弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

安全配慮義務違反の前提となる予見可能性-抽象的な危惧があれば足りるとされた例(じん肺・石綿関連疾患以外)

1.予見可能性

 不法行為構成であれ、安全配慮義務違反の構成であれ、損害賠償を請求するにあたっては、

加害行為が故意や過失に基づいていること、

加害行為と損害との間に相当因果関係があること、

が必要とされています。

 この「過失」や「相当因果関係」の要素に「予見可能性」という概念があります。

 過失は予見可能な結果を回避すべき注意義務違反と定義されているため、予見可能性のない行為は過失に基づいているとはいえません。

 また、その行為からその結果を予見することができないときは、その行為からその結果が生じることが社会通念上相当とはいえないため、相当因果関係が否定されます。

 それでは、予見可能性を認定するにあたっては、どの程度の予見可能性があればよいのでしょうか? 結果を具体的に予見することまで必要なのでしょうか? それとも、抽象的な危惧感さえあれば足りるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。福井地判令3.5.11労働判例ジャーナル113-28 三星化学工業事件です。

2.三星化学工業事件

 本件は、被告の従業員として勤務していた原告らが、稼働していた工場で使用されていた薬剤に暴露し、その結果、膀胱癌を発症したと主張して、安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求した事件です。

 本件では、安全配慮義務違反の有無と関係して、予見可能性が認められるといえるのかどうかが争点になりました。

 原告は、

「生命、健康という被害法益の重大性に鑑みると、被告の予見義務の程度としては、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧で足り、健康障害の性質や程度、発症頻度まで具体的に認識することを要しないというべきである。」

「なお、被告は、本件で問題とされるべき予見の対象は、本件薬品の皮膚吸収による発がんの可能性であると主張するが、本件薬品には経皮的曝露による健康障害発生の可能性があり、被告がこれを知っていた以上予見可能性がなかったとはいえない。」

と主張しました。

 これに対し、被告は、

「原告らの主張する高度の注意義務は、化学工場の排水が地域住民の生命・健康に危害を及ぼした公害の事案の裁判例において判示されたものであり、労働衛生上の安全配慮義務が問題となる本件において、公害における加害企業と同様の高度の結果予見義務が課されるものとはいえない。」

「また、本件で問題とされるべき予見の対象は、本件薬品の皮膚吸収による発がんの可能性である。」

と反論しました。

 こうした双方の主張を踏まえ、裁判所は、予見可能性の程度について、次のとおり述べて、抽象的な危惧感で足りると判示しました。結論としても、裁判所は、原告の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである(最高裁判所昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)。」

被告は、安全配慮義務の前提となる予見可能性について、具体的な疾患及び同疾患発症の具体的因果関係に対する認識が必要であるとして、本件において予見可能性があったというためには本件薬品の皮膚吸収による発がんの可能性の認識が必要であったのであり、被告にはこれがなかった旨主張しているが、生命・健康という被害法益の重大性に鑑み、化学物質による健康被害が発症し得る環境下において従業員を稼働させる使用者の予見可能性としては、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないと解される。被告の同主張は採用できない。」

3.危惧感で足りるとされた、じん肺等以外の類型

 予見可能性の程度に関する議論は、紛争類型や被侵害利益の内容に応じて、混迷を極めています。例えば、生命や身体を被侵害利益としていても、いじめ裁判においては、

「予見可能性は具体的特定の損害の発生について存在する必要はなく、抽象的に何らかの損害が発生するかもしれないというおそれを認識できれば足りるとする説(危惧感説)。何らかの損害が予見可能であれば、そのような危険な行為をしたことに非難可能性があるという発想に基づく。」

「しかし、今日の社会活動はほとんどすべて何らかの損害を生じさせ得るといえるから、予見可能性の要件は形骸化し、無過失責任とさして変わらない。抽象的に何らかの損害が予見可能だというだけでは、行為者が損害回避のためにいかなる措置をとるべきかもわからず、損害を回避できなかったことにつき責任を負わせることができない。予見可能な損害ないし危険に応じて行為者には一定の具体的な回避義務が課せられているとした上で、そのような回避義務を怠った者に損害賠償責任を負担させるのが公平の見地に照らして相当である。その意味で、予見可能性は行為者に対してどのような内容の回避義務を課するのか、その前提として問題になっているのであり、回避義務との関係でどの程度具体的に危険の予見を要するかが決まってくる。」

と危惧感だけでは足りないとする見解が有力です(蛭田振一郎ほか『いじめをめぐる裁判例と問題点』判例タイムズ1324-68参照)。

 しかし、予見可能性は常に具体的なものが必要になるかというと、そういうわけではありません。

 例えば、近時公刊された判例集にも、石綿ばく露の事案においても、

「安全配慮義務の前提として使用者が認識すべき予見義務の内容は、生命、健康という被害法益の重大性に鑑みると、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないというべきである

