弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

上司には同僚の問題行動を報告してきた部下を報復から守る責任があるか?

1.問題行動の報告と報復

 上司として部下を持つと、部下から同僚の問題行動について報告を受けることがあると思います。このように同僚の問題行動を報告してくる部下は、部下達の間で冷たい目で見られがちです。それは、時として、いじめや嫌がらせに発展することもあります。

 それでは、秘密を条件に報告を受けたにもかかわらず、うっかり報告者の名前を第三者に漏らしてしまうなどして、報告者がハラスメントのターゲットになってしまった場合、上司には、自分でやったわけではないハラスメントによる損害も含め、その損害を賠償する責任が生じるのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令3.3.23労働判例1244-15 ソニー生命保険ほか事件は、この問題についても、有益な示唆を含んでいます。

2.ソニー生命保険ほか事件

 本件で被告になったのは、

生命保険業等を目的とする株式会社(被告会社)

被告会社に雇用されている原告の同僚(被告Y1)

原告が勤務していた被告会社の東京中央ライフプランナーセンター第3支社(旧第3支社)の支社長(被告Y2)

の三名です。

 原告になったのは、第3支社でライフプランナーとして働いていた方です。

 平成28年夏から秋頃、原告は、職場のDライフプランナーの個人秘書であるF氏(F秘書)がテレアポの際に社内規定に反して顧客に対する保険商品の説明等をしていることを発見しました(本件テレアポ問題)。

 原告はこれを旧第3支社長であった被告Y2に本件テレアポ問題が発生していることを伝え、適切な対応を求めました。

 これを受けた被告Y2は、その後、三回に渡って、原告との面談を重ねました。

 その中で、被告Y2は、「このことはまだ一切誰にも言いません。」と発言していました。しかし、被告Y2は、Dライフプランナーに対し、「原告からF秘書の話法を録音していると聞かされているけど、問題はないですか。」などと述べ、本件テレアポ問題に関して、事実関係の確認を行いました(ただし、原告が被告Y2との面談で「F秘書の話法を録音している」と述べた事実はありませんでした)。

 その後、被告Y1の秘書が原告の秘書に対し、原告が秘密録音をしているのかを問い合わせ、原告は被告Y1から嫌がらせを受けるようになりました。

 具体的にいうと、被告Y1は、

原告と被告Y1とのブースの境界の書棚の上に、

盗聴、秘密録音をしているかのような画のフラッグを立てる(フラッグ1)、

いじめをしている図に✕をつけた画、お上に直訴をしている図のフラッグを立てる(フラッグ2)、

聞き耳を立てている図のフラッグを立てる(フラッグ3)

などの行為に及びました。

 また、被告Y1は、自分のブースの入口等に、異動を断った原告を揶揄するかのように、

「うごきたくない。いどうやだもん。」

と赤ん坊が泣いている図の書かれたプレートを掲示したりもしました(本件各掲示行為)。

 こうした行為を受け、原告は、ハラスメントの主体である被告Y1を訴えるとともに、被告Y2に対しても、

「本件面談の際、被告Y2に対し、本件テレアポ問題に関して、F秘書のテレアポの様子を録音したなどと述べたことはなかったにもかかわらず、被告Y2は、平成29年3月上旬頃から同月21日までの間、Dライフプランナーや被告Y1に対して、原告からの本件相談事項を明らかにした上で、原告がF秘書のテレアポの様子を録音し、それを所持しているなどと誤った情報(以下、被告Y2が伝達したかかる情報を「本件情報」という。)を伝達した。」

「被告Y2の上記行為は、原告に関する虚偽の情報を流布するものであり、また、本件面談が内部通報に該当することにも照らせば、通報者である原告の氏名等を職場内に漏えいさせるものであって、公益通報者保護法に関する民間事業者向けガイドラインにも反するものであるから、原告の名誉を毀損し、又は秘密保持義務に違反するものであって、被告Y2は、原告に対して、不法行為責任を負う。」

「本件相談事項が内部通報に該当しないものであっても、被告Y2は、本件面談の際、原告に対し、『このことはまだ一切誰にも言いません。』などと言ったのであって、かかる内容を開示するにあたっては、原告の同意を得る必要があり、また、その内容に照らしても、Dライフプランナーらに伝達することは、同人らをして、原告に対する報復等を引き起こす可能性があったのであるから、これらの可能性を予見すべき義務があった。にもかかわらず、被告Y2は、原告から同意を得ることなく、Dライフプランナーらに、本件情報を伝達したのであって、被告Y2の行為は、安全配慮義務(情報秘匿義務)に違反するものである。

などと主張し、損害賠償を請求しました。

 ここでポイントになっているのは、原告が加害行為を、被告Y1と被告Y2の共同不法行為だと構成したことです。言い換えると、原告は、被告Y2に対しても、本件各掲示行為によって受けた精神的苦痛の賠償を求めました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、共同不法行為の成立を認め、被告Y2に本件各掲示行為によって生じた損害まで賠償する責任を認めました。

(裁判所の判断)

「被告Y2について、被告Y1との共同不法行為が成立し得るか検討するに、被告Y1が本件各掲示行為に及んだのは、被告Y2から本件虚偽の情報を伝達されたことがきっかけであること、被告Y2が虚偽の本件情報を伝達したことは原告の名誉を毀損するものであること、被告Y2が原告に対して異動を打診し、原告がこれを拒絶した2日後に、被告Y1が、『うごきたくない。いどうやだもん。』などと述べながら泣いている赤ちゃんの画像が印刷された本件プレートを掲示していること・・・にも鑑みると、被告Y2は、被告Y1の本件各掲示行為によって原告に生じた損害についても、その賠償責任を負うものと解するのが相当である。

