弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

訴訟活動の一環として行う弁護士の発言等の違法性阻却基準

1.訴訟活動の中で相手方の名誉や信用を損なうこと

 訴訟活動を行う中では、相手方の名誉や信用を損なう主張に踏み込まざるを得ないことがあります。

 例えば、セクハラやパワハラの被害を受けたとして損害賠償を請求する場合、どういうひどいことをされたのかを訴状に書き連ねて行くことになります。

 これは、被告側・酷いことをしたと言われた側からすれば、自分の名誉や信用を毀損する行為に感じられるだろうと思います。

 名誉毀損と民事上の不法行為責任に関して、最一小判昭41.6.23最高裁判所民事判例集20-5-1118は、

「民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である」

と判示しています。

 しかし、民事裁判の対象は、私的な事実に係るものが普通です。目的も私的な権利利益の実現にある場合が殆どで、私人が公益目的で民事訴訟を提起することは、むしろ珍しいケースだと思います。また、事実認識や事実に対する評価に見解の相違があるから訴訟にまで至るのであり、真実性の立証ができなければ即名誉毀損で問題にされるというのでは、怖くて誰も訴訟提起することができず、裁判というシステムが機能しなくなってしまいます。

 そのため、訴訟活動の一環として相手方の名誉や信用を損なうことに関しては、名誉毀損に関して一般的に言われている、①公共の利害に関する事項、②公益目的、③真実性といった要件とは異なる観点から違法性阻却の要件が議論されています。

 訴訟活動と不法行為の成否に関しては、今から10年以上前、2007年に裁判官の手による論考が発表されています。室橋秀紀『訴訟活動と不法行為の成否-その現状と課題』判例タイムズ1242-26です。

 これによると、

「裁判例は・・・民事訴訟における主張立証活動については、・・・その中に他人の名誉を損なうものがあったとしても、当然に名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、正当な訴訟活動の範囲内にとどまる限り、原則として違法性がないと考えている点ではほぼ一致しており、・・・不法行為の成立を例外的場面に限定するという基本的な考え方は固まっている」

「近年の裁判例には、①訴訟行為と関連し(関連性)、②訴訟遂行のために必要であり(必要性)、主張方法も不当とは認められない場合(相当性)には違法性が阻却されるという基準を提示するものが目立つ」

とされています。

 ポイントは、真実性が必ずしも違法性阻却の要件とはされていないことです。裁判に勝った後、相手方の弁護士に対して文句を言いたいと相談されることはそれなりにあります。しかし、訴訟活動に対して適用される違法性阻却に関するルールは、ネット上に流布している、①公共の利害に関する事項、②公益目的、③真実性といった基準とは大分異なるため、圧倒的多数のケースでは、

「弁護士に対する責任追及は難しいです。裁判は見解の相違をぶつけ合うものだから、色々思うところはあるでしょうが、その気持ちは仕方ないものとして飲み込むしかないです。」

と回答することになります。

 訴訟活動と不法行為の成否との関係についての論考が出たのは、もう10年以上も前の話であり、最近の議論状況はどうなのだろうかと気になっていたところ、近時公刊された判例集に、この点が問題になった裁判例が掲載されていました。

 東京地裁平29.9.27判例タイムズ1464-213です。

2.東京地裁平29.9.27判例タイムズ1464-213

 この事件は、①口頭弁論期日における弁護士の発言、②民事訴訟における準備書面の記載、③家事調停における準備書面の記載の適否が問題になりました。

 裁判所は違法性阻却のルールについて、次のような判断基準を示しました。

(口頭弁論期日における弁護士の発言)

「本件各発言は、本件婚費訴訟の訴訟活動の一環としてされたものであるところ、民事訴訟は、私人間における私的紛争の当事者が相互に攻撃防御を尽くし、裁判所が双方の訴訟活動を踏まえて事実認定及び法的判断を行うことにより紛争を解決する制度であり、時として、一方当事者の訴訟活動が相手方当事者等の名誉ないし信用を損なうようなものとなる場合もある。しかし、それが、当該訴訟における一方当事者の立場からして、その権利を実現するために必要な訴訟活動と認められる場合にも全て名誉毀損として不法行為責任を負わなければならないとすれば、訴訟活動の萎縮にもつながり、相当とはいえない。そうすると、当事者の訴訟活動中に、相手方等の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが直ちに名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、当該訴訟における争点の判断のために必要であり、表現方法も不当とは認められない場合には、違法性が阻却されると解するのが相当である。

(民事訴訟における準備書面)

「本件婚費準備書面の提出ないし陳述行為は、本件婚費訴訟の訴訟活動の一環としてされたものであることから、以下、前記5に記載したのと同様の観点から、本件婚費準備書面の提出ないし陳述行為の違法性が阻却されるか否かについて検討する。

※ 「前記5」というのは弁護士の発言に関する判示事項を受けています。

(家事調停における準備書面)

「本件離婚準備書面の提出行為は、本件離婚調停における活動の一環としてされたものであるところ、離婚調停においても、紛争の実態を解明するために相互の主張を自由闊達に行わせる必要性や、当事者間の法律上又は事実上の利害関係が鋭く対立し、相互の利害や感情の対立も激しくなる場合があり得ること等に照らすと、民事訴訟における訴訟活動による名誉毀損の場合と同様の趣旨が当てはまるものというべきであって、本件離婚調停における活動の一環としてした行為により、相手方等の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが直ちに名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、本件離婚調停における争点の判断のために必要性があり、表現方法も不当とは認められない場合には、違法性が阻却されると解するのが相当である。

3.争点の判断のための必要性と表現方法が不当でないこと

 今回の裁判所の判断を見ていると、10年以上前のトレンド(①関連性、②必要性、③相当性)が定着してきたのかなという気がします。

 訴訟活動への萎縮を防ぐことに配慮した穏当な基準だとも思います。

 結論として、本件では、口頭弁論期日における発言や、準備書面の記載の一部について弁護士の責任が認められてはいるものの、裁判所によって違法性が認定された発言等は、

「あなたは弁護士として不適当、向いていない。弁護士倫理上問題がある。」

「私は綱紀委員に所属しているが、このような弁護士がのさばっていることが問題、綱紀委員でも問題にする。」

「婚姻費用の支払口座がX1弁護士となっているが、原告にきちんと渡っていないんじゃないか。」

「X1弁護士は着手金欲しさにこの訴訟を提起したものとしか考えられない。原告に対して十分に説明したとは考えられない。」

「あなたのような人が修習生を教えていることが問題。修習委員会にも報告する。修習生がかわいそう。」

などといったかなり過激なものです。

 裁判で重要な意味を持つのは権利の存否を基礎づける事実の有無であり、弁護士の人格を否定することは裁判の勝敗とは関係がありません。そのため、なぜ本件で被告となった弁護士の方がこれほど激しい言葉を使ったのかは分かりませんが、流石にこのようなことを言えば、責任を問われるのも仕方ないかなと思います。

 

人員不足で一般従業員と同様の業務に従事することが多い管理職/変形労働時間制の適用対象になっている管理職の残業代

1.管理監督者

 管理監督者(労働基準法41条2号)には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません。結果、時間外勤務をしても、残業代が支払われることはありません。

 行政解釈上、管理監督者とは「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」と理解されています。裁判例の傾向としても「下級審裁判例の多くは、基本的には上記行政解釈を踏まえ、おおむね①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②事故の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めている」とされています(以上括弧内について、佐々木宗啓『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕172-173頁参照)。

