弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

家事使用人を兼ねているという一事をもって労災を適用しないことは許されない

1.家事使用人の特殊性

 家事使用人(家事一般に使用される労働者)には、労働基準法が適用されません(労働基準法116条2項)。これは「家事使用人については、その労働の態様は、各事業における労働とは相当異なったものであり、各事業に使用される場合と同一の労働条件で律するのは適当ではない」からだと理解されています(厚生労働省労働基準局『労働基準法 下』〔労務行政、平成22年版、平23〕1140頁参照)。

 その帰結として、家事使用人は労働災害に被災したとしても、労働者災害補償保険法による保険給付を受給できないのが原則です。これは労働者災害補償保険法12条の8第2項が、

「保険給付・・・は、労働基準法第七十五条から第七十七条まで、第七十九条及び第八十条に規定する災害補償の事由・・・が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う。」

と規定しているからです。家事使用人は労働基準法の適用がないため、「労働基準法第七十五条から第七十七条まで、第七十九条及び第八十条に規定する災害補償の事由」が生じることはなく、したがって、労働者災害補償法による保険給付も受給できないという理屈です。

 しかし、家事使用人という就労形態は、それ単体ではなく、他の就労形態と併用して使われることも少なくありません。このような場合にも労働者災害補償保険法上の保険給付を受けることは一切できないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.9.24労働判例ジャーナル129-1 国・渋谷労基署長(介護ヘルパー)事件です。

2.国・渋谷労基署長(介護ヘルパー)事件

 本件で原告になったのは、急性心筋梗塞又は心停止(本件疾病)で死亡した労働者亡Eの配偶者です。亡Eは、会社(本件会社)から紹介や斡旋を受けて、個人宅や障害者施設等で家政婦として勤務していました。また、本件会社との間で労働契約を締結し、非常勤の訪問介護ヘルパーとしても働いていました。

 亡Eは本件会社から紹介を受けて、F宅で家政婦として家事及び介護を行う業務(本件家事業務)に従事するとともに、訪問介護ヘルパーとして訪問介護サービスを提供する業務(本件介護業務)を行いました。業務開始後ほどなくして亡Eが本件疾病で死亡したことを受け、原告の方は、労働者災害補償保険法に基づく遺族給付及び葬祭料を請求しました。

 しかし、処分行政庁(渋谷労働基準監督署長)は、亡Eが家事使用人として介護及び家事の仕事に従事していたことを理由に、各保険給付を不支給とする処分を行いました。これに対し、原告が各不支給処分(本件各処分)の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は本件家事業務が亡EとFの息子との間で締結された雇用契約に基づいて提供されたものであることを前提としながらも、次のとおり述べて、家事使用人に該当することのみを理由に本件各処分を行たことは違法だと判示しました(ただし、業務起因性が認められないことを理由に結論として原告の請求は棄却されています)。

(裁判所の判断)

「原告は、処分行政庁が本件各申請に対し、亡Eが労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するとして本件各処分をしたことは同規定の解釈適用を誤った違法がある旨を主張するので、以下検討する。」

「前記・・・において認定し説示したとおり、亡EがF宅において提供していた業務のうち本件家事業務に係る部分については、Fの息子との間の雇用契約に基づいて提供されていたものと認められる。」

「しかして、原告の本件各申請は、亡Eが本件会社に雇用された労働者であることを前提に、本件会社の業務に起因して亡Eが本件疾病を発症して死亡したとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めるものであるところ、亡EのF宅における業務のうち本件家事業務に係る部分については、前示のとおり本件会社の業務とはいえず、Fの息子との間で締結された雇用契約に基づく業務であり、当該業務の種類、性質も家事一般を内容とするものであるから、当該業務との関係では、亡Eは労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するものといわざるを得ない(150号基準に照らしても『家事使用人』に該当しないとはいえない。)。」

「他方で、亡EのF宅における業務のうち訪問介護サービスに係る部分(本件介護業務)については、本件会社の業務と認められ、当該業務の種類、性質も家事一般を内容とするものであったとはいえないから、当該業務との関係では、亡Eが労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するとはいえない。しかして、前示のとおり、本件各申請は、亡Eが本件会社に雇用された労働者であることを前提に、本件会社の業務に起因して亡Eが本件疾病を発症して死亡したとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めるものであるところ、上記のとおり、本件介護業務との関係では亡Eは本件会社と雇用契約を締結した労働者であり、労基法116条2項所定の『家事使用人』に該当するものとは認められないのであるから、処分行政庁が、本件各申請について、亡Eが労基法116条2項の『家事使用人』に該当することのみを理由に本件各処分を行ったことについては、同規定の適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。したがって、原告の上記主張は、その限度において理由があるというべきである

3.家事使用人を兼ねているという一事をもって労災を適用しないことは許されない

 上述のとおり、裁判所は、家事使用人を兼ねているという一事をもって労災を適用しないことを違法だと判示しました。

 当たり前であるようにも思われますが、家事使用人と兼業している労働者の救済を考えるにあたり、実務に与える影響は大きいのではないかと思います。

 

配転の効力を争うための「保全の必要性」-解雇されるからでは足りないのか?