3.「部下達が勝手に報復をやった」では済まされない

 本件の結論には虚偽の情報を伝達したという部分が効いていることも否定できないと思われます。伝達された情報が真実であった場合でも同じ結果になるのかは分かりません。

 それでも、安易に情報源を明らかにしたことが報復を誘発したという認識のもと、ハラスメントに加担したわけではないにも関わらず、部下が勝手にやったハラスメントから生じた損害にまで上司に責任が生じると判断されたことは、注目に値します。

 予想外に重たい責任を負わされることにもなりかねないため、上司の立場にある方は、部下から問題行為の報告を受けた場合、報復を招かないよう、その情報の処理に細心の注意を払う必要があります。

 

「誰にも言わない」と言って部下から聞いた事実を漏らした上司の責任

1.内々の相談

 会社に勤めて一定の年次になると、部下や後輩から相談を持ち掛けられるようになります。この時、誰にも言わないでくれと頼まれて相談を受けたり、逆に、誰にも言わないと約束したうえで情報を得たりすることは、少なくないのではないかと思います。

 それでは、このようにして得た情報を第三者に漏らしてしまった場合、上司が部下から責任を追及されることはあるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.3.23労働判例1244-15 ソニー生命保険ほか事件です。

2.ソニー生命保険ほか事件

 本件で被告になったのは、

生命保険業等を目的とする株式会社(被告会社)

被告会社に雇用されている原告の同僚(被告Y1)

原告が勤務していた被告会社の東京中央ライフプランナーセンター第3支社(旧第3支社)の支社長(被告Y2)

の三名です。

 原告になったのは、第3支社でライフプランナーとして働いていた方です。

 平成28年夏から秋頃、原告は、職場のDライフプランナーの個人秘書であるF氏(F秘書)がテレアポの際に社内規定に反して顧客に対する保険商品の説明等をしていることを発見しました(本件テレアポ問題)。

 原告はこれを旧第3支社長であった被告Y2に本件テレアポ問題が発生していることを伝え、適切な対応を求めました。

 これを受けた被告Y2は、その後、三回に渡って、原告との面談を重ねました。

 その中で、被告Y2は、「このことはまだ一切誰にも言いません。」と発言していました。しかし、被告Y2は、Dライフプランナーに対し、「原告からF秘書の話法を録音していると聞かされているけど、問題はないですか。」などと述べ、本件テレアポ問題に関して、事実関係の確認を行いました(ただし、原告が被告Y2との面談で「F秘書の話法を録音している」と述べた事実はありませんでした)。

 その後、職場の同僚から嫌がらせを受けるようになった原告は、

「原告が、本件面談の際、被告Y2に対し、本件テレアポ問題に関して、F秘書のテレアポの様子を録音したなどと述べたことはなかったにもかかわらず、被告Y2は、平成29年3月上旬頃から同月21日までの間、Dライフプランナーや被告Y1に対して、原告からの本件相談事項を明らかにした上で、原告がF秘書のテレアポの様子を録音し、それを所持しているなどと誤った情報(以下、被告Y2が伝達したかかる情報を「本件情報」という。)を伝達した。」

「被告Y2の上記行為は、原告に関する虚偽の情報を流布するものであり、また、本件面談が内部通報に該当することにも照らせば、通報者である原告の氏名等を職場内に漏えいさせるものであって、公益通報者保護法に関する民間事業者向けガイドラインにも反するものであるから、原告の名誉を毀損し、又は秘密保持義務に違反するものであって、被告Y2は、原告に対して、不法行為責任を負う。」

「本件相談事項が内部通報に該当しないものであっても、被告Y2は、本件面談の際、原告に対し、『このことはまだ一切誰にも言いません。』などと言ったのであって、かかる内容を開示するにあたっては、原告の同意を得る必要があり、また、その内容に照らしても、Dライフプランナーらに伝達することは、同人らをして、原告に対する報復等を引き起こす可能性があったのであるから、これらの可能性を予見すべき義務があった。にもかかわらず、被告Y2は、原告から同意を得ることなく、Dライフプランナーらに、本件情報を伝達したのであって、被告Y2の行為は、安全配慮義務(情報秘匿義務)に違反するものである。」

などと主張し、被告Y2に損害賠償を請求しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示し、被告Y2の責任を認めました。

(裁判所の判断)

「本件情報の伝達は、原告がF秘書の話法を録音していることを前提とするものであり、その内容に照らしても、原告が、F秘書の承諾を得ずに、その話法を録音したことを意味するものである。そして、原告がF秘書の話法を無断で録音するというのは、F秘書のプライバシー等を侵害するおそれがあるものであるから、F秘書の話法の違法性の有無に関わらず、原告の名誉を低下させるものというべきであって、被告Y2が、原告に対し、平成29年3月9日の本件面談の際に、『このことは、一切誰にも言いません。』・・・と述べていること等にも照らすと、かかる点について、Dライフプランナーや被告Y1らに対して、虚偽の本件情報を伝達したことは、被告Y2をして、少なくとも過失があったと評価せざるを得ず、不法行為に該当するものと評価するのが相当である・・・。

