弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

芸能人養成スクールの退学等によりスクール側に発生する平均的損害

1.消費者契約における損害賠償額の制限

 消費者契約では、同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える損害賠償額を予定しても、そのような条項の効力は否定されます(消費者契約法9条1号)。

 この条項の適用ができれば、芸能人養成スクールに入ったことを後悔し、途中で辞めた場合でも、既に収めたお金のうち、業者に生じる平均的損害を超える部分は返金を求めることができます。

 しかし、受講生がこの条文に基づいて納めたお金の返金を求めるにあたっては、

① 受講者は消費者と言えるのか(受講契約の消費者契約該当性)?

② 言えたとして、平均的損害を幾らとみるのか?

という問題を乗り越えなければなりません。

 昨日、①の問題を乗り越え、受講契約を消費者契約であると認定した裁判例をご紹介させて頂きました。東京地判令3.6.10判例時報2513-24です。この裁判例は、②の問題についても、参考になる判断を示しています。

2.東京地判令3.6.10判例時報2513-24

 本件で被告になったのは、芸能人養成スクールを運営する株式会社です。

 原告になったのは、適格消費者団体の認定を受けた非営利活動法人です。

「退学又は除籍処分の際、既に納入している入学時諸費用については返還しない」

という被告の定めた学則中の条項が消費者契約法12条1号(平均的損害を超える賠償予約・違約金を定めを無効とする規定)に違反するとして、その使用の差止を求める訴えを提起しました。

 本件では受講契約の消費者契約該当性のほか、受講者が退学等した時にスクール側に発生する平均的損害が幾らなのかが争点になりました。

 裁判所は受講契約の消費者契約該当性を認めたうえ、次のとおり述べて、13万円を超えて返金しない場合の条項は違法になると判示しました。

(裁判所の判断)

「入学時諸費用は、本件スクールの受講生としての地位を取得するための対価としての性質を有する部分(以下『本件権利金部分』という。)だけでなく、被告が提供する役務に対する実質的な対価(月謝)に相当する部分も含むものであるとするのが相当であり、本件権利金部分は被告において受講生を受け入れるための手続等に要する費用にも充てられることが予定されているものというべきである。」

「そうすると、本件権利金部分については、その納付をもって受講生は本件スクールの受講生としての地位を取得するから、その後に本件受講契約が解除されるなどしても、被告がその返還義務を負う理由はないというべきである。そして、上記諸事情に照らすと、本件権利金部分は、12万円と認めるのが相当である。」

(中略)

「ア Aに対する手数料について」

「被告は、受講生の紹介を受けているAに対し、受講生1人当たり31万8888円の手数料を支払っているため、当該手数料相当額の損害が本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき損害に当たると主張する。」

「しかしながら、上記手数料は、前記・・・の被告の主張に照らすと、Aによるオーディションの勧誘及びその実施の対価として交付されているものであるから、その実質は宣伝広告費であり、本件受講契約を解除した受講者だけでなく、その他の受講者との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用とみるのが相当である。」

「そうすると、上記手数料は、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害とはいえず、平均的な損害には該当しないというべきである。被告の上記主張は、採用することができない。」

「イ 業務委託費用について」

「被告は、株式会社Dに対し、講師の派遣等を委託しており、その対価として、受講生1人が入学するごとに3万円を支払うほか、E株式会社に対し、入学対応指導業務等を委託しており、その対価として、受講生1人当たり2万円を支払っており、これらの業務委託費用が本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に当たると主張する。」

「 しかし、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、①株式会社Dが行う業務は、本件スクールの運営に係る実務と所属タレントとの派遣及び講師のあっせんであるから・・・、要するに、被告が定めるカリキュラム等に沿って必要となる講師等を派遣すること等であり、②E株式会社が行う業務も、生徒を獲得する入校対応についての被告の従業員に対する指導等である・・・と認められる。以上の事実によれば、これらの業務委託費用は、本件受講契約を解除した受講者だけでなく、その他の受講生との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であり、単にその支払額を個々の受講者の入学を基準に算定しているものにすぎない。」

「そうすると、このような業務委託費用は、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害とはいえず、平均的な損害には該当しないというべきである。被告の上記主張は、採用することができない。」

「ウ 入学対応のための人件費について」

「被告は、本件スクールに入学する受講生の対応のために要する人件費が、本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に当たると主張する。」

「しかしながら、仮に本件スクール本校の新人開発室所属の従業員や大阪校、福岡校及び札幌校の従業員が入学対応の業務を行っていたとしても、このような業務は、本件受講契約を解除した受講生のみならず、その他の受講生との関係においても行われるものであり、そのための人件費は、被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるといわざるを得ない。そうすると、これは、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害とはいえず、平均的な損害に該当しないし、少なくとも本件受講契約を解除した受講生の入学手続に要した人件費については、本件権利金部分が充当されたものというべきである。」

「したがって、被告の上記主張は、採用することができない。」

「エ 宣材写真撮影委託費用について」

「証拠(・・)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、受講生が入学後レッスンを開始するまでの間に、受講生ごとに宣材写真の撮影を行っているところ、直近決算期において被告がカメラマンに対して支払った報酬等の合計が499万0902円であり、同期における入学者数が1983人であったことが認められる。」

「以上の事実によれば、宣材写真撮影委託費用は、本件スクールに入学した個々の受講生との間で生じたものであるから、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害であり、平均的な損害に該当するというべきであり、その額は2516円であると認められる。」

「これに対し、原告は、本件スクールにおける宣材写真の撮影は、受講生がAのタレントとして活動するためのものであって、本件スクールにおいて必要となるものではないなどとして、これが平均的な損害に該当しない旨を主張する。」

「しかしながら、芸能スクールの入学の際に宣材写真の撮影が行われることが特異なものであるとはいえず、同写真がプロダクションであるAにおいて使用されることをもって上記認定を覆すものではない。」

「したがって、原告の上記主張は、採用することができない。」

「オ 教材費について」

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件スクールに入学した受講生に対し、パンフレット、入学申込書、レッスンガイド、テキスト、IDカード等の教材を支給しており、その費用が1人当たり595円であることが認められる。」

「以上の事実によれば、上記教材費は、本件スクールに入学した個々の受講生との間で生じたものであるから、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害であり、平均的な損害に該当するというべきであり、その額は595円であると認められる。」

「これに対し、原告は、上記教材費に入学事務費用でないものが含まれている可能性がある旨を主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、原告の上記主張は、採用することができない。」