 このうち、①、②の要素に関連して、目を引く裁判例が判例集・判例データベースに掲載されていました。東京地裁平31.3.28労働判例ジャーナル91-52ホテルジャパン事件LEX/DB25563314です。

2.ホテルジャパン事件

(1)事案の概要

 本件はホテルの元支配人の方が原告となって、勤務先であったホテルを被告とし、残業代等を請求した事件です。支配人の管理監督者性が争点の一つとなりました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は、上記①~③の各要素を検討したうえ、原告の管理監督者性を否定しました。読んでいて汎用性がありそうだと思われたのは、①、②の要素に関する判断で、その要旨は次のとおりです。なお、「軽井沢サロン」とあるのは、原告が勤務していたホテル・レストランです。

-経営者との一体性-

「軽井沢サロンは、比較的小規模ではあるが、被告が運営する7施設のうちの一つであって・・・、被告の経営上重要な組織単位であるといわざるを得ない。そして、支配人はその軽井沢サロンに配置された従業員の長として、人材の募集に関する業務、経理報告業務、集客のための企画立案等の業務、施設管理に関する業務をしていたのであり・・・、軽井沢サロンの運営に関する責任者としての職責を担っていたといえる。また、支配人は、従業員の採用に関し、その雇用形態を問わず、採用面接をした上、その中から採用するのが相当な者を選定して被告本部に推薦し・・・、従業員の昇格に関しても、昇格させるべき者を選定して被告本部に推薦していたのであり・・・、軽井沢サロンの人事について一定の権限を有していたということができる。さらに、原告は、CADが作成した勤務表を確認、修正したり、従業員から提出された就業カード、日報等を確認したりしていたのであり・・・、支配人の上記の職責に照らすと、労務管理についても一定の責任及び権限を有していたものと推認される。」
「しかしながら、その職務の内容についてみると、原告は平成28年3月頃からは食事の準備や施設の清掃等の一般従業員と同様の業務に従事することが多くなったのであるが・・・、軽井沢サロンは恒常的に人員不足の状況にあり・・・、繁忙期(夏季)には前記3で認定したとおり原告の労働時間数が飛躍的に増加していること(5月以降は1日の時間外労働時間数が3時間を超える日がそれより前に比べて明らかに増加している。)に照らすと、軽井沢サロンの支配人の業務には、一般従業員と同様の業務に従事することが含まれており、その割合は閑散期と繁忙期とで差異があるとしても年間を通じてみると小さくなかったと推認される。
「また、支配人の人事に関する権限についてみると、パート従業員の採用については原告が推薦した者は全て採用されており原告の判断が尊重されていたといえるが、正社員の採用については原告が推薦した者のうち正社員として採用されなかったことがあり・・・、加えて施設長ミーティングにおいて被告本部の社長室長が支配人に対して採用申請に当たっての留意点等を指導していたとうかがわれること・・・、従業員の昇格について原告が推薦した者は昇格しなかったこと・・・に照らすと、これらの事項について原告の判断が尊重されていたとまでは認め難い。これに加えて、被告本部においても別途正社員を採用しており、被告本部で採用された従業員が軽井沢サロンにも配置されていたこと・・・も考慮すると、支配人の人事に関する権限は制限されたものであったというべきである。また、軽井沢サロンでは、営業状況表や各従業員の日報等を逐一被告本部に提出し、各従業員の日報等の内容に関して役員等が必要に応じて指導することがあったこと・・・に照らすと、支配人の軽井沢サロンの運営管理に係る裁量も相当程度制限されていたことがうかがわれる。」
「なお、原告が出席していた合同会議では、JTCCグループの本部及び被告本部が設定した目標、各施設における目標や運営改善のための施策の実施状況等が共有されていたとはいえるが・・・、これを超えて経営に関する重要な事項が決定されていたと認めるに足りる証拠はない。」
「これらの諸点に照らすと、軽井沢サロンの運営や人事労務管理に関する支配人の責任及び権限は、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけのものであったと評価するのは困難である。」

-労働時間の裁量-

「原告は、少なくとも出退勤時間等が記載された就業カードについては前任の支配人と同様に被告本部に提出しており・・・、被告では支配人の労働時間を把握していたということができるが、この一事をもって支配人が自己の裁量によって労働時間を管理することが許容されていなかったということはできない。また、前記のとおり勤務表の作成権限は支配人にあったといえる。」
「しかしながら、前記のとおり軽井沢サロンは恒常的に人員が不足しており、繁閑によってその程度に差があるものの支配人も一般従業員と同様の業務に従事する必要があったこと、本件労働契約に係る労働条件通知書では基本給に『45時間以内の残業代を含む』とされており・・・、本件労働契約上、法定労働時間を超えて業務に従事することが予定されていたといえること、被告では1年単位の変形労働時間制に関する労使協定が締結されており、支配人はその対象から除外されておらず・・・、上記労働条件通知書にも労働時間は『変形労働時間制による勤務シフト』によるものとされていること・・・に照らすと、支配人に自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていたとは認められない。
「これに対し、被告は、本件労働契約に係る労働条件通知書・・・の労働時間等の記載は、一般従業員の労働条件通知書を流用したためであるなどと主張するが、この点に関する具体的な立証はないし、かえって本件労働契約に係る労働条件通知書の記載は上記のとおり変形労働時間制に関する労使協定において支配人が対象から除外されていないことに整合するものであることにも照らすと、被告の上記主張は採用することができない。」

3.裁判例の活用方法

(1)人員不足で一般従業員と同様の業務に従事することが多い方へ

 ネット上に、

「働き方改革施行から半年経っても中間管理職の残業量が変わらない理由」

という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191024-00010007-dime-soci

 記事には、

「4月以降も6割の中間管理職が『残業時間は変わらない』と回答、部署の傾向と乖離

4月の働き方改革関連法の施行以降、6割以上の中間管理職の残業時間が『変わらない』、1割以上が『増加した』という結果になった。

中間管理職の残業が増えた理由は『部下のサポート業務』が6割
残業が『とても増えた』『やや増えた』と回答した人にその内容を尋ねる調査が行われたところ、最多が『所属部署・課における管理業務』(71.7%)、次いで「部下のサポート業務」(58.5%)となった。」

「 部下のサポートにおける業務負荷『増えた』3割
回答者全体を対象に、部下の残業時間削減のために自身の仕事量に影響が出たか尋ねる調査が行われたところ、『仕事量の増加を感じる』との回答が3割を超えた。メンバーの業務負荷を一部、管理職が負担していることが推察される。

といったアンケート結果が掲載されています。

 部下の残業時間削減のため、その業務負荷を肩代わりしている管理職の方は、相当数いるのではないかと思います。

 今回ご紹介した裁判例は、支配人(管理職)とはいっても、人員不足で一般従業員と同様の業務に従事することが多かったことを管理監督者性を否定する根拠として指摘しています。

 部下の残業時間削減のしわ寄せを受けて、部下と同様の業務を多く処理するような状態になっている方は、管理監督者としての実質が失われているとして、残業代を請求できる可能性があると思います。

(2)管理職であるはずなのに、なぜか変形労働時間制が適用されている方へ

 裁判例を読んでいて、管理監督者であるはずの支配人に変形労働時間制が適用されていたという箇所に目を引かれました。

 本件で適用されていたのは、1年単位の変形労働時間制という仕組みです。

 これは、

「業務に繁閑のある事業場において、繁忙期に長い労働時間を設定し、かつ、閑散期に短い労働時間を設定することにより効率的に労働時間を配分して、年間の労働時間の短縮を図ることを目的にした」