「この点に関し、被告Y2は、①被告Y2は、本件面談の際に、原告からテレアポの録音をしていると聞いたとの認識であり、被告Y2に過失はなく、不法行為責任は成立しない、②被告Y2は、原告に対し、Dライフプランナーらに対して、本件相談事項等を伝えない旨の約束をしたことはないなどと主張する。まず、①に関しては、本件面談のやりとりについては、上記反訳書のとおりであって、その内容を踏まえると、被告Y2がそのような認識を有するにつき、相当な理由があったとの事情はうかがえず、被告提出の陳述書等を踏まえても、上記判断を覆すに足りない。次に、②に関しては、確かに、被告Y2が、このことは一切誰にも言いませんと述べたことが、何を対象としているのかは、一義的に明らかとまでは言い難いものの、少なくとも、同被告Y2の発言を聞いた原告をして、本件相談事項については、慎重な取扱いがされるとの期待を抱くことについては相応の理由がある。また、被告Y2が、Dライフプランナーらに対して、本件テレアポ問題の有無を確認するにあたって、その根拠となる本件情報を伝えるかどうかは、その内容がF秘書のプライバシー等にもかかわる問題であり、原告が盗聴、秘密録音をしたことを意味することにも鑑みると、本件情報の真偽の確認も含めて、慎重な判断が必要であったというべきであり、本件情報について、虚偽の内容を伝達したことは、過失による不法行為に該当すると評価せざるを得ず、この点に関する被告Y2の主張は採用することはできない。」

3.真実に反する名誉毀損的言動だからか、約束を破ったからか?

 被告Y2に不法行為責任を認めた理由が、

真実に反する名誉棄損的言動をしたことによるのか、

「このことは、一切誰にも言いません。」との約束を反故にしたことにあるのか、

その両方が組み合わさっていることにあるのか、

いずれであるのかは判決文からは判然としません。

 しかし、不法行為責任が認められるのか否かの判断にあたり、約束を反故にしたことが重要な考慮要素となっていることは確かだと思います。

 他言しないという部下との約束があったとしても、会社の問題を解決するためであれば情報の活用に躊躇すべきではないという判断も一つの見解だとは思われますが、法的責任という観点からすると、やはり仁義を欠くような情報の取扱いはしない方がよさそうです。

 

早出残業の立証に備えるには

1.早出残業の認定は厳しい

 始業時刻前に出勤して働くことを「早出残業」といいます。このブログでも何度か触れてきましたが、早出残業を労働時間としてカウントしてもらうことは、必ずしも容易ではありません。

 例えば、タイムカードで労働時間が記録されている場合、終業時刻は基本的にはタイムカードの打刻時間によって認定されます。しかし、始業時刻の場合、所定の始業時刻前にタイムカードが打刻されていた場合であっても、打刻時刻から労働時間のカウントを開始してもらうためには、「使用者から明示的には労務の提供を義務付けていない始業時刻前の時間が、使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされ、使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについての具体的な主張・立証が必要」で、「そのような事情が存しないときは、所定の始業時刻をもって労務提供開始時間とするのが相当である。」と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕68頁参照)。

 近時公刊された判例集にも、早出残業の立証のハードルを越えられなかった事案が掲載されていました。昨日もご紹介した、静岡地沼津支判令2.2.25労働判例1244-94 山崎工業事件です。

2.山崎工業事件

 本件で被告になったのは、金属熱処理及び鋳物製造並びにその加工などを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、被告の運営する鋳物工場で鋳物仕上げなどの業務に従事する工員として就労していた方です。同僚を危険に晒す行為に及んだことを理由に解雇されたことを受け、その効力を争って地位確認等を求めるとともに、未払時間外勤務手当の支払いを請求する訴訟を提起しました。

 ここで未払時間外勤務手当を請求する理由になったのが早出残業です。

 原告はタイムカードの打刻時間を根拠として、早出残業(概ね、午前5時30分頃から始業時刻である午前8時00分までの労働)についての時間外勤務手当の支払いを求めました。

 これに対し、被告は、

「そもそも、被告は、原告に毎日早出残業させるほどの業務を請け負っておらず、早出残業の必要はなかった。むしろ、原告は、朝の通勤時間帯の渋滞を回避するために早く自宅を出て、始業時刻までカメラを触ったり、釣竿を触ったり、プラモデルを作成したりという自らの趣味のための時間を過ごしていたものである。」

などと主張し、早出残業の労働時間性を争いました。

 裁判所は、次のとおり判示し、早出残業の労働時間性を否定しました。

(裁判所の判断)

「労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであり、使用者の指揮命令下にあるか否かについては、労働者が使用者の明示又は黙示の指示によりその業務に従事しているといえるかどうかによって判断されるべきである。そして、終業時刻後のいわゆる居残残業と異なり、始業時刻前のいわゆる早出残業については、通勤時の交通事情等から遅刻しないように早めに出社する場合や、生活パターン等から早く起床し、自宅ではやることがないために早く出社する場合などの労働者側の事情により、特に業務上の必要性がないにもかかわらず早出出勤することも一般的にまま見られるところであることから、早出出勤については、業務上の必要性があったのかについて具体的に検討されるべきである。

「そこで検討すると、被告の始業時刻は午前8時であるところ・・・、原告はそれより約2時間半も早い午前5時30分前後に出社していた旨主張するが、そもそも、被告は、時間外労働は、やむを得ない場合に限り、課長又は班長から指示した者に行わせるという社内ルールを設け、かかる指示によって時間外労働を行ったことは、鏨日報に作業内容や作業時間を記入することで管理することとしていたこと・・・、午前7時30分より前の工場内の点灯を原則禁止していたこと・・・などが認められ、これらの事実に照らせば、原告が始業時刻より約2時間半も早く出社する必要性があったとは認められない。」

