弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

性同一性障害者が自認する性別に対応するトイレを使用する利益(続報)

1.性自認に基づいた性別で社会生活を送る権利が問題となった裁判例

 以前、

性同一性障害者が自認する性別に対応するトイレを使用する利益と行政措置要求の可能性 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事の中で、東京地判令元.12.12労働判例ジャーナル96-1 経済産業省職員(性同一性障害)事件という裁判例を紹介させて頂きました。

 これは、身体的性別は男性であるものの、自認している性が女性である方に対し、女性用トイレの自由な使用を認めなかったことの適否が問題になった事件です。この事件で、裁判所は、性自認に一致するトイレを利用する利益が重要な法的利益であると位置づけたうえ、経済産業省が原告に女性用トイレの使用を制限したことについて国家賠償法上の違法性を認めるという画期的な判断をしました。

 こうした事件で裁判所が国家賠償法上の違法性を認めるのは、かなり異例なことです。控訴があって高裁に移審したことを認識して以来、地裁の判断が高裁でも維持されるのかが気になっていたところ、近時公刊された判例集に、控訴審判決が掲載されていました。東京高判令3.5.27労働判例ジャーナル113-2 経済産業省職員(性同一性障害)事件です。

2.経済産業省職員(性同一性障害)事件(控訴審)

 東京高裁の判断のうち、個人的に注目しているのは、次の部分です。

-性自認に基づいた性別で社会生活を送ることの権利性について-

「性別は、社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われており、個人の人格的存在と密接不可分のものということができる。他方、性同一性障害者は、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについて医学的知見に基づく医師の診断を受けていることから(性同一性障害者特例法第2条参照)、自己の身体の性的徴表と性自認との矛盾・相克に悩むとともに、社会生活上様々な問題を抱えている状況にあり、かつては、性同一性障害者が治療等を受けることで上記心理的な相克を解消したとしても、戸籍上の性別に関する記載の訂正の許可の申立て(戸籍法113条)が一般的に認められていなかったことから、入学や就職等の場面で、性同一性障害者であることが露見することで、いたずらに好奇の目にさらされたり、差別を受けるなどの問題が生じていた。そこで、性同一性障害者特例法は、一定の要件が満たされることを前提に、性同一性障害者につき性別の取扱いの変更の審判を認めることによって、上記のような性同一性障害者の社会的な不利益を解消するために、制定されたものと解される。」

「このような、性同一性障害者特例法の立法趣旨及びそもそも性別が個人の人格的生存と密接不可分なものであることに鑑みれば、一審原告が主張の基礎とする自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは、法律上保護された利益であるというべきである。

一審被告は、自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることの外延が不明確である旨主張するが、上記のとおり、個人の人格的存在と密接不可分である性別は、様々な場面が想定される社会生活や人間関係における個人の属性の一つであり、社会生活や人間関係における個々の局面において、様々な問題に直面するという特性を有していると解されることからすれば、その権利としての内容についても、個々の局面において具体化する個別の内容が吟味されるべきであるというべきであり、一義的に明確な外延を有しているわけではない。そして、遅くとも性同一性障害者特例法が成立した平成15年7月時点では、性別が生物学的基準によって一律に決められるものではないことが明らかとなっていたことからすると、性同一性障害者にとっても、性別適合手術を受け、性同一性障害者特例法によって戸籍上の性別を訂正して社会生活を送るか、性別適合手術は受けずに既存の性別のまま社会生活を送るかということについての選択の問題が生じていたというべきであり、かかる選択の問題は、性別が個人の属性として意味を持つ個々の局面において生じ得る問題と同一のものであることは明らかである。そうしてみると、自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送る際において、その権利としての内容が一義的に明確な外延を有しているわけではないことは、法律上保護された利益であることを否定する根拠たり得ないというべきである。

-国家賠償法上の違法性について-

「経産省は、一審原告が、平成21年10月23日には、一審原告から近い将来に性別適合手術を受けることを希望しており、そのためには職場での女性への性別移行も必要であるとの説明を受けて、一審原告の希望や一審原告の主治医であるD医師の意見も勘案した上で、対応方針案を策定し本件トイレに係る処遇を実施したのち、一審原告が性別適合手術を受けていない理由を確認しつつ、一審原告が戸籍上の性別変更をしないまま異動した場合の異動先における女性用トイレの使用等に関する経産省としての考え方を説明していたのであって、一審原告が経産省に復職した平成26年4月7日以降現在まで、本件トイレに係る処遇を維持していることについて、経産省において、一審原告との関係において、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認め得るような事情があるとは認め難く、本件トイレに係る処遇につき、国家賠償法第1条第1項の違法性があるとの一審原告の主張を採用することはできない。

 3.違法性は否定されたが、権利性は承認された

 本件で国家賠償法上の違法性が否定されたことは、当事者の方にとって残念だったのではないかと思います。

 それでも、高裁で「自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ること」に国家賠償法上の権利性が認められたことは、なお注目に値します。被侵害利益としての権利性が認められれば、事実関係によっては国家賠償法上・不法行為法上の違法性が認められる余地が開けるからです。地裁の判断から後退したとはいえ、高裁の判断も、性同一性障害者の権利擁護を考えるうえで重要な裁判例であることには違いありません。

