弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

非正規(有期契約社員)でも退職金を請求できる場合

1.有期契約社員と正社員との労働条件(退職金)格差

 今年の2月20日に、

「『長年勤務の契約社員の退職金格差は違法』 東京メトロ子会社に賠償命令 東京高裁」

との報道がなされました。

https://mainichi.jp/articles/20190220/k00/00m/040/211000c

 これは、東京メトロの子会社(メトロコマース)で働く有期契約社員の方が、正社員との労働条件格差を問題として、差額賃金相当額等の支払いを求めて訴えを起こしたという事案です。

 裁判所は、正社員に退職金制度を設ける一方で、有期契約社員に退職金を一切支給しないのは違法だと判断しました。

 報道に接した時、随分思い切った判断をするなという印象を持ちました。

 最新の(今年4月30日発刊の)労働経済判例速報という雑誌に東京高裁の判決文が掲載されていたので、有期契約社員の方でも退職金相当額を請求できる場合を考えてみたいと思います。

2.退職金制度を設ける/設けないの差を作ること自体、即違法というわけではない

 報道された事件(東京高判平31.2.20労働経済判例速報2373-3 メトロコマース事件)で東京高裁は、

「一般論として、長期雇用を前提とした無期契約労働者に対する福利厚生を手厚くし、有為な人材の確保・定着を図るなどの目的をもって無期契約労働者に対しては退職金制度を設ける一方、本来的には短期雇用を前提とした有期契約労働者に対しては退職金制度を設けないという制度設計をすること自体が、人事政策上一概に不合理であるとすることはできない。」

と判示しています。

 労働契約法20条は、不合理な労働条件の相違を違法とする条文です。

「不合理であるとすることはできない」

という判決文は、東京高裁が、正社員と有期契約社員との間で退職金制度を設ける/設けないの差を作ること自体、直ちに違法であるとまではいえない考えていることを示しているのではないかと思います。

 そのため、ただ単に、

「うちの会社では、正社員に退職金制度があるのに、非正規には退職金制度がない。」

というだけでは、東京高裁の判決を引用して救済を図るのは難しいと思われます。

3.長期間に渡る勤務実体が必要

 それでは、退職金制度から締め出されている有期契約社員の方が、東京高裁の判決を先例として退職金を請求して行くにあたっては、何が必要なのでしょうか。

 本質的な要素は長期間に渡る勤務実体だと思います。

 東京高裁が退職金不支給を違法だとしたロジックの骨子は、

「一般に、退職金の法的性格については、賃金の後払い、功労報償など様々な性格があると解される」

「契約社員Bは、1年ごとに契約が更新される有期契約労働者であるから、賃金の後払いが予定されているということはできない」

しかし、

「有期労働契約は原則として更新され、定年が65歳と定められており、・・・実際にも控訴人B及び控訴人Cは定年まで10年前後の長期間にわたって勤務していた・・・こと」(以下「理由①」といいます)

「契約社員Bと同じく売店業務に従事している契約社員Aは、平成28年4月に触手限定社員に名称変更された際に無期契約労働者となるとともに、退職金制度が設けられたこと」(以下「理由②」といいます)

を考慮すすれば、

「少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金(・・・正社員と同一の基準に基づいて算定した額の少なくとも4分の1はこれに相当すると認められる。)すら一切支給しないことについては不合理と言わざるを得ない。」

というものです。

 退職金の法的性質から結論を導き出していることから、似たような仕事をしている無期雇用に転換した人に退職金制度があることを指摘するにすぎない理由②の部分は本質的なものではなく、理由①の部分が本質的な理由になっているのではないかと考えています。

4.正社員と同じ金額まで請求できるわけではない

 有期契約社員でありながら長期間に渡る勤務実体を有している場合、ご自身に退職金制度の適用がなかったとしても、正社員を対象とする退職金制度を手掛かりに、会社に対して退職金を請求できる可能性があります。

 ただ、その場合でも、東京高裁のロジックによれば、賃金の後払い的な部分は削ぎ落されてしまうため、正社員と同じ金額まで請求できるわけではなさそうです。

 東京高裁も、長年の勤務に対する功労報償的な性格を持つ部分を、「4分の1」と判示し、その割合に沿って原告の損害額を認定しています。

5.退職金が支給されないことに納得の行かない方へ

 東京高裁が功労報償的な性格を持つ部分を4分の1とした理論的根拠は、判決文に書かれていないので良く分かりません。

 おそらく担当裁判官の個人的な公平感覚に依拠しているのではないかと思います。

 担当裁判官の個性によって判断に幅が生じる可能性があるため、功労報償的部分はもっと大きいのではないかという争い方をすることは、できるかも知れません。

 長年に渡って勤務を続けてきたにもかかわらず退職金が支給されないことに納得の行かない方は、一度、弁護士のもとに相談に行っても良いだろうと思います。

 もちろん、私でもご相談をお受けすることは可能です。