弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワーハラスメントへの該当性と不法行為への該当性

1.パワーハラスメントと不法行為

 厚生労働省で公表された「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」は、パワーハラスメントを、

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」

と定義しています。

職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告 |厚生労働省

 このパワーハラスメントの概念と民法上の不法行為との関係性については、

「パワーハラスメントの概念は、民事上の違法行為の範囲を網羅的に記述するための形成された概念ではなく、その中には刑法の犯罪構成要件に該当しそうなものからマナー違反に近いものまで含む幅広い概念である。」

「そのため、労働者の受けている具体的な問題行為が上記のパワー・ハラスメントの概念に該当するからといって、直ちに不法行為が成立するということはできない。個々の事案において不法行為の要件を充足するかの検討が必要となることには注意が必要である。」

との理解が一般的です(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕511頁参照)。

 そのため、パワーハラスメントを理由に不法行為に基づく損害賠償請求を行う場合でも、労働者側に、加害行為がパワーハラスメントに該当することを主張・立証する意味はありませんでした。

 しかし、こうした関係性が今後とも維持されるのかは、検討を要する問題です。

 令和元年6月5日に女性の職業生活における活躍の推進等に関する法律等の一部を改正する法律が公布され、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法が改正されました。改正労働施策総合推進法は、

「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

とパワーハラスメントの防止を法的な義務へと格上げしました(労働施策総合推進法32条の2第1項)。改正法は令和2年6月1日から施行されています。

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント

 これは公法上の義務であり、不法行為法上の注意義務と直ちに結びつくわけではありません。しかし、そうは言っても、法的義務として取り込まれたことには、パワーハラスメントの概念を不法行為に接近させる可能性があるという見方も成り立つように思います。

 こうした問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、パワーハラスメントへの該当性を不法行為の成立と結びつける判断をした裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した東京地立川支判令2.7.1労働判例1230-5 福生病院企業団(旧福生病院組合)事件です。

2.福生病院企業団(旧福生病院組合)事件

 本件は公立福生病院(本件病院)に勤務していた原告が、本件病院の事務次長であったAからパワーハラスメントを受けたことなどを理由に、本件病院の経営主体(地方自治法上の一部事務組合である被告福生病院企業団)を相手取って損害賠償を請求した事件です。

 この事件で、裁判所は、パワーハラスメントと不法行為の成否について、次のように判示しました。

(裁判所の判断)

「一般に、パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係等の職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいい、この限度に至った行為は、国賠法上も違法と評価すべきである。」

3.不法行為の成立範囲が拡大するか?

 福生病院企業団(旧福生病院組合)事件の裁判所は、パワーハラスメントへの該当性と不法行為法(国家賠償法)上の違法性を結びつける判断をしました。

 従来は、パワーハラスメントに該当するからといって必ずしも不法行為法上の違法性が認められるとは限らなかったことから、加害行為がパワーハラスメントに該当することを主張・立証する意味はありませんでした。

 しかし、本件のような判断枠組のもとでは、パワーハラスメントが不法行為法上の違法行為と同様に理解されることから、加害行為のパワーハラスメントへの該当性を主張・立証することに意義が生じることになります。また、従前、パワーハラスメントには該当するものの、不法行為法上の違法性があるというには足りないとされてきた行為類型について、これを違法とする含みも生じることになります。

 主張・立証の指針を提供する点、違法性が認められる範囲の拡張に繋がる点において、福生病院企業団(旧福生病院組合)事件の判示事項は特徴的であり、後に続く裁判例が現れるかが注目されます。

 

第二東京弁護士会研修「フリーランスの実態、法的規制の現状と実務対応」研修講師を終えて

 12月23日、第二東京弁護士会の会員向け研修「フリーランスの実態、法的規制の現状と実務対応」の研修講師を務めました。

 研修の全体像は次のとおりです。

第1部 フリーランスの実態

 1.統計からみるフリーランスの実態

 2.フリーランスの保護の在り方をめぐる現在の議論状況

 3.厚生労働省受託事業 第二東京弁護士会フリーランス・トラブル110番

第2部 法的規制の現状と実務対応

 1.フリーランスに対する法的規制の全体枠組み

 2.事例検討

 3.発展的課題

 私が部会長を務める労働問題検討委員会・社会保障部会では、一昨年以来、フリーランスをめぐる法的規制の在り方について、調査研究を進めてきました。その発表をする機会を得られたことは、大変嬉しく思っています。