と判示した裁判例が掲載されています(神戸地判平30.2.14労働判例1219-34住友ゴム工業(旧オーツタイヤ・石綿ばく露)事件参照)。

 過失や相当因果関係の認定にあたり必要な予見可能性の程度は、上述のとおり、紛争類型や被侵害利益の内容に応じてモザイク的な様相を呈していて、極めて分かりにくくなっています。

 比較的近時の裁判例において、危惧感説は、じん肺・石綿関連疾患をめぐる裁判例で採用されることが目立っていました。

 本件は、じん肺・石綿関連とは別の疾患でありながら、予見可能性の程度として危惧感説を採用した裁判例として注目に値します。危惧感説の適用範囲が拡張すれば、被害者の救済により資するからです。本件は、危惧感説が、じん肺・石綿関連疾患に特有のものではないことを論証するうえで参考になります。

 

精神障害の業務起因性を判断するにあたり、6か月以上前の出来事まで考慮された例

1.精神障害の労災認定基準

 精神障害の労災認定について、厚生労働省は、

平成23年12月26日 基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(最終改正:令和2年8月21日 基発0821第4号)

という基準を設けています。

精神障害の労災補償について|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 上記基準は、

対象疾病を発病していること、

対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、

業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと、

の三つの要件が満たされる場合、対象疾病は業務上の疾病として取り扱われるとされています。

 ただ、心理的負荷の程度を考える上での出来事が対象疾病の発病前おおむね6か月に限定されるというのは飽くまでも原則であって、例外がないわけではありません。

 上記基準は、

「いじめやセクシュアルハラスメントのように、出来事が繰り返されるものについては、発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも、発病前6か月以内の期間にも継続しているときは、開始時からのすべての行為を評価の対象とすること。」

と規定し、ハラスメント事案などの場合には、例外的に6か月以上前の出来事も心理的負荷を考えるうでの評価対象になるとしています。

 実務上、この例外に該当するという主張がなされることは、それほど珍しいことではありません。しかし、こうした主張を裁判所が採用した例は、決して多くはありません。こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、発病前6か月よりも前の出来事であっても心理的負荷を考えるうえでの評価対象になると判示した裁判例が掲載されていました。和歌山地判令3.4.23労働判例ジャーナル113-30 国・和歌山労基署長事件です。

2.国・和歌山労基署長事件

 本件は労災の不支給処分の取消訴訟です。

 原告になったのは、幼稚園教諭として勤務していた方です。本件幼稚園の教諭から、いじめ、嫌がらせ、無視等を受けたため、大うつ病性障害等を発症し、休職を余儀なくされたとして、休業補償給付の支給を請求しました。しかし、和歌山労働基準監督署長(処分行政庁)は不支給処分をしました。これに対し、処分の取消を求めて出訴したのが本件です。

 本件では平成25年4月初旬ころに対象疾病である中等症うつ病エピソードを発症したと認定されています。

 そのため、原則的には、平成24年9月以前の出来事は心理的負荷を考えるうえで考慮されないことになります。しかし、裁判所は、次のとおり判示し、同月以前の出来事も含め、心理的負荷を評価し、原告の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「前記のとおり、原告は、平成24年4月に副主任になったものの、本件幼稚園において経験年数を上回るP4教諭を差し置いての昇格であったことに加え、上司に当たるP6教頭とP5教務主任との間にも浅からぬ感情的な対立が存在しており、就任直後から、困難な人間関係の中に置かれていた。また、同月6日、原告がP6教頭に行ったP4教諭に関する報告が原因で同教諭の原告に対する不信感が決定的なものとなった。これを背景に、平成24年7月頃以降、P4教諭は、本件幼稚園における定例行事であった研修会等への参加を拒絶し、結果として他の教諭らの協力も得られず、例年どおりの活動を行うことができなくなり、副主任として経験の浅い原告は更に対応に苦慮することとなった。そのような中、原告は、同年9月末、P4教諭と激しい言い争いとなり、また、P5教務主任からは、研修会の活動への対応等に苦慮する中においても助力を得られず、逆に、同年10月末には問題の原因が原告にある旨の批判的な発言を受けた。このようなP5教務主任の態度には、同人のP6教頭との間の感情的な対立やそのP6教頭と原告が良好な関係を保っていたことの影響がうかがわれるところである。その結果、原告は、遅くとも平成25年1月にストレスが原因で胃潰瘍となり体調を崩すに至った。さらに、同年2月、P5教務主任は、原告に対し、業務上の指導を行う際、既に信頼をなくしている旨の適切さを欠いた発言に及んだ。その後、平成25年3月末、原告は、平成24年4月以降深い対立関係にあったP4教諭との共同担任を任されることとなった。このような経過であるから、本件各出来事はいずれも共通の人間関係を基礎とする中で連続して起きたものとして、発病前6か月を超える出来事も含めて総合的に評価するのが相当である。

