弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

分限免職と病気(睡眠時無呼吸症候群、高次脳機能障害)、病気・障害はオープンにすべきか?

1.分限免職

 国や自治体には、公務能率を維持するため、適格性が欠如していたり、勤務成績が悪かったりする職員を免職することが認められています。これを分限免職といいます。

 地方公務員の場合、地方公務員法28条1項が、

「人事評価又は勤務の状況を示す事実に照らして、勤務実績がよくない場合」

「その職に必要な適格性を欠く場合」

には、職員の意向に反していたとしても、これを免職することができると定めています(同項1号及び3号参照)。

 勤務実績不良や適格性欠如を基礎づける行為が病気に基づいている場合、成績が悪いことや適格性に欠けていることを理由に職員を免職することが許されるのでしょうか。

 このことがテーマになった裁判例が、近時の公刊物に掲載されていました。

 大阪地判平31.1.9労働判例ジャーナル87-83大阪府事件です。

2.睡眠時無呼吸症候群、高次脳機能障害

 この事件で問題になった疾患は、睡眠時無呼吸症候群と高次脳機能障害です。

 高次脳機能障害というのは、怪我や病気で脳に損傷を負うことにより、記憶障害(新しい出来事を覚えられないなど)、注意障害(ぼんやりしていて、ミスが多いなど)、遂行機能障害(自分で計画を立ててものごとを実行することができないなど)、社会行動障害(思い通りにならないと、大声を出すなど)の症状が出て、日常生活や社会生活に制約がある状態を指す言葉です。

http://www.rehab.go.jp/brain_fukyu/rikai/

 弁護士実務上は、交通事故事件を処理する時などで直面することがある障害です。

 原告が病気・障害を持っていたことは、以下のとおり判決で認められています。

(睡眠時無呼吸症候群)

「原告は、住宅整備課在籍当時、職場で時々意識が飛んでしまうと周りから指摘され、睡眠時無呼吸症候群の検査を受けるよう言われたとして、平成17年6月、耳原総合病院の内科を受診した。」
「同病院における検査の結果、原告については、中等度の睡眠時無呼吸症候群であると診断され、同年7月からC-PAP(持続気道陽圧療法)を睡眠時に装着するという治療を開始したものの、装着が進まず、症状が改善しなかったため、原告は、平成18年5月頃を最後に同病院に通院しなくなった。」

「原告は、平成22年8月12日、P6総括補佐の付添いで、大阪回生病院睡眠医療センターを受診し、同病院のP8医師の診察を受けた。」
「同医師は、診察の結果、原告に対し、症候性てんかん、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、心因性要因の可能性があり、検査が必要である旨説明したが、原告は、『人を病気にしようとしている』などと拒否傾向が強かったことから、原告の納得や理解を得ながら検査を進めていく方針となった。」
「同月19日、同センターにおいて、原告に対する脳波検査が実施されたが、異常は発見されなかった。」
原告は、同月26日、上記診察や脳波検査の結果等に基づき、軽度から中等度の閉塞性睡眠時無呼吸症候群との診断を受け、その後約2か月ごとに通院し、治療を受けるようになった。」
「その後、原告は、食事制限による減量や、マウスピースの装着を指示され、1年以上にわたる治療の結果、平成23年12月頃には、10kg以上の減量に成功するとともに、業務中の居眠りが全く見られなくなった。

(高次脳機能障害)