1.配転の効力を争う上での民事保全の役割

 不本意な配転命令を受け、その効力を争う場合、異議を留保したうえで配転先で労務を提供しつつ法的措置をとって争うのが原則です。配転命令に従わないと、無断欠勤(正当な理由のない労務提供の拒否)を理由に解雇されてしまうからです。

 もちろん、解雇されても、配転命令の効力が無効であれば、何の問題もありません。配転先で労務提供をしなかったとしても、配転命令が無効である以上、債務不履行にはなりません。配転先で労務提供をしなかったことを理由とする解雇も無効であり、労務提供できなかったとしても、労働者は賃金を請求する権利を失いません。

 しかし、配転命令が無効である範囲は、極めて限定的に理解されています(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件参照)。配転命令が有効であれば、配転先で労務提供をしないことは無断欠勤と同様に扱われ、解雇も基本的には有効になります。配転命令の効力を争うにあたり、配転先での労務提供を拒否することは積極的には推奨できません。

 それでも、何等かの理由で配転先での労務提供が困難であったり、不可能であったりする事案はあります。そうした場合に活用する手続に民事保全という手続があります。

 これは配転先で就労する義務がないことを仮に定める(暫定的に実現する)ための手続です。訴訟で結論が得られるまで待つ時間的余裕のない場合に活用される手続です。ただ、この手続を利用するためには、それなりの確からしさで被保全権利が存在すること(配転命令が無効であること)を立証できなければならないほか、「保全の必要性」が認められなければなりません。配転との関係でいうと、保全が認められるためには、「著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」であると認められなければなりません(民事保全法23条2項)。

 それでは、この「保全の必要性」としては、どのような事情が必要になってくるのでしょうか? 配転命令に従わないでいると解雇されてしまうからというだけでは、保全の必要性を基礎づける事情として足りないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。福岡高決令4.2.28労働判例1274-91 学校法人コングレガシオン・ド・ノートルダム(抗告)事件です。

2.学校法人コングレガシオン・ド・ノートルダム(抗告)事件

 本件で相手方になったのは、北九州市及び福島市に学校を設置する学校法人です。

 申立人・抗告人になったのは、北九州市所在の学校で勤務していた方です。解雇された後、その効力を争い、控訴審事件で勝訴したものの、今度は福島市所在の学校への勤務を命じられてしまいました。本件は、配転命令の効力を争い、福島市所在の学校で勤務すべき義務のないことを仮に定めることを求めた仮処分事件(民事保全事件)です。福岡地裁小倉支部が申立を却下したため、申立人は抗告を申立てました。

 この事案で、抗告審である福岡高裁は、次のとおり述べて、保全の必要性否定し、抗告を棄却しました。

(裁判所の判断)

抗告人は、抗告人が本件配転命令に従わない場合に相手方が抗告人を懲戒解雇する可能性は十分にあること、本件配転命令は無効であり抗告人が本件配転命令に従う義務はないにもかかわらず、抗告人はA学院(桜の聖母学院 括弧内筆者)において業務に従事することを余儀なくされるのであり、抗告人の精神的苦痛は著しいものがあることなどを主張し、抗告人に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため仮処分命令を発する必要性があると主張する。

しかし、抗告人はA学院に勤務すべき義務がないとの仮の地位を定める仮処分命令を求めるものであるところ、仮の地位を定める仮処分命令はその任意の履行を期待するものにすぎず、仮に抗告人が本件配転命令に従わない場合に相手方が抗告人を懲戒解雇する可能性があるとしても、本件配転命令や解雇の有効性は本案により最終的に確定されるべき事柄であるし、仮の地位を定める仮処分命令は、被保全権利が疎明されるとともに抗告人に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができるのであるから(民事保全法23条2項)、仮に被保全権利が疎明されているとしても、上記保全の必要があるか否かは別途検討すべきものであるといえる。

「そして、相手方は、前件控訴審判決確定後も、抗告人をB(明治学園 括弧内筆者)において勤務させることなく、抗告人にA学院での勤務を命ずる本件配転命令を発したのであり、Bで数学科教諭として勤務することを望んでいた抗告人において、本件配転命令が不本意なものであり、福島市に転居した上で相手方代表者のいるA学院で勤務することは抗告人に身体的または精神的負担を負わせるものであることは否定できない。しかし、本件配転命令に基づく異動の前後で賃金の減少は認められず、給与規定により赴任旅費や住宅手当も支給されるから、転勤や転居による経済的負担についても大きいとはいえず、身体的負担についても同様である。また、A学院における数学科教諭としての業務はBにおける業務と大きく異なるものとはいえず、その業務内容において抗告人に何らかの不利益を負わせるものともいえないことからすれば、本件配転命令による抗告人の精神的苦痛が多大なものであるとは解し難い。以上のことからすれば、本件配転命令により抗告人に著しい損害又は急迫の危険が生じるとは認められない。」

3.「解雇されるから」だけではダメ

 上述のとおり、裁判所は、従わないと解雇されるからという理由で保全の必要性を認めることには消極的な見解を示しました。

 従来の裁判例の流れとの関係で別段特異な判断ではありませんが、配転先で労務提供をしながら争うことのできない労働者にとって、民事保全の申立が認められるのかどうかは切実な問題です。個人的には、現状よりも、間口は広く採られて然るべきではないかとは思いますが、事件の結論を見通すうえで、裁判所の見方がかなり厳しいことは、十分に理解しておく必要があります。

 

無期転換権を行使した労働者には正社員就業規則が適用されないのか?