「その中でも、

出来事〔4〕(P4教諭らが研修会を欠席したこと等)

は、平成24年7月頃から同年10月頃まで続いた問題であり、単独で心理的負荷の強度が『強』であるとまではいえないものの、上記の職場環境、関係者間の軋轢その他の状況に照らすと、それに近いものがあったといえる。加えて、

出来事〔7〕(平成24年10月28日の出来事)は

出来事〔4〕と一体のもの、また、

出来事〔3〕(悪口や嫌みを言われ、無視されたこと)及び

出来事〔6〕(平成24年9月28日の出来事)は

出来事〔4〕と一連の出来事として評価することが可能であり、全体として心理的負担を増大させる要素とみることができる。その後の

出来事〔9〕(給茶機の件で叱責を受けたこと)、

出来事〔11〕(P25教頭への相談、報告等をめぐる発言)及び

出来事〔12〕(昼食場所についての指示)は

個々に評価すれば必ずしも客観的に心理的負荷の大きいものであるとはいえないが、それまでのP4教諭及びP5教務主任との対立関係やストレスを原因とする胃潰瘍により体調不良の状態にあった中で、心理的負荷を更に増大させる要因になったとみることができる。そのような中、

出来事〔10〕(原告とP4教諭がひよこ組の共同担任になったこと等)は、

原告とP4教諭及びP5教務主任との関係に照らし、原告にとって相当の心理的負荷を与える出来事であったものと認められ、単に原告の個人的な受け止め方の問題であるとはいえない。」

「以上を総合的に評価すると、発病直前に原告に生じていた心理的負荷の強度は『強』であったというべきである。」

(中略)

「以上のとおり、本件幼稚園において業務に関連して生じた出来事による原告の精神的負荷は強度であると認められるから、原告の精神障害の発病は、本件幼稚園の業務に内在する危険が現実化したものと評価することができ、相当因果関係が認められる。」

3.発症時期の問題をクリアする方法

 労災の取消訴訟や労災民訴では、しばしば対象疾患の発症時期の認定が問題になります。それは、心理的負荷の強弱の評価対象となる出来事に、発症時期から6か月という縛りがあるからです。

 しかし、本件のようなハラスメント事案では、出来事の連続性を論証して6か月以上前に遡った出来事まで評価対象としてカウントできる可能性があります。6か月の縛りから抜け出すことができるのであれば、発症時期について、あまり熾烈に争っていく必要はなくなります。

 本件はハラスメントをテーマとする労災の取消訴訟、労災民訴の主張、立証を考えて行くにあたり、参考になる裁判例だと思います。

 

情報漏洩(スロットの当たり台に関する情報の漏洩)は、なぜ発覚したのか?

1.情報漏洩は、なぜ発覚したのか

 昨日、情報漏洩を理由とする懲戒解雇の効力が問題になった事例として、東京地判令3.3.10労働判例ジャーナル113-58 遊楽事件という裁判例をご紹介させて頂きました。この事案では、パチンコホールの経営を主要な業務とする株式会社で店長として勤務していた労働者が、当たりが出る確率が高い設定のスロット台に関する情報を外部に漏洩したのかどうかが問題になりました。

 原告労働者は否認しましたが、裁判所は情報漏洩の事実を認定したうえ、被告会社の行った懲戒解雇の効力を認めました。

 しかし、店のどこに当たり台が設定されているのかは、極めて単純な情報です。外部に漏洩するにしても、記録媒体に保存する必要はありませんし、メモを作ったり、プリントアウトしたりする必要もありません。単純に記憶して口頭で伝えれば目的を達成することができます。

 一見すると、こうした情報の漏洩行為が発覚したり、使用者側から立証されたりすることは、なさそうにも思われます。

 それでは、本件の裁判所は、どのような根拠のもとで、情報漏洩の事実を認定したのでしょうか?

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示しています。

2.裁判所の判断

「本件店舗には、平成29年12月頃から、開店直後より設定6の台で遊技する不審な客がみられるようになり、Eらによる本格的な調査が開始された平成30年7月15日以降は、連日のように開店後まもなく設定6の台に着席して長時間遊技する特定の客がみられたこと、上記客の中には、開店前の整理券配布人数が数名(うち20円スロットで遊技する者の割合は統計的に約33%)であるのに、開店後まもなく218台ある20円スロット台のうち1台しかない設定6の台を選択して遊技する例や、Eらが島図と異なる設定を入れたにもかかわらず、開店後まもなく島図上設定6とされている台で遊技を開始し、その後も長時間遊技する例があったことが認められるところ、上記のような事態が偶然生じることは確率的に見て通常考え難く、本件店舗の設定情報が、何らかの方法で上記特定の客らに漏えいしていたことが推認される。

