弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

1か月単位の変形労働時間制が無効とされるパターン-勤務割の作成手続・周知方法等の欠缺

1.1か月単位の変形労働時間制

 1か月単位の変形労働時間制とは、1か月以内の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間以内となるように、労働日および労働日ごとの労働時間を設定することにより、労働時間が特定の日に8時間を超えたり、特定の週に40時間を超えたりすることが可能になる制度をいいます。

https://jsite.mhlw.go.jp/hyogo-roudoukyoku/content/contents/000597825.pdf

 法文上の根拠は、労働基準法32条の2にあり、同条は、

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」

と規定しています。

 そして、「変形期間における各日、各週の労働時間」は、就業規則その他により「具体的に定めることを要し、・・・使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しない」と解されています(昭和63・1・1基発第1号)。

 しかし、これは必ずしも就業規則によって、各人毎の各日・各週の労働時間が明定することまで求める趣旨ではありません。業務の実体から月毎に勤務割(勤務ダイヤ・勤務シフト)を作成する必要がある場合には、就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法を定めておき、それにしたがって各人の勤務割を、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りると理解されています(昭和63・3・14基発第150号)。実務的にも、勤務ダイヤ制・勤務シフト制のもとで1か月単位の変形労働時間制が運用されているケースは少なくありません。

 しかし、法文上、週と日において労働時間を特定することしか求められていないためか、就業規則で勤務割表の作成手続や周知方法を定めないまま、勤務ダイヤ制・勤務シフト制のもとで1か月単位の変形労働時間制が運用されている事例を目にすることがあります。昨日ご紹介した、福井地判令3.3.10労働判例ジャーナルNo.112-54 オーイング事件も、そうした事例の一つです。

2.オーイング事件

 本件で被告になったのは、警備保障業務等を主な目的とする株式会社です。本件当時、原子力発電所である高浜発電所の警備を行っていました。

 原告になったのは、被告との間で警備業務職として雇用契約を締結した方々です。本件当時、高浜発電所において、周辺呼出警察隊の警備員として勤務していました。被告では勤務ダイヤ制・勤務シフト制のもとでの1か月単位の変形労働時間制が採用されていたところ、これが違法無効であるとして、時間外勤務手当等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 被告の就業規則には、各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法が定められていなかっため、裁判所は、次のとおり判示し、変形労働時間制の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「前提事実によれば、被告の就業規則32条1項〔2〕には、現業部門(同就業規則2条2項〔2〕により、警備業務職は、現業部門とされている。)においては、毎月16日を起算日とする1か月単位の変形労働時間制とし、変形期間を平均して1週当たり40時間を超えない範囲とする、勤務時間は毎月の起算日の1週間前までに現場ごとに定めるとされている。」

就業規則により1か月単位の変形労働時間制を採用するには、就業規則において、変形期間の各日、各週の労働時間を具体的に定める必要があるところ、業務の実態から、月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法等を定めておき、それに従って各日の勤務割を変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りるものとされる。

しかし、前記被告の就業規則・・・においては、変形労働時間制における各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法がいずれも定められていない。

以上によれば、被告が採用する変形労働時間制は、労基法32条の2第1項の『特定された週』又は『特定された日』の要件を充足していないから、1か月単位の変形労働時間制が原告らに適用されるとする被告の主張は採用することができない。

3.知っていれば比較的簡単に崩れる

 勤務割表の作成手続や周知方法等の定めが必要であることは、条文の字面からは分かりにくいため、通達の存在を知らなければ、これらの定めを欠く変形労働時間制が無効であることに気付くのは容易ではありません。半面、知識として知っていれば、変形労働時間制が無効であることには比較的簡単に気付くことができます。この問題は、相談担当弁護士にきちんとした労働法の知識があるのかどうかによって、回答が真逆になり得ます。

 変形労働時間制のもとでは歪な就労形態がとられがちです。そのため、変形労働時間制の効力を否定できる事案は、残業代(時間外勤務手当等)の金額が跳ね上がりやすい傾向にあります。

 変形労働時間制の効力に疑義を感じたら、一度、労働法に詳しい弁護士のもとに相談に行ってみると良いと思います。もちろん、当事務所で、ご相談をお受けさせて頂くことも可能です。