原告は、平成24年5月11日、やまぐちクリニックを受診し、平成25年1月17日付けで、P4医師から頭部外傷後遺症による高次脳機能障害と診断されたことが認められる。
「被告は、高次脳機能障害の診断基準(甲3、4)のうち、検査所見(MRI、CT、脳波等により認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されていること)の要件を欠くため、原告については、高次脳機能障害があるとはいえないと主張する。」
「確かに、やまぐちクリニックにおいて、原告に対する上記MRI等の検査が実施された形跡はなく(甲23の〔1〕)、P4医師の医学的意見書(甲12)によっても、同医師が上記診断をするに当たり、上記要件につきどのような検討を行ったのかについては必ずしも明確とはいえない。しかしながら、証拠(甲3、4)によれば、上記要件を満たさない場合であっても他の要件を満たす場合には、例外的に高次脳機能障害と診断されることがあり得るとされていること、原告が平成29年11月14日に受けた頭部のMRI検査の結果(甲28、29)によれば、脳挫傷後の小脳・脳幹萎縮という器質的病変の存在が確認できること、以上の点に鑑みると、原告には、高次脳機能障害があると認められる。したがって、被告の上記主張は採用できない。」
「また、被告は、平成24年7月13日に実施されたウェクスラー成人知能検査の結果(甲2、23の〔2〕)には、高次脳機能障害の主要症状すら認められないかのような記載がある旨主張する。」
「しかしながら、証拠(甲12添付の文献2)によれば、P4医師は、上記検査を高次脳機能障害の総合評価(高次脳機能障害では動作性知能[PIQ]が言語性知能[VIQ]に対し有意に低い場合が多い。)のために実施したことがうかがわれる。そうすると、P4医師が、原告について、上記検査の結果に言語性知能(VIQ)が高い旨の記載があることをもって、高次脳機能障害の主要症状が認められないと判断したとまでは認められない。したがって、被告の上記主張は採用できない。」
「以上によれば、P4医師による上記診断に医学的な合理性がないとまでは言い難く、原告には、頭部外傷後遺症による高次脳機能障害があったと認めるのが相当である。

3.判明している病気(睡眠時無呼吸症候群)は、勤務成績の良否を判断するにあたり考慮される

 分限事由には上司から注意を受けている最中に居眠りをしたことが指摘されていました。

 しかし、裁判所は、

「被告は、住宅整備課当時の分限事由として、原告が上司から注意を受けている最中に眠っていたことを挙げるが(別紙1〔5〕)、上記3で認定した事実関係によれば、このような原告の「居眠り」は、睡眠時無呼吸症候群という原告の疾病に起因するものであると認められ、原告は、同疾病について、少なくとも本件処分時までに治療を受け改善されていたと認められるから、同事実を勤務実績不良等の事情として考慮するのは相当ではない。

と病気による居眠りを勤務成績不良等の事情として考慮することを否定しました。

4.認識できない障害(高次脳機能障害)は、考慮されないまま処分されても、不服を言えなくなる可能性がある

 高次脳機能障害に関しては、被告大阪府において認識することはできなかったことを理由に、考慮しないまま処分をしても処分の効力には影響しないと判断しました。

 具体的には、

「原告は、障害のある職員の適格性の有無の判断に当たっては、障害に対する合理的配慮が提供されてもなお適格性を欠いているか否かが判断されなければならないとして、高次脳機能障害のある原告について、合理的配慮の欠如という事情を考慮せずにされた本件処分には裁量権の行使を誤った違法がある旨主張する。」
「しかしながら、被告において原告の高次脳機能障害という障害に応じた具体的な合理的配慮を提供するためには、少なくとも本件処分当時、被告において原告が高次脳機能障害であることを認識し、又は認識し得たことが必要と解されるところ、上記3で認定説示したとおり、被告は、本件処分当時、原告が高次脳機能障害であることを認識し、又は認識し得たとは認められない。そうすると、合理的配慮の欠如に関する問題点を指摘する原告の上記主張は、その前提を欠くものであって、失当といわざるを得ない。」

と障害を考慮すべきとする原告の主張を排斥しました。

5.障害はオープンにすべきか?

 高次脳機能障害は、非常に分かりにくい障害です。

 判決でも、

「原告主張に係る『その他の問題行動』については、高次脳機能障害のない者にも存在し得るものであること、高次脳機能障害は、『見えない障害』『見えにくい障害』と称されるように、他人はおろか家族であってもその障害を理解することは困難であるとされていること(甲12・8頁)原告の高次脳機能障害は、9歳の時に負った頭部外傷により生じたものであり(甲12・21頁)、被告の職員に採用された後に生じたものではないこと、にもかかわらず、原告は、高次脳機能障害を含む脳の異常について、本件処分時までに受診したいずれの医療機関においても具体的な指摘を受けたことがなく、家族等からも脳の異常の可能性について指摘されたことはなかったこと(原告)」

が指摘されています。

 このような分かりにくい障害を持った方は、ただ単に成績の悪い人・適格性に欠ける人ということで職場から排除されがちです。

 大阪府事件でも、居眠りの点を度外視しても勤務実績不良や適格性欠如は基礎づけられる、高次脳機能障害は分からないものは考慮できなくても仕方ない、という論理で、分限免職処分の効力は維持されました(原告の請求棄却)。