1.無期転換ルールと無期転換行使後の労働条件

 労働契約法18条1項1文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 これは、簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるというルールです(無期転換ルール)。

 無期転換権を行使した労働者の労働条件がどうなるかについては、労働契約法18条1項2文が、

「この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件・・・と同一の労働条件(当該労働条件・・・について別段の定めがある部分を除く。)とする。」

と規定しています。

 要するに、

期間以外の労働条件は、原則として現に締結している有期労働契約の内容に準拠する、

ただし、別段の定めがある場合はこの限りではない、

という意味です。

 それでは、正社員就業規則は、ここでいう「別段の定め」に該当しないのでしょうか? 無期転換権の行使によって無期労働契約者となった以上、同じく無期労働契約者である正社員の就業規則が適用になるとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令3.7.9労働判例1274-83 ハマキョウレックス(無期契約社員)事件です。

2.ハマキョウレックス(無期契約社員)事件

 本件で被告・被控訴人になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告・控訴人になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、トラック運転手として配送業務に従事してきた方2名です。いわゆる無期転換ルールの適用を主張し、契約は無期労働契約に転換しました。しかし、適用される就業規則の内容に争いがあったため、原告らは正社員就業規則(期間の定めのない労働契約を締結して採用された労働者に適用される就業規則)に基づく権利を有する地位にあることの確認等を求める訴えを提起しました。

 一審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 就業規則の適用関係について、裁判所は、次のとおり述べて、正社員就業規則の適用を否定し、控訴を棄却しました。

(裁判所の判断)

控訴人らは、当審において、無期転換後の控訴人らの労働条件は、正社員であるAとの職務評価や待遇の比較において、職務評価による職務の価値が同一であれば同一又は同等の待遇とすべき原則(同一価値労働同一賃金の原則)に反しており、公序違反により無効であるから、信義則上、控訴人らと被控訴人との間において正社員就業規則が適用されるとの合意が成立したとみるか、無期転換後の控訴人らの労働条件について正社員就業規則が適用されるというべきであるなどと主張する。しかし、証拠・・・によれば、労契法18条を新設した労働契約法の一部を改正する法律案が審議された第180回国会における参議院厚生労働委員会(平成24年7月31日開催)において、厚生労働大臣政務官が、契約期間の無期化に伴って労働者の職務や職責が増すように変更されることが当然の流れとして考えられるが、当事者間あるいは労使で十分な話し合いが行われて、新たな職務や職責に応じた労働条件を定めることが望ましく、『別段の定め』という条文も、こうした趣旨に沿った規定であると考えられるとの答弁をしていること、労契法の改正内容の周知を図ることを目的として発出された『労働契約法の施行について』(平成24年8月10日基発0810第2号都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知)・・・において、『別段の定め』とは、『労働協約、就業規則及び個々の労働契約(無期労働契約への転換に当たり従前の有期労働契約から労働条件を変更することについての有期契約労働者と使用者との間の個別の合意)をいうものであること』と説明されていることが認められる。そして、これらを踏まえると、労契法18条1項後段の『別段の定め』とは、労使交渉や個別の契約を通じて現実に合意された労働条件を指すものと解するのが相当であり、無期転換後の労働条件について労使間の合意が調わなかった場合において、直ちに裁判所が補充的意思解釈を行うことで労働条件に関する合意内容を擬制すべきものではなく、控訴人が主張するような同一価値労働同一賃金の原則によって労働条件の合意を擬制することが制度上要求されていると解することはできないというべきである。このことからしても、本件において、控訴人らが主張する職務評価による職務の価値が同一であれば同一又は同等の待遇とすべき原則(同一価値労働同一賃金の原則)が、平成30年10月1日の控訴人らの無期転換の時点において公の秩序として確立しているとまでは認めるのは困難である。また、控訴人らと正社員であるAとの職務評価や待遇等と比較しても、無期転換後の控訴人らの労働条件と正社員のそれとの相違が、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に応じて許容できないほどに均衡が保たれていないとも認め難い。したがって、この点に関する控訴人らの主張は採用できない。」

3.正社員就業規則が当然に適用されるわけではない

 以上のとおり、裁判所は、正社員就業規則の適用を否定しました。本件は契約社員就業規則の適用を明示的に合意してしまっていた事案であり、過度な一般化は慎まれるべきだとは思いますが、無期転換ルールを争って勝ったその先のことまで考えるにあたり参考になります。

 

 

契約書の交付に関する否定的な言動がハラスメントとされた例

1.契約書が作成されない問題

 企業とフリーラスとの間での契約のように、当事者間の力関係に格差がある場合、敢えて契約書が作られないことがあります。契約書が作られないのは、大抵、力の強い側、企業側の意向でそうなります。

 なぜ、力の強い側が契約書を作りたがらないのかというと、契約条件が不明確なままであった方が都合がいいからです。契約条件が不明確であれば、トラブルが生じても、力の強さに物を言わせて、様々な作業負担やリスクを力の弱い方に押し付けることができるからです。こうした会社は、契約締結時には「信頼関係を大事にしているから契約書は交わさない」(なぜ、信頼関係を大事にすることが契約書の不作成につながるのかは分かりませんが)などと言いますが、トラブルが生じたり、契約を終了させようとしたりすると態度を豹変させて様々な不利益を押し付けようとしてきます。

 こうした問題が生じないよう、使用者には、労働契約の締結にあたり、労働者に対し、労働条件を書面等で交付することが義務付けられています(労働基準法15条、労働基準法施行規則5条参照)。また、労働契約の内容は、できる限り書面により確認するものとされています(労働契約法4条2項)。

 しかし、このような規制があるにもかかわらず、契約書の作成や交付に否定的な態度をとる使用者は少なくありません。

 それでは、こうした契約書の作成や交付に対する否定的言動が、ハラスメント(不法行為)を構成することはないのでしょうか?