「原告は、早出残業として① 用具の修理、② 鋳造工場内の壁の塗装、③ 工具棚の製作、④ タッチアンドコールに関する書類の作成、⑤ ラジオ体操、⑥ 朝礼への出席という業務に従事し、これらの業務の合間に、⑦ 他の従業員や取引業者からの連絡にも対応していた旨主張し、これに沿う陳述・・・ないし供述・・・をするが、原告自身、被告からこれらの業務を早出残業して行うよう指示されてはいない旨自認する供述・・・をしているほか、被告代表者や原告の同僚であったCが、原告は、朝の通勤時間帯の渋滞を回避するために早く自宅を出て、始業時刻までカメラを触ったり、釣竿を触ったり、プラモデルを作成したりしていたこと、① 用具の修理、② 鋳造工場内の壁の塗装、③ 工具棚の製作及び④ タッチアンドコールに関する書類の作成は、いずれも所定労働時間内に行っていたこと、⑤ ラジオ体操及び⑥ 朝礼には出席していなかったことなどを陳述・・・ないし供述・・・していることを併せ考えれば、原告が、被告の指示又は業務上の必要性から、始業時刻である午前8時より前に出社し、労務を提供していたとは認められない(なお、原告の元同僚らが、原告が始業時刻より前に出社し、用具の修理、壁の塗装、工具棚の製作を行っていた旨述べる録音データ・・・が存在するものの、これらは当法廷における反対尋問を経たものでなく、直ちに信用できるものではない上に、原告や元同僚らの供述する作業内容や作業時間を前提としても、これらの作業を毎日午前5時30分前後から出社して行うべき必要性があったとは到底認められない。その他、これらの作業が、いつあるいはどのくらいの頻度で、どの程度の時間を要するものかを認めるに足りる的確な証拠は認められないから、この点についての労務の提供の立証があるともいえない。)。」

「なお、被告は、午前7時50分からの⑤ ラジオ体操及び午前7時55分からの⑥ 朝礼については、従業員に参加を推奨していたことが認められるが・・・、原告代表者やCが、原告がラジオ体操や朝礼に参加していなかった旨の陳述ないし供述をしていることは既に述べたとおりである上に、原告自身、これらに出席しなかったことがある旨自認する供述・・・ことにも照らせば、当該時間は、これを被告の指揮命令下に置かれた労務の提供時間であると評価することはできない。仮にこれを労務の提供時間であると評価し得るとしても、原告が、いつあるいはどのくらいの頻度でラジオ体操や朝礼に出席していたかを認めるに足りる的確な証拠はないから、この点において労務の提供の立証があるとはいえない。」

「さらに、被告が、被告の指示により原告を早出出勤させたときには残業代を支払っており、その金額が合計49万7618円に及んでいること(当事者間に争いがない)、被告においては、給与額の確定前に、従業員が被告の算定した残業時間を確認し、誤りがあれば、その修正を申し入れることができるにもかかわらず、原告はその修正を申し入れていないこと・・・、被告は、原告から相談を受けた労働基準監督署から調査を受けたものの、原告の早出出勤分の残業代を支払うよう指導を受けてはいないこと・・・なども併せ考えれば、原告が残業代を請求している早出出勤については、労働時間に該当すると認めるに足りる証拠はないものといわざるを得ず、原告の請求は認められない。」

3.特段、注意・指導された形跡もなさそうであるが・・・

 判決では原告が早出残業をしないように注意・指導されていたことは特に指摘されていません。また、原告が働いていたことを裏付ける証拠として、元同僚らの供述の録音データがあったようです。

 これだけの事実や証拠が揃っていれば、感覚的には早出残業に労働時間性が認められても、それほどおかしくはなさそうに思われます。

 しかし、裁判所は、早出残業の労働時間性を否定しました。

 やはり、早出残業の認定は厳しく、これを理由に時間外勤務手当を請求するためには、早出をする必要性や、早出して具体的に何をしていたのかの記録化などが必要になりそうです。

 本件は、早出残業の立証のハードルの高さを知るうえでも、参考になります。

 

服務規律違反を理由とする普通解雇と弁明の機会付与

1.弁明の機会付与の位置付け

 懲戒解雇は、企業秩序の違反に対して使用者によって課せられる一種の制裁罰として、使用者が有する懲戒権の発動によりり行われるものであり、普通解雇とは有効要件が異なっています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働菅家訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕387頁参照)。

 懲戒過去にあたっては、弁明の機会付与に一定の意味が与えられることが少なくありません。「就業規則や労働協約上、懲戒過去に先立ち、・・・労働者の弁明の機会付与が要求されているときは、これを欠く懲戒解雇を無効とする裁判例が多い」とされていますし、「就業規則等において労働者に対する弁明の機会を付与することが要求されていない場合にも、労働者に対する弁明の機会を与えることが要請され、この手続を欠く場合には、ささいな手続上の瑕疵があるにすぎないとされる場合を除き、懲戒権の濫用となるとする見解もあり・・・、同旨の裁判例も存在」します(前掲『労働関係訴訟の実務Ⅱ』391頁参照)。

 これに対し、普通解雇の場面では、弁明の機会付与を解雇の有効要件・考慮要素として明示的に位置付けている見解は、あまり目にすることがありません。

 例えば、前掲『労働関係訴訟の実務Ⅱ』396頁は、規律違反行為を理由とする普通解雇の有効性について「その態様、程度や回数、改善の余地の有無等から、労働契約の継続が困難な状態となっているかにより、解雇の有効性を判断することになる。」「暴行等については、企業秩序や使用者に与える損害が明白であるため、1回限りの行為であっても、その重大性によっては、教育・指導による改善の機会を与える余地なく、解雇有効とされる場合がある。」と記述しています。ここには弁明の機会付与が考慮要素になることについて、明示的な言及はありません。