 病気や障害のような私事性の強い情報は、明らかにすることに抵抗を覚える方もいると思います。

 また、地方公務員法上、

「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」

も分限免職事由とされているため(地方公務員法28条1項2号)、病気や障害なら免職されないというわけではありません。

 しかし、睡眠時無呼吸症候群が勤務実績不良等を打ち消す事実になっていることからも分かるとおり、疾病や障害はオープンにすれば、ある程度きちんと配慮してもらうことは可能です。少なくとも、一方的に勤務実績不良・適格性欠如と切り捨てられることは避けられる可能性があります。

 高次脳機能障害などの見えにくい障害に関しては、障害を持っていることを本人も周りも気づいていないことがあります。

 子どものときに交通事故にあったなど、何らかの心当たりのある方は、専門の医療機関を受診することも一考に値するかと思います。

 

分限回避義務

1.分限回避義務

 「分限」とは「公務能率を維持するための官職との関係において生ずる公務員の身分上の変動で職員に不利益を及ぼすもの」を言います(森園幸男ほか編『逐条 国家公務員法』〔学陽書房、全訂版、平27〕635頁参照)。

 国家公務員法上、

「官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合」

には職員を降任したり免職をしたりすることができるとされています(国家公務員法78条4号)。

 組織変更などによって余剰人員が発生した場合、それを整理することができるとするもので、民間で言う整理解雇に対応する仕組みです。

 民間の場合、整理解雇の有効性は、

「裁判例の集積により、①人員削減の必要性、②解雇回避措置の相当性、③人選の合理性、④手続の相当性を中心にその有効性を検討するのが趨勢である」

とされています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕363頁参照)。

 公務員の分限の場面にも、こうした考え方を類推することができるのかは、古くから議論の対象となってきました。

2.安定しない裁判例

 古くから議論されている割に、余剰公務員を分限免職するにあたり、国や自治体が分限回避義務を負っているのかどうか、負っているとして、その内容をどのように理解するのかに関しては、これといった定説を見出すことができません。

 例えば、福岡高判昭62.1.29労判499-64北九州市病院局長事件は、地方公務員の分限免職の場面で、

「分限免職処分を回避するための措置として、余剰人員の配置転換を命ずる義務があるとすることは、任免権者の人事権、経営権を制肘することを認めることになり妥当でなく、ただ、過員整理の必要性、目的に照らし、任免権者において被処分者の配置転換が比較的容易であるにもかかわらず、配置転換の努力を尽くさずに分限免職処分をした場合に、権利の濫用となるにすぎない」

と分限回避義務に消極的な判断をしています。

 他方、大阪地判平27.3.25LLI/DB判例秘書搭載は、日本年金機構の設立に伴う旧社会保険庁職員への分限免職処分の適否が問題になった事案で、

「任命権者において、同処分を回避することが現実に可能であるにもかかわらず、同処分を回避するために努力すべき義務(分限回避義務)を履行することなく同処分をした場合には、当該処分は、任命権者が有する裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして、違法なものになるというべきである。」

と分限回避義務を積極的に位置づけています。

3.近時公刊物に掲載された裁判例

 そうした議論状況の中、近時、分限回避義務の内容について踏み込んだ判示をした裁判例が公刊物に掲載されていました。

 東京高判平30.9.19労働判例1199-68国・厚生労働大臣(元社保庁職員ら)事件です。

 日本年金機構の設立に伴う旧社会保険庁職員への分限免職処分の適否が争われる事案は、上記の大阪地裁のものに限らず、全国で頻発しています。東京高裁の事例も、その系譜に属する事件です。

4.分限回避義務に対する判断

 東京高裁は分限回避義務について、

「分限免職処分は、被処分者に何ら責められるべき事由がないにもかかわらず、その意に反して免職という重大な不利益を課す処分であるから、同号の解釈上、処分権者である社保庁長官等は、分限免職処分をするに至るまでの間に、『廃職』の対象となる官職に就いている職員について、機構への採用、他省庁への転任又は他の組織への就職の機会の提供等の措置を採るなど分限免職処分回避に向けた努力をすべき義務(分限免職処分回避努力義務)を負うものというべきである。このような努力の内容や程度については、法令上明文の規定はなく、基本的に社保庁長官等の裁量に委ねられているというべきであるが、社保庁長官等において、特定の職員について分限免職処分を回避することが現実的に可能であったにもかかわらず、そのために合理的に期待される努力を怠った結果、分限免職処分に至ったものと認められる事情があるときは、当該職員に対する分限免職処分は、裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があった違法なものとして、取り消されるべきである。