 

執筆に参加した書籍のご紹介Ⅲ

 第二東京弁護士会は、厚生労働省から委託を受け、「フリーランス・トラブル110番」という法律相談・ADR(Alternative Dispute Resolution 裁判外紛争解決手続)事業を実施しています。

『フリーランス・トラブル110番』の開始について|第二東京弁護士会

 私の所属している労働問題検討委員会は、この事業で中核的な役割を担っています。そうした関係もあり、労働問題検討委員会では、フリーランスをめぐる法律問題についての研究に取り組んできました。

 その成果の一環として、令和3年9月10日、

第二東京弁護士会労働問題検討委員会編著『フリーランスハンドブック』〔労働開発研究会、初版、令3〕

という書籍が発行されます。

 この書籍の執筆には私も参加しています。

 私が担当したのは、

第1章 第2節 統計からみるフリーランス

第3章 第2節 第2款 独禁法-優越的地位の濫用

の部分です。

 フリーランスが増加傾向にあることは統計上明らかです。これに併せ、フリーランスをめぐる法的なトラブルも、目立つようになってきています。また、フリーランスの保護を考えるにあたっては、経済法、特に、弱者保護に重要な役割を果たす独占禁止法上の優越的地位の濫用に関する知識は欠かすことができません。執筆に参加し、フリーランスをとりまく現状を統計的数値から理解し、優越的濫用に関する知見を深めることができたのは、大変有意義なことでした。

 フリーランスの保護を考えるにあたり、労働者性が認められる場合に労働法の適用を主張することは、従来から行われていました。しかし、労働者性が認められない場合に何ができるのかに関する研究は、従来、必ずしも十分とはいえない状態にあったのではないかと思われます。この部分に知見の蓄積があることは、私の強みの一つだと自負しています。

 お困りのことがありましあら、ぜひ、お気軽にご相談ください。

 

 

 

管理監督者性を否定するための立証活動-月初に残業が多くなる傾向

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 本日の記事で考えてみたいのは、②自己の労働時間についての裁量の問題です。

 実務上、自己の労働時間について裁量を判断するにあたっては、

「当該労働者の始終業時間がどの程度厳格に取り決められ、管理されていたかが中心となる。特に、タイムカード等による出退勤の管理がされていたとか、遅刻、早退、欠勤等の場合に賃金が控除されていたかなどが問題となる」

(中略)

「そこで、日々の業務内容や、遅刻・欠勤等の場合の賃金控除の有無等の事情から、当該労働者に対する始業・終業時刻・勤務時間の遵守がどの程度厳格なものであったか、当日の業務予定や結果等の報告の要否、社外業務について上長の許可等の要否などの事情から、当該労働者において、業務遂行の方法や時間配分等に関する裁量の度合いがどの程度あったかを判断するのが相当」

だと理解されています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』253頁参照)。

 昨日ご紹介した、東京地判令3.3.17労働判例ジャーナル113-60 カーチスホールディングス事件は、①経営者との一体性だけではなく、②労働時間の裁量についても興味深い判断を示しています。何が興味深いのかというと、残業の傾向から労働時間についての裁量を否定しているところです。

2.カーチスホールディングス事件

 本件で被告になったのは、各種自動車・自動二輪車の売買・輸出入・仲介・斡旋の事業等を営む会社です。事業会社であるとともに、これらの事業を営む会社の持株会社でもあります。

 原告になったのは、被告との間で労働契約(本件労働契約)を締結し、経理業務等に従事していた方です。退職後、被告を相手取って、時間外勤務手当等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 在職中、原告は、財務経理部の課長職にあり、6~8名(派遣社員1名)を含む部下を管理する立場にあったことから、本件では、原告の管理監督者性が争点になりました。管理監督者への該当性は一般的な判断枠組に従って判断されていますが、②労働時間の裁量について、裁判所は、次のとおり判示し、これを否定しました。結論としても、原告の管理監督者への該当性を否定しています。

(裁判所の判断)

「原告が、本件請求期間中、基本的には午前9時までには出勤し、朝礼に参加し、朝礼の当番も割り振られていたこと・・・からすれば、用事がある場合などに割り振られた当番の変更が可能であったとしても、原告は、朝礼への参加を事実上求められていたことが推認される。また、原告が、決算前の時期には休日と申請していた土日も出勤し、それ以外の月も、月次締め作業や月次処理のために月初に残業が多くなる傾向にあったこと・・・からすれば、原告は、財務経理業務の繁閑に応じて残業をする必要があったものと認められる。そうすると、原告は、始業時刻及び終業時刻について制約があったものであり、自己の裁量で労働時間を管理することが許容されている立場にあったとは認められない。