「さらに、前記認定のとおり、上記不審な客のうちの一人であるHは、清永弁護士に架電した際、Jが設定情報を入手して、自分とKがそれに基づいて遊技したことを認める発言をしている。これに対し、Hは、当法廷において、上記発言が真実でなかった旨証言しているが、仮に設定情報を入手して遊技した事実がないのであれば、自身が法的責任を負うリスクを冒してまで上記のような作り話をする理由はないことや、同人が翌日に清永弁護士に送信した前記認定にかかるメッセージの内容に照らして、採用することができない。」

「以上の事実に照らせば、少なくとも平成30年7月15日以降、本件店舗の設定情報がHらに漏えいしていたと認めるのが相当である。」

(中略)

「本件当時、本件店舗の設定情報を知り得たのは、原告、E、D、F及びGの5名のみであったところ、少なくとも平成30年7月15日以降、E、D、F及びGについては、それぞれ前日の遅番調整者ないし当日の早番調整者でなく設定情報を知り得ない日にも上記不審な客らが来店しており、情報漏えいに関与していないことがうかがわれる。これに対し、原告は、上記不審な客らが来店した全ての日に設定情報を知り得たところ、原告は、社内通達で開店直後に設定6の台に直行する者がいないかを確認し、これを発見した場合には本部に連絡するなど適切に対処することとされていたにもかかわらず、少なくとも平成30年7月15日以降、度々上記のような不審な客が現れていたのに対し、具体的な調査をするなどしておらず、逆にEらが島図上設定6の台に設定1や2を入れるようになると、島図通り設定を入れているか確認するようになり、不自然である。また、前記認定のとおり、打ち子とされる客のうちH、J及びKは、原告と同じ群馬県邑楽郡の出身ないし居住歴を有し、原告と年齢も近いことから、原告とHらとの間に個人的なつながりがあった可能性が認められるところ、同地から70km程度離れた本件店舗を度々訪れていたというのも、単なる偶然とは考え難い。さらに、前記認定のとおり、Hは、清永弁護士に架電した際、Jから『店長が容認しているので、捕まることはない。』と誘われた旨述べているところ、同事実も情報漏えいと原告との結びつきを示す事情ということができる。

「以上に照らせば、本件店舗の設定情報をHらに漏えいしたのが原告であることが推認される。」

3.非違行為に発覚はつきもの

 本件では、

会社のルールに反して不審な台の選び方をする客を放置していたこと、

ダミーの島図に食いついてしまったこと、

打ち子から使用者側の弁護士に対して情報提供がされてしまったこと、

などから原告の犯人性が認定されることになりました。

 不審なことが続けば会社は目星をつけて証拠固めをしてきます。

 また、複数人での非違行為では、常に裏切りの危険もつきまといます。刑事事件で共犯者供述の信用性を慎重に検討しなければならないのと同じく、非違行為の共同者には、自分の責任を軽くしたいとの思いから、使用者側に情報提供したり迎合したりするようになってしまうことがままみられみられます。

 そうそう白は切りとおせるものでもありません。やはり、故意による外部への情報漏洩など、しないに越したことはありません。

 

情報漏洩での懲戒解雇の有効例-スロットの設定に関する情報の外部への漏洩

1.情報漏洩と懲戒の処分量定

 企業秘密の漏洩は、大抵の就業規則で懲戒事由として規定されています。しかし、漏洩される情報の内容や漏洩行為の態様が多岐に渡ることから、その処分量定は軽微なものから重大なものまで幅広く分布しています。この処分量定の幅広い分布は、情報漏洩を処分事由とする懲戒処分の効力について、見通しを立てることを困難にしています。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、情報漏洩を理由とする懲戒解雇の効力を有効と認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.10労働判例ジャーナル113-58 遊楽事件です。どのような性質の情報を、どのような態様で漏洩すれば懲戒解雇になるのかを知るうえで参考になります。

2.遊楽事件

 本件で被告になったのは、パチンコホールの経営を主要な業務とする株式会社です。

 原告になったのは、被告が運営するガーデンC店(本件店舗)の店長を務めていた方です。スロットの設定に関する情報を外部に漏洩し、特定の人物らに不正に出玉を獲得させ、会社に損害を与えたとして、被告から懲戒解雇されました。これに対し、情報漏洩の事実を否定して懲戒解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、情報漏洩の事実を認定したうえ、次のとおり述べて、懲戒解雇の効力を認めました。

(裁判所の判断)

一般に、設定情報の漏えいは、店舗の業績や存立に直結し得る重大な問題であり、企業秩序に与える影響も大きいところ、本件においてもこれと異なると解すべき事情はない上、前記認定のとおり、被告の算定でも相当額の損害が見込まれていることから、原告の被る不利益の程度を考慮しても、本件処分をすべき必要性は高いというべきである。