とこれに積極的な評価を与えました。

 福岡高裁の昭和62年の判決のように「容易性」といった概念を持ち込んでいないことがポイントになります。

5.整理解雇の4要素との関係についての判断

 東京高裁は整理解雇の4要素と分限回避義務の関係について、

「いわゆる整理解雇の4要件(4要素)は、私的自治の原則が妥当する私人間の法律関係において、使用者による解雇権の行使を制限するために認められてきた解雇権濫用法理に基礎を置くものである。これに対し、憲法上、公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利であり(15条1項)、内閣は、法律の定める基準に従い、官吏に関する事務を掌理するものとされ(73条4号)、国公法に基づく任用関係にある国家公務員については、給与、勤務時間その他勤務条件に関する基礎事項が法律によって定められるという勤務条件法定主義が採用されている(国公法28条1項)一方、その公務員としての身分保障の見地から、分限処分をする場合の要件や手続が国公法及びその委任を受けた人事院規則において法定されており、職員の免職は、法律に定める事由に基づいてこれを行わなければならないとされている(国公法33条2項(平成26年法律第22号(同年5月30日施行)による改正前のもの。改正後は同条3項)のであるから、整理解雇の4要件(4要素)の法理の趣旨が参照されることがあり得ることはともかく、その法理が国家公務員に直接(類推)適用されるべきものと解することはできない。本件のように法律の改正による官制の改廃の結果、国公法78条4号の「廃職」が生じた場合においては、上記のとおり、「廃職」の要件は充足され、「廃職」の対象となる官職に就いている職員について、処分権者による分限免職処分回避のための努力がされた否かが問題となることは別として、人員削減の必要性自体は問題とならず、人選の合理性は分限免職処分回避努力や平等取扱原則等との関係で問題となることはあるとしても、それ自体が問題となるとはいえない。

と判示しました。

6.分限回避義務の主体についての判断

 東京高裁は分限回避義務の主体について、
「機構法に基づき設置された再生会議が取りまとめた最終整理は、機構に採用されない社保庁職員について、『厚生労働省及び任命権者である社会保険庁長官は、退職勧奨、厚生労働省への配置転換など、分限免職回避に向けてできる限りの努力を行うべきである』としていたのであり、政府も、最終整理を踏まえ、閣議決定した本件基本計画において、機構に採用されない社保庁職員については、『退職勧奨、厚生労働省への配置転換、官民人材交流センターの活用など、分限免職回避に向けてできる限りの努力を行う』としていたのであるから、本件基本計画を決定した内閣の構成員である上、公的年金事業の主任の大臣であり(厚労省は社保庁の廃止に伴いその業務の一部を引き継ぐことにもなる。)、社保庁をその外局に持ち社保庁長官の任命権を有していた厚労大臣も、本件基本計画に基づいて厚労省への配置転換を始めとした分限免職処分回避努力義務を負っていたというべきである。

と判示し、社会保険庁だけではなく、厚生労働大臣も分限回避努力義務を負うとしました。

 ただ、

「国家行政組織法上、国の行政事務は国の行政機関によって分掌され、所掌事務の範囲が法定されることになっていること、各行政機関はそれぞれの行政目的に従って活動しており、予算や定員による制約もあること、最終整理においても、分限免職処分回避努力を行うべき主体として厚生労働省及び社保庁長官のみを明示していることに照らすと、内閣及び全ての行政機関が社保庁長官及び厚労大臣と同列に直接具体的な分限免職処分回避努力義務を負っていると解することはできない。

と内閣までもが直接具体的な文言免職処分回避努力義務を負っていることは否定しています。

7.分限免職されたら

 組織変更による分限免職は、被処分者に何ら責任がなくても職を失ってしまうという不利益性の大きい処分です。

 旧社会保険庁の廃止に伴う近時の一連の紛争に関して言うと、裁判所は分限回避努力に積極的な位置づけを与えているように思われます。東京高裁が「容易性」といった考え方を採用せず、分限回避義務について踏み込んだ判断を示したことは注目に値します。