仕組みです。

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/newpage_00379.html

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/000501874.pdf

 これを適用するには対象期間における労働日及び労働日ごとの労働時間を労使協定で定める必要があります(労働基準34条の4第1項4号)。

 労働日ごとの労働時間が指定される仕組みの対象にするわけですから、この制度の適用対象にするということは、②労働時間の裁量の部分を自ら潰す行為であり、管理監督者性を主張する使用者にとって自滅行為であるように思われます。

 管理監督者扱いされているのに、なぜか変形労働時間制の適用を受けている、そういった方に関しては、比較的残業代を請求し易いかもしれません。

4.管理職の方へ

 残業代が支給されないことに違和感を持ちながら働いている方は、決して少なくないのではないかと思います。

 管理監督者性は、それほど広範に認められるものでもないので、疑問をお持ちの方は、弁護士に残業代の請求の可否を相談してみても良いだろうと思います。東京近郊にお住まいの方に関しては、私でご相談に応じさせて頂くことも可能です。

 

公務員の飲酒運転-懲戒免職処分は適法でも退職手当の全部不支給処分は違法とされた例

1.飲酒運転に対する処分の厳格化とその反動

 飲酒運転による凄惨な事故が相次いだ影響で、国も自治体も、公務員による飲酒運転に対しては、かなり厳しい姿勢をとっています。

 自治体によっては、人身事故などの具体的被害が生じていなくても、酒気を帯びて運転をすれば、それだけで懲戒免職処分・退職手当全部不支給処分をしているところもあります。

 しかし、他の非違行為との関係で飲酒運転だけが突出して重く処分されるというアンバランスな状況が目立つようになり、その反動からか、行き過ぎではないかということで、裁判所が処分の見直しを迫る例が一定数出されるようになっています。近時の公刊物に掲載されていた、長崎地判平31.4.16労働判例ジャーナル91-52 長崎県・長崎県教委事件もその一つです。

2.長崎県・長崎県教委事件

(1)事案の概要

 本件の原告になったのは、県立高校の教諭の方です。

 酒気帯び運転をして信号待ちの最中に寝入ってしまったところ、通報を受けた警察から呼気検査を受け、検挙されました。

 その後、長崎県教育委員会から、酒気帯び運転をしたことを理由に、懲戒免職処分・退職手当の全部不支給処分を受けました。

 これに対し、あまりに処分が重いのではないかとして、懲戒免職処分・退職手当の全部不支給処分の取消を求めて提訴したのが本件です。

 長崎県教育委員会では、酒気帯び運転について、以下のような規定を持っていました。裁判所が認定した関係法令等は次のとおりです。

(県教育委員会の懲戒処分の標準例)

「県教委懲戒基準は、交通事故・交通法規違反関係に対する標準例のうち『酒気帯び運転をした教職員』の標準例は、免職とする旨定めている」

(長崎県職員の懲戒処分の指針)

「長崎県懲戒指針(平成30年1月1日施行)は、長崎県職員の懲戒処分の指針として、県教委懲戒基準と同様に基本的な考慮事項及び標準例を示しており、飲酒運転・交通事故・交通法規違反関係のうち、酒気帯び運転をした職員については、免職とする旨定めている」

(職員の退職手当に関する条例)
本件条例12条1項は、懲戒免職処分を受けた場合等の退職手当の支給制限について、退職をした者が、懲戒免職処分を受けて退職した者であるときは、当該退職に係る退職手当管理機関(法令の規定により職員の退職の日において当該職員に対して懲戒免職処分を行う権限を有していた機関)は、当該退職をした者に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者の勤務の状況、当該退職をした者が行った非違の内容及び程度、当該非違に至った経緯、当該非違後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響を勘案して、退職手当の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる旨定めている。

(長崎県人事委員会委員長通知「職員の退職手当に関する条例の運用について」)
「本件運用通知(本件条例12条関係)1項及び2項は、本件条例12条については、非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、退職手当の全部を支給しないこととすることを原則とする旨定め、また、退職手当の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合は、当該退職をした者が行った非違の内容及び程度について、次のいずれかに該当する場合に限定する旨定め、その場合も公務に対する信頼に及ぼす影響の程度に留意して慎重な検討を行うものと定めている。」

 原告の方に対する懲戒免職処分・退職手当の全部不支給処分は、上記の条例や裁量基準に基づいて行われたものでした。

(2)裁判所の判断

 原告の請求に対し、裁判所は、次のように述べて、懲戒免職処分は適法であるが、退職手当の全部不支給処分は行き過ぎで違法だと判示しました。

(判決要旨)

-懲戒免職処分関係-

「本件非違行為の内容は、友人との会食の際、午後2時頃までに缶ビール4本、焼酎1本という相当量の飲酒をし、それから1時間足らずしか経過していない午後2時50分頃、酒気帯びの状態であると認識しながら、自動車を約3.6kmにわたり運転し、検挙された時点でその呼気からは酒気帯び運転の基準値(0.15mg/l)の2倍以上に当たる量(0.35mg/l)のアルコールが検出されたというものである。このような行為の態様に照らせば、本件非違行為は、原告の職の信用を傷つけ、職全体の不名誉となる信用失墜行為(地方公務員法29条1項1号、33条)及び全体の奉仕者たるにふさわしくない非違(同法29条1項3号)に当たるものと認められる。」
「そして、原告は、飲酒後にスパ施設又は乗用車内で休憩しようとしたものの、寒く、寝心地が悪かったため、別の場所で休憩したいという理由で、タクシー又は運転代行業者の利用等、自動車を運転しない他の手段を特段検討することなく、自動車を運転するに至っており、本件非違行為は故意に基づくものであることはもとより、その動機も安易といわざるを得ない。また、前記アルコール濃度の高さに加え、原告の走行経路は幹線道路(SSKバイパス)で、原告は長い車列(90m程度)内で信号待ち中に検挙されたもので、当時は相当量の交通量があったと推認されることも考慮すると、原告の酒気帯び運転の態様は相当危険なものであったといえる。現に、原告は、本件非違行為により罰金30万円の刑に処せられている。」
「加えて、公立学校の教職員は、児童生徒を指導教育し、その心身の健全な発達や育成に努める責務を負い、高い倫理観、自律が期待されるところであり、そのため、非違行為抑止等の観点から飲酒運転に対する処分の標準例を免職とする県教委懲戒基準が定められ、原則懲戒免職という厳正な対処がされることを含めて注意喚起等による飲酒運転根絶の取組みが繰り返し続けられてきたものであることを考慮すると、そのような中でされた本件非違行為については、教職員の公務に対する児童生徒、保護者及び社会一般からの信用を大きく損なうもので、公務の遂行に及ぼす支障の程度も決して小さいものではないといえる。 」
「他方で、原告は当初、民宿への宿泊やスパ施設での休憩等を考えていたもので、本件非違行為に計画性まではうかがわれないこと、本件非違行為は原告が友人との会食の帰りに生じた私生活上のものであり、また、幸いにして交通事故等の重大な結果は生じていないこと、原告は管理職員ではなく、29年余り教職員として勤務を続ける間に懲戒処分歴もないこと、原告は本件非違行為の後、事情聴取に誠実に対応し、反省の情を示していることなど、原告にとって酌むべき事情も相応にあるとはいえるものの、前記の事情と総合考慮すると、本件懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず、懲戒権者の裁量権の範囲を超え、又はこれを濫用したものとして違法であるということはできない。