 昨日ご紹介した、大阪地判例4.7.15労働判例ジャーナル129-56 WASH LIFEほか1社事件は、この問題を考えるにあたっても参考になる判断を示しています。

2.WASH LIFEほか1社事件

 本件で被告になったのは、

洗浄剤の製造・販売等を目的とする株式会社(被告WASHLIFE)、

被告WASHLIFEの100%子会社で、ピラティススタジオ等の経営等を目的とする令和元年10月1日に設立された株式会社(被告PERFETTA)、

被告WASHLIFE及び被告PERFETTAの代表取締役(被告B)

の三名です。

 原告になったのは、昭和43年生まれの女性であり、神戸市内において、筋力トレーニング、エクセサイズ等を目的とする「ピラティス・スタジオ sorama」を経営していた方です。

 原告の方は、

原告が被告WASHLIFEにスタジオの経営業務を委託する、

被告WASHLIFEは受託業務を行うため、被告PERFETTAを設立し、被告PERDETTAがスタジオの運営を行う、

原告はPERFETTAの従業員として雇用され、毎月一定額の給料の支払いを受ける、

という枠組みのもとで働いていました。

 本件で原告が掲げた請求は多項目に渡りますが、その中の一つに、ハラスメントを理由とする被告Bに対する損害賠償請求がありました。

 このハラスメントを理由とする損害賠償請求の可否について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「原告と被告WASHLIFEが本件契約を締結していること、原告と被告PERFETTAが雇用契約を締結していることからすれば、被告WASHLIFE及び被告PERFETTAの代表取締役である被告Bが、原告に対し、ピラティス・スタジオの運営に関して指示を行ったり、不明な点があれば説明を求めたり、原告の業務遂行に不十分な点があれば、注意・指導すること自体は必要な行為であるということができる。」

「そこで、被告Bの原告に対する言動を見ていくと、被告Bは、原告に対して、『指示に従えるか』とのLINEを送信し、原告が『私で今答えられませんので、少しお待ち頂けますか』と返信したのに対し、法的措置を取る、裁判に移行する、態度を改めないなら裁判になっても絶対に和解しないなどとするLINEを送信した上、返信が遅かったなどとして始末書を作成させているが・・・、原告が被告Bの指示に従わなかったというような事情もうかがわれないにもかかわらず、唐突に上記のようなLINEを送信し、原告の対応が気にいらないとして、法的措置をとるなど強硬な文言のLINEを送信することは、その文言に照らしても、業務遂行上、必要なものであったということはできず、また、始末書の作成を必要とするようなものであったということもできない。なお、このことは、Cが被告Bに対して恋愛感情を抱いており、仮に、原告がそのことに関して、被告Bが主張するような言動をしていたとしても左右されるものではない。」

「また、被告Bは、原告がスタッフに係る契約書の交付を求めたことに対し、契約書の交付を求めることはけんかをするということであり、そうであれば営業を停止する旨の発言をしているところ・・・、使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して、労働条件を明示しなければならず、賃金等については書面で明示しなければならないこと(労基法15条1項)、使用者は、労働条件及び労働契約の内容について労働者の理解を深めるようにし、労働契約の内容についてできる限り書面により確認するものとされていること(労働契約法4条)などからすれば、スタッフに契約書の交付をすることは当然のことである。それにもかかわらず、被告Bは、上記のとおり、スタッフに係る契約書の交付を求めた原告に対し、上記のような発言を行ったものである。

「さらに、被告Bは、Fが退職したことは原告のミスである、原告がほかの従業員とも問題がある、被告Bが問題があると言っているのだから認めろなどと発言しているが・・・、Fが退職するに至った原因が原告にあることや、原告が従業員との関係において問題を抱えていたことをうかがわせる事情は認められず、また、原告がチケットの返金に関して相談したことについても始末書を作成させているが、ピラティス・スタジオにおいてチケットの返金をしないと明確に定めていたことを客観的に裏付ける証拠はなく、その点を措くとしても、業務遂行について疑問が生じたときに相談すること自体は従業員として適切な行動であるといえるが(なお、同じ事項について以前にも相談していたというような事情があれば注意・指導の対象となることもあり得るが、本件において、そのような事情はうかがわれない。)、被告Bは、上記のような言動を行ったものである。」

「加えて、被告Bは、ミーティングにおいて、利益が少ないことについて、原告を訴える、悪質なやり方をしていることになる、嫌がらせをしているってことやからなどと述べた上で、本件契約書に従えば原告の給料がなくなるなどと述べているが・・・、原告は、飽くまで被告PERFETTAに雇用された立場であったのだから、ピラティス・スタジオが利益が出るように運営するのは被告PERFETTAの責任であって(なお、原告が意図的に不適切な業務遂行をしていたことを裏付ける証拠もない。)、利益が上がらないからといって原告の給料が支払われないことになるものではない。」

「そして、被告Bは、原告が売上げをごまかしているなどとした上、300万円の出資を求めているが・・・、原告が売上げをごまかしていたことを裏付ける証拠はなく、また、原告が出資に応じなければならない理由も必要性もない。」

以上に加えて、原告と会話をする際に、被告Bが声を荒げたり、何かをたたくなどしていることなどをも併せ考慮すれば、被告Bの言動は、原告を威迫するものといわざるを得ず、本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、被告Bの一連の言動は、社会通念上、契約当事者間における業務遂行の在り方に関する注意・指導の範囲や、紛争に関する交渉として許容される限度を超えており、その程度は、不当なものというにとどまらず、違法なものといわざるを得ない。

したがって、被告Bの行為は、原告に対する違法なパワーハラスメントに該当するものであったと認められる。

「そして、被告Bの言動の内容、経緯など本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、被告Bの不法行為により原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は50万円とすることが相当であり、これと相当因果関係にある弁護士費用は5万円とすることが相当である。」

3.フリーランス新法との関係

 現状、企業とフリーランスとの契約について、一般的な形で書面の交付義務を定めている法令はありません。しかし、契約条件が不明確であることに起因するトラブルがあまりにも多いことから、フリーランス新法では、業務委託の際にも書面の交付義務を定めるという方向性が示されています。