 フリーランスの法律問題を理解・処理するには、独占禁止法、下請法、労働法、民法、商法などの幅広い知識と、公正取引委員会、厚生労働省、内閣官房などで進められている議論を、リアルタイムで追い掛けて行くことが必要になります。そのため、この問題について、専門家向けの研修講師を務められる程度に詳しい弁護士は、比較的限定されるのではないかと思います。

 今回の研修は、私ともう一人の弁護士(宇賀神崇弁護士)で担当しました。極めて優秀な弁護士であり、研修準備のために議論をしていて、数多くの示唆を与えてくれました。研修講師を務めることにより、フリーランスの法律問題については、更に研鑽を深めることができたと思います。

 フリーランスでお困りの方、フリーランスの法律問題について語れる研修講師をお探しの方がおられましたら、ぜひ、お気軽にご連絡頂ければと思います。

 

ハラスメントの慰謝料の二重構造-行為自体の慰謝料と放置行為の慰謝料を区別する必要性

1.ハラスメントの慰謝料

 労働契約法5条は、

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

と規定しています。

 また、労働施策総合推進法30条の2第1項は、

「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

規定しています。

 こうした規定があることから、使用者には、職場環境配慮義務があり、同義務に違反してハラスメント行為を放置することは許されないと理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕270頁参照)。

 そのため、ハラスメントを受けたにもかかわらず、勤務先から適切な保護措置をとってもらえなかった労働者は、理論上、

① ハラスメント行為自体によって生じた精神的苦痛の慰謝料、

② ハラスメント行為を放置されたことによる慰謝料、

の二つの慰謝料を請求することができます。

 この二つの慰謝料は意識的に区別されないことも少なくありませんが、近時公刊された判例集に、明確な振り分けをした裁判例が掲載されていました。

 東京地立川支判令2.7.1労働判例1230-5 福生病院企業団(旧福生病院組合)事件です。

2.福生病院企業団(旧福生病院組合)事件

 本件は公立福生病院(本件病院)に勤務していた原告が、

本件病院の事務次長であったAからパワーハラスメントを受けたこと(①)、

その当時の本件病院の事務長BらがAのパワーハラスメントについて適切な対応を取らなかったこと(②)、

を理由に損害賠償を請求した事件です。

 原告の方は、①、②の慰謝料を意識的に切り分けており、①の慰謝料は国家賠償法に基づいて、②の慰謝料は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づいて請求しました。

 これに対し、裁判所は、Aがパワーハラスメントに及んだことを認めたうえ、次のとおり述べて、被告(福生病院企業団)に対し、①の慰謝料として80万円、②の慰謝料として20万円を支払うよう命じました。

(裁判所の判断)

「A事務次長が原告に対して行った行為は、前記・・・のとおり、『精神障害者』、『生きてる価値なんかない』、『嘘つきと言い訳の塊の人間』、『最低だね。人としてね。』などといった著しい人格否定の言葉を投げつけるほか、時に事務室内の衆人環境や、会議中の他の管理職の面前において、また時に長時間にわたって、合理的理由に乏しい執拗な叱責を一方的に浴びせるものであり、少なくとも4か月にわたってパワーハラスメント行為が繰り返されていることも考慮すると、全体として悪質と評価するほかない。前記・・・のとおり、A事務次長に、原告を精神疾患に陥れる積極的意図までは認められないものの、これら行為の内容、程度に照らし、原告が適応障害に罹患したことは、無理からぬものというべきであって、その精神的苦痛は、重大であったと認められる。その他本件で認められる一切の事情を総合考慮し、A事務次長からパワーハラスメントを受けたことによる原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、80万円が相当であると認められる。

「また、B事務長が、前記・・・のとおり、業務上の指揮監督を行う者として採るべき措置を怠ったことにより、原告の精神的苦痛は増大したものといえ、その他本件で認められる一切の事情を総合考慮し、これによる原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、20万円が相当であると認められる。