-退職手当全部不支給処分関係-

「本件非違行為に当たる酒気帯び運転の行為は、故意の犯罪行為であり、その動機は安易で、その態様も危険なものであって、原告はこれにより罰金刑という刑事処罰も受けていること、公立学校教諭という原告の職責に照らして本件非違行為は児童生徒及び保護者ひいては社会一般に対する公教育の信用を大きく損なうもので、公務の遂行に与える影響も小さくないといえることは前記2のとおりであることからすれば、非違の抑止の観点に鑑み、原告の退職手当の支給が相当程度制限されることはやむを得ないものというべきである。」
「しかし、他方において、原告の酒気帯び運転の行為に計画性はうかがわれないこと、本件非違行為が職務と関連しない私生活上の非違行為であって、物損、人身を問わず事故を伴っていないことなどからすると、本件非違行為は、その内容及び程度の点で、酒気帯び運転のうちでも重大、悪質な部類に属するものとまではいい難い。また、原告は検挙された後は校長等による事情聴取にも誠実に協力し、一貫して反省の情を示している。さらに、原告は、採用以来29年余りにわたり高校教諭として活動し、最終の職場における評価は高いといえないものの、懲戒処分歴はなく、与えられた職務や生徒指導は重大な問題なく行ってきたものと推認されること、原告は管理職ではないこと、原告は本件不支給処分当時、57歳であり、新たに安定した職を探すことは容易でない年齢にある一方で、本件不支給処分により約1652万円に上る退職手当の受給権を失うことになることも併せ考慮すると、本件非違行為が原告の永年勤続の功を全て抹消し、賃金後払いや生活保障の要請を全て否定するほどの重大なものとまではいい難いというべきである。」

(中略)

「以上を総合すると、原告の退職手当の全部を不支給とした県教委の判断については、考慮を要する事項について適切な考慮を欠いた結果、重きに失するに至ったものということができるから、社会観念上著しく妥当性を欠くものであり、その裁量権を逸脱し、又はこれを濫用してされたものというべきである。」

3.退職手当不支給の許容性は懲戒免職の許容性よりも狭い

 公務員の退職手当は、

「一般に、勤続報償としての性格、賃金の後払いの性格及び退職後の生活保障の性格を併せ有するものと解され」

ています。非違行為によって在職中の功績が没却されたからといって直ちに生活保障や賃金後払いを全くしなくてよいということにならないため、退職手当の不支給処分の可否は、懲戒免職処分の可否よりも、更に厳格に理解されています。本件も、一部不支給であれば適法だったとは思いますが、全部不支給にするのは行き過ぎで違法だとされました。

 公務員の退職手当は金額も大きく、全部不支給処分を受けるとなると、文字通り今後の生活の見通しが立たなくなってしまうことがあり得ます。

 飲酒運転は決して軽く見られてよい非違行為ではありませんし、非違行為に対して責任をとることは必要ですが、あまりに過酷な処分に対して見直しを求めることは、決して責められることではないだろうと思います。お悩みの方がおられましたら、一度、弁護士のもとに相談に行ってみることをお勧めします。

 

親には成人した子の疾患(てんかん)を勤務先に伝える義務があるのか/家族から労働者の疾患を伝えられた勤務先はどうすればよいのか

1.親は成人した子に対してどこまで責任を持つのか

 民法712条は、

「未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。」

と規定しています。

 この規定により未成年者が責任を負わない場合、

「その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」が「その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」

とされています(民法713条1項)。

 また、未成年者に自己の行為の責任を弁識するに足りる知能(責任能力)がある場合でも、

「監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によつて生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立する」

と理解されています(最二小判昭49.3.22民集28-2-347)。

 未成年者に責任能力があろうがなかろうが、親権者は未成年者の監督義務を適切に履行していなければ、未成年者がしたことに責任を問われる可能性があります。

 一般論として言うと、この自分の子どもに対する監督義務は、子どもの成長に合わせて限定されて行きます。親の子どもに対する影響力は、子どもの成長とともに減少して行くからです。

 最二小判平18.2.24集民219-541は、未成年者が起こした強盗傷人事件について親権者の監督義務違反の存否が問われた事案で、

「本件事件当時、Aらは、いずれも、間もなく成人に達する年齢にあり、既に幾つかの職歴を有し、被上告人らの下を離れて生活したこともあったというのであり、平成13年4月又は5月に少年院を仮退院した後のAらの行動から判断しても、被上告人らが親権者としてAらに対して及ぼし得る影響力は限定的なものとなっていたといわざるを得ないから、被上告人らが,Aらに保護観察の遵守事項を確実に守らせることができる適切な手段を有していたとはいい難い。

などと判示し、親権者の監督義務違反を否定しています。

 そして、父母の親権に服するのは、「成年に達しない子」(民法818条1項であり、子どもが成人すると同時に監督義務の根拠となる親権は消滅します。

 親権が消滅した後は、基本的に子どものしたことに責任を問われることはありません。

 しかし、不法行為の被害を受けた方から相談を受けていると、加害者が成人していても、加害者の親にまで責任を問いたいというお気持ちを持っている方が一定数おられます。判例集でも、成人した子の責任を親に問おうとした事案は、定期的に掲載されています。近時公刊された判例集に搭載されていた京都地判平30.9.14判例時報2417-65もその一つです。

2.京都地判平30.9.14判例時報2417-65

(1)事案の概要

 本件は、株式会社Y3に雇われて普通乗用自動車を運転していたAが、業務の執行中にてんかん発作で意識を焼失し、路側帯等にいた通行人を次々にはねて死亡させたという事件です。

 事故によりA自身も死亡したため、遺族X1~4らがAの父Y1らに対して損害賠償請求訴訟を起こしたのが本件です。

 ここで原告らが持ち出してきたのが勤務先通報義務という考え方です。

 原告らは、

「Aと同居していた親であるB(母親、訴訟係属中に死亡したため判決の基準時の時点で被告からは除外されています。括弧内筆者)らは、本件事故の前までには、被告Y4(勤務先Y3の代表者 括弧内筆者)又は破産会社に対し、Aに自動車の運転をさせるとてんかん発作によって自動車の制御ができなくなり他人に危害を与えるおそれがあることを直接伝えて、Aの破産会社における自動車の運転を制止する義務を負っていた。」

と主張し、両親の責任を追及しました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のように述べて、両親の勤務先通報義務を否定しました。

(判決要旨)

