1.教育公務員と未成年者との交際
教育公務員が未成年者と交際し、それがもとで懲戒処分を受ける例は、比較的多くみられます。
文部科学省の
「平成29年度公立学校教職員の人事行政状況調査について」
によると、
年間210名の教員が、わいせつ行為を理由に懲戒処分を受けています。
わいせつ行為等の相手方の属性は、
自校の児童 8.6%
自校の生徒 37.6%
自校の卒業生 1.4%
18歳未満の者 16.7%
となっています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/1411820.htm
児童、生徒に対するわいせつ行為の処分量定は厳しく、東京都の場合、同意の有無を問わず、キスをすれば、それだけで基本的には免職になります。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/staff/personnel/duties/culpability_assessment.html
画一的に厳しい処分が科されるためか、児童、生徒に対するわいせつ行為を理由とする免職処分の可否は、定期的に裁判所で争われています。
その中で、教育公務員側から良く提示される主張は、将来を見据えた真剣交際だったというものです。交際の実体が双方同意のうえの真剣なものだったのに免職にするのは行き過ぎではないかという論理です。
近時の公刊物に掲載された、東京高判平30.9.20判例時報2413・2414-31も、そうした立論が通用するかが争われた事案の一つです。
2.将来を見据えた真剣交際といえるための条件
この事件は、裁判所において、未成年者との交際を、将来を見据えた真剣交際であると認めてもらうための条件を推知するうえで参考になります。
この事件で原告・被控訴人になったのは、中学校教諭の方です。
わいせつ行為の相手方の属性は、行為当時15歳の従前勤務していた塾の教え子です。女子生徒の側から交際を求められ、当初は断っていたものの、女子生徒の感情が一時的なものではなく真剣なものであることを感じて、交際を開始したという経緯です。
非違行為として認定されているのは、次の事実です。
「原告は、4月、本件女子生徒に対し、本件保護者に交際を報告したいと申し出たが、本件女子生徒は、本件保護者の理解を得ることはできないなどと述べてこれを断った。」
「本件女子生徒が、同月中旬頃、原告が休日午前中の部活動の指導に行っている間に、昼食を作って本件アパートで待っていたい旨を述べたため、原告は、本件女子生徒に対し、本件アパートの合鍵を渡した。」
「同人は、その頃から7月までの間、本件アパートを合計7、8回程度訪れ、その際、合鍵を使って入室していた。原告は、本件女子生徒が本件アパートを訪れた際、午後6時には同人を帰宅させており、帰り際に、同人に対してキスや抱擁をした。」
「原告及び本件女子生徒は、5月上旬、東京スカイツリーへ遊びに行き、2人でキスをした状態でプリクラを撮るなどして、午後8時頃には帰宅した。原告は、本件女子生徒に対し、本件保護者に交際の事実を伝えた方が良いなどと勧めたが、本件女子生徒は、どうせ理解を得られないとしてこれを断った。」
「原告及び本件女子生徒は、5月ないし7月、休日に会い、映画を見たり、食事をしたりするなどの交際を継続した。原告は、本件女子生徒に対し、本件保護者に交際の事実を伝えるように勧めたり、本件保護者に対し、交際の事実を直接伝えようと考えたが、無理に挨拶に行き交際が終わることをおそれ、思いとどまった。」
「原告及び本件女子生徒は、7月21日午前9時頃から、江ノ島及びお台場へ遊びに出掛けた。本件女子生徒は、原告の背後から原告に抱きついて夜景を見るなどして過ごした。」
「本件女子生徒は、かねてより本件アパートに宿泊したいと述べており、本件アパートを訪れた際に帰りたくないなどと泣いたこともあったため、原告は、同日、本件女子生徒の希望どおり、本件アパートに宿泊させることにした。」
「原告は、同日午後10時頃、本件女子生徒とともに、本件アパートに帰宅した。原告と本件女子生徒は、別々にシャワーを浴びた。原告は、本件女子生徒にベッドを譲り、床で寝ようとしたが、同人が一緒にベッドで寝たいと述べたため、同人と同じベッドで就寝した。」
「原告と本件女子生徒は、同月22日午前10時頃、起床し、パズルをしたり、テレビを見るなどして過ごし、同日午後5時頃、キスをして互いに抱擁した後、本件女子生徒は、帰宅した。」
以上の摘示は原審地裁のものですが、高裁でもこの通りであると認定されています。
こうした事実が発覚し、懲戒免職処分を受けた原告が、処分は社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を逸脱・濫用したものであるとして出訴したのが本件です。
原審地裁は、
「原告は、教諭の職にある者として本来は本件女子生徒を教え導く立場であるのに、いわば本件女子生徒に言われるがままに本件非違行為に及んだのであるから、思慮が浅すぎるものといわざるを得ない。しかし、原告と本件女子生徒との交際は、本件女子生徒が積極的に望んでいたものであること、原告及び本件女子生徒が将来を見据えて真剣に交際をしていたことからすれば、原告が自らの性的欲求を満たすために本件非違行為に及んだとは認められない。そうすると、本件女子生徒の判断能力が未成熟であることを考慮しても、原告が本件非違行為に及んだ動機が強い非難に値するとはいえない。」
などと真剣交際であったことを認め、結論として処分を取り消しました。
しかし、自治体側の控訴を受けた二審高裁は、
「行為の動機は交際を目的とするものであるところ、交際相手である本件女子生徒は当時15歳で高校に入学したばかりの状況であり、まだ未成熟で必ずしも十分な判断能力を有しているとはいえないし、被控訴人は、本件保護者に対して了解を求めることもせず、交際を継続し、本件非違行為に至っているのであるから、本人の同意があったとしても、本件非違行為を正当化することは許されないというべきであるし、その責任が軽減できるものともいえない。なお、被控訴人は、将来を見据えて真剣に交際していた旨主張、供述等するが、本件女子生徒は、15歳でいまだ婚姻適齢にすら達しておらず、その判断能力等も必ずしも十分とはいえない状況の下で、被控訴人は、本件保護者に対して一切話をすることもなく、本件非違行為に及んでいるのであるから、将来を見据えて真剣に交際していたなどと軽々に評価できるものではないし,教育者としての社会的責任を持ち出すまでもなく、その行為は許されるべきものではない。」
と真剣交際であると評価することに消極的な姿勢を示したうえ、原審地裁の判断を取消し、懲戒免職処分は、裁量の逸脱・濫用とは評価できず、有効だと判示しました。
3.真剣交際といえるためには保護者の了解が必要
原審地裁と高裁の判断が分かれたのは、女子生徒の判断能力の評価と、保護者の了承の位置づけが異なったからではないかと思われます。
原審地裁は女子生徒の判断能力にある程度の信を措き、保護者の了承にそれほどの力点を置かなかったのに対し、高裁は、女子生徒の判断能力を不十分であることを前提に、保護者に話を通していないことを重視したように思われます。
教育公務員の未成年者との交際は厳しい処分の対象となるうえ、真剣に交際していたという弁解を通すためのハードルも決して低くはありません。
本件では女子生徒-男性教師の組み合わせでしたが、これが男子生徒-女性教師の組み合わせであったとしても、裁判所の発想に本質的な差はないと思います。
この種の懲戒処分の効力を争う事件の見通しを立てるにあたっては、「生徒側が承諾していたうえ、教師側も真剣だったのであれば、問題ないのではないか。」と安易に考えることができないので注意が必要です。