弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

病気休暇の取得を公表することの是非

1.病気休暇の取得と公表

 一昔前に比べて偏見は減ってきたとはいえ、精神疾患にはネガティブなイメージがあります。告知義務があるかは措くとして、再就職にあたっても、メンタルの不調で休職した事実があることが分かってしまった場合、そのことが会社から消極的に評価されることは、決して少なくないのではないかと思います。

 それでは、病気休暇を取得した事実を勤務先から公表されないことは、プライバシーとして保護されるのでしょうか。

 この点が問題となった裁判例が公刊物に掲載されていました。

 佐賀地判平31.4.26労働経済判例速報2383-20佐賀県立高校事件です。

2.佐賀県立高校事件

 本件で原告になったのは、県立高校の教員の方です。

 平成23年1月31日、原告の方はY3医師から鬱病であるとの診断を受け、同年2月1日から5月1日までの約3か月間、病気休暇を取得しました。

 また、平成23年5月2日から平成25年1月27日までは、Y5医師から鬱病・適応障害との診断を受け、病気休職を取得しました。

 本件で問題となったのは、病気休暇の公表の是非です。

 原告の勤務先であったX1高校は、平成23年度4月号の「X1だより」の転出者欄に、原告が「病気休暇」であることを記載しました。

 この「X1だより」は、平成24年8月30日に学校のウェブサイトにも掲載されました。

 原告の方は、X1だよりへの病気休暇であることの記載、これが記載されたX1だよりのエイトへの配布、ウェブサイトへの掲載(本件掲載等)に違法性が認められるとして、国家賠償を請求しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、WEBサイトへの掲載を違法だと判示しました。

「本件掲載等は、原告が病気休暇を取得していることを不特定多数人に明らかにする行為であるところ、個人の健康状態、心身の状況、病歴等に関する情報は、通常は他人に知られたくない情報である。したがって、本人の同意を得ることなく、これをみだりに公表することは許されない。

「被告は、情報の秘匿性が高くない、掲載の必要性・正当性がある、具体的不利益が生じていないとして、本件掲載等は受忍限度内であると主張する。」

「しかし、病気であることは、本人に不利益を生じさせる情報であるから、通常は他人に知られたくない情報であって、その秘匿性が高くないなどとは到底いえない。・・・原告が病気休暇であることが記載されたのは、本件X1だよりの転出者欄であるところ、原告は、このとき転出者ではなかったから、掲載の必要性も認められない。本件X1だよりが発行された平成23年4月から1年数か月が経過した平成24年8月30日になって、広範囲の人が閲覧可能なウェブサイトにこれを掲載する必要性も認められない。」

「個人の私生活上の自由のひとつとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示または公表されない事由を有しており、他人に知られたくない個人に関する情報をみだりに開示又は公表されないことに係る利益は、法的保護に値すると解される。本件掲載等により、原告は、他人に知られたくない病気休暇を取得した事実を公表されたのであるから、これによって上記の利益を侵害され、精神的苦痛を受けたと認められる。

「したがって、本件掲載等は、国家賠償法上の違法性が認められる。

「本件掲載等により、原告の病気休暇が公表されたものの、病気の詳細は明らかにされていない。本件X1だよりの配布先は当時の生徒であり、本件X1だよりがウェブサイトに掲載されたのは5か月弱(平成24年8月30日~平成25年1月22日頃)である。学校のウェブサイトを閲覧する者の多くは、生徒、保護者、教職員などの学校関係者であるのが通常である。これらの事情を踏まえると、本件掲載等により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、10万円と認める。」

3.病名が公表されなくても、病気休暇を取得したこと自体が保護の対象になる

 本件の一つの特徴は、病名に触れるものではなかったとしても、病気休暇を取得した事実を高い秘匿性が要請される情報と位置付け、これを公表すること自体に違法性を認めた点にあると思われます。

 秘匿の対象を精神疾患による休職・休暇に限定してしまうと、秘匿されているという事実から精神疾患への罹患が推測されてしまうため、理由を問わず病気休暇を取得したこと自体を秘匿の対象として位置づけたことは、適切な判断だと思います。

 職場が従業員の病気休暇・病気休職に関する情報を厳格に管理することは、早期に休暇・休職を取得して治療を行おうという誘因になります。早期に治療を開始することは、休暇・休職期間の長期化を防ぐことにも繋がり、労使双方にとって利益になります。

 判決には、社会に対する影響力があります。慰謝料額はそれほど伸びてはいませんが、上記のような好循環を生み出す契機になるという点において、裁判を起こしたことは、決して無意味ではなかったと思います。