「カ 入学対応のための賃料について」

「被告は、受講生の入学対応のためにも建物を賃貸しており、入学対応に対応する賃料負担額は、受講生1人当たり1万1077円であると主張する。」

「しかしながら、証拠・・・によれば、被告主張の建物は、本件スクールの校舎として賃借しているものと認められる。そうすると、上記賃料は、本件受講契約を解除した受講生のみならず、その他の受講生との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるから、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害に該当しない。仮に本件受講契約を解除した受講生との入学対応に要した賃料があったとしても、このような賃料については、本件権利金部分が充当されたものというべきである。」

「したがって、被告の上記主張は、採用することができない。」

「キ 光熱費について」

「被告は、受講生の入学対応のためにも光熱費を支出しており、入学対応に対応する光熱費は、受講生1人当たり1617円であると主張する。」

「しかしながら、証拠・・・によれば、被告主張の光熱費は、本件スクールの各校舎で生じたものであると認められるから、被告の本件スクールにおける役務の提供により生じたものとみるのが自然であり、これが直ちに本件受講契約を解除した受講生の入学対応のために使用されたものであるとはいい難い。そうすると、上記光熱費は、本件受講契約を解除した受講生のみならず、その他の受講生との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるから、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害に該当しない。仮に本件受講契約を解除した受講生との入学対応に要した光熱費があったとしても、このような光熱費については、本件権利金部分が充当されたものというべきである。」

「したがって、被告の上記主張は、採用することができない。」

「ク ローン会社に対する保証金について」

「被告は、本件受講契約の締結に伴い、入学金ローンを利用する者がいた場合、株式会社Fに対し、ローン金額の3%を保証金として支払っており、直近決算期において被告が支払った保証金の合計額に同期における入学者数を除して得た額(2507円)は、本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に当たると主張する。」

「しかしながら、被告の主張によっても、同社の入学金ローンを利用する者は、直近決算期において443人であって、同期における入学者数1983人の4分の1以下にすぎない。そうすると、仮に、本件受講契約の解除に伴い入学金ローンを利用した受講生との関係で保証金相当の損害が生じるとしても、それは、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害には該当しない。」

「したがって、被告の上記主張は、採用することができない。」

「ケ 履行利益について」

「被告は、消費者契約法9条1号の「平均的な損害」には、履行利益も含まれ、本件では、受講生から得られたであろう授業料(月謝)が履行利益として「平均的な損害」に含まれると主張する。」

「しかしながら、前提事実及び認定事実によれば、①本件スクールに入学する受講生は、その大半が随時実施されるAのオーディションに最終合格した者であり、被告は、そのような受講生を随時本件スクールに入学させていること・・・、②本件スクールの年間の入学者数は、1500人ないし2000人であり、このうち1年間の就学期間を満了するのは約半数程度であること・・・からすると、受講生が本件受講契約を解除する場合において、当該受講生との関係において直ちにその就学期間の全部にわたり月謝が支払われる蓋然性があったとは認め難い。」

「これらの事情に加え、前記・・・のとおり、被告が一定数の受講生が就学期間中に退学することを想定して本件スクールにおける人的物的教育設備の整備等を行っているものと推認することができることに照らせば、被告主張の履行利益(受講生から得られたであろう月謝)は、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害に該当しない。」

「以上の諸事情に加え、証拠(甲37)によれば、被告は、従前入学時に納入される月謝以外の金員38万円の内訳を、入学金34万円、施設管理費2万円、教材費1万円、事務手数料1万円としていたことに照らすと、本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害は、被告主張の事情を最大限有利にしん酌しても、1万円を超えることはないというべきであり、同額と認めるのが相当である。」

「以上によれば、本件不返還条項のうち本件費用等部分に関する部分は、本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に該当する1万円を超える部分が無効である。」

(中略)

「以上によれば、本件不返還条項を内容とする意思表示の差止請求については、本件不返還条項のうち、①本件権利金部分(12万円)に関する部分は、『消費者契約の解除に伴う損害賠償額を予定し、又は違約金を定める条項』に当たらず、②本件費用等部分に関する部分(入学時諸費用38万円中、上記①の12万円を超える部分)は、消費者契約法9条1号の規定により1万円を超える部分が無効であるから、消費者契約法12条3項に基づき、退学等の際に既に納入している入学時諸費用を13万円を超えて返還しない旨の条項を内容とする意思表示の差止めを求める限度で、理由がある。」

3.権利金でも12万、費用はせいぜい1万円程度

 上述のとおり、裁判所は権利金部分でも12万円、諸費用としてはせいぜい1万円程度が相当だと判示しました。これが「平均的損害」であるとすれば、受講契約を解除した場合、相当部分の返金が見込まれることになるように思われます。

 業界における平均的な損害として認定されていることから、本件は他の芸能人養成スクールからの退学等をめぐる紛争でも広く活用される可能性があります。汎用性の高い事案であるため、本件で裁判所が認定した平均的損害に関する考え方は、他のスクールとの関係にも応用できる可能性があります。そう考えると、やや長い判示ではあるものの、本件は覚えておいて損のない裁判例だと思います。

 

芸能人養成スクールの受講契約が消費者契約と認められた例

1.フリーランス(個人事業主)と消費者保護法

 フリーランス(個人事業主)が企業から仕事を受注するにあたっては、交渉力の格差から不公平な取引条件を押し付けられがちです。こうした不公平な状況を是正するため、消費者契約法などの各種消費者保護法を適用することはできないのでしょうか?

 個人と企業との契約である以上、当然、個人は消費者保護法によって保護されるはずだと考える方もいるかも知れません。しかし、話はそれほど単純ではありません。消費者保護を目的とする法律の多くは、事業のために締結される契約には適用されないからです。例えば、消費者契約法は、

「消費者と事業者との間で締結される契約」

を消費者契約として定義し(消費者契約法2条4項)、消費者の保護を図っています。

 しかし、

「事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるもの」

は消費者に該当しないとされているため(消費者契約法2条1項)、事業目的で契約するフリーランスの方は「消費者」に該当しないし、フリーランスと企業との間の契約は「消費者契約」に該当しないことになります。結果、歴然とした交渉力格差があるにも関わらず、フリーランスの方は消費者保護法による保護の枠外に置かれています。