「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」に関する意見募集の結果について|e-Govパブリック・コメント

https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000241038

 書面の交付が義務化されれば、労働契約の場合と同じように、敢えて契約書を作成せず契約条件を不明確にすることを不法行為として捕捉できるようになるかもしれません。今後の立法、裁判例の動向が注目されます。

 

法的措置をとるなどの強硬な文言のLINEがハラスメントとされた例

1.法的措置を予告するメッセージ

 法的措置をとることは国民に認められた当然の権利です(憲法32条)。法的措置を予告することも、基本的に不法行為を構成することはありません。

 しかし、一般の方の受け止め方として、法的措置を示唆されると不安になる方は少なくありません。それでは、使用者から労働者に対する法的措置を予告する言葉は、いついかなる場合もハラスメント(不法行為)を構成することはないのでしょうか? これは、基本的には適法とされている法的措置の示唆も、状況によってはハラスメント(不法行為)を構成することがあるのではないかという問題です。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判例4.7.15労働判例ジャーナル129-56 WASH LIFEほか1社事件です。

2.WASH LIFEほか1社事件

 本件で被告になったのは、

洗浄剤の製造・販売等を目的とする株式会社(被告WASHLIFE)、

被告WASHLIFEの100%子会社で、ピラティススタジオ等の経営等を目的とする令和元年10月1日に設立された株式会社(被告PERFETTA)、

被告WASHLIFE及び被告PERFETTAの代表取締役(被告B)

の三名です。

 原告になったのは、昭和43年生まれの女性であり、神戸市内において、筋力トレーニング、エクセサイズ等を目的とする「ピラティス・スタジオ sorama」を経営していた方です。

 原告の方は、

原告が被告WASHLIFEにスタジオの経営業務を委託する、

被告WASHLIFEは受託業務を行うため、被告PERFETTAを設立し、被告PERDETTAがスタジオの運営を行う、

原告はPERFETTAの従業員として雇用され、毎月一定額の給料の支払いを受ける、

という枠組みのもとで働いていました。

 本件で原告が掲げた請求は多項目に渡りますが、その中の一つに、ハラスメントを理由とする被告Bに対する損害賠償請求がありました。

 このハラスメントを理由とする損害賠償請求の可否について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「原告と被告WASHLIFEが本件契約を締結していること、原告と被告PERFETTAが雇用契約を締結していることからすれば、被告WASHLIFE及び被告PERFETTAの代表取締役である被告Bが、原告に対し、ピラティス・スタジオの運営に関して指示を行ったり、不明な点があれば説明を求めたり、原告の業務遂行に不十分な点があれば、注意・指導すること自体は必要な行為であるということができる。」

「そこで、被告Bの原告に対する言動を見ていくと、被告Bは、原告に対して、『指示に従えるか』とのLINEを送信し、原告が『私で今答えられませんので、少しお待ち頂けますか』と返信したのに対し、法的措置を取る、裁判に移行する、態度を改めないなら裁判になっても絶対に和解しないなどとするLINEを送信した上、返信が遅かったなどとして始末書を作成させているが・・・、原告が被告Bの指示に従わなかったというような事情もうかがわれないにもかかわらず、唐突に上記のようなLINEを送信し、原告の対応が気にいらないとして、法的措置をとるなど強硬な文言のLINEを送信することは、その文言に照らしても、業務遂行上、必要なものであったということはできず、また、始末書の作成を必要とするようなものであったということもできない。なお、このことは、Cが被告Bに対して恋愛感情を抱いており、仮に、原告がそのことに関して、被告Bが主張するような言動をしていたとしても左右されるものではない。」

「また、被告Bは、原告がスタッフに係る契約書の交付を求めたことに対し、契約書の交付を求めることはけんかをするということであり、そうであれば営業を停止する旨の発言をしているところ・・・、使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して、労働条件を明示しなければならず、賃金等については書面で明示しなければならないこと(労基法15条1項)、使用者は、労働条件及び労働契約の内容について労働者の理解を深めるようにし、労働契約の内容についてできる限り書面により確認するものとされていること(労働契約法4条)などからすれば、スタッフに契約書の交付をすることは当然のことである。それにもかかわらず、被告Bは、上記のとおり、スタッフに係る契約書の交付を求めた原告に対し、上記のような発言を行ったものである。」

「さらに、被告Bは、Fが退職したことは原告のミスである、原告がほかの従業員とも問題がある、被告Bが問題があると言っているのだから認めろなどと発言しているが・・・、Fが退職するに至った原因が原告にあることや、原告が従業員との関係において問題を抱えていたことをうかがわせる事情は認められず、また、原告がチケットの返金に関して相談したことについても始末書を作成させているが、ピラティス・スタジオにおいてチケットの返金をしないと明確に定めていたことを客観的に裏付ける証拠はなく、その点を措くとしても、業務遂行について疑問が生じたときに相談すること自体は従業員として適切な行動であるといえるが(なお、同じ事項について以前にも相談していたというような事情があれば注意・指導の対象となることもあり得るが、本件において、そのような事情はうかがわれない。)、被告Bは、上記のような言動を行ったものである。」

「加えて、被告Bは、ミーティングにおいて、利益が少ないことについて、原告を訴える、悪質なやり方をしていることになる、嫌がらせをしているってことやからなどと述べた上で、本件契約書に従えば原告の給料がなくなるなどと述べているが・・・、原告は、飽くまで被告PERFETTAに雇用された立場であったのだから、ピラティス・スタジオが利益が出るように運営するのは被告PERFETTAの責任であって(なお、原告が意図的に不適切な業務遂行をしていたことを裏付ける証拠もない。)、利益が上がらないからといって原告の給料が支払われないことになるものではない。」