「被告は、原告が遅刻をしているにもかかわらず欠勤控除されておらず、原告のタイムシートが厳格に管理されていなかったことや、休日を自由に決めることができたことから労働時間に裁量があった旨主張する。しかしながら、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、平成30年4月1日、7日、8日、15日、21日、22日、29日、同年9月9日、同年11月11日の遅刻はいずれも土日であり、原告がシフト表上は休日と申請した日に出勤したものであって、所定労働日の始業時刻に遅刻したものではないと認められるほか、同年9月21日、同年12月6日、14日、17日、28日は平日に遅刻しており、同年9月21日は午前11時45分に出勤しているものの、同年12月の遅刻はいずれも10分~30分に留まるものであるから、この程度の遅刻があったことは、前記アの認定を左右する事情とはいえない。また、原告のタイムシートはP2部長が月末に確認印を押印していたものであるが、前記アのとおり財務経理業務の繁閑に応じて残業をする必要があったことからすれば、厳格な管理をされていないことをもって、労働時間に裁量があったとはいえない。そして、被告の従業員の休日がいずれもシフトによって決定されていたことからすれば・・・、原告がシフト表で希望の休日を申請して取得していたとしても、労働時間に裁量があったことを裏付ける事情とはいえない。」

3.業務の繁閑・残業傾向からの立証

 冒頭に述べたとおり、労働時間の裁量の有無は、タイムカード等による出退勤管理の有無、賃金控除の有無、業務予定や結果等の報告の要否、上長の許可の要否等の事情に着目して行われるのが一般です。

 こうした状況のもと、裁判所は、残業傾向を根拠として、労働時間に裁量がないことを認めました。これは一つの特徴的な立証方法を示したものとして参考になります。管理監督者扱いされていても業務量に繁閑のある中で働いている人は、決して少なくないのではないかと思います。そうした方が管理監督者性を争い、残業代を請求するにあたり、本件は先例として活用できる可能性があります。

 

賃金額の決定権限と管理監督者性

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 この①経営者との一体性は、①’経営への参画状況、②’労務管理上の指揮監督権、③’実際の職務内容といった要素から判断されています。

 本日の記事で考えてみたいのは、②’労務管理上の指揮監督権の内容です。

 ②’労務管理上の指揮監督権は、

「部下に関する採用、解雇、人事考課等の人事権限、部下らの勤務割等の決定権限等の有無・内容が重要視され、単に採用面接を担当しただけであったり、人事上の意見を述べる機会が与えられるだけであったりすると、管理監督者性が否定される傾向にある・・・。他方、最終的な人事権まではないが、その意向が反映されたことなどを理由に管理監督者性を肯定した事案もある」

と理解されています(前掲『労働関係訴訟の実務Ⅰ』251-252頁参照)。

 要するに、労務管理に形式的に関与しているだけでは不十分であるものの、最終的な人事権までは必須のものとはされていないということです。こうした曖昧性があることから、目下、どういった権限があれば②’労務管理上の指揮監督権が認められるのかが、実務上の関心事になっています。

 こうした議論状況のもと、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.3.17労働判例ジャーナル113-60 カーチスホールディングス事件です。

2.カーチスホールディングス事件

 本件で被告になったのは、各種自動車・自動二輪車の売買・輸出入・仲介・斡旋の事業等を営む会社です。事業会社であるとともに、これらの事業を営む会社の持株会社でもあります。

 原告になったのは、被告との間で労働契約(本件労働契約)を締結し、経理業務等に従事していた方です。退職後、被告を相手取って、時間外勤務手当等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 在職中、原告は、財務経理部の課長職にあり、6~8名(派遣社員1名)を含む部下を管理する立場にあったことから、本件では、原告の管理監督者性が争点になりました。管理監督者への該当性は一般的な判断枠組に従って判断されていますが、①経営者との一体性について、裁判所は、次のとおり判示し、これを否定しました。結論としても、原告の管理監督者への該当性を否定しています。

(裁判所の判断)

「原告は、財務経理部の課長として、人事関係の業務として、財務経理部に所属する6~8名の従業員のシフトを取りまとめて提出し・・・、従業員が提出したタイムシートの上長確認欄に押印し・・・、一次考課者として人事考課を行っていた・・・ほか、希望職種を財務経理とする応募者14名について一次面接を担当していた・・・。このうち、採用面接については、原告が不合格と判断した9名についていずれも採用に至っていないことからすれば、採用面接に関し、一定の実質的な権限を有していたといえる。もっとも、従業員の賃金額に関しては、原告は採用に関して一次面接を担当したにとどまり、採用する際の賃金額等の労働条件の決定に関与していたとは認められず、また、財務経理部所属の従業員の人事考課について一次考課を担当しているものの、二次考課者であるP2部長の評価も踏まえた最終評価としての賃金額の決定に関与していたと認めるに足りる証拠はないことからすれば、賃金額の決定について実質的な権限があったとは認められない。また、財務経理部の従業員のシフト表を取りまとめて提出することは、事務的な業務であって、重要な職務や権限であるとはいえないほか、タイムシートの上長確認欄に原告が押印していることから、財務経理部に所属する従業員のタイムシートが原告に提出され、その確認を行っていたことは認められるものの、原告にタイムシートが提出された後、少なくともタイムシートの実績については上司である財務経理部部長のP2部長にも報告して承認を得た上、人事部に提出されていたこと・・・からすると、タイムシートの申請に対する事務的な確認以上に、実質的な権限があったと認めるに足りる証拠はない。」