「Aは、本件事故当時、自動車の運転中にてんかんの発作により意識障害が生じ、自動車を制御することができなくなり、他人の生命、身体等に損害を与える危険がある病状であった。そして、・・・、Bは、平成15年事故当時からAと同居し、Aの通院に付き添って医師の説明を聞くことが多く、平成24年3月上旬に立て続けに発作が起きたときもこれを知っており、同月5日の医師からの『いつ発作が起きてもおかしくない。』旨の説明も聞いていたから、少なくとも同日以降、Aに自動車を運転させると、てんかん発作の意識障害により自動車を制御できない状態となり他人の生命身体等に損害を与える危険のある病状であることを認識していたといえる。」
「Bは、平成21年2月頃、勤務先である破産会社の業務としてAが自動車を運転していることを知ったことが認められる。そして、その際、BがAに自動車を運転しないよう注意しても、Aは、運転をやめるとも、運転の担当から外してもらうとも言わず、自分に任せるよう言うのみであったから、Bとしては、それ以降も、Aが、勤務先から業務として指示された場合には、自動車を運転することがあることを認識していたし、少なくとも認識可能であったと認められる。また、平成24年3月5日、同月上旬の発作や医師の注意にもかかわらず、Aが、Bの制止を聞かずに運転免許の更新を行ったことからすれば・・・、その時点でも、Bは、Aが、なお勤務先から指示されれば、自動車の運転を行うつもりであると認識できたと認めるのが相当である。」
「他方で、・・・Bは、Aが免許を更新した後、Aに対し、『Aが勤務先に対して自動車の運転を禁じられていることを伝えないのであれば、Lが直接勤務先に言う。』旨伝え、これを受けて、翌6日、Aが、Bに対し、『勤務先の代表者である被告Y4に対し、自分のてんかんの病状を伝え、その結果、自動車の運転をしなくてよい内勤に替えてもらった。』旨述べた事実が認められる。」

・・・

「そうすると、Bにおいては、平成24年3月6日以降、勤務先である破産会社の代表者らに対し、Aがてんかん発作のため自動車の運転ができないことが伝達され、Aは自動車を運転する業務から外れたと認識していたといえる。」

「前記・・・のBの認識を前提とした場合、平成24年3月6日以降、Aが勤務先の指示で自動車を運転する事態は避けられたこととなるから、同日以降、Bが、自分がAの勤務先に直接通報しなくても、Aが勤務先の業務として自動車を運転することによって他人の生命身体等に危害が及ぶ事態は生じないと判断したとしても、その判断は不合理とはいえない。そして、被用者であり、てんかん患者本人であるAから、『勤務先に対し、てんかん発作で自動車の運転ができないことを伝えた結果、勤務先では、自動車の運転の業務はしなくてよいことになった。』旨告げられた家族としては、脳挫傷の後遺症で理解力・記憶力にはやや難があったものの、会社勤めができる程度の判断力を有する30歳のAを差し置いて、Aの雇用主である破産会社に対し、Aに自動車の運転をさせると危険であることを直接通報しなければならない法的義務があるとまではいえない。

3.勤務先通報義務違反が認められる場合はあるのだろうか

 裁判所は勤務先通報義務という考え方について、凡そこれを否定するといった硬直的・形式的な判断をしているわけではありません。

「Aが勤務先の業務として自動車を運転することによって他人の生命身体等に危害が及ぶ事態は生じないと判断したとしても、その判断は不合理とはいえない。」

だから既に成人しているAを差し置いて勤務先に直接通報しなければならない法的義務があるとまではいえないと判示しました。

 このような論理構造を持っている以上、両親にAが引き続き自動車を運転しているとの認識があった場合、別の結論になったかも知れません。

 そうなると、てんかんを持っている子どもの親は、子どもが成人した後も、油断はできないということになります。

4.家族から通報されても、勤務先はどう対応すればよいのだろうか

 直接の加害者が死亡してしまった以上、遺族から相談を受けた弁護士が、家族の責任を問うため勤務先通報義務という考え方をとったことは理解できることです。

 しかし、仮に、家族が勤務先にてんかん発作のことを伝えていたとしても、それを伝えられた勤務先はどうすれば良いのかという問題は残ると思います。

 厚生労働省は、

「事業場における労働者の健康情報等の取扱規程を策定するための手引き」

という文書を作成・公表しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyousei/anzen/index.html

https://www.mhlw.go.jp/content/000497437.pdf

 ここには、

「健康情報等を取得する場合には、労働安全衛生法令等の法令に基づく場合や、人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき等を除き、その利用目的や取扱い方法等について労働者に周知した上で労働者本人の同意を得る必要があります。」

と書かれています。

 また、病歴は個人情報保護法で「要配慮個人情報」(個人情報保護法2条3項)とされています。

 個人情報取扱事業者は「法令に基づく場合」や「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」などの一定の例外的な場合を除き、「あらかじめ本人の同意を得ないで、要配慮個人情報を取得してはならない。」とされています。

 てんかんに関しては、厚生労働省の見解上、

「治療は適切な抗てんかん薬を服用することで、大部分の患者さんでは発作は抑制され通常の社会生活を支障なくおくれます。」

とされています。

https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_epilepsy.html

 大部分の患者さんで発作を抑制することが可能であるのに、本人の同意なしに家族からの通報で情報を受領することが許容されるのか、意図せずして情報に接してしまったとして、てんかんを理由に何等かの雇用管理上の措置をとることが正当化されるのかという問題が生じてくるように思われます。

 もし、家族の勤務先通報義務が認められたとしても、それが情報を受領した勤務先の何等かの義務とリンクしていない限り、結局、因果関係論が問題になってくるのではないかという気がします。家族が通報したからといって、勤務先が対応する義務はなく(あるいは情報を利用することができず)、結局、事故は避けられないということも考えられます。

5.家族や勤務先を連座させるのは適切か

 遺族側・被害者側の発想として、やりきれなさが生じるのは理解できます。特に、直接の加害者が死亡している場合、どこに気持ちを向ければ良いのかという問題が出てくると思います。

 しかし、子と親は本来別の人格であるのに、成人した子どものことを親がいつまで気にかけなければならないのかという問題もありますし、勤務先に病歴のようなセンシティブな情報を積極的に収集・提供させたうえで雇用管理上の措置を講じさせるというのも直観的には行き過ぎであるように思われます。

 本件は考え出すと色々と難しい問題を孕んでいる裁判例だと思います。

 

係争中の事件を一般に公表するうえでの留意点

1.ブログで訴訟の相手方である女性を侮辱

 ネット上に、

「ブログで訴訟相手の女性侮辱 弁護士に『懲戒審査相当』 『正当防衛』と反論」

という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191023-00000628-san-soci

 記事には、

「元TBS記者の50代男性に乱暴され、精神的苦痛を負ったとしてジャーナリストの伊藤詩織さん(30)が男性に1100万円の損害賠償を求めた訴訟をめぐり、男性の代理人を務める男性弁護士が自身のブログで伊藤さんを侮辱したとして、男性弁護士の所属する愛知県弁護士会が『懲戒審査相当』の議決をしていたことが23日、関係者への取材で分かった。これを受け、同弁護士会の懲戒委員会は懲戒審査を始めた。」

「関係者によると、男性弁護士は自身のブログに、伊藤さんの訴えについて『裁判に提出されている証拠に照らせば、(伊藤さんの)虚偽・虚構・妄想』と記載。被害の様子をつづった伊藤さんの手記の出版は『(男性の)名誉・社会的信用を著しく毀損(きそん)する犯罪的行為』と書き込んだ。」

「県弁護士会の綱紀委員会は今年9月、『内容は(伊藤さんの)名誉感情を害し、人格権を侵害するもの』と認定し、『過度に侮蔑的侮辱的な表現を頻繁に交えながら具体的詳細に述べ、一般に公表する行為は、弁護士としての品位を失うべき非行に該当する』と判断した。」

「男性弁護士は『虚偽の事実の宣伝広告によって男性の名誉が毀損されていることに対する正当防衛』と主張したが、綱紀委は『男性弁護士の主張によっても男性の社会的評価はすでに低下しているため正当防衛には該当しない』と退けた。」

などと書かれています。

2.係争中の事件について一般に公表することに意味があるか?