 しかし、規律違反行為を理由とする普通解雇は、社会的な現象として懲戒解雇と類似した構造を持っています。法的性質が異なるからといって、弁明の機会を付与することなく、普通解雇権を行使することは許されるのでしょうか? 普通解雇であるとしても、殊、規律違反行為を理由とする場合には、弁明の機会付与を行うことが必要にならないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。静岡地沼津支判令2.2.25労働判例1244-94 山崎工業事件です。

2.山崎工業事件

 本件で被告になったのは、金属熱処理及び鋳物製造並びにその加工などを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、被告の運営する鋳物工場で鋳物仕上げなどの業務に従事する工員として就労していた方です。

 平成28年8月31日に次のような事故が発生しました。

「被告の従業員であったB(以下、単に『B』という。)が、平成28年8月31日、被告の運営する鋳造工場において、ウォールコラム(横幅約50センチメートル、高さ約1メートルの製品)の上に乗り、しゃがんだ姿勢で高周波グラインダー(ドイツ・ボッシュ社製の重さ約4.2キログラムのグラインダーであり、その形状は別添写真のとおりである。以下『本件グラインダー』という。)を用いて研削作業をしていたところ、本件グラインダーの砥石が回転中であったにもかかわらず、原告が、Bの右横から近づき、その身体に接触したため、Bが、驚いて本件グラインダーを落としてしまう事故(以下『本件事故②』という。)が発生した。」

 この事故について、被告会社は、

「本件事故②は、原告が、本件グラインダーでウォールコラムのイヌキ穴を研削する作業をしていたBをその右横から両手で押し、Bが、不意のことに驚いて本件グラインダーから手を離し、しりもちをつき、本件グラインダーが、その砥石が高速で回転したままイヌキ穴の中に落ちたというものであったと認定した。Bは、ウォールコラム(横幅約50センチメートル、高さ約1メートルの製品)の上で作業をしており、何らかの力を加えれば容易にバランスを崩してしまう状況であったところ、本件グラインダーが、そのパワーや大きさから、地面に落としても回転が止まらず、かえって、地面や製品に衝突して跳ね返って暴れ回る性質のものであったことを考えると、Bがバランスを崩してしまった場合には、死に直結する事故となる可能性が相当高い状況であった。」

「被告は、本件グラインダーによる事故を生じないよう普段から点検、指導を徹底していたが、それにもかかわらず、原告は、故意に本件事故②を生じさせた。仮に故意ではないとしても、本件事故②のような死に直結する事故を過失、あるいは無意識で生じさせてしまう原告の危機意識の低さは、被告において就労する適格を著しく欠くものといわざるを得ない。」

との認識のもと、原告を普通解雇しました。

 これに対し、原告は、

「本件解雇は、原告に事情聴取や弁明の機会を付与していないから、無効である。」

「この事情聴取や弁明の機会の付与とは、解雇事由に関する事項に関し、疑問点等につき釈明させる機会を与えることを意味する。したがって、使用者は、釈明可能な事項につき、釈明のために必要な資料や疑問の根拠を説明し、必要のあるときはその資料を開示し、あるいは釈明のための調査する時間を与えるべきである。また、解雇事由が職務に関する不正、特に犯罪事実に係るときは、その嫌疑をかけられているというだけで、心理的に動揺し、また解雇のおそれを感じることから、心理的圧迫を与える場所や言動をしない配慮が必要である。」

「しかしながら、被告は、平成28年9月13日及び同年10月7日の2回にわたり、原告のヒアリングを実施したものの、いずれも原告に被告の認定した事実を認めさせようとするやり取りに終始し、原告に事情聴取や弁明の機会を付与したと評価し得るものではなかった。」

などと主張し、弁明の機会が付与されていないことを問題視しました。

 裁判所は結論として本件普通解雇を有効だと判断しましたが、弁明の機会付与について、次のように判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告から事情聴取や弁明の機会を与えられなかった旨主張するところ、被解雇者に対する事情聴取や弁明の機会の付与は、普通解雇の手続的要件とはされていないものの、これが被解雇者に与える重大な影響を踏まえて、解雇の社会的相当性の判断の一要素として考慮することはあり得ると解される。もっとも、被告が原告、B及びCに対して複数回のヒアリングを実施したことは既に認定、判断したとおりであって・・・、その他、本件全証拠を精査しても、その態様が原告主張のような原告に被告の認定した事実を認めさせるようなやり取りに終始するものであったことを裏付ける的確な証拠もないことも照らせば、原告の主張を採用することはできない。」

3.普通解雇の場合でも弁明の機会付与が考慮要素になることはあり得る

 本件は解雇有効の事案ではありますが、裁判所が弁明の機会付与を解雇の社会的相当性の判断の一要素になる可能性を認めている点は、重要な指摘だと思います。

 服務規律違反を理由とする普通解雇の局面において、被解雇者の言い分を聴取しないまま、かなり雑な事実認定が行われているケースは少なくありません。そうした事案で、使用者の事実認定自体を争うとともに、弁明の機会付与の欠缺を指摘することができれば、より主張に厚味を持たせることができるのではないかと思います。そうした主張を展開するにあたり、本裁判例は先例として活用できる可能性があるように思われます。

 

変形労働時間制が無効とされた場合の残業代計算-休日の認定はどうするか?