3.慰謝料請求は書き分けた方が無難かも知れない

 慰謝料は種々の事情を総合的に勘案して決められます。ハラスメント行為自体の慰謝料を請求するだけでも、金額算定にあたっては使用者側の放置行為が考慮要素となり得るため、結論に差異はなかったかも知れません。

 しかし、慰謝料額の認定過程は明確に言語化されないことも少なくありません。担当裁判官が、①、②の慰謝料を明確に区別する考え方を採用していた場合、①のみを請求するだけでは、②が考慮要素として加味されないまま、慰謝料額が認定される可能性を、排除し切れるわけではありません。

 そう考えると、ハラスメントを問題にする損害賠償実務においては、①、②を意識的に書き分けて請求しておいた方が無難かも知れません。

 

精神的不調を認識する契機-実際には存在しないパワーハラスメント

1.適切な手続によらない欠勤に精神的不調が影響している場合

 無断欠勤などの適切な手続によらない欠勤の背景に、精神的な不調があることは少なくありません。こうした場合、使用者は直ちに欠勤する労働者を懲戒解雇できるわけではありません。

 例えば、最二小判平24.4.27労働判例1055-5 日本ヒューレット・パッカード事件は、

精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である上告人としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば、上告人の就業規則には、必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。

と判示しています。

 このように欠勤の背景に精神的不調があると疑われる場合、使用者は労働者を懲戒解雇するに先立ち、治療の勧告や、休職処分等を検討しなければなりません。

 それでは、使用者側に精神的不調を疑う契機があったと主張する場合、労働者側はどのような事実を指摘すれば良いのでしょうか? 近似公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。大阪高判令2.8.5労働判例ジャーナル105-32 国立大学法人京都大学事件です。

2.国立大学法人京都大学事件

 本件は控訴人(被告)に雇用された被控訴人(原告)が、適切な欠勤の手続によらずに相当日数にわたる欠勤を繰り返したとして懲戒解雇処分を受けた事件です。被控訴人は懲戒解雇の無効を主張し、雇用契約上の地位の確認を求め、控訴人を提訴しました。

 原審が原告の請求を認容したため、被告が控訴したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて控訴を棄却し、懲戒解雇の効力を無効とした原審の判断を維持しました。

(裁判所の判断)

「控訴人が被控訴人にした本件懲戒解雇は、被控訴人の起訴休職期間が終了した平成29年3月4日以降、出勤可能な状態になったにもかかわらず、適切な欠勤の手続によらずに欠勤を続けたことを理由とするものであり、以下その有効性について検討する。」

「被控訴人は、平成29年3月4日以降、図書系および北部事務部によるパワーハラスメントに改善がみられないことを理由として欠勤を続けたものであるが、前記認定事実に照らせば、本件欠勤は、被控訴人の精神的な不調が原因となっているものと認められる。」

「すなわち、前記認定事実に照らせば、被控訴人は、平成27年9月頃から、控訴人の相談担当者に対して、被控訴人が周辺の職員から嫌がらせを受け、仕事のできない人間と扱われて、希望しない農学研究科等学術情報掛に異動させられ、異動後は、周囲の様々な人から悪意をもって見張られている旨を述べ、職場でパワーハラスメント被害を受け続けている旨を訴えていたが、実際には、このような事実が存在したわけではなかった。

「そして、被控訴人は、徐々に精神状態が悪化し、同年10月末頃には、めまい、幻覚、不眠等の明らかな精神症状を呈するに至り、同年11月2日には、休職したい旨を述べ、同月4日には、学生相談課室の精神科医により、『不眠症、妄想的な精神状態、軽度神経学的異』と診断され、このままでは神経過敏状態がますますひどくなる旨を告げられ、大学病院の精神科で診察を受けることを指導されるに至った。その後も、被控訴人は、平成28年4月頃には、窓口業務中に居眠りを繰り返し、同年5月には、通行中の学生に対する暴力事件を起こすに及び、捜査機関によって精神状態に疑問が持たれて精神鑑定が実施されるなどし、同年6月20日以降、起訴休職となり、平成29年2月に被控訴人を有罪とする第一審判決が宣告され、同年3月4日起訴休職が終了した。」