2.芸能人養成スクールの受講契約

 法の建付けが上述のようになっている関係で、芸能人養成スクールの受講契約は消費者契約なのか? という論点があります。

 個人的な実務経験の範囲でいうと、情報力・交渉力の格差から合理的とは思われない受講契約を締結している方は少なくありません。

 しかし、芸能人の方の多くは個人事業として芸能活動をしています。事務所への所属も個人事業主としてマネージメント契約を締結する形で行われるのが通例です。そのため、芸能人養成スクールとの受講契約は「(個人)事業のために契約の当事者となる場合」に該当するのではないのかが問題になります。

 この問題について、興味深い判断を示した裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.6.10判例時報2513-24です。

3.東京地判令3.6.10判例時報2513-24

 本件で被告になったのは、芸能人養成スクールを運営する株式会社です。

 原告になったのは、適格消費者団体の認定を受けた非営利活動法人です。

「退学又は除籍処分の際、既に納入している入学時諸費用については返還しない」

という被告の定めた学則中の条項が消費者契約法12条1号(平均的損害を超える賠償予約・違約金を定めを無効とする規定)に違反するとして、その使用の差止を求める訴えを提起しました。

 本件では消費者契約法12条1号の適用の前提として、本件受講契約が消費者契約といえるのかが争われました。

 この争点について、裁判所は、次のとおり述べて、消費者契約への該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「費者契約法は、『消費者契約』とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいい(2条3項)、『消費者』とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう(同条1項)と規定している。」

「そして、『事業として…契約の当事者となる場合』とは、事業目的そのものを対象とする取引の契約当事者となる場合のように、契約の当事者となる主体自らが当該契約を反復継続して行う意図で行う場合をいい、『事業のために契約の当事者となる場合』とは、事業目的を達成するために必要な契約の当事者となる場合のように、自らの事業の用に供するために契約の当事者となる場合をいうと解される。」

「これを本件についてみると、前提事実及び認定事実によれば、次のとおり指摘することができる。」

「ア 本件スクールに入学する受講生は、被告との間で本件受講契約を締結する者であるところ、本件受講契約の内容等・・・に鑑みれば、受講生が個人であることは明らかである。」

「イ 本件スクールへの入学及び在籍を目的とする本件受講契約を事業目的そのものとし、これを反復継続して行う意図で締結する受講生は想定し難いから、上記受講生による本件受講契約の締結は『事業として…契約の当事者となる場合』に該当しない。」

「ウ 本件スクールに入学する年間約1500人ないし2000人の受講生は、形式上、Aとの間でマネジメント契約を締結しているが・・・、その大半はごくわずかな芸能活動の経験しか有しない者又は全く芸能活動の経験を有しない者であり・・・、このうち1年間の就学期間を修了する者は半数程度である・・・。さらに、本件スクールに入学した受講生は、普通科であれば、俳優コース、歌手コース、声優コース、マルチタレントコース又はユーチューバーコースに分かれ、1年間にわたり所定のレッスンを受講し、理論や実技の指導を受けることになる・・・が、実際に本件スクール在学中又は卒業後に自身の名を示して俳優等の活動に従事できる者は、一部の受講生に限られている・・・。

「したがって、本件スクールに入学する受講生の大半は、その入学前、在学中及び卒業後を通じて、事業と評価できるほどの芸能活動を行っていないのであるから、受講生がAとの間でマネジメント契約を締結しており、その一部には事業と評価できるほどの芸能活動を行っている者がいたとしても、このことをもって直ちに、受講生による本件受講契約の締結が一概に芸能活動という事業目的を達成するため(当該事業の用に供するため)に本件受講契約の当事者になったと評価することはできず、『事業のために契約の当事者となる場合』に該当しない。

以上の事情を総合すれば、本件受講契約を締結する大半の受講生は、消費者であると認められる。そして、被告は、現在も多数の受講生との間で本件学則を用いて本件受講契約を締結し、本件スクールに入学させているのであるから、不特定かつ多数の消費者との間で本件不返還条項を含む消費者契約の締結を現に行い又は行うおそれがあると認められる。」

「これに対し、被告は、①本件スクールに入学する受講生は、芸能活動という事業目的を達成するために本件受講契約を締結すること、②本件スクールに入学する受講生は、事業の準備から開業ないし遂行に至る段階を分けると、既に開業しているか、開業に向けた具体的準備を行っている段階にあることから、受講生による本件受講契約の締結が『事業として又は事業のために契約の当事者となる場合』に該当すると主張する。

しかし、上記・・・のとおり、本件スクールに入学する受講生の大半は、事業と評価できるほどの芸能活動を行っていないのであり、受講生による本件受講契約の締結が『事業として又は事業のために契約の当事者となる場合』に該当するとはいえないから、被告の上記主張は、採用することができない。

4.大半が素人・卒業してもプロになれるのは一部だけ⇒消費者契約

 上述のとおり、裁判所は、受講者の大半が素人で、約半分が卒業できず、卒業してもプロになれるのが一部だけといったような状況のもとで契約を結ぶ受講者は消費者だと判示しました。

 本件は適格消費者団体による差止め請求で、

「消費者契約を締結するに際し、不特定かつ多数の消費者との間で第八条から第十条までに規定する消費者契約の条項・・・を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を現に行い又は行うおそれがあるとき」

を立証命題とするものです(消費者契約法12条3項参照)。全体的傾向として消費者契約に該当すると述べたのであって、個々の契約が全て消費者契約に該当するとまでいうものではないように思われます。

 それでも、芸能人養成スクールの受講契約が消費者契約であると認められたのは、画期的なことです。消費者保護のための立法がパッケージとして適用されるとなると、個々の契約者の保護に大きく資するからです。本件でも賠償予約・違約金規定の効果が否定され、13万円以上の返還拒否をすることは違法だと判示されています。

 個別事案に対する判断といい、消費者契約への該当性を認めた論理構成といい、多くの個人を保護する可能性を持った画期的な判断だと思います。控訴されているようですが、今後の裁判の行方が注目されます。

 

給与減を伴う職務命令の適法性-不利益性は考慮要素にならないのか?