「そして、被告は、本件処分に先立ち、就業規則の定める賞罰委員会を開催し、原告の弁明を聞く機会を設けているから、手続的にも不相当であったとは認められない。」

「これに対し、原告は、上記賞罰委員会において、原告の求めにもかかわらず、被告側から根拠資料の提示がされなかったことから、手続的相当性を欠く旨主張するが、後に原告に対し損害賠償請求をすることなども考え得る状況において、被告が根拠資料を提示しなかったことをもって、手続として不相当であったということはできず、上記原告の主張は採用することができない。」

「また、原告は、本件処分当時、被告がどのような根拠資料に基づき、どのような推認過程で原告が情報漏えいを行ったと判断したか明らかでないとも主張するが、前記認定のとおり、Eは、平成30年8月16日、Lに対し、原告が設定情報を漏洩している疑いがあることを根拠とともに伝え、LはそれをM部長に報告していること、D、E、Lらの報告書は、同月25日ないし26日に作成されており・・・、その基礎となるスロット台の稼働データ等の資料自体は被告が保有していたことから、被告が、それらを総合的に考慮して、原告の情報漏えいの事実があると判断したことが、手続的に不相当であったということはできない。」

「その他、原告の主張を考慮しても、本件処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとは認められないから、本件処分が権利濫用として無効となるものとは解されない。

3.処分量定に関する議論がなされなかった事案ではあるが・・・

 本件の原告は処分事由(漏洩行為)の存在を争ったため、処分量定に関する議論(やったことに対して処分が重すぎるという議論)を展開していませんでした。つまり、処分事由の認定に関する議論を突破されてしまうと、なしくずし的に懲戒解雇の効力が有効とされやすい構造の事件であったことは意識されなければならないと思います。

 それでも、パチンコホールを経営する会社において、設定情報を漏洩したことについて、懲戒解雇処分(本件処分)をすべき必要性を高いと判断した点には目を引かれます。やはり、①業務基盤を脅かすような情報を、②故意に外部に流し、③会社に多額の損害を与えたという三拍子がそろうと、懲戒解雇は有効とする方向に大きく傾いてくるのだろうと思われます。

 

顧客・利用者から理不尽に絡まれても、やり返さない方がいい?

1.カスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為)

 近時、カスタマーハラスメントという言葉が社会全体で認識されるようになりつつあります。これは顧客等からの著しい迷惑行為を意味する言葉です。

 令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、「顧客等からの著しい迷惑行為」を「暴行、強迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等」と定義したうえ、事業者は「顧客等からの著しい迷惑行為」により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、適切に対応するために必要な体制の整備や、被害者への配慮のための取組を行うことが望ましいとしています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 こうしたルールもあるため、カスタマーハラスメントを受けて対処に困った場合、労働者としては、先ずは事業者への相談を試みてみるのがセオリーです。

 理不尽に顧客等から絡まれたときには、事業者に相談するよりも前に、言い返したくなってしまう方もいるのではないかと思います。しかし、会社内での立場を守るためには、言い返さない方が賢明です。近時公刊された判例集にも、そのことがうかがえる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.17労働判例ジャーナル113-60ヴァイアックス事件です。

2.ヴァイアックス事件

 本件は利用者への対応が問題視された解雇事件です。

 被告になったのは、図書館の管理運営業務の請負等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の差定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、図書館で受付業務に従事していた方で、格闘技経験者でもありました。

 平成31年4月25日、78歳の男性利用者(本件利用者)との間でトラブルが発生しました。

 本件利用者は、本件図書館の副責任者であるcから受け取った書籍を、「ここに置くべきである」という趣旨のことを言いながら、元あった場所とは別の場所に置きました。これを原告が注意したところ、本件利用者は大声で言い返し、原告との間でのやりとりが続きました。

 その後、cは本件利用者のところへ行き、本件図書館の外へ誘導しようとしましたが、本件利用者は大声で原告を非難する発言を続けました。

 原告は「なんでそこまで言われなあかんねん。絶対許さん。」などとはは発言し、本件利用者のところへ行き、本件図書館の警備員やcが止めようとする中、外へ出て話をしようなどと言いながら本件利用者の両肩付近に両手をかけたところ、本件利用者が抵抗して転倒しました。

