弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不合理な弁解は解雇の決め手になるのか?

1.使用者からの事情聴取への対応

 使用者から非違行為についての事情聴取を受けているときに、反発を覚え、感情的・挑発的な物言いをしてしまう労働者の方は少なくありません。しかし、こうした対応は、往々にして事態をより悪化させます。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令3.3.16労働判例ジャーナル113-56 SOMPOケア事件も、そうした事案の一つです。

2.SOMPOケア事件

 本件は試用期間中の解雇の可否が問題となった事件です。

 被告になったのは、有料老人ホーム・サービス付き高齢者向き住宅グループホームの運営、居宅サービス事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告に採用され、介護付き老人ホームで働いていた方です。試用期間中、きちんと挨拶をするように述べてきた従業員Dに対し「お前やんのか。」などと言って胸ぐらをつかむなどの行為に及びました。その後、使用者からの事情聴取の際に、「以前にバイクで交通事故に遭ったことがあってその影響で記憶が飛ぶことがある」などと発言しました。しかし、実際には、バイクの免許を持ったこともなければ、交通事故に遭ったこともありませんでした。こうした行為が問題視され、解雇されてしまったため、その効力を争って地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事案で、裁判所は、次のとおり判示し、解雇の効力を認めました。

(裁判所の判断)

「被告が原告を解雇した時点で原告は試用期間中にあった。そして、被告の就業規則の定め等に照らせば、原告と被告との試用期間中の労働契約は、解約権留保付き労働契約と解すべきである。そして、使用者が、採用決定後における調査の結果により又は試用期間中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるものと解すべきである。」

「被告は介護事業を営んでいるところ、介護施設の職員は、利用者と直接に接する立場にあり、ときには利用者からの理不尽な要求等にも対応しなければならないし、何より他の職員と協調して職務に当たることが求められるものということができる。この点、原告は、前記のとおり同僚の発言に立腹してその胸ぐらをつかみ暴言を吐くなどの感情的な行為に及び、その上、被告からの事情聴取においても、これを認めずかえって全く架空の事実を告げるなど不誠実な態度をとるに及んでいる。これらによれば、原告は、被告における職員としての適格性を欠いているということができる。

被告は、原告の試用期間中の勤務状態により当初知ることができず、また知ることができないような原告の上記の不適格性を知るに至ったものであるところ、原告を引き続き被告に雇用しておくのが適当でないと判断することは、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であるというべきである。

(中略)

以上によれば、本件解雇は、その余の解雇理由について判断するまでもなく、留保解約権の行使として正当であり、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるということができる。本件解雇は有効である。

3.不合理な弁解が効いたのではないだろうか?

 確かに、暴行は軽く見ることのできない事由ではあります。しかし、幾ら試用期間中であったとしても、実際に殴打する等の行為に及んだわけでもなく、挨拶の有無に端を発した従業員間の小競り合いを発生させただけであったとすれば、解雇まで認められていたのかは疑問です。裁判所が解雇を有効だと判断したのは、事情聴取の時に不合理な弁解をしてしまったことが心証に強く影響してしまったのではないかと思われます。

 弁解の機会を活用することは労働者の権利です。しかし、弁解の仕方が不適切であったときに、消極的な評価を受けないことまでが保障されているわけではありません。

 やってしまったことを書き換えることはできませんが、事情聴取にどのような姿勢で臨むのかは、コントロール可能なことです。解雇を阻止したり、その効力を争ったりする場合には、コントロール可能な事情を着実に押さえて行くことが重要な意味を持ちます。

 冷静な対応は難しい、そう思ったら、できるだけ早く弁護士に相談し、事情聴取に対してどのように臨むのかをしっかりと協議しておくことが推奨されます。本件でも事情聴取前に一度でも弁護士とリハーサルができていれば、違った結論になっていた可能性も否定できないのではないかと思われます。