弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

若手を潰さないために-残業を命令していなくても若手が夜遅くまで残っていたら要注意

1.自主的・自発的に働いている?

 過労死が問題になる事案では、使用者側から、

「彼は自主的、自発的に残って働いていた(勉強していた)だけだ。」

という主張がなされることがあります。

 これは、法律的に表現すると、

長時間の時間外勤務を命令したわけではなく、安全には十分配慮していた(安全配慮義務違反の事実自体がない)、

死亡結果を予見することは不可能だったのだから、過失や因果関係が認められない、

といった主張になります。

 上司・先輩の立場からすると、命令したわけでもないのに、新入社員・若手社員が一生懸命に仕事に取り組んでいる姿を見ると、帰れと言いづらい気持ちになるのは分からないではありません。特に、仕事が好きな方にとっては、夢中になって仕事に打ち込んだ自分の新人時代と重ねてしまうことがあるかもしれません。

 しかし、自分が若手の時には平気だった・乗り越えられたんだからと個人的な経験を一般化するのは危険です。夜遅くまで働いている若手・新入社員がいたら、基本的には無理矢理にでも帰らせた方がよいのだろうと思います。業務量が多すぎるのであれば、仕事の内容を引き取ったり変更したりすることが必要です。

 死んだら後悔してもしきれませんし、死なないまでも一度メンタルを崩してしまったら、その後の職業生活に深刻な影響が生じかねないからです。

 近時の公刊物にも、管理職の認識の甘さから、過労→精神疾患の発症→自殺 の流れを止められなかった事案が掲載されていました。

 福井地判令元.7.10労働判例ジャーナル90-2 福井県・若狭町(中学教員)事件です。

2.福井県・若狭町(中学教員)事件

 この事件で原告になったのは、町立中学校の自殺した教員の父親です。

 被告になったのは、町立中学校の費用負担者である福井県と、設置主体である若狭市です。

 原告は、子どもが自殺したのは、本件学校による長時間労働等の過重な労働で何等かの精神疾患を発症したからだとして、安全配慮義務違反を理由に、被告らに対して国家賠償請求訴訟を提起しました。

 裁判所は以下のように判示して学校の安全配慮義務違反を認め、被告らに6537万8159円の損害賠償の支払いを命じました。

「本件校長は、亡dの業務遂行に関し、精神的に余裕がなく、在校時間も非常に長く、身体的にも疲労を感じていることをうかがわせる情報を得ていたのであるから、亡d又は他の教員に対する聞き取りなどにより、亡dの所定勤務時間外の業務時間やその正確な内容把握を行えば、遅くとも9月までには、亡dの所定勤務時間外の業務時間及び業務内容が、通常の一般労働者にとっても過重なものとなっており(これは教員であったとしても変わることはない。)、亡dの心身の健康状態を悪化させ得るものであったことを認識可能であったと認められる。それにもかかわらず、本件校長は、亡dに対し、早期帰宅を促す等の口頭指導をするにとどまり、これらの事項についての把握を行った上で、亡dの業務内容変更などの措置をとらなかったのであるから、本件校長は、亡dに対する安全配慮義務の履行を怠ったものといわざるを得ない。

被告らは、本件校長は時間外勤務命令をしておらず、自主的活動の範疇を超えた労働を亡dが行っていたことの認識がなかったと主張している。教員の活動には自主的、自発的な部分が存在し、それらを全て校長が管理することが困難である点は、一般論として否定するものではない。しかし、上記(2)のとおり、亡dが所定勤務時間外に行っていた業務は、教員としての業務に必要な付随的業務にあたり、亡dにおいて、同業務を所定勤務時間外に行わざるを得なかったものであるから、仮にその中に若干の自主的な部分が含まれていたとしても、同業務の遂行が自主的活動の範疇に属するということはできない。そして、同業務の遂行時間や心理的負荷が過重に及べば、心身の健康を損なう可能性があるから、明示的な時間外勤務命令がなかったことは、本件校長の亡dに対する安全配慮義務に消長をきたすことはないというべきである。
「また、被告らは、本件学校の教員らは亡dの健康状態の変化に気づくこともなく、亡dからの主訴もなかったとも主張するが、上記(3)のとおり、亡dの所定勤務時間外の業務時間及び業務内容自体が亡dの健康状態を悪化させうるものであることは、客観的に認識可能であったといえるから、本件校長又は本件学校の教員らが亡dの健康状態の変化に気が付かなかったとしても、上記結論は左右されない。
「さらに、被告らは、亡dの担当していた業務は、客観的にみれば過重なものとはいえない旨主張する。亡dの担当業務は、熟練の教員にとっては過重とまではいえないかもしれないが、亡dは、正規教員として採用後1年未満で、同時期頃に採用された教員も午後9時過ぎまで在校していたというのであり(証人f・28頁)、また、全国的にも教員の多忙化が問題視されていたことからしても(上記1(8))、当該業務は、亡dと同程度の経験年数の教員にとっては客観的に負荷の大きいものであったと考えるべきである。
「よって、被告らの主張はいずれも採用できない。」
「以上より、本件校長は、亡dの業務時間及び業務内容を把握した上で、業務の量を適切に調整するなどの勤務時間を軽減する措置等をとるべき義務(安全配慮義務)を怠ったものと認めるのが相当である。」