1.1か月単位の変形労働時間制

 1か月単位の変形労働時間制とは、1か月以内の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間以内となるように、労働日および労働日ごとの労働時間を設定することにより、労働時間が特定の日に8時間を超えたり、特定の週に40時間を超えたりすることが可能になる制度をいいます。

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/dl/140811-2.pdf

 法文上の根拠は、労働基準法32条の2にあり、同条は、

 「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」

と規定しています。

 この仕組みを採用するにあたっては、「変形期間における各日、各週の労働時間」を、就業規則その他により「具体的に定めることを要」するとされています(昭和63・1・1基発第1号)。労働日や労働時間が個々の日毎に設定される結果、変形労働時間制のもとでは、休日が、ある週では土曜日と日曜日に、別の週では水曜日と木曜日に、また別の週では金曜日だけといったように、不規則に散在することがあります。

 変形労働時間制が有効である限り、休日が不規則でも大した問題にはなりません。しかし、休日が不規則に散在していると、変形労働時間制が無効とされた時に、残業代(時間外勤務手当等)をどうやって計算するのかといった悩みが生じることになります。

 例えば、単純なところでは、法定休日の問題があります。法定休日に労働させると割増率は3割5分になりますが、法定外休日だと割増率は2割5分に留まります(労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令参照)。休日が不規則に変動していると、何時を法定休日と認定すればよいのかという問題が発生します。例えば、金曜日だけが休日として指定されていた場合、金曜日を法定休日と扱うのか、金曜日を法定外休日としたうえで日曜日を法定休日として扱うのかで、日曜日の労働の割増率が変わってきます。

 それでは、変形労働時間制が無効とされた場合、残業代(時間外勤務手当等)を計算するにあたり、休日はどのように認定されるのでしょうか? 一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、福井地判令3.3.10労働判例ジャーナルNo.112-54 オーイング事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判示を残しています。

2.オーイング事件

 本件で被告になったのは、警備保障業務等を主な目的とする株式会社です。本件当時、原子力発電所である高浜発電所の警備を行っていました。

 原告になったのは、被告との間で警備業務職として雇用契約を締結した方々です。本件当時、高浜発電所において、周辺呼出警察隊の警備員として勤務していました。被告では勤務ダイヤ制・勤務シフト制のもとでの1か月単位の変形労働時間制が採用されていたところ、これが違法無効であるとして、時間外勤務手当等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 被告の就業規則には、各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法が定められていなかっため、裁判所は、変形労働時間制を無効だと判断しました。そのうえで、休日について、次のような考え方を示しました。

(裁判所の判断)

「なお、現業部門における休日の定めが就業規則35条〔2〕にあるが、法定の要件を満たさず、変形週休制は採用できない。そして、被告の就業規則から現業部門の休日については、その定め及び参考となる定めがない以上、社会において、週休2日制で、日曜日を法定休日とし、土曜日を法定外休日とすることが多いことから、原告らと被告との間には、日曜日をもって法定休日とし、土曜日をもって法定外休日とする黙示の定めがあったものと解するのが相当である。

3.「黙示の定め」方式での休日の認定

 上述のとおり、裁判所は、日曜日を法定休日とし、土曜日を法定外休日とする「黙示の定め」なるものがあったと認定しました。

 変形労働時間制を有効だと思っている使用者が、そのような定めを意識するとは考えられにくいように思われます。しかし、現実問題、残業代(時間外勤務手当等)を計算するためには法定休日・法定外休日を認定する必要があります。そうした必要から生じた擬制的な構成が、この日曜日を法定休日とし、土曜日を法定外休日とする手法なのだと思われます。

 理屈から素直に導かれる判断ではないため、この判示部分も、記憶しておいて損はないように思われます。

 

1か月単位の変形労働時間制が無効とされるパターン-勤務割の作成手続・周知方法等の欠缺

1.1か月単位の変形労働時間制

 1か月単位の変形労働時間制とは、1か月以内の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間以内となるように、労働日および労働日ごとの労働時間を設定することにより、労働時間が特定の日に8時間を超えたり、特定の週に40時間を超えたりすることが可能になる制度をいいます。

https://jsite.mhlw.go.jp/hyogo-roudoukyoku/content/contents/000597825.pdf

 法文上の根拠は、労働基準法32条の2にあり、同条は、

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」

と規定しています。

 そして、「変形期間における各日、各週の労働時間」は、就業規則その他により「具体的に定めることを要し、・・・使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しない」と解されています(昭和63・1・1基発第1号)。

 しかし、これは必ずしも就業規則によって、各人毎の各日・各週の労働時間が明定することまで求める趣旨ではありません。業務の実体から月毎に勤務割(勤務ダイヤ・勤務シフト)を作成する必要がある場合には、就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法を定めておき、それにしたがって各人の勤務割を、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りると理解されています(昭和63・3・14基発第150号)。実務的にも、勤務ダイヤ制・勤務シフト制のもとで1か月単位の変形労働時間制が運用されているケースは少なくありません。

 しかし、法文上、週と日において労働時間を特定することしか求められていないためか、就業規則で勤務割表の作成手続や周知方法を定めないまま、勤務ダイヤ制・勤務シフト制のもとで1か月単位の変形労働時間制が運用されている事例を目にすることがあります。昨日ご紹介した、福井地判令3.3.10労働判例ジャーナルNo.112-54 オーイング事件も、そうした事例の一つです。

2.オーイング事件

 本件で被告になったのは、警備保障業務等を主な目的とする株式会社です。本件当時、原子力発電所である高浜発電所の警備を行っていました。

 原告になったのは、被告との間で警備業務職として雇用契約を締結した方々です。本件当時、高浜発電所において、周辺呼出警察隊の警備員として勤務していました。被告では勤務ダイヤ制・勤務シフト制のもとでの1か月単位の変形労働時間制が採用されていたところ、これが違法無効であるとして、時間外勤務手当等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 被告の就業規則には、各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法が定められていなかっため、裁判所は、次のとおり判示し、変形労働時間制の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「前提事実によれば、被告の就業規則32条1項〔2〕には、現業部門(同就業規則2条2項〔2〕により、警備業務職は、現業部門とされている。)においては、毎月16日を起算日とする1か月単位の変形労働時間制とし、変形期間を平均して1週当たり40時間を超えない範囲とする、勤務時間は毎月の起算日の1週間前までに現場ごとに定めるとされている。」