1.給与減を伴う職務命令

 減給の懲戒処分をするにあたっては、事前に弁明の機会を与えたうえ(福岡高判平18.11.9労働判例956-69 熊本県教委(教員・懲戒免職処分)事件等参照)、処分説明書の交付を要するなど(国家公務員法89条)、かなり厳格な手続が必要になります。また、懲戒処分の処分量定には裁量基準が設けられており(人事院総長発『懲戒処分の指針について』(平成12年3月31日職職-68 最終改正: 令和2年4月1日職審-131参照)、これを逸脱した処分は審査請求による行政不服審査(国家公務員法90条)、取消訴訟による司法審査の対象になります。

 他方、職務命令には、そのような厳格さは求められていません。一般に事前手続が必要であるとは理解されていませんし、理由を記載した書面の作成・交付が義務付けられているわけでもありません。また、職務命令には処分性があるとは理解されていないため(最一小判平24.2.9民集66-2-183)、審査請求の対象にも取消訴訟の対象にもなりません。

 しかし、職務命令の中には、給与減を伴うものなど、事実上の不利益を伴うものがあります。こうした職務命令の効力を争うには、基本的に国家賠償請求を行うよりほかありませんが、その適法性はどのような枠組みのもとで判断されるのでしょうか? 懲戒処分に準じた厳格さが要求されるとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令3.12.27労働判例ジャーナル122-26 東大阪市事件です。

2.東大阪市事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体である東大阪市です。

 原告になったのは、被告の技術職員として清掃車を運転してごみの収集作業に従事していた方です。合理的な理由なく清掃車への乗務を禁止され、特殊勤務手当(清掃作業手当)相当額の支払いを受けられないなどの損害を受けたとして、被告を相手取って国家賠償請求訴訟を提起したのが本件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、清掃車への乗務を禁止する職務命令の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

一般職に属するすべての地方公務員は、その職務を遂行するに当たり、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないところ(地方公務員法4条、32条)、東部事業所に配属された職員にどのような作業を命じるかについては、同事業所に配属された職員の上司にあたる事業所長の裁量に委ねられているというべきである。もっとも、当該職務命令がその必要性、合理性を欠き、あるいは不当な目的で行われるなど、社会通念上著しく妥当性を欠くときは、裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるものとして違法になるというべきである。

「これを本件についてみるに、前提事実並びに証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成24年4月から平成31年3月31日までの間、一般職である技術職員として東部事業所に配属されていること、同事業所の所長は、平成29年8月1日から平成30年3月31日までの間はCであり、同年4月1日から平成31年3月31日までの間はDであったことが認められる。そして、C及びDが、原告に清掃車への乗務を禁止するに至った経緯及び理由は、前記認定事実・・・のとおりであり、原告が、清掃車に同乗しての職務中、複数回にわたり10分間程度にわたって市民に暴言を浴びせたり、収集場所の前に駐車してあった貨物車のドアを勝手に開け、同車のクラクションを運転手が戻ってくるまで鳴らすなどといった行動に及んだほか、同乗相手の職員に対し、警察の協力者であるとか、故意に収集場所から離れたところに清掃車を停めたなどと言いがかりをつけてトラブルとなり、東部事業所内でも、職員に対し、『黙っとけ』『俺に近寄るな。』、『お前らのやっていることは犯罪行為や。』、『日雇いのくせにおとなしくしていろ。』といった暴言を吐き、職員の車に勝手に乗り込み無断で車検証を撮影し、職員ともみ合いになって警察を呼ぶ事態となるなど、職員との関係を悪化させていたことによるものと認められる。」

「このような原告の言動に加え、自らの行為について何度指導を加えても、基本的に非を認めて反省することがない原告の態度に鑑みれば、CやDが、原告に対して清掃車への乗務を原則として禁止し、東部事業所内での作業を命じることとしたことは、市民等への迷惑行為や職員とのトラブルを避け、清掃車でのごみ収集作業を円滑に行うための措置として、合理的かつやむを得ないものであったということができる。」

「これに対し、原告は、市民に対する暴言については何を指すのか明らかでなく、クラクションを鳴らしたといっても1秒程度であり、原告の他の職員に対する態度は当該職員からの嫌がらせに起因するものであるなどと主張する。」

「しかし、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告による市民への暴言については、複数の職員が申し立てていること及び原告がクラクションを鳴らした行為については、貨物車のクラクションを勝手に鳴らすという行為自体が問題とされていることが認められ、また、前記認定事実・・・で具体的に認定した原告の同僚等に対する言動の問題性に照らすと、これらに関する原告の上記主張は、前記認定判断を左右するものではない。なお、原告は、職員が警察の協力者であり、原告を逮捕するための手段として嫌がらせが行われたという趣旨の供述・・・をするが、にわかに信用し難い上、これによって原告の他の職員に対する言動が正当化されるものでもない。」

「また、原告は、C及びDは原告に清掃車への乗務を命じることもあった上、東部事業所の職員との関係を問題にするなら原告を西部事業所に異動させれば足りるのに、そのような措置を講じていないと主張する。」

「しかし、欠員が出た等の理由で臨時に収集作業を命じることがあったからといって、原告に対して原則として清掃車への乗務を禁止することが理由のないことにはならない。また、証拠・・・によれば、Cは、原告に対し、西部事業所への異動を打診したものの、原告はこれを断っていることが認められ、原告の意向に反して異動を直ちに命じなかったからといって、東部事業所の職員との関係を問題にしていなかったことになるものではない。」

「さらに、原告は、清掃車への乗務を禁止されたことによる原告の収入減は、月給の10分の1の4か月分以上にもなる旨主張するが、清掃車への乗務を禁止する職務命令は懲戒処分ではないから、懲戒処分との比較をいう趣旨と解される原告の上記主張には理由がない。

「以上によれば、原告について清掃車への乗務を禁止した職務命令に、裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったとは認められず、かかる職務命令の違法をいう原告の主張は採用できない。」

3.不利益性の大きさが考慮要素として明示的に掲げられていないが・・・

 本件で問題になった職務命令は、月給の10分の1の4か月分以上にもなる収入減を生じさせたものでした。

 民間で減給の制裁を行う場合、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えることが禁止されていることを考えると(労働基準法91条参照)、これはかなり大きな不利益であるといえます。

 しかし、本件の裁判所は、職務命令に伴う不利益を、それほど重視しませんでした。違法/適法の判断基準において考慮要素に掲げられていないほか、不利益が大きいという原告の主張を懲戒処分ではないとして一蹴しています。

 懲戒処分に十分比肩する不利益であることからすると、裁判所の判断には違和感があります。しかし、職務命令の効力を争うにあたっては、公務員特有の問題として、こうした裁判例が存在することも、考慮しておく必要があります。

 

システム開発者・プログラマーの労働者性

1.システム開発者・プログラマーの労働性

 私の所属している第二東京弁護士会では、厚生労働省からの委託を受けて、フリーランス・トラブル110番という相談事業を実施しています。

『フリーランス・トラブル110番』の開始について|第二東京弁護士会

 この相談事業には、私も相談担当者として関与しています。

 相談を担当していると、フリーランス(自営業者)なのか労働者なのかの判断が難しい方からの問い合わせが少なくありません。それは、配送、エステシャン、システムエンジニア等の業種で特に顕著であるように思われます。