「そして、被告Bは、原告が売上げをごまかしているなどとした上、300万円の出資を求めているが・・・、原告が売上げをごまかしていたことを裏付ける証拠はなく、また、原告が出資に応じなければならない理由も必要性もない。」

「以上に加えて、原告と会話をする際に、被告Bが声を荒げたり、何かをたたくなどしていることなどをも併せ考慮すれば、被告Bの言動は、原告を威迫するものといわざるを得ず、本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、被告Bの一連の言動は、社会通念上、契約当事者間における業務遂行の在り方に関する注意・指導の範囲や、紛争に関する交渉として許容される限度を超えており、その程度は、不当なものというにとどまらず、違法なものといわざるを得ない。

したがって、被告Bの行為は、原告に対する違法なパワーハラスメントに該当するものであったと認められる。

「そして、被告Bの言動の内容、経緯など本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、被告Bの不法行為により原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は50万円とすることが相当であり、これと相当因果関係にある弁護士費用は5万円とすることが相当である。」

3.他の事実も考慮されてハラスメントが認められた事案ではあるが・・・

 本件でパワーハラスメントとして違法性が認められたのは、被告Bの一連の言動とされています。そのため、法的措置をとるなどの強硬な文言が用いられたことが単体でパワーハラスメント(不法行為)を構成するのかは、やや不分明です。

 それでも、法的措置の示唆が消極的に評価されたことは、なお注目に値します。使用者が労働者に対して法的措置を示唆することは少なくありませんが、本裁判例を根拠に反駁して行くことがが考えられます。

 

大学教員の公募-不合格者は団体交渉で採用選考過程や評価についての情報開示や説明を求められないか?

1.大学教員の公募は出来レースか?

 大学教員の公募に関しては、採用選考が適切に行われていないのではないかという懸念を抱く方が少なくありません。例えば、公募と銘打ってはいるものの、誰を採用するのかは既に決まっていたのではないかといったようにです。

 それでは、採用選考過程に疑義がある場合、不合格者は大学に対して採用選考過程や自身への評価についての情報開示や説明を求めることができないのでしょうか?

 昨日、応募者個人の権利性という観点からのアプローチが奏功しなかったことをお話しました。

 しかし、労働者が使用者に対して情報開示や説明を求める手段は、個別労働関係紛争の枠組に限られるわけではありません。労働組合を通じ、団体交渉によって情報開示や説明を求めることも考えられます。使用者には誠実交渉義務があるところ、誠実交渉義務の中には、

会見(交渉)の場で、単に労働組合の要求や主張を聴くだけでなく、その要求・主張の程度に応じて使用者としての回答や主張を行う義務

必要に応じて自らの回答や主張の論拠を示し、必要な資料を提示するなどして、相手方の理解と納得が得られるよう誠意をもって交渉する義務

が含まれると理解されているからです(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕1079頁参照)。

 こうした誠実交渉義務を手掛かりとして、労働組合を通じ、採用選考過程や評価についての情報開示や説明を求めて行くことはできないのでしょうか?

 昨日ご紹介した東京地判例4.5.12労働判例ジャーナル129-48 学校法人早稲田大学事件は、この論点を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.学校法人早稲田大学事件

 本件で被告になったのは、早稲田大学等を設置している学校法人です。

 原告になったのは、中国政治及び中国社会論を研究分野とする政治学者の方(原告A)と、その方が加入している労働組合(原告組合)です。

 被告は、

〔1〕原則として博士学位を有すること、

〔2〕博士学位取得後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の修士課程及び博士後期課程の研究指導、講義科目を担当できるに十分な期間の研究教育上の経験及び実績を有すること、

〔3〕博士後期課程で研究指導を担当できるに十分な質及び量の研究実績を有すること(具体的には、邦文又は英文による既刊研究論文7本以上の研究業績を有し、うち少なくとも3本は評価の高い学術誌に掲載された査読付き論文であること)、

〔4〕日本語及び英語の両方で授業を担当できること、

〔5〕科学研究費補助金など競争的外部研究資金を代表者として獲得した実績、又は同等の優れた職務経験を有すること、

〔6〕早稲田大学大学院アジア太平洋研究科及びアジア太平洋研究センターなどの業務運営の諸役職・委員等を、責任をもって遂行できること、

〔7〕早稲田大学大学院アジア太平洋研究科及びアジア太平洋研究センターの研究・教育活動に貢献できること」

との採用条件を掲げ、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科専任教員を公募しました(本件公募)。

 原告Aは本件公募に応募しましたが、書類審査で不合格となり、面接審査に進むこともできませんでした。

 選考過程の公正さに疑念をもった原告Aは、自分の応募が選考過程でどのように審査されたのか等の情報開示を求めました。

 これを被告から断られると、今度は労働組合に加入し、団体交渉の中で同様の情報を得ようとしました。

 しかし、被告は

「本件公募の選考過程に関する情報・・・については、団体交渉に応じる義務はない。」

として団体交渉を拒否しました。

 こうした経過のもと、原告Aが慰謝料(説明義務違反等)の支払いを請求すると同時に、原告組合も違法な団体交渉拒否(団交拒否)により団体交渉権を侵害されたとして無形損害の賠償を求める訴えを提起しました。

 原告A個人の請求が棄却されたことは昨日述べたとおりですが、裁判所は、次のとおり述べて、原告組合の請求も棄却しました。

(裁判所の判断)