3.命令してない・気付かなかった・熟練すれば過重でない、はいずれもダメ

 福井県・若狭町(中学教員)事件では、被告側から提示された、

残業を命令したわけではない、

本人からの主訴がなかったのだから、気付かなかった、

客観的には過重ではなく、熟練すれば問題ない、

という主張はいずれも認められませんでした。

 近時、学校教員の長時間労働が問題視されるようになっていますが、裁判所としても看過しがたいと考えたのかも知れません。

 この事件で自殺したdは次のような日記をつけていたと判決で認定されています。

「亡dは、4月1日から9月29日までかかさず、日記をつけていたが、同日を最後にその記載は途絶えた。なお、日記の表紙には、『疲れました。迷わくをかけてしまいすみません。』と記載されていた。」
「日記には、その日の出来事や感想が簡潔に記されており、内容は必ずしも本件学校の話題ばかりではないが、業務に関する不安や疲労をうかがわせる部分としては、以下の記載がある。日付は、日記の記載日である。」
「『クラス、授業、会議で追われるような状態で余裕が全くない。』(4月21日)、『上中スタイルの授業が自分の中で上手く消化できておらず、常に自分の中にモヤモヤが渦まいている。どうしたらよいのかも考える時間すらない。ただただ疲れた。とにかく寝たい。しかし、後が詰まってくる。』(4月22日)、

『寝不足と疲れからなかなかつらいものがある。道徳の授業などの準備をしつついた。』(5月1日)、

『終りを感じ、涙が出そうになる時がある。しかし、いつまでも過去にとらわれていては私の前進はない。これまでの思い出を胸に上中で新しい自分と向き合いたい。授業について、考え続けつつ、吐きそうになったりもしたが、今は耐える時だ。』(5月6日)、

『授業の準備が追いつかず、時間もなく、眠るのが怖い。』(5月8日)、

『寝たいが、そうすれば、仕事が回らなくなるというこの状態をどうしたもんかと思いつつの一日だった。にしても疲れた。』(5月9日)、

『新しい方法での1年生の授業はわかりやすかったという感想をもらうことができて嬉しかった。午後より、教頭Tの助けをお借りしつつ、家庭訪問を無事に終えることができて、一安心した。しかし、〆切が近いものが多く、ゆっくり眠れる日はまだまだ遠いようだ。』(5月12日)、

『今、欲しいものはと問われれば、睡眠時間とはっきり言える。寝ると不安だし、でも体は睡眠を求めておりどちらへ進むも地獄だ。いつになったらこの生活も終るのだろう。さすがにこうも続くとけっこうきつくなってきた。』(5月13日)、

『g Tの「学校は何をする所か?」というお題の特別授業に参加しつつ、人の話を聞いて、涙が出そうになるほど感動することってあるんだと思いつつ「死」という言葉が頭に浮かんでいた私をまた現実に戻してくれた。自分で自分を褒める。そういえばできてないな。』(5月14日)、

『周囲からはいつも元気だと思われているんだなって近頃、気づいてきた。周りにわからないというのも辛いものがあるように思う。』(6月3日)、

『振り替えのため3限ということに大きく助けられた。i Tが自分の時間を犠牲にしてくれたおかげで、要録も作成はスムーズだった。しかし、ゆっくり休みたいがそうも言ってはいられない。』(6月9日)、

『久しぶりにノックをし、体を動かすことがいい気分転換となるのを感じる、しかし、休めない』(6月10日)、

『g Tとの話しの中で、自分があまりにもいっぱいいっぱいなことを実感させられた。余裕のない自分に涙が止まらなかった。これから、自分がやっていけるのかわからなくなった。』(6月18日)、

『生徒A母との面談を19:00より行う。どう話しても、烈火のごとく反撃がくるので、もう完全にお手上げだ。こりゃ担当降ろしの書名(ママ)も夢ではないような気がしてきた。あまりに疲れて考える気力もわかない。』(6月20日)、

『テストが完成したことに一安心しつつ、次の道徳の準備に追われて余裕が全くない。苦しみはいつまで続くのか・・・。』(6月23日)、

『テスト対策で体に余裕はあるものの明日のことを思うと余裕が全然ない。ただ寝ていたい・・・。』(6月24日)、

『初任研のレポートが書けず、苦しい。でもなんとかせねば体がすぐに眠ってしまう。本当に辛い。』(6月26日)、

『g Tの指導をうけるも全く余裕なし。このままで自分は大丈夫なのだろうか?明日は出張だ・・・。』(7月2日)、

『午後より初任研だったが、疲れて眠いままだった。二中の先生も同じ心境のようで、このままやってけるのかと、不安で仕方がない。辞めるわけにもいかし(ママ)、どうしたものか?』(7月3日)、

『バスで栗中へ行った。この2日間は連勝した。にしても息つく暇もないこの日々はいつ終る?』(7月6日)、

『全く余裕がなく苦しいだけだ。授業もなかなか上手くできず困った。生徒Bの件は、嘘もありいつの間にか一件落着した。生徒A、生徒B、生徒Cと要注意の子供と親が集中している。そりゃ、きついと感じるわな。』(7月9日)、

『終りの見通しが全く立たない・・・。』(7月10日)、

『明日が休みと思うと少しはがんばれるが、時間が足りないように思い、焦りで眠りが落ち着かない。』(9月22日)、

『睡眠時間が2時間で越前中への遠征に行ったもののバスの仮眠と気持ちいいプレーのおかげでなんとか耐えることができた。当然ながら帰ってからはダウンしてしまい、指導案の目度(ママ)が立たず泣きそうだ。』(9月28日)、

『朝から指導案を一応書き上げたものの、内容があまりよくない気がする。〆切が迫り焦るのみの自分がいる。なんでこうなってしまったのか?反省せねば、夜は、歴史の教材研究をしつつ、楽しくなっている自分がいて、0:00を過ぎても頭が冴えている。』(9月29日)」

 dは10月7日に自動車内で練炭を焚いて自殺しました。

 働きすぎると、人は死ぬことがあります。

 管理職・先輩としては、夜遅くまで新人や若手が残っていたら、口頭で早く帰って休めというだけではなく、仕事を引き取るなどの具体的な対応をとることが必要だと思われます。