 この件は被告から問題とされましたが、原告は本件利用者への謝罪を拒み、行き過ぎた行為は特になかったとの認識を崩しませんでした。そうしていたところ、原告は被告から普通解雇されてしまいました。本件で問題視されたのは、この普通解雇の効力です。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、普通解雇の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告がある程度強い力でつかむような状況で本件利用者の両肩付近に手を掛けたこと・・・は、殴る蹴るなどの暴力ではないものの、一定の有形力の行使であり、暴行と表現されてもやむを得ないものである。本件利用者は、大声を出していたものの暴れていたわけではなく、本件図書館の器物の損壊や、他の利用者への暴行の恐れがあったとは認められないことや、本件利用者が従前本件図書館において問題を起こしたことはない・・・ことからすれば、原告による本件利用者対応は、本件図書館の受付業務に従事する者として、冷静さを欠いた不適切なものであったというほかない。一般に図書館の職員の行為により図書館の利用者が転倒するという事態は図書館の利用過程において発生する事象ではないのであるから、本件利用者が重大な傷害を負うような結果は発生しなかったものの、原告の有形力の行使を契機として本件利用者が転倒したこと自体が図書館の運営上重大な出来事であり、他社とコンソーシアムを組み区から委託を受けて運営業務を行っている被告の信頼ひいては経営に重大な影響を及ぼしかねない出来事であるから、原告の責任は重大であるというべきである。」

「そもそも、原告が本件利用者に対しある程度強い口調で対応すること・・・がなければ、本件利用者が10分以上原告を非難して大声を出し続け本件図書館外への誘導にも従わないような事態は生じなかったと考えられることに加え、原告は、本件利用者への対応を他の職員に交代することや、少なくとも自らは対応を中断すること、本件カウンターから出て行かないこと、出て行った後も警備員らからの制止に従うことなど、複数の時点で本件利用者との接触を避ける選択肢があったにもかかわらず、自らある程度強い口調で本件利用者への対応を続け、さらにある程度強い力でつかむような状況で本件利用者の両肩付近に両手を掛け、その結果本件利用者が転倒したというのであるから、原告に本件利用者を転倒させるつもりがなかったとしても、原告が本件利用者対応について反省すべき点は多々あるというべきである。したがって、たとえ本件利用者が本件書籍を所定の場所以外の場所に戻したこと・・・が本件利用者対応に係るトラブルの発端であり、本件利用者についても不適切な言動があったことや、本件図書館の他の常勤職員が的確にクレーム処理を担当することがより望ましかったことを考慮しても、原告の対応が正当化されるものではなく、原告の責任が重大であることには変わりがないというべきである。

「さらに、原告は、本件利用者が転倒した直後に本件利用者に対して謝罪することなくさらに詰め寄ろうとしたり・・・、その後も、本件電話1、本件面談1、2及び本件電話2などを通じて、自らの正当性を主張し、本件利用者対応に行過ぎた点はなく、その考えが変わることはあり得ない旨述べ・・・、本件利用者が転倒したことの重大性を理解せず、反省の態度も示さないのであるから、原告を一度問題が起こった本件図書館で今後も勤務させ続けることは困難であり、他の図書館での勤務は考えられないという原告に対して自宅謹慎を命じ、その後改めて面談を行って反省の有無を確認した上、反省が見られないことから、被告での勤務が難しいと考えて自主退職を促したことも不相当とまでは言えないというべきである。さらに、自主退職の促しを受けて原告が被告及び本件利用者に対する訴訟提起、暴露本出版並びに被告の千代田区との契約更新を妨害することを示唆する発言をし、和解による解決も全面的に否定したこと・・・については、原告の言い分が聞き入れられないことや自主退職を促されたことに対する反発である旨の原告の主張を加味しても、被告に対する敵対心をむき出しにしたもので、今後原告が被告の業務命令に従わない可能性を示すものであり、原告と被告との間の信頼関係が破壊されたと判断することには相当な理由があるといえる。そして、原告が自己の正当性と本件図書館での受付業務に従事し続けることに固執して謝罪も明確に拒否して業務命令に従わない姿勢を示している以上、被告が、仮に原告に対して他の図書館への異動命令や懲戒処分を発しても反発して従わないと考えて普通解雇に踏み切ったこともやむを得ないというべきである。

「そうすると、原告の本件利用者対応及び本件利用者対応後の言動は、本件就業規則の普通解雇(27条)に関する定めのうち、『勤務成績又は業務能力が不良で就業に適さないと認めるとき(1号)』、『就業状況が不良で、社員としての職責を果たし得ないと認められたとき(2号)』、『その他前各号に準ずる事由があったとき(10号)』(第2の1(2))に該当すると認められるから、懲戒処分や正式な配転命令を経ることなくなされたことを踏まえても、本件解雇は客観的合理的理由があり、社会通念上相当であると認められ、権利の濫用には当たらず、有効である。

3.絡まれてもやり返さないこと・使用者に対して感情的にもならないこと

 本件の経緯をみると、原告の方が、やや気の毒であるようにも思われます。おそらく本件利用者に謝罪するなり、反省の意思を示すなりしていれば、解雇にはならなかった可能性が高いし、仮に解雇されていたとしても、裁判所がその効力を認めていたかは疑問です。

 しかし、使用者に対して、訴訟提起や暴露本の出版、区との契約更新の妨害を示唆するなど感情的な対応をとってしまったため、解雇は有効であるとの結論が導かれてしまいました。