「原告は、財務経理部の課長として、監査法人との監査報告会や経営者ディスカッションに出席していたと認められるが・・・、平成30年11月7日の監査報告会以外はP2部長を含む役員とともに出席していたものであり、原告は自身の担当する財務経理業務について必要な発言や対応をしていたとしても、最終的な決定権限はP2部長又は被告の他の役員にあったと解され、原告に財務経理に関して決定権限があったとは認められない。また、本件リース契約についてP5部長から相談を受けて対応しているものの・・・、財務経理部として会計処理に関する検討をしていたものであって、原告自身が本件リース契約の内容や、締結の是非等の経営上の決定に関与していたとは認められず・・・、アガスタの会計処理に関しても、親会社の財務経理部として必要な対応を検討したものであり、これについてはP2部長の指示の下で、監査法人やアガスタの取締役であるP5部長と対応を協議していたものである。このほか、原告は経営会議には一回しか出席しておらず、取締役会についても資料の準備をする程度の関与をしたのみであった・・・。」

「以上によれば、原告は、被告の財務経理部において、採用面接や、財務経理部に所属する従業員の一次考課を行い、タイムシートの申請を受ける業務をしており、このうち、採用面接については実質的な権限を有していたと認められるが、これは、使用者の人事権の一部に過ぎず、その他の業務内容に照らしても、基本的には財務経理業務を担当していたものであり、原告が経営上の事項について実質的な決定権限を有していていたものとは認められないことからすれば、労働時間規制の枠を超えた活動を要請されざるを得ない重要な職務や権限を有していたとか、その責任を負っていたとまでは評価できず、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限があったとは認められない。

「なお、被告は、P2部長が取締役兼執行役等を務め、数多くの部署に所属して業務を執行していることから、実質的には原告が財務経理部のトップの責任者であり、経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を有していた旨主張する。しかしながら、上記のとおり、監査法人との会議や、アガスタの会計処理等、原告がP2部長の指示の下で業務を行っていたことが認められることや、原告が人事労務管理について実質的権限を有していたと認められるのが一部業務に過ぎないことからすれば、原告が財務経理部のトップであるとは直ちに評価し難いこと、財務経理部が被告において重要な部署であり、原告が日々の財務経理業務について一定の権限を有していたとしても、そのことから直ちに経営上の事項について実質的権限を有しているとは評価できないことからすれば、被告の主張は採用できない。」

 3.賃金額の決定権限に注目された例

 「経営者との一体性」「労務管理上の指揮監督権」といった概念は、曖昧かつ難解なものです。これを具体化する指標として、他の労働者の賃金額を決定する権限に焦点を当てた判断がなされたことは注目に値します。

 管理監督者扱い(残業代の出ない扱い)をされていても、他の労働者の賃金額を決定する権限までは持っていないという方は少なくないのではないかと思います。そうした方が管理監督者性を争うにあたり、本件は有意義な先例として機能する可能性があります。

 

特別職の地方公務員への雇止め法理の類推適用の可否(否定例)

1.非正規公務員の雇止め

 有期労働契約が反復更新されて期間の定めのない労働契約と同視できるようになっていたり、契約が更新されることについて合理的な期待が認められたりする場合、使用者が労働者からの契約更新の申込みを拒絶するには、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が必要になります。客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない場合、有期労働契約は従前の労働条件のもとで更新を擬制されます(労働契約法19条)。

 このルールは従前の判例法理を成文化したもので、「雇止め法理」と呼ばれることがあります。民間の非正規労働者の地位は、この雇止め法理により、一定の保護が図られています。

 しかし、この雇止め法理が公務員に適用されることはありません。労働契約法21条1項が、

「この法律は、国家公務員及び地方公務員については、適用しない。」

と明記しているからです。

 それでは、雇止め法理をストレートに適用することはできないにしても、その趣旨を類推して適用すること(類推適用)はできないのでしょうか?

 この問題に関しては、多数の裁判例が存在します。しかし、類推適用を否定するものが圧倒的多数です。信義則等を根拠に雇止めの効力を否定した下級審裁判例が1例(東京地判平18.3.24労働判例915-76 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構(国情研)事件)存在するものの、これも上級審で破棄されています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕566頁)。

 しかし、地方公務員法や国家公務員法の適用される一般職の公務員に対してはともかく、特別職の公務員に対しても類推適用は否定されるのでしょうか?