 東京高裁の判断は、後継組織の職員に移行させてもらえずに分限処分を受けた方に対して、分限免職処分の効力を争う足掛かりになるものだと思われます。

 

盗撮ハンターと非弁行為

1.盗撮ハンター

 ネット上に、

「盗撮魔に『2度とするな』と説教してお金要求…『盗撮ハンター』は正義の味方か?」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_1009/n_9799/

 記事には、

「相談者は、商業施設内で盗撮しました。その後、2人組の男に声をかけられ『要求に従えば何もしない』と伝えられたそうです。要求された50万円を渡し、動画を自分で削除。男たちは『2度とこんなことをしないように』と相談者を叱った上で、解放したといいます。」

「男性は『自分に非があることは重々承知はしていますが、盗撮ハンターと思わしき2人にも恐喝は成立しないのでしょうか』と聞いています。」

「『盗撮ハンター』たちの行為は『恐喝』など何らかの罪にあたるのでしょうか。」

と書かれています。

 これに対し、回答者となっている弁護士の方は、

「相談のケースでは、男性2人組の行為は、恐喝罪に該当する可能性があると考えます。刑法は『人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する』(第246条第1項)としています。」

「ここにいう『恐喝』とは、人に暴力を加えたり、被害を及ぼすことを伝えることで金銭などを要求することを言います。」

「今回のケースでは、盗撮ハンターは、相談者に『要求に従えば何もしない』と伝えており、要求に従わないと110番通報することをほのめかしています。」

「確かに、盗撮のような迷惑防止条例違反の犯罪を捜査機関に通報することは、一市民として推奨される行為ですが、仮に正当な行為であっても、相手の弱みに付け入り金銭を要求した場合、恐喝に当たる可能性があるのです。」

「男たちは『2度とこんなことをしないように』と相談者を叱ったとのことですが、自分たちが恐喝をしておきながら、金八先生、または、正義の味方のように振る舞うことに腹が立ちますね」

と回答しています。

 また、

「民事で、返金を求めることは可能でしょうか。」

との質問に対しては、

「相談者が『通報されたくない』という恐怖により冷静さを欠いて、50万円を渡してしまったことが立証でき、かつ2人組の氏名と住所がわかれば、民事訴訟において、この金額を取り戻せる可能性があると考えます」

と回答しています。

2.当該盗撮ハンターが被害者女性に代わって交渉した場合はどうか?

 確かに、当該盗撮ハンターが、被害者女性とは全く関係のないところで、要求に従わないと110番通報することを示唆し、口止め料として50万円を請求したのだとすれば、それは恐喝罪に該当すると言っても良いのではないかと思います。

 最三小判昭29.4.6刑集8-4-407も

「恐喝罪において、脅迫の内容をなす害悪の実現は、必ずしもそれ自体違法であることを要するものではないのであるから、他人の犯罪事実を知る者が、これを捜査官憲に申告すること自体は、もとより違法でなくても、これをたねにして、犯罪事実を捜査官憲に申告するもののように申し向けて他人を畏怖させ、口止料として金品を提供させることが、恐喝罪となることはいうまでもない。」

と判示しています。

 しかし、被害者女性に代わって、示談交渉をして、示談金の名目で50万円を受け取った場合はどうでしょうか。

 権利行使と恐喝との関係については、最二小判昭30.10.14刑集9-11-2173が、

「他人に対して権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であり且つその方法が社会通念上一般に忍溶すべきものと認められる程度を超えない限り、何等違法の問題を生じないけれども、右の範囲程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪の成立することがあるものと解するを相当とする」

と判示しています。

 「要求に従えば何もしない」というのが物理的な危害を加えないでやるという意味であれば、権利行使として逸脱しているというのにそれほどの問題はないとは思います。

 しかし、「要求に従わないと110番通報する」というニュアンスであったとすれば、それが、

「恐喝」行為に該当するのか、

仮に該当するとして、それが社会通念上一般に認容すべきものと認められる程度を逸脱すると言えるのか、

は、判断の難しい問題ではないかと思います。

 民事的にも、

「告訴または告発することは国民に与えられた権利であるから、これを行使することは、たとえ相手方に畏怖を生じさせて自分に有利な契約を締結させる目的でも、それだけでは必ずしも強迫にならない。」