「労働組合法7条2号は、使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなく拒むことを不当労働行為として禁止しているところ、これは、使用者に対して労働者の団体の代表者との交渉を義務付けることにより、労働条件等に関する問題について労働者の団結力を背景とした交渉力を強化し、労使対等の立場で行う自主的交渉による解決を促進し、もって労働者の団体交渉権(憲法28条)を実質的に保障しようとするものと解される。このような労働組合法7条2号の趣旨に照らすと、義務的団体交渉事項とは、団体交渉を申入れた労働者の団体の構成員である労働者の労働条件その他の待遇、当該団体と使用者との間の団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なものをいうものと解するのが相当である。」

「これを本件についてみると、前記前提事実・・・によれば、被告は、原告組合が被告に対して団体交渉を申し入れた平成30年11月当時、原告Aを非常勤講師として雇用していたことが認められるから、当時、原告Aの労働組合法上の使用者であったことが認められる。しかしながら、原告Aは、被告から非常勤講師として雇用されていたものであり、また、被告には原告Aに対する本件情報開示・説明義務が認められないことは前記1で説示したとおりであるから、専任教員に係る本件公募の選考過程は、原告Aと被告との間の労働契約上の労働条件その他の待遇には当たらない。したがって、別紙1記載の各事項は義務的団体交渉事項には当たらないから、原告組合が被告に対して別紙1記載の各事項について団体交渉を求める地位にあるとはいえず、また、被告が別紙1記載の各事項について団体交渉に応じなかったことは、原告組合に対する不法行為を構成するものではない。

参考:(別紙1)団体交渉事項目録

1 研究科専任教員採用人事内規の開示

2 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科が平成28年1月に行った専任教員の公募(以下「本件公募」という。)につき「研究科運営委員会の定めた手続」資料の開示及び説明

3 本件公募手続における原告Aに対する評価の開示及び説明

4 原告Aが採用面接に至らなかった理由の開示及び説明

5 上記評価の根拠となった資料の開示

6 本件公募手続への前任者の関与の有無

7 本件公募から採用に至る過程に対する事後的検証の有無、方法、内容

8 採用審査の過程で開催された運営委員会の議事録の開示

3.義務的団交事項ではないとされた

 義務的団交事項とは、

「労働組合が団体交渉を申し入れた場合、使用者が団体高所うを行うことを法的に義務付けられる・・・事項」

をいいます(前掲『詳解 労働法』1072頁)。

 その外延は必ずしも明確ではありませんが、本件の裁判所は、義務的団交事項ではないからとの理由で団交を拒否したことは不法行為にはあたらないと判示しました。

 しかし、一般論として

「個々の労働者の採用・・・についても、日本では義務的団交事項に該当する」(前掲『詳解 労働法 1072-1073頁参照)。

と解釈されているなど、採用に関係することだれば直ちに要求を拒否してもよいということなのだと思われます。

 結論に疑義はあるし、残念な判断ではありますが、本裁判例は集団的労使紛争の限界を考えるうえで参考になります。

 

大学教員の公募-不合格者に対し採用選考過程や評価についての情報開示・説明義務を負うのか?

1.大学教員の公募は出来レースか?

 大学教員の公募に関しては、採用選考が適切に行われていないのではないかという懸念を抱く方が少なくありません。例えば、公募と銘打ってはいるものの、誰を採用するのかは既に決まっていたのではないかといったようにです。

 それでは、採用選考過程に疑義がある場合、不合格者は大学に対して採用選考過程や自身への評価についての情報開示や説明を求めることができないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、近時公刊された判例集に参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判例4.5.12労働判例ジャーナル129-48 学校法人早稲田大学事件です。

2.学校法人早稲田大学事件

 本件で被告になったのは、早稲田大学等を設置している学校法人です。

 原告になったのは、中国政治及び中国社会論を研究分野とする政治学者の方(原告A)と、その方が加入している労働組合(原告組合)です。

 被告は、

〔1〕原則として博士学位を有すること、

〔2〕博士学位取得後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の修士課程及び博士後期課程の研究指導、講義科目を担当できるに十分な期間の研究教育上の経験及び実績を有すること、

〔3〕博士後期課程で研究指導を担当できるに十分な質及び量の研究実績を有すること(具体的には、邦文又は英文による既刊研究論文7本以上の研究業績を有し、うち少なくとも3本は評価の高い学術誌に掲載された査読付き論文であること)、

〔4〕日本語及び英語の両方で授業を担当できること、

〔5〕科学研究費補助金など競争的外部研究資金を代表者として獲得した実績、又は同等の優れた職務経験を有すること、

〔6〕早稲田大学大学院アジア太平洋研究科及びアジア太平洋研究センターなどの業務運営の諸役職・委員等を、責任をもって遂行できること、

〔7〕早稲田大学大学院アジア太平洋研究科及びアジア太平洋研究センターの研究・教育活動に貢献できること」

との採用条件を掲げ、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科専任教員を公募しました(本件公募)。

 原告Aは本件公募に応募しましたが、書類審査で不合格となり、面接審査に進むこともできませんでした。

 選考過程の公正さに疑念をもった原告Aは、自分の応募が選考過程でどのように審査されたのか等の情報開示を求めました。

 これを被告から断られると、今度は労働組合に加入し、団体交渉の中で同様の情報を得ようとしました。

 しかし、被告は

「本件公募の選考過程に関する情報・・・については、団体交渉に応じる義務はない。」

として団体交渉を拒否しました。

 これに対し、原告Aが慰謝料(説明義務違反等)の支払いを請求すると同時に、原告組合も無形損害の賠償を求める訴えを提起しました。

 原告Aは情報開示・悦明を受けるために三つの観点から論証を試みましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告Aの請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