 国家公務員法2条5項は、

「この法律の規定は、この法律の改正法律により、別段の定がなされない限り、特別職に属する職には、これを適用しない。」

と規定しています。

 また、地方公務員法4条2項は、

「この法律の規定は、法律に特別の定がある場合を除く外、特別職に属する地方公務員には適用しない。」

と規定しています。

 公務員法による保護を受けられない特別職の公務員に対しても、やはり雇止め法理の類推適用は認められないのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.3.29労働判例ジャーナル113-40 大阪府・府教委事件です。

2.大阪府・府教委事件

 本件で原告になったのは、府立支援学校(本件学校)の特別非常勤講師(看護師)として勤務していた方3名です(原告a、原告b、原告c)。任用期間を1年として再任用を重ねていたところ、平成29年3月31日の任用期間満了をもって、任用関係を打ち切られることになりました(本件各不再任用)。これに対し、労働契約法19条の類推適用を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴は、原告らが特別職の地方公務員(地方公務員法3条3項3号)であったことです。

 原告らは、

「労契法22条1項は、地方公務員への同法の適用を排除しているものの、非常勤職員には、地公法4条2項により同法の適用が排除される結果、私法上の労働契約関係と同様に労基法が適用される。殊に、原告らと被告との間の勤務に関する法律関係(以下『本件勤務関係』という。)においては、原告らに対して示された労働条件明示書に『雇用期間』などと労働契約関係であることを示す記載があるほか、その形式や内容も労働契約の場合と同様の記載がされていることからすると、本件勤務関係は、私法上の有期労働契約と変わらないといえる。地公法が適用されない非常勤職員の勤務関係について労契法の保護を否定することは、非常勤職員の無権利状態を放置するものであって、不当である。」

などと主張し、労働契約法19条の類推適用を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、労働契約法19条の類推適用を否定しました。

(裁判所の判断)

「地公法は、地方公務員を一般職と特別職に分け、非常勤職員を始めとする特別職については、法律に特別の定めがある場合を除く外、同法を適用しないと規定し(地公法3条1項、2項、3項3号、4条2項)、勤務条件について条例で定められる(24条5項)一般職と扱いを異にしている。」

「もっとも、地方公務員に対しては、そもそも、一般職又は特別職のいずれであっても、労契法の適用が明文上排除されている(労契法22条1項)。」

「また、特別職の地方公務員につき地公員法の適用が排除されているのは、その職務内容等の多様性を踏まえ、同法の委任を受けた条例によってその勤務条件を一律に定めるのではなく、個別の法律や条例のほか、各地方自治体の定める要綱等の内規によって定めるのが相当であるとの趣旨に基づくものと解されるのであって、原告らの任用形態、任用期間、報酬及び勤務時間等の勤務条件も、非常勤看護師配置要項の内容に従って定められている・・・。そうすると、地公法の適用が排除されていることをもって非常勤講師の勤務関係が実質的に私法上の労働契約関係とみることは困難である。」

「さらに、職員の任用にあたっての手続をみても、

〔1〕学校の職員の身分取扱等を定める地方教育行政の組織及び運営に関する法律は、地方公共団体が設置する学校の校長は、当該学校に所属する職員の任免その他の進退に関する意見を任命権者に対して申し出ることができるものと定め(36条)、

〔2〕大阪府立学校条例は、校長の前記意見を尊重するものと定めている(20条1項)ところ、

被告は、

〔3〕大阪府公立学校非常勤講師取扱要綱において非常勤講師の採用についての意見上申の手続やその後の府教委による措置を定め(2条2項、3条1項)ているほか、

〔4〕教員の免許状を有しない者等の特別非常勤講師の任免、報酬等について特別非常勤講師取扱要綱を定めた上、そのうち非常勤看護師については、非常勤看護師配置要項及び休暇取扱細則により、職務内容、任用形態、給与又は報酬、勤務時間、休暇等の勤務条件を具体的に定めている・・・。」

「加えて、

〔5〕地方自治法制定附則は、同法及び他の法律に特別の定めのあるものを除き、都道府県の職員の服務等につき政令で定める旨規定し(5条1項ないし3項、9条1項及び2項)、特別職の地方公務員についても、当該規定に係る政令である地方自治法施行規程において、服務や休暇及び休日等についての定めが適用されること(10条ないし12条、15条)からすると、非常勤職員を含む都道府県の特別職である地方公務員について、同施行規程による規律を及ぼすことも想定されているといえる。」

以上のような関係法令及び被告における各内規の定めに照らせば、被告における非常勤看護師の任免や勤務条件等は、法令等によりその手続や具体的内容があらかじめ定められており、公務員に対して適用される法令の適用もあるといえるのであって、その任命行為は行政処分であると解されるから、本件勤務関係に労基法の適用があること(労基法112条)を踏まえても、本件勤務関係が、当事者の合意によって内容を定めることを基本とする私法上の労働契約関係と異質なものであることは明らかである。

上述したとおり、労契法22条1項は、地方公務員に対する同法の適用を明文で排除しているところ、以上のような本件勤務関係の性質を踏まえると、その他原告ら主張の事情を考慮しても、同法の明文規定に反して、本件勤務関係に同法19条を類推適用すべきということはできない。

「なお、大阪府公立学校非常勤講師取扱要綱2条2項は『雇用』との文言を用いており、求人票等の記載の中には、『雇用期間』や『雇用保険の適用』がある旨の記載があるものの、上述したところを踏まえると、上記文言ないし記載が使用されていることは、上記認定判断を左右するものではない。」