 私個人の考えとしては、係争中の事件について、広く一般に公表することには消極的な見解を持っています。リスクが高い反面、メリットに乏しいことが多いからです。

 基本的に弁護士は一方当事者の立場から事件を把握します。対立当事者の持っている情報に自由にアクセスできるわけではありません。ペーパーテストのように判断の材料が十分に揃っていれば、言い渡される判決の内容をかなりの確度で予想することができますが、実際の事件処理はそうは行きません。予想外の証拠・情報を相手方が持っていて、事件の見通しの再検討を迫られることは珍しくありません。また、依頼人が不利な事情を控え目にしか話してくれていない時もあります。限定された情報の中で正確な判断を下すことはかなり難しいのに、一方当事者の立場に立った事実認識を広く一般に公表してしまうと、判断を誤った時に名誉毀損等で問題にされるリスクがあります。

 また、私の実感として言うと、本邦の裁判所は世論に迎合したりしません。法と証拠に基づいて結論を出します。世論工作のようなことをやったところで、それが判決に影響するとは考え難いため、記者会見のようなことをしても、メリットを見出しがたいように思われます。

 係争中の不安定な状態にある事件について記者会見等が意味を持つのは、社会問題がテーマになるような事件で、訴訟と並行して議員・議会に働きかけを行い、立法的な解決を目指す場合など、かなり特殊な場面に限定されてくるのではないかと思います。

 ただ、自分に積極的にやる気がなかったとしても、相手方が記者会見などの宣伝活動を行った場合、カウンターとして何らかのことができないかと考える方は少なくないように思います。

 私なら係争中の段階において「虚偽・虚構・妄想」「名誉・社会的信用を著しく毀損する犯罪的行為」などの強い言葉で相手方を非難することは先ずしないと思いますが、記事の男性弁護士の方も対抗措置という意識でブログへの掲載行為を行ったのかも知れません。

 私見としては、相手方が記者会見等で一方的な事実認識を語り、悔しい思いをしても、勝訴判決が確定するまで一般への情報提供は控えておき、判決が確定してから必要な説明を淡々と行うのがベストだと思います。しかし、人気商売をやっているなど何等かの理由で、どうしても黙っているわけにはいかないという場合には、次のような点に気を付けると良いと思います。

3.気を付ける点

(1)可能性の指摘に留める

 余程明確な証拠でもない限り、断定的な語調で相手を非難するのは辞めておいた方が良いです。「・・・の可能性がある。」といった指摘に留めておくのが無難だと思います。

 論文不正に関連し、記者会見で、遺伝子組み換えマウスが存在しなかった可能性があると発言したことの適否が問題になった裁判例があります。大阪地判平20.12.26判例タイムズ1293-185です。

 この事案で、裁判所は、

「被告乙山は、本件記者会見において、本件マウス一が当初から存在しなかった可能性が生じていることを発表した。ただし、この発表内容は、可能性の指摘にとどまっており、本件マウス一が当初から存在しなかった可能性があるから、原告が当初から実験を全く行っていなかった可能性が生じているという疑いを摘示したのみであり、断定的な判断を発表しているわけではない。
「この点、本件記者会見後の被告丙川の調査によって、平成一六年のある時期までは本件マウス一が存在した可能性を示すデータが出されており(第三の一(2)イ)、論文調査報告書も被告丙川の提出したデータ及び本件マウス一の作成段階では被告丙川が十分な指導をしていることや一部外注に出していることなどから、本件マウス一が存在した可能性を認めている。」
「しかしながら、被告丙川の上記調査は、本件記者会見後にされているのであって、本件記者会見の前の段階では、現実に生きた本件マウス一が一匹も見つかっていないこと・・・、原告が本件論文に用いられた画像について意図的な重複を行っていたと認められること・・・、原告の実験ノートに不備があったと認められること・・・にかんがみると、本件マウス一が初めから存在しなかった可能性があるという被告乙山の発言は、本件記者会見が行われた時点において、可能性の指摘という意味で真実であると認められる。

 名誉毀損が適法だと言えるためには、真実性の立証等が必要になります。

 可能性の指摘に留めた場合、可能性の対象となっている事実までは立証できなくても、可能性の存在さえ証明できれば良いため、違法性を阻却してもらうためのハードルがかなり下がります。

 名誉毀損となるリスクを避けるためには、結論を断定・決め打ちせず、可能性レベルの指摘に留めておくといった工夫が考えられます。

(2)記者クラブへの書面の写しの交付等に方法を限定する

 のべつまくなくブログ等で情報を提供するだとか、過激な言葉を使って相手方を非難するといったことは控えた方が良いです。穏当な語調で訴訟用の書面を作成し、それを司法記者クラブ所属の記者に配布するなど、適切な報道をしてもらうという目的に必要な限度での情報提供に留めることが考えられます。

 セクハラ診療を行ったとして訴えられた医師が、セクハラは認められないとの請求棄却判決を得た後(前提事件)、前提事件の当事者や弁護士らを訴えた事件があります(東京高判平18.8.31判例タイムズ1246-227)。弁護士に対する責任追及においては、司法記者クラブの幹事社宛てに訴状の写しをFAX送信したことや、記者会見を行ったことの適否が問題になりました。

 この事件で、裁判所は、次のとおり判示しています。Y2とあるのが前提事件で医師を訴えた方の代理人を務めていた弁護士です。

(訴状のFAX送信について)

「前提事件は、被告とされた一審原告が性同一性障害者に対する医療分野における先駆的立場にある医師であり、埼玉医科大学附属病院における一審原告の医療行為に際しての不法行為の成否が問われている事件であって、社会の正当な関心が寄せられる事件であり、前提事件の提訴自体が報道の対象とされることが予測され、現に裁判所で開廷期日簿の閲覧をした司法記者から原告代理人である一審被告Y2に問い合わせが来ているところから、一審被告Y2において、その報道が適切にされることを目的に、前提事件の訴状の写しを司法記者の閲覧等に供する趣旨で司法記者クラブ幹事社にファクシミリ送信したものであった。
「以上のようなファクシミリ送信された相手方である司法記者クラブ所属記者の民事訴訟提起についての認識、ファクシミリ送信の時期、ファクシミリ送信に至る経過に前記認定のとおり、前提事件の提訴は、前記認定判断したとおり事実的・法律的根拠を欠いていることを認識しながら、あるいは一般人において容易に判断ができたのに、あえて提起されるなどの裁判制度の目的を逸脱する不当な訴訟ではないばかりか、一審被告Y2や相代理人が一審被告Y1と打合せをし、一審被告Y2が週刊文春のA記者に本件週刊文春記事について確認するなど相当な準備をして提起したものであることを考え合わせれば、上記ファクシミリ送信によって司法記者クラブ所属の記者に摘示されたのは、前提事件の訴え提起の事実と原告である一審被告Y1が何を請求原因事実としているかの事実であり、一審原告がセクハラや名誉毀損等の不法行為をしたことではないというべきである。

(記者会見について)

本件記者会見によって司法記者クラブ所属の記者に摘示されたのは、前提事件の訴え提起の事実と、原告である一審被告Y1が何を請求原因事実としているかの事実であり、一審原告がセクハラや名誉毀損等の不法行為をしたことではないというべきである。