 相談を担当するにあたり必要な知見でもあることから、フリーランスの労働者性に関する裁判例の動向を注視していたところ、近時公刊された判例集に、システム開発者・プログラマーの労働者性を否定した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.11.11労働判例ジャーナル12-50東京FD事件です。

2.東京FD事件

 本件で被告(控訴人)になったのは、インターネット等の情報通信システムの企画、開発、設計、管理及び運営業務等を目的とする株式会社です。

 原告(被控訴人)になったのは、被告との間で「個別契約」と題する次のような内容の契約を締結した方です(本件契約)。

ア 業務内容

システム開発支援

イ 作業期間

令和2年9月1日から同月30日まで(現場延長の場合,自動更新)

ウ 業務委託内容

単価:45万円/月 30分単位区切り

基準作業時間:160~200時間

160時間未満の場合、2812円/時間を控除する。

200時間超過の場合、2250円/時間を上乗せする。

エ 作業場所

控訴人指定場所

オ 支払条件

毎月末日締め、翌月末日払い

カ 提出物

勤務表、その他控訴人が指定する納品物

 本件契約は3回に渡り自動更新され、原告の方は、令和2年12月までの間、システム開発支援の業務に従事しました。その後、本件契約は雇用契約であると主張し、未払賃金の支払を求める訴えを提起しました。原審がこれを認めたため、被告側から控訴提起されたのが本件です。

 被告(控訴人)は、本件契約は雇用契約ではないから賃金は発生しないとして、賃金債権の発生を争いました。

 この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、原告(被控訴人)の労働者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「被控訴人は、当審口頭弁論期日に出頭せず、控訴答弁書その他の準備書面も提出しないから、控訴人の申出により、審理の現状に基づき判決する(民事訴訟法297条、244条)。」

「被控訴人は、本件契約が労働契約であると主張する。」

「しかし、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、

〔1〕被控訴人は、本件契約に基づく業務を行うに当たっては、一人で現場に赴き、専門的知識を有するプログラマーとして、顧客の担当者と協議をしながら、自身の責任において、作業内容やスケジュールを決め、期限までにシステム開発を完成させることが求められていたこと、

〔2〕現場において、被控訴人に対し勤退時間の管理や業務上の指揮命令を行う者は存在しなかったこと、

〔3〕被控訴人が控訴人に対し毎日の作業時間を記載した勤務報告書を提出していたのは、報酬額が作業時間に連動していたためであること、

〔4〕本件契約期間中、控訴人を事業主とする社会保険に加入していなかったこと、

〔5〕控訴人は、従前、被控訴人と雇用契約を締結していたが、被控訴人が平成29年8月1日から従事していたシステム開発支援業務の過程で知った顧客のソースコードやシステム構成情報の一部などを公開WEB領域にアップロードするという漏えい行為に及んだことから、令和2年7月31日、当該雇用契約を解除し、その後、別の顧客との個別案件に限り業務を委託する趣旨で本件契約を締結したことが認められる。」

「以上のような業務遂行上の指揮監督や時間的場所的拘束性の程度等によれば、被控訴人は、控訴人の指揮監督下において労務の提供をする者とはいえないから、本件契約が雇用契約であるとは認められない。」

「したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件賃金請求は理由がない。」

3.被控訴人側欠席判決ではあるが・・・

 本件は被控訴人側が欠席した事案であり、適切に応訴していれば、違った結果になったかも知れません。

 それでも、東京地裁がどのような要素に着目してシステム開発者・プログラマーの労働者性の有無を判断しているのかを推知するうえで参考になります。

 

アカデミックハラスメントの加害者とされた時の対応-大学からの措置にどのように対応すべきか

1.セクシュアルハラスメントの加害者とされたら・・・

 平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針【令和2年6月1日適用】」は、使用者に対し、 

「職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと」

を義務付けています。措置を適正に行うとは、例えば、

「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるセクシュアルハラスメントに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること。あわせて、事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪等の措置を講ずること」

をいいます。

 これは職場内で労働者に対して行われるセクシュアルハラスメントに対応するための指針です。しかし、大学教授から学生に対して行われるアカデミックハラスメントにおいても、多くの大学で似たような対応がとられています。

 それでは、学生に対するアカデミックハラスメントの加害者とされ、大学から措置が取られた場合、対象となった大学教授の方は、どのように対応すればよいのでしょうか?

 大雑把に言って、選択肢は二つです。

 一つ目は、措置を受け容れることです。余程悪質なハラスメントである場合は別として、大学からの措置に従っている限り、いきなり解雇されることはあまりありません。

 二つ目は、大学側の措置の適否を争うことです。争って勝つことができれば、措置に従う必要はなくなりますし、措置に従わなかったことを理由とする処分は効力を失います。しかし、上手く行かなかった場合、本人に反省の意思がなく改善する可能性がないとして、解雇される現実的なリスクが発生します。

 二つ目の選択肢をとる場合、リスクコントロールが必要になります。弁護士が代理して対応するときには、措置の効力を争うという本来的目的を毀損しない限度で、いかに改善可能性がないことを理由とする追撃のリスクを抑えるのかに神経を使います。

 争うか/争わないかの判断や、争う場合のリスクコントロールは結構難しく、法専門家以外の方がやると、事態が好ましくない方向に推移することが多いように思われます。一昨日、昨日と紹介している、佐賀地判令3.12.17労働判例ジャーナル122-34 国立大学法人佐賀大学事件は、争うことによるリスクが顕在化した事案でもあります。

2.国立大学法人佐賀大学事件

 本件で被告になったのは、佐賀大学を設置、運営している国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の教育学部准教授の地位に在った方です。

 女子学生に対するメールの送信行為等がハラスメント行為にあたるとして、被告は原告を6か月の停職処分にしました。

 また、被告は、復職した原告に対し、

授業の停止やハラスメント講習会等の参加を義務付けたり(職務上の措置〔1〕〔2〕)、

予定されていた海外渡航を停止したり(本件渡航停止)、

する措置を行いました。

 原告の方は、こうした被告の対応に不服でしたが、次のような争い方をしたところ、普通解雇されてしまいました。

(裁判所で認定された職務上の措置〔2〕以降の事実経過)

「被告大学学長は、平成29年9月29日付けで、原告に対し、平成29年度後学期終了(平成30年3月)までを期間として、停止を義務づける事項及び各種報告書の提出等を義務づける事項を定めた。各事項の内容は、前提事実・・・のとおりである。」