3.やはり雇止め法理の類推適用は難しい

 上述のとおり、裁判所は、特別職の地方公務員であっても、雇止め法理の類推適用は認められないとの判断を示しました。

 非正規公務員を雇止め法理で救済することは、やはり難しそうです。

 

高体連(高等学校体育連盟)主催の安全講習会への引率・参加・他校生への訓練が「公務」とされた例

1.部活動の位置づけ

 現行法上、公立学校教員の部活動顧問に関連する業務が「公務」といえるのかは、あまり明確ではありません。このことは、

労働時間をどのようにカウントするのか(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項により時間外勤務手当等は支給されませんが、公務災害の場面では労働時間の計算が必要になります)、

部活動中の事故に対して教員の個人責任を問えるのか(国家賠償責任が発生する場合、公務員の個人責任は否定される 最三小判昭30.4.19民集9-5-534等参照)、

そもそも個々の教員は部活動顧問業務の割り振りを断れるのか、

といった、種々の難しい論点を生じさせる原因となっています。

 そのため、部活動顧問関連業務についての裁判例は、公務員の労働事件を扱う弁護士にとって、注視する対象になっています。公務員の労働事件は関心領域の一つでもあることから、私も注目していたところ、近時公刊された判例集に、高体連(高等学校体育連盟)主催の安全講習会への引率・参加・他校生への訓練が「公務」として認定された裁判例が掲載されていました。宇都宮地判令3.3.31労働判例ジャーナル113-36 地方公務員・栃木県支部長事件です。

2.地方公務員・栃木県支部長事件

 本件は公務災害認定請求に対する公務外認定処分への取消訴訟です。

 原告になったのは、栃木県の県立高校に勤務し、登山部の顧問をしていた方です。高体連主催の登山講習会(本件講習会)に登山部顧問として自校生徒を引率して参加し、講習会の行使として他校生に対して雪上歩行訓練を実施中、雪崩に巻き込まれて傷害を負いました(本件災害)。本件災害について公務災害認定請求をしたところ、雪上歩行訓練が公務ではないことなどを理由に公務外認定処分を受けました。これに対し、審査請求の後、取消訴訟を提起したのが本件です。

 本件では高体連関連業務の「公務」への該当性が争点になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、高体連関連業務の公務遂行性を認めました。

(裁判所の判断)

「地方公務員の『負傷、疾病、傷害又は死亡』が地公法に基づく公務災害に関する補償の対象となるには、それが『公務上』のものであることを要し、そのための要件の一つとして、当該地方公務員が任命権者の支配管理下にある状態において当該災害で発生したこと(公務遂行性)が必要であると解するのが相当である(最高裁昭和59年5月29日第三小法廷判決・裁判集民事142号183頁参照)。」

「ところで、上記・・・のとおり、本件災害は、原告が本件講習会の講師として行っていた高体連関連業務としての雪上歩行訓練中に発生したものであるが、前記・・・のとおり、高体連それ自体は、栃木県内に所在する高校の職員・生徒によって組織された任意の団体であって、公益財団法人全国高等学校体育連盟の会員にすぎず、地方公共団体の一組織でないことはもとより、これに準じる公的な団体であるとも解されない。したがって、本件講習会のような高体連が主催する業務(高体連関連業務)は『公務』としての法的性格を有するものではなく、当該公務員がかかる業務を行うことがあったとしても、『任命権者(職務命令権者)によって、特に勤務することを命じられた場合』を除き、その業務遂行は、任命権者の支配管理下にある状態で行われたものではなく、『公務遂行性』の要件を満たさないものというべきである。

「そこで問題は、本件において原告が関与した高体連関連業務は、原告を真岡高校登山部顧問に任命した同高校学校長によって、『特に勤務することを命じられた』業務に当たるか否かである。」

「この点、上記のとおり高体連関連業務それ自体は『公務』ではない。したがって、任命権者である真岡高校学校長の原告に対する登山部顧問への任命は、飽くまで同部顧問への就任を命じるものにとどまり、高体連関連業務への従事ないし関与を『特に勤務』として命じたものとは解されない。また、上記・・・のとおり、原告に対して発出された本件旅行命令は、本件講習会に参加するため、原告が部活動の一環として生徒を引率して出張し、泊を伴う指導業務に行ったことに対する教員特殊勤務手当を支給する前提として発出されたものであって、それ自体に、高体連関連業務への従事を『特に勤務』として命じる趣旨を含むものとは解されない。」

「以上のとおり、原告が行った高体連関連業務は、上記任命権者である真岡高校学校長が明示的に『特に勤務』を命ずることによって行われたものであるとはいえないが、ただ、このことは黙示的な職務命令によって非公務である高体連関連業務が行われる場合があることを排除するものと解されないところ、上記・・・で認定した各事実によれば、本件においては、この点につき以下のようにいうことができる。

