弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

フリーランスの業務委託料や報酬の支払い時期に関する法規制

1.フリーランスは働かせ放題?

 ネット上に、

「働き方改革逃れ? 雇用からフリーランスへの切り替え、『働かせ放題』になる危険性」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_5/n_9706/

 記事で回答者となっている弁護士は、

「Aさんは、とある企業と業務委託契約を結び、フリーランスのエンジニアとして働き始めたが、最初に報酬が支払われたのは3カ月後。その間、会社員時代の貯金を切り崩し、なんとか生活することができたという。会社員であれば月に一度賃金が支払われるが、3カ月後の報酬の支払いに問題はないのだろうか。」

との設問に対し、

「フリーランスの方の多くはAさん同様、業務委託契約や請負契約を結びますが、これらは労働契約ではありません。ですから、労働法が適用されず、業務委託料や報酬の支払い時期は契約次第になります。極端な例で言えば、納品から半年後に支払うということでも法律上は問題ありません

としたうえ、

「Aさんは、業務委託だったが出退勤の時間や作業をする場所も決められており、会社員となんら変わらない働き方をしていた。」

との前提事実のもと、

「Aさんの場合も、話を聞く限り、労働者として認められる可能性はあります」

という回答をしています。

 可能性があるのは分かりましたが、労働者性が否定された場合、Aさんを守ってくれる法律はないのでしょうか?

2.フリーランスの場合、業務委託料や報酬の支払い時期は全くの自由?

 フリーランスの場合、業務委託料や報酬の支払い時期が、基本的に契約次第であることはその通りだと思います。しかし、あまり極端なことまで許容されているわけではありません。

3.極端に支払い時期を遅らせることは可能なのか?

(1)極端に遅い支払時期を設定することの問題

 独占禁止法は

「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。

・・・(略)・・・

ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。」(優越的地位の濫用)

を不公正な取引方法として定義しています(独占禁止法2条9項5号)。

 事業者には不公正な取引方法を行うことが規制されています(独占禁止法19条)。

 優越的地位の濫用に関しては、ガイドラインが作成されており、公正取引委員会は、上記「ハ」に関し、

契約で定めた支払期日より遅れて対価を支払う場合だけでなく、取引上の地位が優越している事業者が、一方的に対価の支払期日を遅く設定する場合や、支払期日の到来を恣意的に遅らせる場合にも、当該取引の相手方に正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなりやすく、優越的地位の濫用として問題となりやすい。

との見解を示しています。

https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/index.html

https://www.jftc.go.jp/hourei_files/yuuetsutekichii.pdf

 あまりに遅い支払時期が提示される場合、そもそも契約の締結に至らないので、実務上、問題になることは少ないのではないかとは思いますが、極端に遅い対価の支払期日を定めることは、不公正な取引方法に該当するとして問題にする余地があります。

(2)支払の遅延からの保護

 なお、よりありそうなのが、一旦定められた支払期日を一方的に遅らせることです。

 この場合、先ずは下請法の適用を検討することになります。

 下請法は実務的に重要な法律の一つで、資本金規模と取引内容から、親事業者による下請事業者(個人を含む)への優越的地位の濫用を規制している法律です。

 記事の「エンジニア」がシステムエンジニアを指しているのであるとすれば、当該企業との契約は「情報成果物作成委託」という類型の契約に該当する可能性があります。

 情報成果物作成委託契約を個人が企業と結ぶ場合、相手方となる企業の資本金が1000万円を超過していれば、基本的には下請法の保護を受けることが可能です。

https://www.jftc.go.jp/shitauke/shitaukegaiyo/gaiyo.html

 下請法では、親事業者側に代金の支払期日を記載した書面の交付義務が定められていています(下請法3条1項)。

 また、下請法4条1項二は、

「下請代金をその支払期日の経過後なお支払わないこと。」

を禁止しています。

(3)下請法と独占禁止法上の優越的地位の濫用との関係

 上記のような規制によって、フリーランス・個人事業主の方も、支払期日を一方的に遅延されることからは保護されています。

 ただ、下請法は支払期日からの遅延には対応していても、設定には明文で触れていません。また、下請法の対象となる取引類型の定義は複雑に入り組んでいて、業務委託契約の全てに適用されるわけではありません。例えば、自家使用型の役務提供委託(情報成果物作成委託と並んで下請法の適用対象とされている取引類型の一つです)には下請法の適用はないとされています。

https://www.jftc.go.jp/shitauke/sitauke_qa.html#cmsQ13

 そのため、フリーランス・個人事業主の方の法的保護を考えて行くにあたっては、下請法だけでは十分ではなく、独占禁止法一般の理解まで必要になります。

4.極端に低い業務委託料を定めること

(1)極端に低い業務委託料を設定することの問題

 これも優越的地位の濫用であることを主張できる場合があります。

 「人材と競争政策に関する検討会 報告書」は、

 「発注単価において必要経費を考慮しない」など「著しく低い対価での取引要請」が優越的地位の濫用の観点から問題になり得ることを指摘しています。

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/feb/20180215.html

https://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index_files/180215jinzai01.pdf

 あまりに酷ければ契約締結には至らないとは思いますが、極端に低い業務委託料の設定に対しても、一定のクレームをつけて行ける余地はあります。

(2)既に定められた業務委託料の減額要請からの保護

 下請法は、既に定められた業務委託料の減額要請もカバーしています。

 具体的には、下請法4条1項三号が、

「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請代金の額を減ずること。」

を禁止しています。

 下請法の適用がある取引に関しては、下請法の適用を主張することができます。

 下請法の適用がない場合には、上記「報告書」が

「発注者の都合で、あらかじめ決めていた契約金額を減額すること」

を独占禁止法上問題となり得るものと位置付けていることを指摘して、理不尽な就労条件の是正を求めて行くことになります。

5.労働者性で負けたら終わりではない

 仮に、労働者性の争点で負けたとしても、そこで終わりではありません。独占禁止法や下請法上の保護を求めて行ける可能性は残されています。

 労働者性が認められなさそうな方であったとしても、諦めずに弁護士に相談してみると、活路が見いだせることがあるかもしれません。