弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

超法規的な観点から違法性が阻却される?

1.超法規的な観点から違法性阻却?

 ネット上に、

「駅で『逃げる痴漢』に足を出して転ばせた男性、『暴行罪になる』は本当?」

という記事が掲載されています。

https://www.bengo4.com/c_23/n_9702/

 記事で回答者になっている弁護士は、

「今回のケースのように、女子高生たちが『逃げるな!』と言いながら、追いかけている男性を周囲の人が転ばせた場合、罪に問われるのでしょうか?」

という設問に対し、

「男性の行為が刑事訴訟法213条の現行犯逮捕に該当すれば、法令行為として違法性が阻却されることになります。」

「ただし、現行犯逮捕が認められるためには、犯行を現認していることが必要です。今回の件では男性が犯行を見ていたとはいえず、現行犯逮捕を認めることは難しいかなと思われます。したがって、法令行為に該当するとして違法性は阻却されない可能性が高いです」

「男性の行為は犯人の逃走を防止するために行ったものであり、社会的にみて正当なものといえます。私としては、超法規的な観点から違法性阻却される可能性があると考えます。」

と回答しています。

 しかし、この説明は果たして適切なのだろうか? と、やや疑問に思っています。

2.準現行犯逮捕

 刑事訴訟法212条2項は、

「左の各号の一にあたる者が、罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。

一 犯人として追呼されているとき

・・・(以下略)・・・」

と規定しています。

 これは一般に現行犯に準じるという意味で、準現行犯と呼ばれています。

 刑事訴訟法213条は、

「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」

と規定しています。

 ここで言う「現行犯人」には、「準現行犯人を含む」と理解されています(松尾浩也監修『条解 刑事訴訟法』〔弘文堂、第4版、平21〕408頁参照)。

 刑法35条は、

「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」

と規定しています。

 記事で掲げられているような事例は、法令に基づく準現行犯逮捕として許容されるかという問題として考えられるべきなのではないかと思います。

 検討にあたっては、転ばせるという行為が有形力の行使として必要かつ相当であったのか、どのような根拠から罪を行い終ってから間がないと考えたのか、といったことが問題になるのではないかと思います。

3.超法規的な観点から違法性を阻却される可能性?

 確かに、

「違法とは、・・・形式的に条文に当てはまるだけでなく、実質的に処罰に値する違法な行為でなければならない」

とする立場(実質的違法論)から、

「超法規的(実質的)違法性阻却事由」

を承認するという考え方は存在します(前田雅英ほか『条解 刑法』〔光文堂、第2版、平19〕87頁)。

 しかし、

「裁判例を見ると、超法規的違法阻却事由を容易には認めない一方、構成要件のレベルで可罰的違法性を採用するものがみられる。・・・そして、昭和50年代以降、可罰的違法性を欠くとして不可罰とする裁判例はほとんど見られなくなった。確かに、判例は、・・・実質的に違法性を判断しているが、可罰的(実質的)違法性が否定されるのは、例外的場合に限られよう。」

とされています(同文献90頁)。

 可罰的違法性論とは、「形式的には構成要件に該当し、違法阻却事由も存在しない場合でも、処罰に値する量ないし質を有する違法性を欠くとして、犯罪の成立を否定することを認める理論」をいいます(同文献88頁)。

 超法規的な観点から違法性が阻却されるだとか、微罪だから違法性に欠けるだとかいった議論は、歴史的な遺物に近く、現在の実務において採用される可能性は極めて低いと思います。

 したがって、法令上の明確な根拠がないのに、「社会的に見て正当なもの」だとという思い込みのもと、犯罪にあたりそうなことをするのは絶対にお勧めできません。

 社会生活を送っていくにあたっては、超法規的に違法性が阻却される場合があるなどとは思わないでおいた方が賢明です。