「一審原告は、医科大学教授の職にあり、かつ、性同一性障害者に対する医療分野における先駆者的立場にある医師であるところ、前提事件の原告である一審被告Y1が請求原因事実とするのは、医科大学附属病院の医療現場における一審原告の患者に対するセクハラや週刊誌記者に対する患者に関する発言についての名誉毀損等の事実であり、かつ前提事件が事実上・法律上の根拠を欠いていることを認識しながら、あるいは一般人において容易に認識できたのに、あえて提起されるなどの裁判制度の目的を逸脱する不当な訴訟ではないばかりか、社会的弱者の人権擁護に資するものとして新潟弁護士会が設けたひまわり基金の運営資金により援助が決定された事件であって、このような一審原告の立場や前提事件の内容からすれば、前提事件の訴えが提起された事実及びその請求原因とされた事実が何かは公共の利害に関する事実に係るものということができる。
「そして、一審被告Y2は、司法記者から問い合わせを受けたことから、そのような前提事件の内容、性質に鑑み、司法記者が事件内容を正確に理解し、報道が適切にされることを目的に本件記者会見等をしたことが認められるから、本件記者会見等の目的は公益を図ることにあったものというべきである。
前提事件が提訴されたこと、その請求原因事実が訴状に記載され一審被告Y2が本件記者会見で説明した内容であったことは真実である。したがって、本件記者会見等をしたことによる名誉毀損には違法性はなかったと認められる。」

 社会的な耳目を集めている事件について、報道の適正化を目的として、どのような主張がされているのかを紹介するに留める程度の情報発信にしておけば、相手方の不法行為まで立証することができなかった場合でも、反撃を防ぐ余地が出てきます。

4.係争中の事件を一般に公表することには慎重になった方がよいのではないか

 どうしても情報発信が必要な場合には、上記のように発信の内容・方法に留意することで一定のリスク対策は講じることが出来るだろうと思います。

 しかし、リスクがゼロになることは有り得ませんし、冒頭で述べたとおり、裁判所は世論に流されたりしないので、戦線を場外にまで広げることはあまり推奨しません。

 法律相談をしていると、「こんな酷い目に遭ったことをネットにアップしたい。」などと言われることがそれなりにありますが、基本的には止めておいた方が良いと思います。

 

管理監督者性と賃金上の待遇-賃金の多寡は関係ない場合もある?

1.管理監督者

 労働基準法41条2号は、

「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)

には

「この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定」

は適用されないと規定しています。

 時間外勤務に割増賃金が発生することを定める労働基準法37条は、労働基準法41条と同じ章(上記でいう「この章」)に規定されています。したがって、管理監督者に時間外割増賃金が支払われることはありません。俗に管理職に残業代が支払われないと言われる根拠は、ここにあります。

 ただ、当然のことながら、管理監督者への該当性は名称によって決まるわけではありません。俗にいう名ばかり管理職のようなものは、労働基準法41条2号に規定されている管理監督者には該当しません。

 管理監督者か否かは、

「名称にとらわれず、実態に即して判断すべきものである」

とされていて、該当性を判断するにあたっては、

「職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要がある」

と理解されています。

 また、

管理監督者であるかの判定に当たっては、上記のほか、賃金等の待遇面においても無視し得ないものであること」

とされています(以上、昭23.9.13発基17、昭63.3.14基発150)。

 それでは、管理監督者への該当性が上記のような考慮要素のもとで判断されるとして、「賃金等の待遇面」はどのような位置づけを持っているのでしょうか。

 総合考慮における考慮要素の一つなのでしょうか、それとも職務内容、責任と権限、勤務態様が主たる考慮要素で、賃金等の待遇面は補強的な考慮要素になるのでしょうか。

 この問題についての理解が示された近時の裁判例に、大阪地判令元.5.30労働判例ジャーナル91-40 KSP・WEST事件があります。

2.KSP・WEST事件

 本件は、警備業務等を業とする被告会社の元従業員の方が、残業代などを請求した事案です。原告の管理監督者性が争点の一つとなりました。

 裁判所は次のとおり述べて、原告の管理監督者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「労基法41条2号が、管理監督者について労基法37条1項を適用しないとする趣旨は、自らの労働時間をその裁量で律することができる地位にあり、かつその地位に応じた高い待遇を受ける者については、労働時間の規制を適用することが不適当と考えられる点にある。かかる趣旨に照らせば、管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体の立場にある者をいうと解すべきであり、これに該当するか否かについては、〔1〕労務管理に関する指揮監督権限を有し、事業主の経営に関する決定に参画していること、〔2〕労働時間について裁量権を有していること、〔3〕管理監督者としての地位と権限に相応しい賃金上の待遇を受けていることの各要素を総合して判断する必要があると解される。

「原告の業務内容は、求人票において『大阪支社所属警備員の管理及び指導』などと記載されている・・・ものの、実際には、関西労災病院における救急患者の受入業務、電話関連業務・・・や、警備業務・・・であった。原告の労働時間も、シフトによって始業時間及び終業時間が管理されていた・・・。そうすると、原告は、その業務内容からして、〔1〕労務管理に関する指揮監督権限を有するとはいえず、〔2〕労働時間について裁量権を有しているともいえない。
以上によれば、〔3〕原告に対する賃金上の待遇について検討するまでもなく、原告は、労基法41条2号にいう管理監督者には該当しない。

3.待遇は残業代請求の妨げにならない場合もある

 KSP・WEST事件の判示の特徴は、労務管理に関する指揮監督権限・労働時間についての裁量権から管理監督者性を否定し、賃金上の待遇については検討するまでもないとした点です。規範のうえでは各要素を総合考慮すると言いながらも、賃金上の待遇を補強的・補充的な要素として位置付けているように読めます。

 賃金上の待遇が補強的・補充的な要素であるとするならば、指揮監督権限がなく、労働時間についての裁量権もないような働き方をしている場合、賃金は高かろうが低かろうが関係なく時間外割増賃金を請求できることになろうかと思います。

 賃金の高い方の中には、

「これだけ高待遇なのだから、残業代は請求できないのでは・・・」

という思い込みを持っている方が散見されます。

 しかし、その文言からも分かるとおり、賃金が高ければ管理監督者に該当するというわけではありません。管理監督者への該当性にとって本質的なのは、待遇というよりも指揮監督権限・労働時間についての裁量権であろうかと思います。

 KSP・WEST事件の原告の方が被告会社と締結した雇用契約書には、基本給25万円、職務手当3万円の合計28万円が賃金であると記載されていました。絶対値としてもそれほど高額とはいえず、待遇面を考慮したとしても、やはり管理監督者性は否定されていたのではないかと思われます。

 しかし、判決文は「賃金も合計28万円だから検討するまでもない」といった言い方はしていません。「賃金上の待遇」自体を「検討するまでもな」いと判示しています。

 賃金が高いだけで、権限もなければ、労働時間についての裁量もない、そのような方で残業代が支払われていないことに疑問を持つ方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談ください。

 

セクハラ行為を記載したメモ(手帳)の信用性が否定された事例

1.セクハラの立証活動は当事者の供述に依拠することも多い

 セクハラに関しては、明確な証拠、客観的な証拠がないことが珍しくありません。

 明確な証拠、客観的な証拠が存在しない場合、セクハラ被害を受けたとして上司や勤務先を訴える場合も、あらぬ疑いだということでセクハラ行為などしていないと主張して行く場合も、立証の中心になるのは当事者の供述になります。