「原告が被告大学に提出した平成29年9月分の業務月報には、『後学期の処遇が学部長から言い渡されたのを受けて、来春に人権救済の裁判を起こすこととした。』『被告大学の不当な決定により後学期からもカウンセリングが継続されることになった。』旨、平成29年11月分の業務月報には、『学長をパワハラで提訴するため担当弁護士と面談した。』旨記載されている。」

「被告大学は、原告が長期にわたり授業を担当していないことも踏まえ、漫然と職務上の措置を継続することは困難であると考え、原告が授業等の教育に従事しない職務への人事異動に応諾する意向があるか面談の機会を設けて確認することとした。そこで、平成29年12月初旬頃、原告に対し、同月8日に面談を行う旨通知した。原告は、同面談を拒否した。」

「被告大学は、平成29年12月12日付けで、原告に対し、翌年度以降の職務について、教育に従事しない職務への人事異動に関し、原告から意向を聴取するため、同月14日に面談を行う旨通知した。原告は、面談当日になって体調不良を原因とする休暇申請をし、同月28日まで欠勤した。」

「そこで、被告大学は、同日付けで、原告に対し、E学部長名義で、教育学部は、ハラスメントの再発等が懸念される状況下では原告に授業を担当させることはできず、配置転換権の行使について検討していること、原告に、授業を持たず、学内の別の職務に従事する意思があるなら平成30年1月5日までに回答するよう求め、回答がない場合には、配置転換権の行使には応じないと回答したものとみなすことを記載した文書を送付した。」

「しかし、原告は上記書面に対する回答をしなかった。のみならず、原告は、平成30年1月4日分の業務日報において、上記文書の原告への送付について、『おそらく学部長でない者が裁判を控えていたずら目的又は嫌がらせ目的で行ったのであろう。だが、作成者の詐称による公文書偽造罪に当たると思われるので、近日中に開始される裁判の中で取上げる争点の一つとして取扱いを検討したい。もちろん、このような犯罪文書の要求に答える必要は全くない。』旨記載して、被告大学に提出した。」

「原告は、被告大学に対し、平成30年1月16日付けで、原告訴訟代理人を通じて、本件停職処分、職務上の措置〔1〕、本件渡航停止及び職務上の措置〔2〕が違憲無効であり、今後被告において予定する職務上の措置の継続、配置転換又は普通解雇はいずれも違憲違法であるから、再考を求め警告する旨の文書を送付した。」

「原告は、平成30年1月分の業務月報に、『提訴予告通知書として、警告書を被告大学学長宛てに発送した。』などと記載し、平成30年2月分の業務日報には、『弁護士に改めて正式な提訴を依頼した。普通解雇の通知が渡された。教授会の審議を経ないままに下された不当解雇である。』などと記載して、被告大学に提出した。」

「被告大学学長は、平成30年2月22日付けで、原告に対し、就業規則19条1号及び4号に該当するとして、解雇予告通知をし、平成30年3月31日付けで普通解雇した。」

 本件では上記のような経過のもとで行われた普通解雇の効力の効力も問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、解雇を有効だと結論付けました。

(裁判所の判断)

「原告にハラスメント行為再発の危険性が存在し、原告に学生に対する授業を担当させることができないこと、これが職務上の措置〔2〕の時点でも継続していたことは前記・・・のとおりである。そして、職務上の措置〔2〕以降も、原告は、業務月報等において被告に対する法的措置を示唆するばかりで・・・、原告に、ハラスメント行為の自覚、自省の念が涵養されることはなかった。

「そうすると、原告のハラスメント行為再発の危険性は依然として存在し、被告大学は、教育職員である原告に授業を担当させることができず、原告は、本来果たすべき職務に従事することができない状態であるといえる。これは、勤務成績又は業務能率が著しく不良と認められる場合(就業規則19条1号)又はその他これに準ずる客観的かつ合理的な事由があるとき(同条4号)に該当すると認められる。」

「そして、教育学部では、原告が平成27年4月以降授業を担当していないために、他の職員に相応の負担が生じていたところ、原告の在職中は人員を補充することができない状態にあった。被告は、原告に授業を再開させるべく、職務上の措置により約1年間にわたりハラスメント防止に関する研修を受けさせていたが、原告にその成果は現れず、その上、被告は、平成29年12月に原告に対して配置転換による雇用継続の提案をしたが、原告はこれに応じなかった・・・。これらの事情を踏まえれば、被告は果たすべき措置を尽くしており、教育学部における負担を考慮し、原告を普通解雇するという判断はやむを得ないものというべきであるから、本件解雇は客観的合理的理由があり、社会通念上相当と認められる。」

「原告は、本件解雇は実質的に同一非違行為に対する二重処分であると主張するが、本件解雇は普通解雇としてなされたものであるから、原告の主張は採用できない。」

「また、原告は、原告が協議に応じなかった理由は、被告が原告の代理人の同席を認めなかったこと、解雇理由の存否について原告と協議しなかったことが原因であるから、被告は解雇回避措置を尽くしていない旨主張する。しかし、原告の勤務態様を含む被告大学の内部運営に関する協議の場に代理人の同席を認めるか否かは、被告に一定の裁量があるというべきであるし、被告に原告との間で解雇理由の存否について協議すべき義務はないから、原告の主張は採用できない。

3.法的措置は連呼しないこと/協議拒否は危険

 本件渡航停止は違法性が認められていますし、職務上の措置と共に法的措置をとること自体は問題ありません。ただ、連呼する必要はなく、初回のみ伝えて速やかに法的措置をとってしまうか、あるいは、最後通牒でのみ言及するか、いずれかの手法をとった方が良かったかも知れません。

 また、協議の場に弁護士を同席させることができるかは両説あり、この点も、あまり硬直的に考えなかった方が良かったのかも知れません。

 事後的に振り返ると何とでも言えるため、当時の判断の当否までは分かりませんが、在職中に使用者側の措置の適否を争うにあたり参考になります。また、在職中の使用者の交渉は本当に難しいので、基本的には弁護士を代理人に選任したうえで行うことが推奨されます。

 

アカデミックハラスメントの再発防止は、どこまでの措置を正当化するのか?