「このように、被控訴人は、平成27年9月頃から平成29年3月頃に至るまで、総じて精神的に不安定な状況にあり、同年3月4日以降、パワーハラスメントが改善されないことを理由として、長期間にわたって欠勤を続け、さらに、同年10月27日開催の人事審査委員会では、控訴人が被控訴人に対するパワーハラスメント行為をなかったことにするために、執拗に精神科を受診させて、被控訴人の幻覚、妄想をでっちあげようとしていたので、身の危険から逃れるためには欠勤をせざるを得ないなどと述べていたのである。このような経緯に照らせば、被控訴人は、根強い被害妄想に捕らわれ、精神的な不調のために、長期間にわたって、欠勤を続けたものというべきである。そして、被控訴人自身には病識がないことからすれば、精神的不調が解消されない限り、引き続き被控訴人が欠勤を続けることが予想される状況にあった。

「以上のとおり、被控訴人は精神的不調のため就労できないのであるから、控訴人としては、被控訴人の精神的不調の程度、症状、原因等を明らかにするために、精神科医への受診を再度勧め、これを拒否する場合には、受診を命ずる(本件就業規則57条2項、3項)などし、その診断結果等に応じて必要な治療を勧めた上で休職等の処分を検討すべきであった。」

「ところが、控訴人は、被控訴人が精神的不調のため就労できないとは認めず、被控訴人が正当な理由なく長期間にわたり就労義務を果たしていないと認め、これが本件就業規則36条1号に規定する『みだりに勤務を欠く』に該当し、48条の2第1号所定の懲戒事由に該当すると判断して本件懲戒解雇にまで踏み切ったものである。この判断は、本件就業規則36条1号、48条の2第1号の解釈適用を誤ったものである。」

「これに対し、控訴人は、そもそも被控訴人には精神的不調などなかったとし、これがあったとしても軽微であったから、容易には認識し得ず、雇用者としてできる措置はすべて採っていた旨を主張する。」

「しかしながら、前記認定の事実経過からすれば、控訴人としては、被控訴人が、実際には存在しない職場のパワーハラスメント被害を述べて、これを理由に欠勤を続けていたことを認識し、被控訴人が何らかの精神的不調のため就労できない状態にあるのではないかと案ずることは十分に可能であったものというべきである。少なくとも、本件では、控訴人が労働者である被控訴人の精神的な健康状態について十分な労務管理をしていたにもかかわらず、被控訴人の精神的不調に気付くことができなかったと認めることができない。

3.実際には存在しないパワーハラスメントの申告

 上述のとおり、裁判所は、実際には存在しないパワーハラスメントの申告行為が行われていたことを指摘したうえ、使用者に労働者の精神的不調を認識する契機があったと判断しました。

 労働施策総合推進法30条の2第3項に基づいて、今年の1月15日、事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(厚生労働省告示第5号)が出されました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 指針上、事業主は、職場におけるパワーハラスメントに係る相談の申出があった場合、事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すべきとされています。こうした規定と相まって、今後は、パワーハラスメントの事実自体が確認されず、相談が申告者の精神的不調を疑う契機として認識される例も、増えて行くのではないかと思われます。

 

 

退職意思を伝えるのは辞める直前に

1.退職意思を表明した従業員に冷淡になる会社

 辞意を表明した従業員に対し、冷淡な対応をとる会社があります。

 冷淡なだけならまだしても、それほど重大でもない非違行為を取り上げては懲戒処分を科するといったように、見せしめ的な行為に及ぶ会社も少なくありません。こうした無理のある懲戒処分は、そう簡単には有効になりません。

 しかし、懲戒解雇を言い渡された場合、事後的に懲戒解雇が無効であるとの判断が得られたとしても、退職したいと口走っていたことが、得られる経済的な利益との関係で、不利に取り扱われることがあります。

 一昨日紹介した大阪地判令2.8.6労働判例ジャーナル105-30 福屋不動産販売事件も、そうした事例の一つです。

2.福屋不動産販売事件

 本件で被告になったのは、不動産の売買・賃貸・仲介及び管理等を目的とする株式会社です。

 原告P1は被告会社の従業員であった方です。居住用と偽って社員割引制度を利用して不動産を購入したことを理由に懲戒解雇されたため、解雇の効力を争い、被告会社を相手取って地位確認等を求める訴えを提起しました。

