弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職務経歴の盛りすぎはダメ

1.職務経歴の詐称

 職務経歴を盛ったことについて、勤務先に発覚したらどうなるかという相談を受けることがあります。

 即戦力が求められる中途採用の場合、労働能力の評価を誤らせる職歴の詐称は、割と深刻な問題です。

 独立行政法人 労働政策研究・研修機構のホームページ上でも、

「職歴の詐称は、即戦力を求める中途採用において多く問題となる。これまでの例をみると、職歴については、雇用の採否や雇用後の労働条件の具体的内容の決定に際して重要な判断要素となるため、これを詐称することは、解雇の客観的合理的理由となると判断するものが多い。」

とされています。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/06/61.html

 そのため、基本的な回答は、

「職務経歴を踏まえて採否・労働条件の決定がされている場合、あまり楽観的な見通ししはお示しできません。」

といったものになります。

 近時の公刊物にも、中途採用者の試用期間後の本採用拒否の理由の一つとして、職務経歴を盛ったことが問題視された事案が掲載されていました。東京地判平31.1.11労働判例1204-62社会福祉法人どろんこ会事件です。

2.社会福祉法人どろんこ会事件

(1)事案の概要(職務経歴申告上の問題を中心とした要約)

 本件で被告となったのは、保育所や障害児通所支援事業の社会福祉事業等を行う社会福祉法人です。首都圏を中心に、認証保育園や発達支援施設を運営していました。

 原告になったのは、被告の発達支援事業部の部長として中途採用された方です。

 原告の方は、平成28年11月1日に賃金月額83万4000円(年収1000万円相当)で被告に採用されました。

 原告から応募された履歴書には下記のような記載があったとされています。

「S大学大学院工学研究科やP大学大学院医学系研究科の工学修士課程や医学博士課程を終了(原文ママ)し、平成14年4月から同17年3月までE大学で研究者として在籍していたこと、同18年6月から同20年4月までM県立医科大学医学部において講師を務め、同月から同25年3月までB大学遺伝子病制御研究所感染癌研究センターにおいて独立講師を務めたこと、その後も、各種機関に務める(原文ママ)傍ら、合同会社の副代表を務めるなどし、さらに同27年4月からはN社においてコンサルタントとして地域振興といった業務に従事していたことが学歴・職歴欄及び添付の職務経歴書に記載されていた。また、事項欄には、同21年4月から社会福祉法人C会のサイエンス教室を現在も継続中などと記載されていた。

 こうした経歴を踏まえ、被告は原告の採用を決定しました。また、

「賃金について、被告は当初、募集要項と同じ年収700~850万円を想定していたが、原告の意向を踏まえ、年収1000万円に相当する月額83万4000円」

とすることが定められました。

 しかし、採用されてから短期間に多数の問題を起こしたため、被告が原告のマネジメント能力に不審を抱いて調査会社に経歴調査を依頼したところ、

「要旨、原告が現在まで継続していたと履歴書で申告していたサイエンス教室は随分前に辞めており、同月当時、C会に関与することもなかったとされていたこと、B大学でも就職後半年ほどでトラブルを起こし、大半の期間において勤務実績がなかったこと、さらにはN社やM県立医科大学でもトラブルを生じていたこと」

等が報告されました。

 被告は、原告が種々の問題を起こしたことや、経歴申告上の問題を指摘し、試用期間後の本採用を拒否することを通知しました。

 その効力を争って、地位確認等を求めて原告が被告を訴えたのが、本件です。

(2)判決の要旨(職務経歴申告上の問題に対する指摘を中心に)

 裁判所は次のように述べて、原告がした職務経歴の申告は問題だと判示しました。

「証拠・・・によれば、少なくとも、被告が経歴において重視していた点の一つである原告のC会におけるサイエンス教室の現在までの6年間に亘る継続開催につき、実際には平成26年6月から平成27年6月までの1年間において、4回ばかり科学実験の先生として関与していたと認められるにとどまって、以降、特にC会とのやり取りも途絶していたこと、さらには、同様、被告が民間企業でのマネジメント能力に関して注目していたN社でのコンサルタントとしての稼働に関しても、仔細については本訴提起後に判明した事情であったものの、履歴書付属の職務経歴書の記載から推知されるほどの活躍は認められなかったほか、そもそも稼働期間自体、その記載に反し、同28年4月から同年8月31日までとわずかであったことが認められる。この点、原告は、前者(C会での活動)の点につき、履歴書の『職歴』欄にではなく『事項』欄に記載している、C会からの要請があれば何時でもサイエンス教室に協力する用意があったから履歴の記載として誤りではないなどと主張し、原告本人も、C会の理事長とは今も懇意にしていると供述するほか、上記原告主張と同旨の供述をしているが、事項欄であっても履歴であることに変わりはなく、サイエンス教室に協力する用意があるから現在も継続しているなどとは一般にもおよそ見難い。また、原告は後者(N社での稼働)の点についても、同社からの回答・・・の証拠力も争うが、その信用性を疑わせる事情は本件証拠上認められない。以上のとおりであるから、その主張の点からその記載が正当化されるものではない。

「結局、以上のような点に照らすと、上記のように高いマネジメント能力が期待されて管理職として中途採用された原告につき、・・・・他の職員の業務遂行に悪影響を及ぼし、協調性を欠くなどの言動のほか、履歴書に記載された点に事実に著しく反する不適切な記載があったことが認められるところであり、本件本採用拒否による契約解消は、解約権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当なものと認められる。」

3.職務経歴の盛りすぎはダメ

 嘘をついて勤務先に採用されたとしても、大体碌な顛末は待っていないように思います。使用者は、その気になれば、費用をかけてでも職務経歴を調査します。働くうえで勤務先を舐めるのは絶対にダメです。詐称が発覚しないかとビクビクしながら働くのも、しんどいだけだろうと思います。

 嘘には本件の原告が主張したような独自の見解のもとでの記載も含まれます。盛るにしても限度というものがあって、常識的に採り得ないような理解のもとで「これは嘘ではない。」と強弁したところで、裁判所には通じません。

 個別案件について色々言いたくなる時はありますが、全体の傾向として見た場合、裁判所は決して弱い立場の人に厳しい機関ではないと思います。しかし、嘘をついたり、不正をしたりすることに関しては、割と厳しい立場をとることが多いのではないかと思います。

 冒頭で述べたとおり、中途採用の場面での職務経歴の詐称は、致命的な問題に発展しやすいので注意が必要です。