弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

訴訟活動の一環として行う弁護士の発言等の違法性阻却基準

1.訴訟活動の中で相手方の名誉や信用を損なうこと

 訴訟活動を行う中では、相手方の名誉や信用を損なう主張に踏み込まざるを得ないことがあります。

 例えば、セクハラやパワハラの被害を受けたとして損害賠償を請求する場合、どういうひどいことをされたのかを訴状に書き連ねて行くことになります。

 これは、被告側・酷いことをしたと言われた側からすれば、自分の名誉や信用を毀損する行為に感じられるだろうと思います。

 名誉毀損と民事上の不法行為責任に関して、最一小判昭41.6.23最高裁判所民事判例集20-5-1118は、

「民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である」

と判示しています。

 しかし、民事裁判の対象は、私的な事実に係るものが普通です。目的も私的な権利利益の実現にある場合が殆どで、私人が公益目的で民事訴訟を提起することは、むしろ珍しいケースだと思います。また、事実認識や事実に対する評価に見解の相違があるから訴訟にまで至るのであり、真実性の立証ができなければ即名誉毀損で問題にされるというのでは、怖くて誰も訴訟提起することができず、裁判というシステムが機能しなくなってしまいます。

 そのため、訴訟活動の一環として相手方の名誉や信用を損なうことに関しては、名誉毀損に関して一般的に言われている、①公共の利害に関する事項、②公益目的、③真実性といった要件とは異なる観点から違法性阻却の要件が議論されています。

 訴訟活動と不法行為の成否に関しては、今から10年以上前、2007年に裁判官の手による論考が発表されています。室橋秀紀『訴訟活動と不法行為の成否-その現状と課題』判例タイムズ1242-26です。

 これによると、

「裁判例は・・・民事訴訟における主張立証活動については、・・・その中に他人の名誉を損なうものがあったとしても、当然に名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、正当な訴訟活動の範囲内にとどまる限り、原則として違法性がないと考えている点ではほぼ一致しており、・・・不法行為の成立を例外的場面に限定するという基本的な考え方は固まっている」

「近年の裁判例には、①訴訟行為と関連し(関連性)、②訴訟遂行のために必要であり(必要性)、主張方法も不当とは認められない場合(相当性)には違法性が阻却されるという基準を提示するものが目立つ」

とされています。

 ポイントは、真実性が必ずしも違法性阻却の要件とはされていないことです。裁判に勝った後、相手方の弁護士に対して文句を言いたいと相談されることはそれなりにあります。しかし、訴訟活動に対して適用される違法性阻却に関するルールは、ネット上に流布している、①公共の利害に関する事項、②公益目的、③真実性といった基準とは大分異なるため、圧倒的多数のケースでは、

「弁護士に対する責任追及は難しいです。裁判は見解の相違をぶつけ合うものだから、色々思うところはあるでしょうが、その気持ちは仕方ないものとして飲み込むしかないです。」

と回答することになります。

 訴訟活動と不法行為の成否との関係についての論考が出たのは、もう10年以上も前の話であり、最近の議論状況はどうなのだろうかと気になっていたところ、近時公刊された判例集に、この点が問題になった裁判例が掲載されていました。

 東京地裁平29.9.27判例タイムズ1464-213です。

2.東京地裁平29.9.27判例タイムズ1464-213

 この事件は、①口頭弁論期日における弁護士の発言、②民事訴訟における準備書面の記載、③家事調停における準備書面の記載の適否が問題になりました。

 裁判所は違法性阻却のルールについて、次のような判断基準を示しました。

(口頭弁論期日における弁護士の発言)

「本件各発言は、本件婚費訴訟の訴訟活動の一環としてされたものであるところ、民事訴訟は、私人間における私的紛争の当事者が相互に攻撃防御を尽くし、裁判所が双方の訴訟活動を踏まえて事実認定及び法的判断を行うことにより紛争を解決する制度であり、時として、一方当事者の訴訟活動が相手方当事者等の名誉ないし信用を損なうようなものとなる場合もある。しかし、それが、当該訴訟における一方当事者の立場からして、その権利を実現するために必要な訴訟活動と認められる場合にも全て名誉毀損として不法行為責任を負わなければならないとすれば、訴訟活動の萎縮にもつながり、相当とはいえない。そうすると、当事者の訴訟活動中に、相手方等の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが直ちに名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、当該訴訟における争点の判断のために必要であり、表現方法も不当とは認められない場合には、違法性が阻却されると解するのが相当である。

(民事訴訟における準備書面)

「本件婚費準備書面の提出ないし陳述行為は、本件婚費訴訟の訴訟活動の一環としてされたものであることから、以下、前記5に記載したのと同様の観点から、本件婚費準備書面の提出ないし陳述行為の違法性が阻却されるか否かについて検討する。

※ 「前記5」というのは弁護士の発言に関する判示事項を受けています。

(家事調停における準備書面)

「本件離婚準備書面の提出行為は、本件離婚調停における活動の一環としてされたものであるところ、離婚調停においても、紛争の実態を解明するために相互の主張を自由闊達に行わせる必要性や、当事者間の法律上又は事実上の利害関係が鋭く対立し、相互の利害や感情の対立も激しくなる場合があり得ること等に照らすと、民事訴訟における訴訟活動による名誉毀損の場合と同様の趣旨が当てはまるものというべきであって、本件離婚調停における活動の一環としてした行為により、相手方等の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが直ちに名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、本件離婚調停における争点の判断のために必要性があり、表現方法も不当とは認められない場合には、違法性が阻却されると解するのが相当である。

3.争点の判断のための必要性と表現方法が不当でないこと

 今回の裁判所の判断を見ていると、10年以上前のトレンド(①関連性、②必要性、③相当性)が定着してきたのかなという気がします。

 訴訟活動への萎縮を防ぐことに配慮した穏当な基準だとも思います。

 結論として、本件では、口頭弁論期日における発言や、準備書面の記載の一部について弁護士の責任が認められてはいるものの、裁判所によって違法性が認定された発言等は、

「あなたは弁護士として不適当、向いていない。弁護士倫理上問題がある。」

「私は綱紀委員に所属しているが、このような弁護士がのさばっていることが問題、綱紀委員でも問題にする。」

「婚姻費用の支払口座がX1弁護士となっているが、原告にきちんと渡っていないんじゃないか。」

「X1弁護士は着手金欲しさにこの訴訟を提起したものとしか考えられない。原告に対して十分に説明したとは考えられない。」

「あなたのような人が修習生を教えていることが問題。修習委員会にも報告する。修習生がかわいそう。」

などといったかなり過激なものです。

 裁判で重要な意味を持つのは権利の存否を基礎づける事実の有無であり、弁護士の人格を否定することは裁判の勝敗とは関係がありません。そのため、なぜ本件で被告となった弁護士の方がこれほど激しい言葉を使ったのかは分かりませんが、流石にこのようなことを言えば、責任を問われるのも仕方ないかなと思います。