 ストレスは溜まるかも知れませんが、顧客や利用者から絡まれた場合には、やはり、言い返すなどの対応はとらず、淡々と使用者に対応を相談するに留めておいた方が良さそうです。

 

時間外勤務時間(残業時間)を目標時間内に修正する業務で生じる心理的負荷

1.公務員のサービス残業問題

 所属部署に割り振られる予算上の制約などの理由により、公務員にはサービス残業が横行しています。これは古くから指摘されている問題ですが、残念ながら改善には至っていません。

 部署単位で残業代を調整するとなると、ある程度組織的に行わざるを得ません。そして、組織的な調整を行うにあたっては、所属部署の職員の残業時間を目標時間内に修正することが業務として生じることがあります。

 指摘するまでもありませんが、このような修正は法的に問題があります。それでは、このような違法な業務を命じられることは、職員に対し、どのような心理的負荷を生じさせるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を取り扱った裁判例が掲載されていました。名古屋地判令3.4.19労働判例ジャーナル113-32 地方公務員災害補償基金・愛知県支部長事件です。

2.地方公務員災害補償基金・愛知県支部長事件

 本件は公務災害(労災の公務員版)の取消訴訟です。

 原告になったのは、市職員の方です。平成19年4月1日の市民病院(本件病院)への異動後、量的・質的に加重な公務によって同年5月頃までに精神障害(双極性感情障害)に罹患したとして、公務災害認定を請求しました。しかし、公務外認定処分を受け、審査請求も棄却されてしまったため、処分の取消を求めて裁判所に出訴しました。

 本件の原告は、精神障害を発症させた心理的負荷として、量的過重(時間外勤務の時間数)と質的過重を主張しました。質的過重として原告が展開した主張は、次のとおりです。

「原告は、庶務的な業務を担当したことがなく、その研修を受けたこともなかったのに、平成19年4月に本件病院に配置換えとなり、全く経験がなかった業務に従事することになったばかりか、職員全員が慣れない自分の仕事に手いっぱいで、かつ、厳格な期限のある業務に追われていたため、お互いをサポートできる状況にはなかった。また、原告は、業務を行うに当たって、医師となかなか連絡が取れず、対応に苦慮する医師を相手として常に緊張を強いられ、その過程で、副院長に罵声を浴びせられることもあった。」

「さらに、原告は、前任者からの引継ぎ事項として、職員の勤務実態に関係なく、職員の時間外勤務時間を月80時間以内に修正するという違法行為を強要された一方、労働基準監督署の是正勧告にも対応しなければならなかった。

「このように、原告の公務は、質的に過重であった。」

 こうした原告の主張を受け、裁判所は、次のとおり判示し、精神障害の公務起因性を認めました。

(裁判所の判断)

-時間外勤務時間について-

「原告は、本件病院で勤務を開始した平成19年4月2日から精神障害の発病日である同月25日までの間に、少なくとも合計123時間45分の時間外勤務・・・をしていたものと認められる」

-質的過重について-

「原告は、原告の業務が、

〔1〕対応に苦慮する医師らを相手とするものであって、

〔2〕職員の時間外勤務時間を月80時間以内に修正するよう強要されていたばかりか、

〔3〕労働基準監督署の是正勧告にも対応しなければならなかったという点で

質的に過重であった旨主張し、原告の供述・・・は、これに沿うものである。」

「そこで検討するに、原告の前記供述については、

〔1〕医師らの対応に苦慮することがあった点については、本件病院が医療機関であるということに加えて、職場関係者及びd主査の供述・・・によっても裏付けられていること、

〔2〕本件病院では、当時、時間外勤務時間を80時間までとする方針が採用されており・・・、現に、原告の時間外勤務時間自体、実際には毎日4時間30分を限度として承認されていたにとどまる・・・ばかりか、原告は、本件病院の全職員の命令簿の作成及び取りまとめを担当していたこと、

〔3〕豊橋労働基準監督署は、原告の着任後間もない平成19年4月11日、本件病院に対し、医師に係る賃金台帳について是正勧告を行っており、原告は、その対応に当たる担当者の一人であることが明らかであることを踏まえると、原告の前記供述は、いずれも裏付けがあるものとして信用できる。」

「以上に加えて、原告は、本件病院への配置換え直後に、前記のとおり長時間にわたって慣れない庶務業務に従事することになったものであり、このこと自体、原告の心理的負荷として評価することが可能である。」

「そうすると、原告は、平成19年4月、配置換え直後に長時間にわたって慣れない庶務業務に従事したものであり、原告の当時の業務は、前記・・・のような困難を抱えたものであって、特に職員の時間外勤務時間を月80時間以内に修正する作業は、それ自体法律的に問題がある業務であるばかりか、ただでさえ長い原告の時間外勤務時間をさらに増大させる甚だ不条理なものであって、原告に対して質的にも量的にも大きな心理的負荷を与えたものといえる。