 この種の事件を扱う弁護士にとっては、普段から公刊物に掲載されている裁判例をチェックして、どのような場合にどのような理屈で供述の信用性が認められたのか/認められなかったのかを分析しておくことが必要です。こうした作業が、依頼人の言い分を信用することができるかのスクリーニングをかけたり、相手方の供述の信用性を減殺するポイントを突いたりする知見を研鑽することに繋がるからです。

 近時公刊された判例集に、セクハラ行為を記載したメモの信用性が否定された裁判例が掲載されていました。

 大阪地判令元.6.4労働判例ジャーナル91-36トヨタカローラ南海事件です。

2.トヨタカローラ南海事件

(1)事案の概要

 本件で被告になったのは、新車販売等の事業を営む株式会社です(被告会社)。

 本件では会社とともに、原告が勤務していた店舗(本件店舗)の店長も訴えられています(被告P2)。

 原告になったのは、本件店舗で接客等を担当していた従業員の方です。

 原告は幾つかの請求を立てていますが、その内の一つが損害賠償請求です。

 原告は、本件店舗の店長であった被告P2からセクハラ行為等を受けてうつ病に罹患し、その後被告会社担当者の不適切な行為によりうつ病が悪化したとして、被告らに対し不法行為に基づく損害賠償を請求しました。

 この時、原告が立証手段として利用したのが、手帳の記載です。

 原告は、被告P2からセクハラ行為を受ける都度、それを手帳に記載して行ったと主張して、手帳を供述の信用性を補強する証拠として利用しようとしました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のとおり述べて、手帳に依拠した原告の供述の信用性を否定しました。

「原告は、被告P2が、別紙2のとおりのセクハラ行為を行った旨主張し、証拠として、本件手帳・・・を提出する。」
「しかしながら、・・・原告は、平成26年7月14日、P10係長に対し、被告P2らの行為について携帯電話に日記状態で残している旨述べており(実際には、携帯電話上のメモは、・・・「2012年11月15日11:21」作成とされるものしか存在しない・・・。)、都度記入した詳細な記載のある本件手帳があるのであれば、その存在について説明しないのは不自然であること、本件手帳の平成24年9月及び10月の頁には、原告の子どもの予定等私的な予定についての記載もあるところ、当時、原告が、その主張するような状態(別紙3)であったのであれば、私的な予定の管理と被告P2らの行為の日々の記録を同じ手帳に同時に行うというのも不自然であること、被告P2らの行為に関する本件手帳のメモの筆記具の変化が乏しい上、私的な予定を記載した筆記具と太さが異なること、以上の点に鑑みれば、本件手帳について、被告P2らからセクハラ行為等を受ける都度記載した旨の原告の供述は採用し難い。」
「そして、P5係長及びP6社員は、被告P2が別紙2記載のセクハラ行為(発言)をしたことを否定していること・・・、一方、原告申請に係るP7社員は、彼氏との性的行為があったのかどうかという発言を覚えている、性的発言は数回あった、詳細な言葉は覚えていない旨証言していること、・・・原告は、当初被告会社本社にセクハラ行為を受けた旨相談しておらず、P18医師・・・に対し、セクハラ行為を受けた旨述べたのも平成25年11月頃であること(原告は、セクハラ行為は侮辱的な行為であり、相手が医師とはいえ、初対面の人物に対し、自ら進んで話すことはありえないなどと主張するが、原告が主張する別紙2のセクハラ行為は、身体への直接の接触を伴うような性的行為を受けたという性質のものではない上した精神科の医師に対し、セクハラ行為の具体的内容についてはともかく、これを受け、真実、原告が主張するセクハラ行為を執拗に受け続けているなら、自ら進んで受診たこと自体すら全く伝えないのは不自然というほかない。)、健康保険傷病手当金請求書の『発病の原因』欄にも、同年10月までは『いじめ』『パワハラ』などと記載し、『セクハラ』とは記載していないこと(原告は、当初はセクハラ行為を記載せず、主治医から勧められてようやく記載した理由は、原告にとって、セクハラを受けた事実は屈辱的であり、人目に触れる書類にセクハラ行為を受けたことを記載することがはばかられたためであるなどと主張するが、・・・P18医師は、原告に対し、『発病の原因』欄にセクハラ行為について記載するよう勧めておらず、原告の方から、P18医師に対し、『発病の原因』欄に『セクハラ』と書いていいかどうか尋ねたことが認められるのであって、原告の主張は、その前提を欠く。)、以上の点を併せみれば、被告P2の原告に対するセクハラ行為は、P7社員が証言する上記アの限度で認められる(なお、原告の後ろ姿を携帯電話のカメラ機能で撮影し、職場で見せて回ったとの点については、原告の主張に基づいても、そもそも撮影行為は原告の背後で行われたということになり、真実原告を撮影したか否かは直ちに原告に分からないはずであること、P7社員も、そのような写真を見た記憶はなく、他の社員からそのような話を聞いたこともない旨証言していること、以上の点に照らすと、原告の主張する上記事実があったとは認められない。)。」

※ 平成24年9~10月ころの原告の状態(別紙3抜粋)

8月5日頃

食事が取れなくなってくる、被告P2のセクハラ発言をメモする気力もなくなる
9月11日

病院を受診し、不整脈及びストレス性ぜんそくであると診断
9月22日

原告の体重が約46kgから約40kgに減少していることが分かる
9月23日

不整脈が治らないため投薬治療を受ける
10月頃

「しんどい しんどい しんどい」「どうでもよくなってきた」「一体私は何?」「死んだらいいか」など気分や意欲の減退,自殺念慮といったうつ病特有の症状が出始める

3.信用性判断のポイント

 手帳の信用性が否定されたポイントになったのは、

① 言及されていなければならない場面・時期で言及された形跡がない、

② 私的な予定と同じ調子で書く類の出来事ではない、

③ 筆記具・筆跡がおかしい、

という点です。

 また、原告の供述の信用性を否定したポイントとして、

④ 身体への直接の接触を伴う性質のものなのか否か、

⑤ 「セクハラ」という言葉が医師の受診時に出てきた時の順序、

に注目している点も意味のある指摘だと思われます。

 加えて、原告側が

⑥ 憶測に基づいて見えないはずの行為(背後からの写真撮影)をセクハラとして主張したこと、

も裁判所に与える印象を悪くした可能性があるだろうと思います。

4.セクハラに関し、あらぬ疑いをかけられたら

 セクハラに関し、あらぬ疑いをかけられて損害賠償を請求された、会社から懲戒処分を受けそうになっているといったような場合には、上記のような着想がヒントになるかも知れません。

 ただ、この種事案における裁判例・経験則は、一つや二つ知っているからといってどうなるというものではありません。大量の裁判例を頭に叩き込んで着想の引き出しを多くすることで、初めて当該事案にとっての適切な対応・有効打を導くことができます。

 セクハラに関しては、真実被害を受けている場合でも、供述以外に明確な証拠が見当たらないことがあり得る事件類型です。そのことは裁判所も十分に理解しているため、供述しか証拠がないからといって被害を主張する側の証拠を簡単に排斥することはありません。被害を主張する側、そんなことはしていないと主張する側の双方の言い分を吟味検討して慎重に結論を出している例が多いのではないかと思います。

 あらぬ疑いで訴えられた時でも、「そんな証拠ないじゃないか。」と甘くみていると敗訴する可能性が十分にある事件類型です。身に覚えがないのにセクハラをしたと言われた時には、できるだけ早く弁護士のもとに対応を相談しに行くことをお勧めします。