1.アカデミックハラスメントと大学教授の就労請求権の衝突

 一般論として、使用者には、ハラスメントを行った労働者を一定の仕事から外すことが認められています。配転命令権の濫用であるといえる場合や、「人間関係からの切り離し」「過小な要求」などのパワーハラスメントに該当する場合を除き、労働者は使用者の業務命令を拒むことはできません。これは、一般の労働者にとって、就労は飽くまでも義務であり、権利性までは認められないと理解されているからです。

 しかし、一般の労働者とは異なり、大学教授には、研究活動を行ったり、学生に対する講義・指導を行ったりすることについて、権利性が認められています(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕9-10頁参照)。

 それでは、アカデミックハラスメント(大学等の教育・研究の場で生じるハラスメント)を行った大学教授に対し、再発防止の観点から業務に制限を課すことは許されるのでしょうか? 許されるとして、その限界はどこに引かれるのでしょうか?

 昨日ご紹介した、佐賀地判令3.12.17労働判例ジャーナル122-34 国立大学法人佐賀大学事件は、この問題についても、参考になる判断を示しています。

2.国立大学法人佐賀大学事件

 本件で被告になったのは、佐賀大学を設置、運営している国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の教育学部准教授の地位に在った方です。

 女子学生に対するメールの送信行為等がハラスメント行為にあたるとして、被告は原告を6か月の停職処分にしました。

 また、復職後も、原告に対し、

授業の停止やハラスメント講習会等の参加を義務付けたり(職務上の措置〔1〕)、

予定されていた海外渡航を停止したり(本件渡航停止)、

する措置を行いました。

 本件では、このような措置が、原告の学問の自由を侵害するのではないのかが問題になりました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、授業の停止を適法だとする一方、海外渡航の停止は違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

・職務上の措置〔1〕について

「使用者である被告大学は、雇用する教員(原告を含む。)に対し、大学の管理運営上、必要な事項について、人事権、業務命令権の行使として職務上の命令を発する権限を有し、その行使に当たっては、大学の研究、教育方針、講義を担当する教員の専門性や能力、施設の状況等を踏まえた合理的な裁量判断によることが認められると解するのが相当である。被告大学が、職務措置規程2条1号に『懲戒処分終了後に措置を講ずる必要があるとき』に措置を講ずるものとすると定め、これを根拠に職務上の措置〔1〕を講じていることからすれば、職務上の措置〔1〕は、被告大学の前記合理的な裁量判断を前提とする人事権の行使と捉えることができる。」

「もっとも、大学教員が授業を担当して学生に教授したり、研究室において指導したりすることは、自らの研究成果を発表し、学生等との意見交換等によって学問研究を深め、発展させることを意味し、大学教員の権利としての側面を有することは否定できない。そうすると、職務上の措置とはいえ、これらの行為を制限するためには、これを正当とするに足る合理的理由が必要であり、このような合理的理由が認められない場合には、当該職務上の措置は、人事権の濫用として無効となるというべきである。

「原告は、別件学生に対する行為と本件メール送信行為の2度にわたり、女子学生に対するセクハラ行為に及んでいる・・・。これらの行為は、いずれも原告の女子学生に対する恋愛感情を発端にしたものである。」

「原告は、別件停職処分に先立つ調査において、別件学生に対する行為がセクハラであることを認めず、本件停職処分に先立つ調査においても、本件メール送信行為がセクハラに当たることを認めないばかりか、原告は当時30歳の韓国人女性に結婚を迫っていた旨、本件メール送信行為は恋愛感情によるものではない旨、本件侮辱発言は合同結婚式への真正な批判であった旨を述べるなどした・・・。このように、原告は、自らの行為がセクハラであること及びその行為に至るまでの機序を自覚していない状況であるから、原告が学生(公開講座の受講生を含む。以下同じ。)に対する授業を担当すれば、再びセクハラ等のハラスメント行為が行われる危険性があるといわざるを得ない。そして、別件停職処分の原因となった行為及び別件訴訟については、広く報道されており・・・、再び原告についてハラスメント行為が発生した場合、これが報道などされることによって被告に生じ得る不利益は相当に大きいと考えられる。」

「これらの事情を考慮すれば、原告のハラスメント行為の再発を防止し、被告大学の学生に対する適正な教育環境を守るためには、一定期間、原告の教育活動を停止するとともに、原告に対してハラスメントに関する是正措置をとる必要があると認められる。そうすると、被告大学学長が、職務上の措置〔1〕として、6か月間、原告の教育活動の停止及びハラスメント講習会の参加等を義務づける措置を講ずることには合理的な理由があると認められる。

「よって、職務上の措置〔1〕は有効であるから、不法行為は成立しない。」

・本件渡航停止について

「本件渡航停止にかかる原告の海外渡航は研究活動を目的としたものであり・・・、学生に対する教育活動は予定されていなかった。」

「しかし、被告は、原告の海外渡航は職務上の措置〔1〕で停止を義務づけられた行為の一つであり、本件渡航停止は職務上の措置〔1〕の一環として合理的な理由がある旨主張する。これについて検討する。」

「職務上の措置〔1〕では、原告に停止を義務づける事項として『期間中の授業及び研究指導、学生指導及び相談、公開講座講師及び学外非常勤講師を含めた対外活動』と定められた・・・。文面上、教育的な性質を含まない研究活動についても停止を義務づけたものと解することは困難である上、前記・・・のとおり、職務上の措置〔1〕が、主として学生に対するハラスメント行為再発の危険性があるために講じられた措置であることからすれば、職務上の措置〔1〕は、対外的なものを含め、学生等に対する教育活動について停止を義務づけるものと解するのが相当である。」

「これに対し、本件渡航停止にかかる原告の海外渡航は、学生等に対する教育活動を予定しないものであるから、職務上の措置〔1〕を根拠に、これを停止することはできない。また、その他に本件渡航停止を正当とするに足る合理的な理由は認められない。

「以上より、被告による本件渡航停止は、原告の研究活動を過度に制約するものであり、違法と評価される。この被告の行為は、国家賠償法1条1項の『公権力の行使』に当たり、かつ、被告には、本件渡航停止について少なくとも過失が認められるから、被告は、これによって原告に生じた損害について、同条項に基づく損害賠償責任を負う。

3.当然のことながら過剰な措置は正当化されない

 本件は学生に対するハラスメントが問題になったこともあり、教育活動の停止は正当化されました。しかし、教育活動とは関係ない海外渡航の禁止までは許されないと判示されました。

 ハラスメントに対する社会的な意識の高まりを受けて、近時、大学ではアカデミックハラスメントに厳しい対応をとるようになっています。これと共に、就労請求権の存在を考慮せず、過剰な措置を課するケースも増えているように思われます。