 裁判所は、居住目的であると虚偽の届出を行って不動産を購入した事実を認定したものの、

「福屋不動産販売(枚方)が具体的に被った損害としては仲介手数料を得られなかったというにとどまり、その額も福屋不動産販売(枚方)にとり大きな額であったとまでいえない。加えて、結果的には、原告P1は、本件宅地・居宅に現在に至るまで居住し続けていること(原告P1本人、弁論の全趣旨)を考慮すると、上記のとおり、懲戒事由に該当するとしても、解雇が社会通念上相当とまでは認められない。」

として、懲戒解雇の効力を否定しました。

 しかし、次のとおり述べて、平成29年8月27日に本部長に対して退職を希望する旨伝えていたことなどを根拠に、具体的な退職時期が決まっていなかったにも関わらず、遅くとも平成30年3月末には退職していたはずであるとして、同年4月1日以降の賃金請求を認めない判断をしました。

(裁判所の判断)

「原告P1は、福屋不動産販売(枚方)に対し、平成29年8月27日、退職を希望する旨伝えていたところ・・・、あくまで退職の希望を述べたにすぎず、このことから直ちに原告P1が退職したとまでいえるわけではない。しかしながら、原告P1は、福屋不動産販売(枚方)に対し、退職の時期については、会社に迷惑が掛からないよう会社に任せる旨伝え、退職の時期を福屋不動産販売(枚方)と話し合う予定であった。また、原告P1は、有給休暇を消化して退職しようと考えており、有給休暇が40日残っていた。さらに、原告P1は、指揮をとるのがしんどくなったために福屋不動産販売(枚方)を辞めようと思い、退職後、特に次に何をやるか決まっていなかった・・・。これらの事情に加え、有給休暇消化期間や引継ぎ等に必要な期間、一般的には、人事異動があったり、切りのよさから年末や年度末等に退職することが多いことも考慮すると、本件解雇・・・がなければ、原告P1は、遅くとも平成30年3月末には退職していたものと考えるのが相当である。そうすると、本件解雇・・・が無効である以上、平成30年3月31日までの賃金については、福屋不動産販売(枚方)ないし被告の責めに帰すべき事由により原告P1が労務を提供できなくなったものと認められる一方、平成30年4月1日以降については、本件解雇3がなかった場合、原告P1が被告において労務を提供する意思を有していたとはいえず、同月分以降の賃金については、被告の責めに帰すべき事由によって労務を提供できなくなったものとは認められない。

「原告P1は、有給休暇の取得等を前提として退職するつもりであったのであり、懲戒解雇を前提として退職することはあり得ないと述べるが、そのことから、懲戒解雇がない場合にも労務を提供する意思があったといえるものではない。また、原告らは、被告の労働条件が安定していることも就労の意思を基礎づける事情として指摘するが、原告P2及び原告P3と異なり、退職後に他社で就労を予定していたわけではない原告P1においては、被告の労働条件の安定していること(労働条件の比較)によって労務提供の意思が基礎づけられるものでもない。」

3.安易に辞めたいと口にするのは慎重に

 裁判所の事実認定によると、本件は、

平成29年3月 被告会社に対して本件宅地・居宅を居住用で取得する旨を届け出る、

平成29年4月 被告会社の社内で本件宅地・居宅を転売する方法を同僚に打診する、

平成29年8月 被告会社の本部長に退職を希望する旨を伝える、

平成29年9月 被告会社が原告P1に対する事情聴取を始める、

平成29年10月 被告会社が原告P1を懲戒解雇する、

との経過が辿られています。

 詳細は不明ながら、退職を希望する旨を伝えてから、懲戒解雇に向けた手続が急ピッチで進んでいるように見えます。

 一般論として、退職を表明すると、会社との関係は悪くなりがちです。悪くなったところで濫用的な懲戒権の行使が認められないのは勿論ですが、懲戒解雇の効力を否定できたとしても、退職意思を表明していると、就労意思がないものと認定され、賃金請求との関係で不利な取扱いを受けることがあります。

 となると、退職の具体的な予定がない中で辞めたいと口にすることは、労働者にとってリスク要因でしかないと言えるかも知れません。

 辞めたいという言葉は、一度口にすると、のっぴきならなくなるため、ギリギリまで口に出さない方が無難だと思われます。

 