「上記のとおり、本件旅行命令が予定する原告の『用務』は、本件講習会に参加する真岡高校登山部の生徒を引率することにあるが、かかる本件講習会を主催し、主管する高体連の登山専門部は、組織として高体連加盟校の登山種目加盟校を構成員としており、その部長その他の役員については、当該加盟高校の学校長が部長、副部長を、当該登山部の顧問が委員長、副委員長をそれぞれ務めており、実際、本件講習会当時、真岡高校学校長は副部長、登山部顧問の原告は副委員長の地位にあった。また、本件講習会に生徒を引率した教員は、単に自校生徒の引率にとどまらず、講習会の講師をすることが予定されており、とりわけ原告のような経験の豊富な教員は、自校の生徒を引率しつつ、経験の少ない教員が引率する他校の生徒の指導に当たることで、全体として安全を確保する指導体制がとられており、そのため、他校の生徒だけを指導することもあった。そして、高体連加盟校のうち当該年の4月及び5月に登山を計画している学校は、必ず春山安全登山講習会を受講することが慣例化しており、その一環である本件講習会についても、その主催者である高体連は、関係高等学校長宛に、『4月・5月に登山を予定している学校は必ず受講するようにして下さい。また、夏山登山においても雪渓の通過を伴うことがあり、雪上技術が必要となる場合があり、夏山登山を計画している学校については積極的に受講して下さい。』などと記載した書面を配布して、半ば強制的に本件講習会への参加を呼びかけ、この呼びかけを受けた真岡高校学校長は、上記慣例に従って、自校登山部の生徒を本件講習会に参加させるべく、顧問の原告に対して本件旅行命令を発出したというのである。」

「以上の各事情によれば、高体連が主催する本件講習会は、加盟高等学校が自ら主催する公務としての部活動ではないものの、これに加盟校として参加した真岡高校にとっては、同校登山部の部活動の一環ないしその延長線上の活動として実施されたものというべきである。そうすると、同校の学校長から本件旅行命令を受け、同校の生徒を引率して本件講習会に参加した原告は、単に同校登山部の生徒を引率するだけでなく、本件講習会において予定された諸々の講演や訓練等に講師として参加し、自校だけでなく他校の生徒に対しても当然指導を行わないわけにはいかない立場に置かれており、その結果、仮に、その指導対象の生徒の中に自校の生徒が含まれていない場合であっても講師として役割を果たさざるを得ない状況にあったものと認められる。そして、このことは、職務命令を発出する真岡高校学校長からみると、原告に対し、公務の一環ないしはその延長線上の行為として、本件講習会に自校登山部の生徒を引率し、本件講習会の講師として、自校だけでなく他校の生徒だけであっても指導業務を行い、その目的の達成に貢献することを要請していたものということができる。

「また、上記のとおり高体連が主催する本件講習会は、加盟校登山部の部活動の一環ないしその延長線上の活動として実施されたものであって、その活動に参加することは、真岡高校登山部が予定している部活動(例えば春山登山)を安全に遂行するためには不可欠なものとして位置付けられており、その意味で、本件講習会は、公務としての真岡高校登山部の部活動に密接に関連して行われたものというべきである。

以上の諸事情を合わせ考慮すると、原告は、自校の職務命令権者である学校長から本件旅行命令を受けたのを機に、単に同校登山部の生徒を引率するだけでなく、公務としての真岡高校登山部の部活動に密接に関連する本件講習会に講師として参加し、自校だけでなく他校の生徒に対しても当然指導を行わないわけにはいかない立場に置かれ、これにより、その指導対象の生徒の中に自校の生徒が含まれていない場合であっても講師として役割を果たすことが当然のごとく求められ、他校の生徒だけから構成される班を率いて雪上歩行訓練の指導を行っていたものであって、かかる原告の一連の行動は、客観的にみて、本件旅行命令が発出される時点で、当然想定されていたものというべきであるから、真岡高校学校長は、本件旅行命令を発出するに際して、これとは別に、本件講習会に講師として参加し、上記一連の行動をとることについて黙示の職務命令を発していたものと認めるのが相当である(なお、前記・・・によれば、本件要領上、本件講習会は登山計画審査会の審査対象とはされていないが、このことは上記黙示の職務命令の存在の認定を妨げるものではない。)。

「そして、本件災害は、原告が、他校生のみ構成される1班を率いて、上記ゲレンデ内にある一本木から、その左側の樹林帯を縦一列になって支尾根沿いを登り、前方の岩を目指して雪上歩行訓練を再開した直後に発生したものであって、『那須温泉ファミリースキー場ゲレンデ』内ではないにしても、その『周辺』から大きく逸脱した場所で発生したものではなく、実際、他の2ないし4班も原告率いる1班の後から支尾根沿いを登っていたというのであるから、原告が本件講習会の講師として行っていた指導訓練は、上記黙示の職務命令の範囲を逸脱するものではない。」

「以上によれば、本件災害は、任命権者(職務命令権者)の支配管理下にある状態において発生した災害であるということができるから、公務遂行性の要件を満たすものというべきである。 

