弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワーハラスメントへの該当性と不法行為への該当性

1.パワーハラスメントと不法行為

 厚生労働省で公表された「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」は、パワーハラスメントを、

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」

と定義しています。

職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告 |厚生労働省

 このパワーハラスメントの概念と民法上の不法行為との関係性については、

「パワーハラスメントの概念は、民事上の違法行為の範囲を網羅的に記述するための形成された概念ではなく、その中には刑法の犯罪構成要件に該当しそうなものからマナー違反に近いものまで含む幅広い概念である。」

「そのため、労働者の受けている具体的な問題行為が上記のパワー・ハラスメントの概念に該当するからといって、直ちに不法行為が成立するということはできない。個々の事案において不法行為の要件を充足するかの検討が必要となることには注意が必要である。」

との理解が一般的です(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕511頁参照)。

 そのため、パワーハラスメントを理由に不法行為に基づく損害賠償請求を行う場合でも、労働者側に、加害行為がパワーハラスメントに該当することを主張・立証する意味はありませんでした。

 しかし、こうした関係性が今後とも維持されるのかは、検討を要する問題です。

 令和元年6月5日に女性の職業生活における活躍の推進等に関する法律等の一部を改正する法律が公布され、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法が改正されました。改正労働施策総合推進法は、

「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

とパワーハラスメントの防止を法的な義務へと格上げしました(労働施策総合推進法32条の2第1項)。改正法は令和2年6月1日から施行されています。

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント

 これは公法上の義務であり、不法行為法上の注意義務と直ちに結びつくわけではありません。しかし、そうは言っても、法的義務として取り込まれたことには、パワーハラスメントの概念を不法行為に接近させる可能性があるという見方も成り立つように思います。

 こうした問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、パワーハラスメントへの該当性を不法行為の成立と結びつける判断をした裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した東京地立川支判令2.7.1労働判例1230-5 福生病院企業団(旧福生病院組合)事件です。

2.福生病院企業団(旧福生病院組合)事件

 本件は公立福生病院(本件病院)に勤務していた原告が、本件病院の事務次長であったAからパワーハラスメントを受けたことなどを理由に、本件病院の経営主体(地方自治法上の一部事務組合である被告福生病院企業団)を相手取って損害賠償を請求した事件です。

 この事件で、裁判所は、パワーハラスメントと不法行為の成否について、次のように判示しました。

(裁判所の判断)

「一般に、パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係等の職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいい、この限度に至った行為は、国賠法上も違法と評価すべきである。」

3.不法行為の成立範囲が拡大するか?

 福生病院企業団(旧福生病院組合)事件の裁判所は、パワーハラスメントへの該当性と不法行為法(国家賠償法)上の違法性を結びつける判断をしました。

 従来は、パワーハラスメントに該当するからといって必ずしも不法行為法上の違法性が認められるとは限らなかったことから、加害行為がパワーハラスメントに該当することを主張・立証する意味はありませんでした。

 しかし、本件のような判断枠組のもとでは、パワーハラスメントが不法行為法上の違法行為と同様に理解されることから、加害行為のパワーハラスメントへの該当性を主張・立証することに意義が生じることになります。また、従前、パワーハラスメントには該当するものの、不法行為法上の違法性があるというには足りないとされてきた行為類型について、これを違法とする含みも生じることになります。

 主張・立証の指針を提供する点、違法性が認められる範囲の拡張に繋がる点において、福生病院企業団(旧福生病院組合)事件の判示事項は特徴的であり、後に続く裁判例が現れるかが注目されます。