弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラ冤罪事件は後を絶たない?

1.セクハラ冤罪事件は後を絶たない?

 ネット上に、

「『セクハラ冤罪』の実態を弁護士が解説 ターゲットにされやすい男性のタイプは?」

との記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16397474/

 記事によると、

「近年はこうしたセクハラでの“冤罪”事件が後を絶たない現実がある」

とのことです。

 しかし、記事を読むと、本当かな? と思う部分もあります。

2.食事に誘って断られる、それだけでセクハラになるか?

 記事には、

「人間ですから人に恋愛感情を持つことはごく自然なことです。そんな中で男性が女性を食事に誘うこともあるかと思いますが、女性がそれを嫌がればセクハラ被害を受けたと訴えられることも。男女雇用機会均等法では、そうしたことまでがセクハラになるとは定義されていませんが、結果として社内でセクハラだと認められてしまうこともあります」

と書かれています。

 しかし、嫌がっている女性にしつこく食い下がる場合はともかくとして、単純に食事に誘うことが社内でセクハラと認められることがあるのだろうかと思います。

 例えば、厚生労働省のモデル就業規則は、セクハラについて、

(セクシュアルハラスメントの禁止)
第13条  性的言動により、他の労働者に不利益や不快感を与えたり、就業環境を害するようなことをしてはならない

という文例を設けています。

 純粋に食事に誘っただけだとした場合、それが「性的言動」に該当するというのは、少し無理があるのではないかと思います。

 食事に誘ってセクハラだと認定されたという事案があるとすれば、それは性的なことをほのめかしただとか、一度断られているのに何度もしつこく食い下がっているだとか、何らかの付加的な事情があるケースではないかと思います。

 少なくとも、

「食事に行きませんか。」

「いいえ、結構です。」

「そうですか、失礼しました。」

といった程度のやりとりだけで、セクハラとして処分されたという事件を私が見聞きしたことはありません。

 万一、何等かの懲戒処分がされたとしても、上記のやりとりだけでは企業秩序への影響は観念し難いため、その効力を争う余地は十分にあろうかと思います。

3.逆恨みからセクハラ被害を訴えられるパターン

 記事には、

「男性と別れることになって女性が逆恨みし、交際していたときのことを持ち出して、合理的な理由なしにセクハラ被害を訴えるというケースもあります。セクハラ冤罪の相談を受けていると、理解しがたいことを言い出すこともあります。なぜ、女性がそのような訴えを主張するのか、ということまでは正直私にはよく分かりませんが、セクハラはまったくのでっち上げというケースがあるのも事実です」

と書かれています。

 このパターンはなくはないと思います。私自身も相談実例や事件として経験したことがあります。

 しかし、交際していた場合、単に明示的に拒否していないというだけではなく、積極的に仲良くしていたこと・性的接触に同意があったことを窺わせる痕跡(メールやメッセージの送受信履歴など)があることが多く、意に反して性的な接触を行ったわけではないことの立証は、比較的容易なのではないかと思います。

 また、記事には、「なぜ、女性がそのような訴えを主張するのか、ということまでは正直私にはよくわかりませんが」とありますが、これは男性側から女性側の態度が変わったターニングポイントについて丁寧に聴き取りをすれば分かることが多いのではないかと思います。

 「当時は普通に交際していた。しかし、こういう出来事があって、それを機に恨まれるようになった。当該女性が言っているのは交際していたときのことである。」と証拠に基づいて丁寧に説明すれば、懲戒処分を受けるなどの大事になる可能性は少ないのではないかと思います。

4.会社は穏便に済ませたいとの理由で処分を下すか?