就業規則により1か月単位の変形労働時間制を採用するには、就業規則において、変形期間の各日、各週の労働時間を具体的に定める必要があるところ、業務の実態から、月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法等を定めておき、それに従って各日の勤務割を変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りるものとされる。

しかし、前記被告の就業規則・・・においては、変形労働時間制における各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法がいずれも定められていない。

以上によれば、被告が採用する変形労働時間制は、労基法32条の2第1項の『特定された週』又は『特定された日』の要件を充足していないから、1か月単位の変形労働時間制が原告らに適用されるとする被告の主張は採用することができない。

3.知っていれば比較的簡単に崩れる

 勤務割表の作成手続や周知方法等の定めが必要であることは、条文の字面からは分かりにくいため、通達の存在を知らなければ、これらの定めを欠く変形労働時間制が無効であることに気付くのは容易ではありません。半面、知識として知っていれば、変形労働時間制が無効であることには比較的簡単に気付くことができます。この問題は、相談担当弁護士にきちんとした労働法の知識があるのかどうかによって、回答が真逆になり得ます。

 変形労働時間制のもとでは歪な就労形態がとられがちです。そのため、変形労働時間制の効力を否定できる事案は、残業代(時間外勤務手当等)の金額が跳ね上がりやすい傾向にあります。

 変形労働時間制の効力に疑義を感じたら、一度、労働法に詳しい弁護士のもとに相談に行ってみると良いと思います。もちろん、当事務所で、ご相談をお受けさせて頂くことも可能です。

 

「休憩時間」が労働時間であるとされた例

1.労働時間か否かは「客観的」に定まる。

 労働時間とは、

「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」

と理解されています(最一小判平12.3.9労働判例778-11三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件等参照)。

 ここでいう「客観的に定まる」ということの意味は、後段にも書かれているとおり、労使間の合意で主観的に「労働時間ではない」と合意していたとしても、そんなものは何の意味もないということです。つまり、労使間で特定の時間を「休憩時間」として合意していたとしても、その時間に労働者が客観的に使用者の指揮命令下に置かれていたといえるのであれば、「休憩時間」は労働時間としてカウントされます。

 そのため、時間外勤務手当等(残業代)を請求する場面では、しばしば「休憩時間」の労働時間性が争われています。比較的ありがちな事例としては、休憩時間中の来客当番を挙げることができます。休憩事案中に来客当番として待機させれば、それは労働時間としてカウントされることになります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕164頁参照)。

 近時公刊された判例集にも、「休憩時間」を労働時間であると判示した裁判例が掲載されていました。福井地判令3.3.10労働判例ジャーナルNo.112-54 オーイング事件です。

2.オーイング事件

 本件で被告になったのは、警備保障業務等を主な目的とする株式会社です。本件当時、原子力発電所である高浜発電所の警備を行っていました。

 原告になったのは、被告との間で警備業務職として雇用契約を締結した方々です。本件当時、高浜発電所において、周辺呼出警察隊の警備員として勤務していました。原告らが従事していた職務は、次のとおり認定されています。

「原告らは、周辺・呼出警備隊に警備員として所属していた。周辺・呼出警備隊の業務の内容としては、呼出業務、周辺巡回業務等がある。呼出業務は、構内で作業を行っている各種企業からの要請や連絡を受けた場合に、人物や車両等の入門許可書等を確認しながら構内要所のゲートを開閉する業務であり、各種企業からの要請時間は、事前に決定しておらず、必要に応じ、PHSを介して企業からの連絡を受けた場合に、その都度対応していた。周辺巡回業務は、1周を約2時間で巡視して、1周後に、呼出業務が多忙な場合は呼出業務の応援等を行っており、呼出業務が重なり、呼出警備員だけでは対応できないときは、呼出業務の人員以外の者がゲートの開閉業務に当たることもあった。また、不審者等を見張る1人配置の場所もあった。」

 本件の原告らは複数の論点を提示しましたが、その中の一つに、休憩時間中の賃金を支払えというものがありました。より具体的に言うと、原告らは、

「被告において日勤の昼の休憩時間は1時間とされていたところ、原告らのいずれも、時間をずらして15分程度、食事を取ることは認められていたが、その余の45分間は発電所構内からの外出はできず、待機場所である詰所に常駐して待機するよう指示されており、休憩時間であっても、業務命令が出ればそれに従わなければならず、業務命令に対応するためにPHSを携帯させられていた。なお、休憩時間中に業務命令が出た場合に埋め合わせの休憩は与えられなかった。」

「休憩時間中の対応の頻度としては、各業者から呼び出されたときの対応がほぼ毎日あり、事前に連絡のない来訪者への対応も平均して週に1回程度はあった。突発的業務が入った場合には昼食が食べられないことも珍しくなく、概ね1か月に一度程度はあった。」

「また、夜勤時においても、昼と同様に、常にPHSを携帯し、緊急時には対応が求められていた。」

「したがって、日勤夜勤の各1時間の休憩時間は、実質的には存在せず、休憩時間といえども被告の指揮監督下に置かれていたのであるから、休憩時間とされている時間も労働時間にあたるというべきである。」

