被控訴人cらの言動においても不法行為法上の違法があるとまで認めるに足りない」

3.メモでの立証では勝ちにくい

 本件のメモは、基本、その日につけていたものとして信用性が認められています。

 しかし、言われた時の具体的な態様が良く分からない、どのようなやりとりの状況のもとでの発言なのかが分からない、具体的にいかなる状況下でなされたのかを具体的に特定できないなどの理由から、メモによる違法なハラスメント行為の立証を否定しました。

 ハラスメントで法的措置をとることを前提とした場合、キーワードのみのメモでは証拠として薄いと言われる可能性があります。証拠としては録音・録画などで一連の経緯も含めて証拠化しておくことが重要です。また、何等かの理由で録音・録画ができず、メモをとるとするならば、前後の脈絡や具体的な状況まできちんと記録化しておくことが必要です。

 パワハラを理由として法的措置をとることを検討している方の一助になればと思い、本記事を執筆しました。