 記事には、

「会社の上層部へ『密室で胸を触られた』などの被害の申し立てが出されて、それを受けた担当者が、証拠はないながらも女性の訴えを信じてしまい、男性がいくら『やっていない!』と主張しても聞き入れてもらえなかったそうです」

「このケースでは何故、会社は男性よりも女性の言い分を重視したのだろうか。」

「会社としては、証拠はなくても、『セクハラ加害者の疑惑がある人さえ居なくなれば穏便に済む』という発想で処分を下しているのでしょう。」

との事例が紹介されています。

 この点も「本当かな?」と思います。

 懲戒事由に該当する事実の存在は、基本的には懲戒権を行使する使用者の側に主張・立証責任があるとされています(懲戒解雇の有効要件の中での記述ではありますが、山口幸雄ほか編『労働事件審理ノート』〔判例タイムズ社,改訂版,2007〕15頁「懲戒解雇の有効性を立証する使用者としては、抗弁として、①就業規則の懲戒事由の定め、②懲戒事由に該当する事実の存在、③懲戒解雇をしたことを主張立証すべきである。」参照)。

 証拠がないのに懲戒処分を下すということは非常に危険なことです。

 記事にも言及がありますが、セクハラ加害者の烙印を押された男性は社会的信用が失墜します。

 そのため、でっちあげで懲戒処分をされたとすれば、訴訟提起してでも懲戒処分の効力を争うという発想になっても不思議ではりません。

 余程法務がきちんとしていない会社であればともかく、ある程度法務がきちんと機能している会社において、「セクハラ加害者の疑惑がある人さえ居なくなれば穏便に済む。」との発想で懲戒処分を下すことは、あまりないのではないかと思います。穏便に済まないうえ、裁判に負ける現実的な可能性があるからです。

 所掲のようなケースがあったとすれば、それは穏便に済ませたいという発想というよりも、元々当該男性が職場で嫌われていて、多少荒っぽいけれども、これを口実に排除してしまおうという発想になったからというほうが有り得そうな気がします。

5.細かい話であれば直ちに事実として認定されるのか?

 記事には、

「民事裁判では客観的な証拠を得るのが難しい場合、被害を訴えている女性がかなり詳しい話をして、『こんなに細かい話を作り上げるのは困難だ』と判断されると、事実として認定されてしまいます。」

と書かれています。

 しかし、私の実感では、民事裁判の事実認定はもっと緻密だと思います。

 確かに、小説を書くのと同じで、時間をかければ、細部に渡った作り話を創出することは可能です。

 しかし、作り話は、詳細にすればするほど、客観的な事実と矛盾するだとか、時系列の辻褄が会わないだとか、綻びが生じやすくなります。

 漠然とした話は具体性に欠けるとして信用されませんし、詳細かつ具体的な話は何等かの形で綻びを見つけられることが多いですし、作り話で濡れぎぬを着せるというのは、そう簡単なことではないだろうと思います。

6.録音のような大掛かりなことは必要か?

 記事では、冤罪に巻き込まれることを防ぐための方策として、

「難しいかもしれませんが、女性と2人きりになるときは、相手の同意を得て録音するようにしましょう。」

と録音を勧めています。

 しかし、職場での録音行為については、

「被用者が無断で職場での録音を行っているような状況であれば、他の従業員がそれを嫌忌して自由な発言ができなくなって職場環境が悪化したり、営業上の秘密が漏洩する危険が大きくなったりするのであって、職場での無断録音が実害を有することは明らかである」

とした判例もあります(東京地裁立川支判平30.3.28労働経済判例速報2363-9 甲社事件)。

 上記判例は無断録音の場合を判示したものですが、録音していいかと言われれば話しにくくなる人はいるでしょうし、どんどん増えていくであろう録音データの管理も面倒だと思われます。

 更に言えば、そもそも、圧倒的多数の女性は、性的でない言動をセクハラだといって大事にしたり、セクハラ被害をでっち上げたりしません。録音機を常時携行するなどしていれば、変人だと思われて職場に居辛くなり、別の意味で仕事を辞めたくなってくるだけではないかと思います。

7.心がけることは一つだけでいいのではないか

 個人的には、単純に食事に誘っただけでセクハラとして懲戒処分を受けるだとか、でっちあげでセクハラ犯人に仕立て上げられるだとか、そういうリスクは現実にはそれほど高くはないと思います。過剰反応して怯える必要もないだろうと思います。

 それでも気になるという方のために強いて冤罪対策を言うとすれば、女性と密室に二人きりにならないよう気を付けることくらいかなと思います。