「そして、上記・・・の検討からも明らかなとおり、原告が本件講習会の講師として行っていた上記指導訓練と本件災害との間に相当因果関係の存在を肯定することができ、公務起因性の要件も満たす。

以上によれば、本件災害は、地公法1条所定の『公務上の災害』に当たるものというべきである。

3.「黙示的な職務命令」

 裁判所は公務と言い難いうえ、明示的な職務命令もなかったという事実関係のもと、「黙示的な職務命令」という概念を使い、原告の方の救済を図りました。

 純理論的な問題はともかく、部活動顧問として高体連に生徒を引率していって、行事への参加中に事故に巻き込まれたにもかかわらず、適切な補償を受けられないというのは、あまりにも過酷な結論であるように思われます。

 結論の妥当性を図るにあたり、「黙示的な職務命令」という法律構成を用い、部活動顧問業務中に被災した方を救済した事案として、本件は参考になります。

 

査定がなくても最低額以上の賞与を請求できた例

1.解雇無効の場合の賞与の取扱い

 解雇の効力を争って労働契約上の権利を有する地位の確認を求める事件では、解雇が無効であることを前提に、未払賃金を請求するのが通例です。しかし、これに加えて賞与を請求することは、あまりありません。これは、就業規則上「会社の業績等を勘案して定める」程度の記載しかない場合、「各時期の賞与ごとに、使用者が査定基準を決定し、労働者に対する成績査定等をしない限り(又は労使で金額を合意しない限り)、具体的な権利として発生しない」と理解されているため(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕46頁参照)、請求してもあまり意味のない場合が多いからです。

 しかし、「就業規則又は労働契約書等において、支給時期及び支給金額が具体的に算定できる程度に算定基準が定められている場合には、使用者の成績査定等を要することなく、具体的な権利として発生する」ため、解雇無効の場合にも賞与を請求額に計上することがができます(前掲『労働関係訴訟の実務』46頁参照)。

 それでは、その中間的な形態では、どのように理解されるのでしょうか?

 具体的には、賞与を支給すること自体は決められているものの、支給金額に幅がある場合です。この形態の賞与請求の可否について、近時公刊された判例集に、興味深い裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.24労働判例ジャーナル113-60 michil事件です。何が興味深いのかというと、最低額ではなく、パフォーマンスを100%達成した場合の額を請求できると判断されていることです。

2.michil事件

 本件で被告になったのは、経営コンサルティング事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約(本件雇用契約)を締結していた方です。被告は平成31年2月28日付けで合意退職が成立したと主張しました。しかし、原告は退職の意思表示をしたことはないとしてこれを争い、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認のほか、未払賃金・未払賞与を請求する訴えを提起しました。

 本件の特徴は賞与請求に関する判断にあります。

 本件雇用契約では、賞与について、

「夏期・冬期に各77万円
パフォーマンス評価あり。会社業績及び個人業績に基づき、50%~200%の範囲で変動あり。上記金額は、100%の達成率であった場合。」

と定められていました。

  原告は、

「本件雇用契約は終了していないところ、原告は、被告における勤務を継続していれば、パフォーマンス評価として100%の評価を受けられた。」

と主張しましたが、被告は、

「本件雇用契約は平成31年2月28日に終了しているから、平成31年3月分以降の給与並びに令和元年夏期及び令和2年冬期の賞与の各支払請求は理由がない。また、賞与については、会社業績や個人業績、パフォーマンス評価などによって変動があるから、原告が被告に対して各期ごとに77万円の支払請求権を有しているわけではない。」

とこれを争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、各期77万円の賞与請求を認めました。

(裁判所の判断)

「賞与については、判断の前提となる事実・・・のとおり、パフォーマンス評価による変動が前提とされているものの、その変動幅は50%~200%であること、原告が被告における勤務を継続していれば、100%に相当するパフォーマンス評価を受けることができた可能性が高いこと(原告本人、弁論の全趣旨)からすれば、原告は、令和元年夏期(8月)及び令和2年冬期(2月)の賞与として・・・、少なくとも上記100%に相当する金額(各77万円)の支払を受けることができたと認めるのが相当である。

「したがって、原告は、被告に対し、本件雇用契約に基づき、154万円の支払を求めることができるというべきである。」

3.途中から被告が欠席した事案であるが・・・

 本件では、

「被告には訴訟代理人が就いていたが、同訴訟代理人は令和2年12月21日付けで辞任し、その後、被告は、適式の呼出しを受けながら、令和3年1月12日の第4回弁論準備手続期日及び同年2月24日の第2回口頭弁論期日にいずれも出頭しなかった」

との事実が認定されています。

「100%に相当するパフォーマンス評価を受けることができた可能性が高い」

との評価には、被告側が途中から反証活動を放棄したことも影響しているのは確かだと思います。

 とはいえ、欠席裁判でもないのに、最低限度(50%)を超えた査定を前提とした賞与請求が認められたことは注目に値します。本件のような事案では、どうせ請求しても無駄だからとの理由で、最低査定を受けたとしても、これだけは得られていたはずだとして、初めから下限を請求する例も散見されますが、あながち諦めたものではないのかも知れません。