労働者向け個人法律顧問契約の使い方

1.事務所開設1周年

 昨年12月20日、労働事件を重点的に扱う事務所として、師子角総合法律事務所を設立しました。事務所設立から本日で1周年を迎えます。開所以来、設立の趣旨に従った形で、順調に事務所を運営することができましたが、これも、ひとえに皆様のご支援とご厚誼の賜物と深く感謝しお礼申し上げます。

2.労働者向け個人顧問契約

 当事務所の特徴の一つに、個人向けの法律顧問サービスを提供していることがあります。それなりに好評を頂けていることもあり、本日は、労働事件における個人顧問契約の使い方について、お話しさせて頂きたいと思います。

3.労働者向け個人顧問契約が活かされる場面

 当事務所での個人顧問契約が最も活かされるのは、会社から目を付けられてはいるものの、まだ事件化しにくいという場面です。

 例えば、

復職和解が成立したものの、依然として労使間にわだかまりが残っている場面、

使用者側が労働者を排除する布石として、文書での注意・譴責・戒告などの具体的な実害とは結び付きにくい軽い措置をコツコツと積み上げてきている場面、

要請をしたわけでもないのに、使用者側から妊娠を理由とする軽易作業への転換をしつこく提案(強要といえる域には達していない)されている場面、

などが該当します。

 こうした場合に労働者を守るにあたっては、本来的には労働組合が重要な役割を持ちます。しかし、中規模・小規模の事業所には、労働組合がないことが少なくありません。そうした場合、労働者個人は、生身で使用者の力に対峙することになります。普通の人にとっては、これが、かなりのストレス因になります。

4.そもそも労働法があるのは・・・

 そもそも労働法があるのは、労使関係を労働者個人-使用者との私的自治に委ねておくと、力関係の格差から、歪な関係が形成されてしまうからです。つまり、労働者は、労働法を活用できて初めて、使用者と対等に渡り合うことができます。

 しかし、労働法は、数ある法領域の中でも専門性の高い分野であり、法専門家以外の方が駆使するのは非常に困難です。

 何らかの理由で使用者から目を付けられている方は、それだけでも職場で孤立しがちです。そうした状況のもと、専門的な知識もなく使用者に対峙することを強いられては、強いストレスが生じるのも当然のことです。

5.顧問契約で可能なこと

 使用者から目を付けられて、嫌味な扱いを受け続けると、仕事を辞めたくなってしまう方は少なくありません。しかし、その一方で、理不尽な扱いを受けて悔しい、絶対に自分からは辞めたくないと、ストレスに耐えながら働き続ける方もいます。個人向け法律顧問契約は、そうした方が受ける心理的な負荷を和らげることができます。

 具体的に言うと、労働契約が存在する以上、使用者から直接業務上の指揮命令を受ける関係に介入することまではできません。しかし、個人向け顧問契約を締結して頂き、代理人になることができれば、ハラスメントに対して逐一声を上げたり、懲戒権の濫用に対して異議を述べたり、労働条件の変更に関する交渉の窓口を務めたりすることができます。こうしたことを通じ、使用者から良く思われていない中で働くというストレスフルな状態は、幾分かは緩和することができます。

 また、使用者側が譴責・戒告などの軽微な懲戒処分をカジュアルに打ってきたりするのは、それだけでは弁護士に依頼するような経済的合理性が発生しないため、何もしてこないと高を括っているという面もあります。逆に言うと、弁護士を介入させ、経済合理性を無視しでも懲戒処分の効力を争うという気勢を見せることにより、ハラスメントが沈静化することもあります。

6.外部の労働組合への加入と並ぶ選択肢の一つとして・・・

 顧問契約を結んだとしても、ハラスメントが収まらなかったり、職場から排除されたりして、結局、訴訟事件化するという場面では、別途、訴訟委任契約を結んでいただく必要はあります。

 しかし、紛争は前提事実の形成段階から弁護士を関与させた方が勝ちやすくなるのは確かですし、前提事実を把握していれば、まっさらな状態で受任する場合と比べて着手金をディスカウントすることも可能になります。

 勤務先に企業別労働組合がない場合、地域ユニオンなど外部の労働組合に加入するという選択もあるかとは思いますが、それと並んで、弁護士と個人顧問契約を結ぶことも、身を守りながら働き続ける方途の一つとしてご検討頂けると嬉しく思います。