と主張し、休憩時間分の賃金を支払えと請求しました。

 これに対し、被告は、

「突発的な業務が休憩中に発生しても、適宜、『休憩グループ』と『待機グループ』のローテーションで昼休憩がとれる体制になっており、待機が命じられてはいない。」

などと主張し、休憩時間の労働時間性を争いました。被告の主張を裏付けるものとして、本件では次のようなローテーション表があったとされています。

「専任隊長室の掲示板には、高浜発電所警備の1日のタイムスケジュールという表題の紙(以下『ローテーション表』という。)が貼られていた。このローテーション表には、周辺警備の者について、日勤と夜勤それぞれにおいてA、B、Cグループがあり、日勤については、午前11時、午後0時、午後1時から1時間ずつ休憩をグループ毎に分けて取得することが記載されていた。また、それらの休憩時間以外にも、各グループ30分の休憩を2回取得することが記載されていた。夜勤についても同様に、各グループ1時間の休憩を分けて取得するとともに、30分の休憩を2回に分けて取得するということが記載されていた。」

 しかし、裁判所は、昼休憩の実体を、

「警備員が昼食を取る時間については、その日の日勤夜勤における専任隊長の部下の隊長が、業務の繁忙度等を考えて、警備員に指示していた。」

「原告らには、午前11時から午後1時頃の昼の休憩時間とされている60分間において、昼食を取るための時間が約15分程度、長くて30分程度があり、その間は弁当を食べたり食堂や売店に行くこともできたが、それ以外の時間は、トイレに行くことや喫煙する以外は、基本的に詰所で待機していた。詰所での待機時間においては、本を読んだり、原告らの個人の携帯電話を使ったり、雑談等をしていた。ただ、原告毎に頻度は異なるが、待機時間中に、昼食を食べていない者との業務の交代(ほかの配置の者との交代、1人しか配置されていない場所の者との交代等)をしたり、被告から貸与されたPHSに連絡が来て、ゲートの開閉や不審車両の確認等を行うこともあった。全員に必要な休憩時間を確保するために、PHSに連絡してよい従業員と連絡しない従業員を分けるなどのルールはなかった。そして、昼食を食べていない者等の交代をし終えた後は、午後1時を過ぎることが多く、高浜発電所に出入りする業者も午後1時から業務を開始するので、代替の休憩時間を取ることができないこともあった。また、原告によっては、昼食を取っている最中に、ゲート開閉等の業務に駆り出されることがあった。」

と認定したうえ、次のとおり述べて、休憩時間の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

・昼の60分間の休憩時間について

「前記認定事実・・・によれば、被告作成に係るローテーション表は存在していたが、原告らが、昼食を取った後の時間において、全員の昼食を取る時間を確保するために、他の警備員と交代していたことも少なくなく、他の者の昼食のため交代した後は、午後1時を過ぎることが多く、代替の休憩が取れない場合もあったこと、一定の時間帯において、PHSに連絡してよい従業員とそうでない従業員を分けておらず、食事中にPHSに連絡が入りゲートの開閉等の業務に当たる従業員もいて、昼食を取れない場合もあったことが認められる。また、各警備員の指揮・監督等をしているa専任隊長が、自分の部屋に貼られているローテーション表どおりに、各警備員が休憩時間を取っているかを把握していないこと・・・からすれば、昼の60分の休憩を確保するという意味においてローテーションは機能していなかったといえる。

そうすると、原告らは、昼の60分の休憩時間全体において、ゲートの開閉等の業務について、直ちに対応することが義務付けられており、労働からの解放が保障されているとはいえず、原告らは、被告の指揮命令下に置かれていたといえる。したがって、昼の60分の休憩時間とされた時間は、労基法上の労働時間に該当するものと認めるのが相当である。

「これに対し、被告は、適宜ローテーションにより、交代で実質1時間の昼休憩をとれる体制になっていたのであって、昼の60分間の休憩時間は労働時間に該当しないと主張している(なお、原告は、被告の休憩時間における具体的な事実の主張について、時機に後れた攻撃防御方法として民訴法157条1項に基づき却下されるべきである旨主張するが、上記主張により訴訟の完結を遅延させたと認めることはできないから、同主張は採用しない。)。」

「しかし、上記のとおり、形式的にはローテーション表を備えていたとしても、ローテーションが機能せず、実質的に休憩時間が確保できるような体制が整っていなかったものである以上、同主張は採用できない。」

・夜勤の60分間の休憩時間について

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告らは夜勤時においてもPHSを携帯していたことが認められる。」

「これに加え、上記検討のとおり、昼の60分間の休憩時間についてローテーションが機能していなかったことからすれば、夜勤の60分間の休憩時間についても、ローテーションが機能していなかったことが推認され、それに反する事情がないことからすると、夜勤の60分間の休憩時間において、原告らは、労働からの解放が保障されているとはいえず、原告らは被告の指揮命令下に置かれていたといえる。したがって、日勤の昼の60分の休憩時間のほか、夜勤の60分の休憩時間についても、労基法上の労働時間に該当すると認めるのが相当である。」

3.休憩時間の労働時間性

 休憩時間の労働時間性は、個人的な実務経験の範囲内で言うと、割と良く争点になります。なしくずし的に、休み時間中の断続的な来客対応をやってしまっていて、これを労働者が黙認・放置してしまう場合が多いからであるように思われます。

 事業者の中には、こうした来客対応について、ローテーションで対応するように対策を打っている方も散見されます。

 しかし、機能していなければ、事業者の側でいくらローテーション表を整備していたとしても、休憩時間の労働時間性を否定することはできません。

 ローテーションの機能不全を理由に休憩時間の労働時間性を認定した事案として、本件は同種事案の処理に参考になります。