弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場内いじめを受けたら、きちんと上司等に相談を(会社が無視しても、後の訴訟との関係では無駄にはならない)

1.相談されていなかったから、対処のしようがなかった?

 職場内いじめを受けた方が、いじめを放置した会社に対して責任追及(慰謝料等の支払いと求める損害賠償請求)をすると、会社側から

「必要な措置を講じようにも、相談されていなかったため、対処のしようがなかった。」

という反論が提示されることがあります。

 あからさまないじめが行われていた場合、別段、相談行為などなくても安全配慮義務違反が認められて良さそうな気はします。

 しかし、裁判例の中には、会社に安全配慮義務違反が認められるか否かを判断するにあたり、相談行為があったのかを重視するものもあります。

 近時の判例集に掲載されている大阪地判令元.5.21労働判例ジャーナル90-32日東精機事件も、その一つです。

2.日東精機事件

 この事件で被告になったのは、機械の製作、販売、及び修理加工等を業とする株式会社です。

 原告は被告の従業員の方です。

 原告は地位確認を含む幾つかの論点を提示していますが、ハラスメントとの関係で言うと、被告が同僚からのいじめ・嫌がらせを放置し、何の対策もとらなかったことが、安全配慮義務違反等にあたるとして、損害賠償を請求しました。

 問題となるいじめ行為としては、机の脚を蹴られる、書類の訂正を行おうとしたところ「文書偽造だ」などと詰られる、書類を原告が取れないような高さに持ち上げる、説教しながらパソコンの画面を叩くといったことのほか、他の社員との間に高さ約180cmのパーテーションを設置するといったことが認定されています。

 裁判所は、次のように述べて、原告の損害賠償請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「〔1〕原告が、本件システムへの入力を誤ってP5社員に訂正を依頼した際、机の脚を蹴ったことがあったこと、

平成25年3月頃から5月頃にかけて、

〔2〕原告が、書類の訂正を行おうとした際、P5社員が、私文書偽造だ、などと発言する、

〔3〕P5社員が、原告が棚に置いておいた書類について、なぜここにあるのかと述べた上、着席していた原告が書類を取れないような高さに持ち上げる、

〔4〕原告は、従前半年に一度の棚卸作業に従事していたところ、同年4月実施の棚卸作業について、原告に作業割当てがない、以上の出来事があったこと、

〔5〕同年4月から5月頃、原告が、納品書がないままねじの納品を受け付けたことについて、P5社員が、原告に対し、原告がそんな勝手なことをするんだから、あなたは分かってない、そもそもの発注は、などと言いながら、原告の前のパソコンの画面を叩いたこと、

以上の事実が認められる。」
「原告は、P3工場長が以上の事実を認識していた旨主張するが、上記〔1〕、〔2〕、〔3〕、〔5〕の際に、P3工場長がかかる事実を直接認識したことを認めるに足りる的確な証拠はない。上記〔4〕について、P3工場長が、原告に作業割当てがないこと自体を認識した可能性はあるが、それが何者かによるいじめ行為であると認識したことを認めるに足りる的確な証拠はない。また、原告のP3工場長に関する言動・・・に鑑みれば、原告がP3工場長に上記〔1〕ないし〔5〕について相談したとも認め難い。
「原告は、P4元社長に対し、平成25年5月7日及び同月10日頃相談ないし報告した旨主張する。しかしながら、

原告が、同日P4元社長に送信したメールの内容は、行為者の特定もなく抽象的である上、P4元社長が、『おっしゃる意味が解りません。何か暴力を受けたのですか?』とのメールを返信したところ、翌11日に相談を取り下げる趣旨のメールを送信していること・・・、

原告は、同月14日、P4元社長に対し、P5社員からパワハラを受け、恐怖心でいっぱいである旨訴えたことから、P4元社長は、この時点で、原告の主張するP5社員によるパワハラ行為の内容を認識したが、原告は、その2日後である同月16日には早退して翌17日から欠勤・休職していること・・・、

以上の点に鑑みれば、被告が、原告の休職までの間に、上記〔1〕ないし〔5〕について調査をしなかったとしても、それが直ちに被告の原告に対する不法行為を構成するとまではいえないし、被告が何の対策も取らなかったため、原告が休職するに至ったとも認められない。
「原告が、平成25年4月下旬から5月初旬頃、P8社員に対し、納品書の書き方を指導した翌日、原告と、P5社員、P8社員を含む社員4名との間に、高さ約180cmのパーティションが設置されたことが認められる。」
「P3工場長は、当該パーティションが設置された事務所内に自席を有するから・・・、P3工場長は、当該パーティションの存在を認識したと推認され、また、P4元社長は、上記パーティションを数回見ている・・・ところ、当該パーティションの高さからすれば、P3工場長及びP4元社長は、被告の事務所において、何らかの異変が生じている可能性を認識したと認められる。」
「もっとも、上記アのとおり、原告のP3工場長に関する言動に鑑みれば、

原告がP3工場長にパーティションに関して相談したとは認め難いこと、

原告が、平成25年5月14日の面談の際、P4元社長に対し、パーティションに関して相談したと認めるに足りる的確な証拠は認められないこと、

以上の点を踏まえると、被告が、上記パーティションの設置について何らかの措置を講じなかったことが、直ちに被告の原告に対する不法行為を構成するとまで認めることはできない。また、仮に、当該パーティションの設置が同僚らからのいじめ又は嫌がらせに該当するとしても、それが、厚生労働省労働基準局長発出の『心理的負荷による精神障害の認定基準』・・・別表1記載の『同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた。』に類するもので、『ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた』に該当するとはいえず、当該パーティションの設置によって、原告が精神疾患を発病したと認めることはできない。」
「以上によれば、・・・原告の請求は理由がない。」

3.会社への相談を無駄と思ってはいけない

 職場内いじめを受けている方は、

「会社に相談しても、どうせ助けてはくれない。」

という諦めの気持ちを持っている人も珍しくありません。

 しかし、人間関係の改善に乗り出しはしないまでも、訴訟リスクを踏まえたうえ、配置転換などの措置をとってくれる会社は、それなりにあると思います。

 また、仮に、会社が相談を無視・放置したとしても、本件のように勤務先に責任を問うにあたり、事前の相談行為があったのかを重視する裁判例もあるため、相談した痕跡(証拠)を残しておくことは決して無駄なことではありません。

 机の脚を蹴るなどの上司の目の届かないところでのいじめはともかく、本件の特徴は他の社員との間に高さ約180cmのパーテーションを設置するといった一見明白な問題行為にも、それを問題として把握するにあたっては事前の相談が必要であったとしている点にあります。

 個人的には、このようなことを現認したら、職場内で異常な出来事が生じていることは容易に想起できそうで、何等かの対処がなされていて然るべきだとは思いますが、裁判所は、そのような判断はしませんでした。

 後の法的措置を踏まえると、いじめを受けた場合には、諦めから何もしないのではあなく、きちんと対処の申し入れをして行くことが重要です。

 労使紛争の場面では、訴訟対応を視野に入れ、将来から逆算して一つ一つの行動を積み上げて行かなければならないことがあります。不利にならないためには、できるだけ早い段階から、弁護士に相談しておくと良いと思います。