 当然のことながら、非があったからといって、どのような措置をとられても甘受しなければならないわけではありません。大学には自治権がありますが、過剰な措置は司法的に是正を図ることが可能です。

 過酷だと思った時には、争える余地がないのかを弁護士に相談してみると良いのではないかと思います。

アカデミックハラスメント-恋愛感情の表明がセクハラとされた例「別に先生が嫌いというわけではありませんが・・・」を真に受けるべからず

1.アカデミックハラスメント

 職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ)とは、

「事業主が職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」

をいいます(平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』最終改正:令和2年1月15日同 第 6号参照)。

 人を雇用している以上、大学も、セクハラに対して、法令が要求する雇用管理上講ずべき措置等をとる必要があります。

 しかし、指針におけるセクハラは労働者保護を目的としています。大学が雇用しているわけではないことから、学生は保護の対象には含まれていません。そのため、多くの大学は、アカデミックハラスメントという概念を独自に定義し、教員の権力から学生を保護する仕組みを整えています。

 このように独自に定義されたセクハラ概念との関係ではありますが、近時公刊された判例集に、興味深い裁判例が掲載されていました。佐賀地判令3.12.17労働判例ジャーナル122-34 国立大学法人佐賀大学事件です。何に興味を惹かれたのかというと、恋愛感情の表明がセクハラとされている部分です。

2.国立大学法人佐賀大学事件

 本件で被告になったのは、佐賀大学を設置、運営している国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の教育学部准教授の地位に在った方です。女子学生に対するメールの送信行為等がハラスメント行為にあたるとして、6か月の停職処分を受けました。本件では、この停職処分の効力が争点の一つになりました。

 メールの送信との関係で、裁判所が事実認定したのは次のとおりです。

(裁判所の認定)

「原告は、平成23年度後期に担当したゼミにおいて、本件学生に対し、ゼミ開講以降、『貴女に会うのが楽しみだ『いつでも研究室に来てください』『昨日は貴女と会ったんで、気分が乗って論文を一気に書き上げた』『名付けて「C・ローテーション』」だよ。貴女と会う期待に頑張って仕事するやる気が起こる一方、貴女が持参するドーナツで力いっぱい仕事に励むわけだ。』『Cちゃんが大好きだから、何でも美味しいわけだな』などの内容のメールを送信した。」

「原告は、平成23年11月11日、本件学生に対し、『映画の招待券をあげようかと思うが、どうかな。もちろん、貴女が行くならば私も一緒について行きたい」などとデートに誘うようなメールを送信した(なお、この誘いは本件学生に断られている)。同月20日には、「なぜ貴女を好きなのか、自分でも分かりません』などとメールを送信した。」

「これに対し、本件学生は、『先生がどう思っているか分かりませんが、私は学生なので、1人の学生として扱って頂いたらうれしいです。別に先生が嫌いという訳ではありませんが、そんなメールをしていただくとあまり気分がよくありません。』と返信した。

 「しかし、原告は、その後も『卒業後に求婚するね』『貴女に会うのがもっと楽しみだ』というメールや、後記の本件学生の信仰に関連して『ひょっとして貴女がわざと原理教とか持ち出したかもしれないと疑っています。私が貴女を本当に好きで、いろいろ求愛した後に失恋したからね。』などというメールを引き続き送信した。」

 原告は、これを懲戒事由に該当しないと主張しましたが、裁判所は、次のとおり判示し、セクハラへの該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件メール送信行為について、被告大学の懲戒処分標準例・・・に照らしてハラスメントの該当性を判断すべきである旨主張する。」

「しかし、懲戒処分標準例は、被告大学におけるセクハラの定義を定めたものではなく、種々の非違行為に対して標準的な懲戒処分例を示したものにすぎない。被告は、ハラスメント指針3条にセクハラの定義を規定しており、同条によれば、セクハラとは、被告大学の内外において、被告大学の構成員が他の構成員に対して、教育上、研究上若しくは職場での権力を利用して、他者を不快にさせる性的な言動や嫌がらせを行うことをいう。これに則って判断するのが相当である。」

「したがって、原告の上記主張は採用することができない。『本件メール送信行』(認定事実・・・中の『貴女に会うのが楽しみだ』「昨日は貴女と会ったんで、気分が乗って論文を一気に書き上げた』『映画の招待券をあげようかと思うが、どうかな。もちろん、貴女が行くならば私も一緒について行きたい』『なぜ貴女を好きなのか、自分でも分かりません』などの文面からすれば、男性である原告が、女子学生である本件学生に対し、恋愛感情を抱いていることを端的に示すものとみるほかない。そして、やり取りの中で、本件学生は、『そんなメールをしていただくとあまり気分がよくありません』というメールを送っているから、原告の上記メールについて嫌悪感を抱いており、原告はその旨を明確に認識していたものというべきであるが、それにもかかわらず、原告は、『卒業後に求婚するね』『貴女に会うのがもっと楽しみだ』などといったメールを引き続き送信している。本件メール送信行為は、本件学生の意に反して、恋愛感情を繰り返し表明するもので、本件学生に嫌悪感や不快感を抱かせるものである。
 そして、本件学生が原告の担当するゼミに所属する学生で、原告と本件学生との間にはその関係性に基づく影響力が働いていたことも考慮すれば、本件メール送信行為は、『教育上、研究上若しくは職場での権力を利用して、他者を不快にさせる性的な言動や嫌がらせを行うこと』にあたり、セクハラと認められる。

「したがって、本件メール送信行為は、就業規則29条1項、2項、ハラスメント規則6条に違反するものであり、就業規則53条1項1号に該当する。」

3.恋愛感情の表明もダメ-「嫌いというわけではありませんが・・・」

 本件で特徴的なのは、特に猥褻な言動をとっているわけでもないのにセクハラが認定されているところです。セクハラというと従前は猥褻な言動を伴うものが多かったように思われます。原告の言動は不適切ではありますが、猥褻な内容というには躊躇を覚えます。大学独自の定義ではあるものの、セクシュアルハラスメントにおける「性的」の概念を恋愛感情の表明にまで拡張させたように思われます。

 また、本件学生が付けた「別に先生が嫌いという訳ではありませんが」という枕詞の存在が完全に無視黙殺されている点も特徴的です。学生の言葉を真に受けたところで保護に値しないということを態度で示しているようにも思われます。

 大学教員と学生とのトラブルは後を絶ちません。学生がどのような発言をしても、容易には免責されない傾向にあるため、大学教員の方は学生を恋愛対象とはしない方が無難です。