・労働契約締結過程における信義則上の義務について

「前記前提事実・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件公募は、アジア太平洋研究科の研究科専任教員採用人事内規に則り、

〔1〕応募者から自薦書、履歴書、教育研究業績リスト等を提出してもらい、

〔2〕審査委員会において、応募者の中から採用条件を充たしている者を選び出した上で、その中から、募集分野と応募者の研究分野の適合、研究の質的水準、授業遂行の能力と意欲、研究科業務への適性、人格見識などについて精査して、原則として複数の候補者を選抜し、当該候補者を対象として面接審査及び模擬授業を行って採用予定者を1名に絞り込み、

〔3〕人事研究科運営委員会において当該採用予定者の採否を決定し、

〔4〕被告において、人事研究科運営委員会が承認した採用予定者との間で労働契約を締結することが予定されていたことが認められる。」

「原告Aは、本件公募に応募したが、書類選考の段階で不合格になったものである(前記前提事実・・・。原告Aと被告との間で、原告Aを専任教員として雇用することについての契約交渉が具体的に開始され、交渉が進展し、契約内容が具体化されるなど、契約締結段階に至ったとは認められないから、契約締結過程において信義則が適用される基礎を欠くというべきである。」

「原告らの主張は、原告Aが本件公募に応募したというだけで、信義則に基づき、被告に本件情報開示・説明義務が発生するというに等しく、採用することができない。」

・公募による公正な選考手続の特殊性に基づく義務について

「大学教員の採用を公募により行う場合、その選考過程は公平・公正であることが求められており、応募者の基本的人権を侵害するようなものであってはならないということはできる。」

「しかしながら、原告Aは、被告との間で契約締結段階に至ったとは認められず、契約締結過程において信義則が適用される基礎を欠くことは上記・・・のとおりであり、このことは、選考方式が公募制であったことによって左右されるものではない。したがって、仮に、原告Aが本件公募について透明・公正な採用選考が行われるものと期待していたとしても、その期待は抽象的な期待にとどまり、未だ法的保護に値するとはいえず、被告が専任教員の選考方式として公募制を採用したことから、直ちに本件情報開示・説明義務が発生する法的根拠は見出し難い。」

・個人情報の適正管理に関する義務について

「職業安定法5条の4は、労働者の募集を行う者に対し、その業務に関し、募集に応じて求職者等の個人情報を収集し、保管し、又は使用するに当たっては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用することを義務付けているが、求職者等に対する個人情報の開示に関しては、何ら規定していない。したがって、職業安定法5条の4は、本件情報開示・説明義務の法的根拠とはなり得ないというべきである。」

「個人情報保護法28条2項は、個人情報取扱事業者は、本人から、当該本人が識別される保有個人データの開示を求められたときには、遅滞なくこれを開示しなければならないと定めるとともに、同項2号において、個人情報取扱事業者が開示義務を負わない例外として、『当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合』を挙げている。そして、個人情報保護法における個人データとは、個人情報データベース等を構成する個人情報(特定の個人を識別することができる情報)をいい(個人情報保護法2条1項、6項)、個人情報データベース等とは、個人情報を含む情報の集合物であって、特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの、又は、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるものをいう(同条4項)。」

「原告Aが被告に対して開示を求めたとする別紙2記載の情報についてみると、同1記載の情報及び同4記載の情報のうち原告Aに言及がない部分が原告Aの個人情報に当たらないことは、明らかである。」

「また、別紙2の2及び3記載の情報並びに別紙2の4記載の情報のうち原告Aに言及する部分は、原告Aを識別可能であることから原告Aの個人情報に該当するものがあるとしても、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、これらの情報が個人情報データベース等を構成していることをうかがわせる事情は何ら認められないから、個人情報保護法28条2項に基づく開示の対象となる保有個人データであるとは認められない。」

「さらに、仮に、別紙2の2及び3記載の情報並びに別紙2の4記載の情報のうち原告Aに言及する部分が保有個人データに当たるとしても、これらの情報を開示することは、個人情報保護法28条2項2号に該当するというべきである。すなわち、被告は、採用の自由を有しており、どのような者を雇い入れるか、どのような条件でこれを雇用するかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるところ、大学教員の採用選考に係る審査方法や審査内容を後に開示しなければならないとなると、選考過程における自由な議論を委縮させ、被告の採用の自由を損ない、被告の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがあるからである。したがって、被告は、個人情報保護法28条2項2号により、これらの情報を開示しないことができる。」

「なお、厚生労働省政策統括官付労働政策担当参事官室の平成17年3月付け『雇用管理に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針(解説)』は、『業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合』に該当するとして非開示とすることが想定される保有個人データの開示については、あらかじめ、必要に応じて労働組合等と協議の上、その内容につき明確にしておくよう努めなければならないとしていたが(甲28の1、乙14)、これは、あくまでも努力義務を定めたものであって、上記協議をしていないからといって、使用者が、『業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合』に該当する保有個人データを非開示とすることができなくなるわけではない。」
「以上によれば、職業安定法5条の4及び個人情報保護法は、いずれも、本件情報開示・説明義務の法的根拠にはなり得ないというべきである。」
3.出来レースの懸念のある事案だったが・・・

 本件は採用条件が特に細かく、原告の方が意中の方のみに応募させようとしたと考えても不思議ではないように思われます。

 しかし、裁判所は、採用選考過程や評価についての情報開示・説明義務の存在は認められないと判示しました。

 情報開示・説明義務が認められず、残念な事案ではありましたが、珍しい論点について判示した裁判例として参考になります。