 

在職中の引き抜き行為を理由に懲戒解雇された例

1.在職中の引き抜き行為の問題

 従業員が在職中に職場で引き抜き行為を行い、大挙して独立・同業他社への転籍を図ることがあります。こうした事件は、しばしば会社側からの従業員に対する損害賠償請求の可否という形で問題になります。

 例えば、大阪地判平14.9.11労働判例840-62 フレックスジャパン・アドバンテック事件は、人材派遣会社の元幹部らが在職中に派遣スタッフに対して同業他社への移籍を勧誘していた事案について、

「従業員は、使用者に対し、雇用契約に付随する信義則上の義務として就業規則を遵守するなど雇用契約上の債務を誠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務を負い、従業員がこの義務に違反した結果、使用者に損害を与えた場合は、これを賠償すべき責任を負うというべきである。」

「そして、労働市場における転職の自由の点からすると、従業員が他の従業員に対して同業他社への転職のため引き抜き行為を行ったとしても、これが単なる転職の勧誘にど(ママ)どまる場合には、違法であるということはできない。仮にそのような転職の勧誘が、引き抜きの対象となっている従業員が在籍する企業の幹部職員によって行われたものであっても、企業の正当な利益を侵害しないようしかるべき配慮がされている限り、これをもって雇用契約の誠実義務に違反するものということはできない。しかし、企業の正当な利益を考慮することなく、企業に移籍計画を秘して、大量に従業員を引き抜くなど、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超え、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱した場合には、このような引き抜き行為を行った従業員は、雇用契約上の義務に違反したものとして、債務不履行責任ないし不法行為責任を免れないというべきである。そして、当該引き抜き行為が社会的相当性を逸脱しているかどうかの判断においては、引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数、従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、引き抜きの際の勧誘の方法・態様等の諸般の事情を考慮すべきである。

「また、従業員が勤務先の会社を退職した後に当該会社の従業員に対して引き抜き行為を行うことは原則として違法性を有しないが、その引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われた場合には、違法な行為と評価されるのであって、引き抜き行為を行った元従業員は、当該会社に対して不法行為責任を負うと解すべきである。

との規範を定立したうえ、会社側からの元従業員に対する損害賠償請求を一部認容する判決を言い渡しています。

 しかし、稀に、引き抜き行為が在職中に発覚し、懲戒解雇の可否という形で問題になることがあります。例えば、名古屋地判昭63.3.4労働判例527-45 日本教育事業団事件は、引き抜き行為を理由とする懲戒解雇の効力が問題となった事案について、幹部従業員への懲戒解雇の可否を有効とする判断をしています。

 在職中に他の従業員に対して引き抜き行為をしていることが発覚すれば問題になることから、通常、この種の行為は隠密裏に行われます。そのため、引き抜き行為が懲戒解雇の可否という形で問題になることは比較的少ないのですが、近時公刊された判例集に、引き抜き行為を理由とする懲戒解雇を有効とした裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.8.6労働判例ジャーナル105-30 福屋不動産販売事件です。

2.福屋不動産販売事件

 本件で被告になったのは、不動産の売買・賃貸・仲介及び管理等を目的とする株式会社です。

 本件の原告は複数名いますが、原告P2、原告P3は被告の幹部従業員であった方です。

 解雇当時、原告P2は、被告「福屋不動産販売(奈良)」の本部長として、奈良県全体を統括する立場にありました。「福屋不動産(奈良)」では3番目の地位にあったと認定されています。また、原告P3は「福屋不動産販売(奈良)」のP4店の店長の地位にありました。

 引き抜きに関しては、先ず、原告P2が、原告P3に対し、同業他社に転職することを伝えるとともに、今よりも良い給料を支払うことを告げるなどして転職を勧誘しました。その後、原告P2と原告P3が、被告会社の有望な従業員に対し、移籍を働きかけて行ったという経過が辿られています。