3.残業時間の修正の強要が職員に大きな心理的負荷を与えると認められた例

 精神障害の労災認定基準には、「業務に関し、違法行為を強要された」という類型が定められており、この類型の標準的な心理的負荷は「中」とされています。

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 本件は、残業時間を組織的に修正する業務の強要を、大きな心理的負荷を与える出来事として位置付けたことに特徴があります。

 量的過重だけでも大きな負荷があり、質的過重が公務起因性の認定にあたりどれだけ影響を及ぼしてたのかは不分明です。また、質的過重は飽くまでも公務起因性との関係で判断されているにすぎず、本件は残業時間の組織的修正を直接問題にした事件というわけでもありません。それでも、残業時間の組織的修正を不条理で職員に大きな心理的負荷を生じさせる業務だと位置付けたことは、サービス残業の横行する公務員の勤務関係において画期的な判断だと思われます。一朝一夕に解決する問題ではないにしても、これを機に、公務員のサービス残業の問題が少しでも改善に向かうことが期待されます。

 

不合理な弁解は解雇の決め手になるのか?

1.使用者からの事情聴取への対応

 使用者から非違行為についての事情聴取を受けているときに、反発を覚え、感情的・挑発的な物言いをしてしまう労働者の方は少なくありません。しかし、こうした対応は、往々にして事態をより悪化させます。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令3.3.16労働判例ジャーナル113-56 SOMPOケア事件も、そうした事案の一つです。

2.SOMPOケア事件

 本件は試用期間中の解雇の可否が問題となった事件です。

 被告になったのは、有料老人ホーム・サービス付き高齢者向き住宅グループホームの運営、居宅サービス事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告に採用され、介護付き老人ホームで働いていた方です。試用期間中、きちんと挨拶をするように述べてきた従業員Dに対し「お前やんのか。」などと言って胸ぐらをつかむなどの行為に及びました。その後、使用者からの事情聴取の際に、「以前にバイクで交通事故に遭ったことがあってその影響で記憶が飛ぶことがある」などと発言しました。しかし、実際には、バイクの免許を持ったこともなければ、交通事故に遭ったこともありませんでした。こうした行為が問題視され、解雇されてしまったため、その効力を争って地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事案で、裁判所は、次のとおり判示し、解雇の効力を認めました。

(裁判所の判断)

「被告が原告を解雇した時点で原告は試用期間中にあった。そして、被告の就業規則の定め等に照らせば、原告と被告との試用期間中の労働契約は、解約権留保付き労働契約と解すべきである。そして、使用者が、採用決定後における調査の結果により又は試用期間中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるものと解すべきである。」

「被告は介護事業を営んでいるところ、介護施設の職員は、利用者と直接に接する立場にあり、ときには利用者からの理不尽な要求等にも対応しなければならないし、何より他の職員と協調して職務に当たることが求められるものということができる。この点、原告は、前記のとおり同僚の発言に立腹してその胸ぐらをつかみ暴言を吐くなどの感情的な行為に及び、その上、被告からの事情聴取においても、これを認めずかえって全く架空の事実を告げるなど不誠実な態度をとるに及んでいる。これらによれば、原告は、被告における職員としての適格性を欠いているということができる。

被告は、原告の試用期間中の勤務状態により当初知ることができず、また知ることができないような原告の上記の不適格性を知るに至ったものであるところ、原告を引き続き被告に雇用しておくのが適当でないと判断することは、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であるというべきである。

(中略)

以上によれば、本件解雇は、その余の解雇理由について判断するまでもなく、留保解約権の行使として正当であり、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるということができる。本件解雇は有効である。

3.不合理な弁解が効いたのではないだろうか?

 確かに、暴行は軽く見ることのできない事由ではあります。しかし、幾ら試用期間中であったとしても、実際に殴打する等の行為に及んだわけでもなく、挨拶の有無に端を発した従業員間の小競り合いを発生させただけであったとすれば、解雇まで認められていたのかは疑問です。裁判所が解雇を有効だと判断したのは、事情聴取の時に不合理な弁解をしてしまったことが心証に強く影響してしまったのではないかと思われます。

 弁解の機会を活用することは労働者の権利です。しかし、弁解の仕方が不適切であったときに、消極的な評価を受けないことまでが保障されているわけではありません。

 やってしまったことを書き換えることはできませんが、事情聴取にどのような姿勢で臨むのかは、コントロール可能なことです。解雇を阻止したり、その効力を争ったりする場合には、コントロール可能な事情を着実に押さえて行くことが重要な意味を持ちます。

 冷静な対応は難しい、そう思ったら、できるだけ早く弁護士に相談し、事情聴取に対してどのように臨むのかをしっかりと協議しておくことが推奨されます。本件でも事情聴取前に一度でも弁護士とリハーサルができていれば、違った結論になっていた可能性も否定できないのではないかと思われます。