 結局、本件では内部通報により転職勧誘行為が発覚することになり、被告会社は原告P2及び原告P3を懲戒解雇しました。

 これに対し、原告P2及び原告P3は、懲戒解雇の無効を主張し、労働契約上の権利を有する地位の確認などを求める訴えを提起しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「 原告P2及び原告P3が、福屋不動産販売(奈良)の本部長及び店長という重要な地位にありながら・・・、福屋不動産販売(奈良)のP4店の従業員3名、P7店の従業員3名、福屋不動産販売(東京)の従業員1名に対し、『引き抜き』のための労働条件上乗せや300万円もの支度金を提示するなどして同業他社である近畿不動産販売のために転職の勧誘を繰り返したこと・・・は、単なる転職の勧誘にとどまるものではなく、『組織の原則を守らない逸脱行為』(本件就業規則(奈良)82条2項4号)に当たり、また、『会社の命令又は許可を受けないで、他の会社・団体等の』『営利を目的とする業務を行う』(同条8項1号)行為に当たる。」

(中略)

原告P2及び原告P3が福屋不動産販売(奈良)の本部長及び店長という重要な地位にありながら、P4店の従業員3名、P7店の従業員3名、福屋不動産販売(東京)の従業員1名に対し、同業他社である近畿不動産販売のために転職の勧誘を繰り返した。」

「また、原告P2及び原告P3は、福屋不動産販売(奈良)の7店舗のうち、P4店の店長に加え、営業職6名のうち2名、P7店の営業職6名のうち3名に転職の勧誘を行い、P5 SAやP11 MGには『引き抜き』のための労働条件上乗せをしたり、P11 MGには300万円もの支度金を提示するなどしている。

「さらに、転職の勧誘を受けた原告P3が福屋不動産販売(奈良)のP4店から約450メートルしか離れていない近畿不動産販売のP20店の店長となっており・・・、他の営業職も同店で勤務することが想定された上、その店舗探しも福屋不動産販売(奈良)在職中に行っていた・・・。」 

「加えて、内部通報により上記各転職の勧誘行為が発覚し(証人P17本部長、弁論の全趣旨)、福屋不動産販売(奈良)がP5 SAやP11 MGに対して説得するなどしてP5 SAらが翻意した結果(認定事実1(2)ウ、オ)、原告P3以外が転職するに至らなかったものの、そうでなければ、原告P2及び原告P3の上記各転職の勧誘により、福屋不動産販売(奈良)を含む福屋グループの相当数の従業員が近畿不動産販売に転職し、上記7名が勧誘の対象となったのはその営業成績が優秀であったためと考えるのが自然であることも考慮すると、その場合に福屋不動産販売(奈良)の経営に与える影響は大きかったものと容易に推測される。

「そして、原告P2及び原告P3が福屋不動産販売(奈良)の他の営業職や事務職にも声をかけていたことも窺われる・・・。」

「これらの事情に照らせば、原告P2及び原告P3の行為は、単なる転職の勧誘にとどまるものではなく、社会的相当性を欠く態様で行われたものであり、他方、原告P2及び原告P3がまもなく退職を予定していたことも考慮すると、本件解雇1及び2には、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる。

(中略)

原告P2及び原告P3は、取締役であったP28が退任直後に多くの従業員を引き抜いて株式会社スマイシア不動産販売を設立した際には懲戒処分すら行われていないなど、本件解雇1及び2が平等原則に違反する旨主張する(同主張が時機に後れたものとまではいえない。)。しかしながら、いずれも退任又は退職後に引き抜き等が発覚した事案であって、退職前に発覚した本件とは事案を異にし、上記事案の故に平等原則に違反する(本件解雇1及び2が相当性を欠く)ということはできない。

「以上によれば、本件解雇1及び2は有効であるから、原告P2及び原告P3の本件各地位確認請求及び本件各賃金請求には理由がない。」

3.主要な考慮要素は損害賠償請求の違法性判断の場面と共通する

 裁判所の判示事項を見てみると、懲戒解雇の可否を判断する上での主要な考慮要素は、損害賠償請求の場面で違法性の存否を判断する上での考慮要素と共通しているように思われます。

 在職中の幹部従業員には、従業員の営業成績や、賃金水準など、様々な情報が集まってきます。そうした情報を利用すれば、成績優秀な従業員を、現在よりも良い待遇をピンポイントで示しながら、転職を勧誘することができます。

 しかし、そうした誘惑に駆られると、内部告発等で足元を掬われることにもなりかねません。別段、推奨するわけではありませんが、もし、どうしても積極的に引き抜きをしたいというのであれば、退職後にした方が無難であるように思われます。