と理解されています(我妻榮ほか『我妻・有泉 コンメンタール民法 総則・物権・債権』〔日本評論社、第2版、平21〕223-224参照)。

 個人的には、盗撮被害が真実であった場合、被害者(ないし法令上の資格を有する被害者代理人)が慰謝料50万円を請求し、「要求に従わなければ110番通報する」と言っただけで、恐喝罪として検挙してもらうのは難しいのではないかと思います。

3.弁護士法違反の可能性(非弁行為に該当する可能性)

 では、被害者の代理人として盗撮ハンターが通報を示唆して示談金をとることには何の問題もないのでしょうか。

 結論から申し上げると、そのようなことはありません。弁護士法違反の罪が成立する可能性があると思います。

 弁護士法72条本文は、

弁護士又は弁護士法人でない者は報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。

としています。

 この規制は、俗に非弁行為の禁止と言われることもあります。

 弁護士法72条に違反した者は、

「二年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。」

とされています(弁護士法77条3号参照)。

 債権者から債権の取立の委任を受けて、その取立のため請求、弁済の受領、債務の免除等の諸種の行為をすることについては、弁護士法第72条の「その他一般の法律事件」に関して、「その他の法律事務」を取り扱った場合に該当するとした判例があります(最一小判昭37.10.14刑集16-10-1048)。

 盗撮の多発地域で張り込みをして、被害に遭った方を見つけるとともに被害者や盗撮犯に声をかけ、親切を装って被害者から代わりに交渉することの了承を受け、盗撮犯に慰謝料を請求し、謝礼名目で慰謝料の一部を受け取る、そうした行為を反復継続している場合、当該盗撮ハンターには、弁護士法72条違反の罪が成立する可能性が高いのではないかと思います。

 また、弁護士法72条に違反する契約の私法的な効力に関しては、最一小判昭38.6.13民集17-5-744が、

「弁護士の資格のない上告人が右趣旨のような契約をなすことは弁護士法七二条本文前段同七七条に抵触するが故に民法九〇条に照しその効力を生ずるに由なきものといわなければならないとし、このような場合右契約をなすこと自体が前示弁護士法の各法条に抵触するものであつて、右は上告人が右のような契約をなすことを業とする場合に拘らないものであるとした原判決の判断は、当裁判所もこれを正当として是認する。」

と判示しています。

 したがって、当該盗撮ハンターなる者との契約は、法的に無効であるとして、払ったお金を取り戻せる可能性もあると思います(これが無効になったとしても、被害者に対して相応の慰謝料を支払わなければならないことに変わりはありませんが)。

4.被害者になった場合も加害者になった場合も、示談交渉の依頼は弁護士へ

 盗撮被害に遭った後、突然しゃしゃり出てきた盗撮ハンターなる人物に示談交渉を委ねてしまうと、後々、恐喝やら弁護士法違反の罪への関与を疑われる危険がないわけではありません。また、当該盗撮ハンターに不相当な謝礼を要求される可能性もあります。

 加害者の方に関していえば、犯罪を指摘されて、その場で冷静な意思決定をしていくのは、現実的に難しいのではないかと思います。

 現場での対応は、連絡先の確認・交換など最低限に留め、被害弁償を巡る交渉は、後日、弁護士に依頼して行った方が、トラブルにはなりにいだろうと思います。

 

残業代請求訴訟を提起したことに対する報復は許されない

1.残業代を請求する訴訟を提起したことへの報復

 公刊物に、残業代を請求する訴訟を提起したことへの報復として雇止め・再雇用拒否などを行ったことが、不法行為に該当すると判示された例が掲載されていました(東京高判平31.2.13労働判例1199-25 国際自動車ほか’(再雇用更新拒絶・本訴)事件)。

 裁判所は、こうした報復的な措置を行った会社に対し、慰謝料の支払いを命じました。慰謝料の支払いを命じた点は、一審、二審とも同じですが、原告の立場によって慰謝料には差が付けられています。

2.一審の判断

(1)報復目的の認定

 本件で原告になったのは、12名のタクシー乗務員です。

 裁判所は、雇止め等が残業代請求訴訟を提起したことの報復であることについて、次のとおり認定しました。

「原告A2から原告A10までが雇止めされた動機については、原告らが平成27年7月15日付けで被告会社に対して未払残業代の支払を催告する通知を送付した後、同年12月に入り、原告A1が、被告会社のE課長から別件訴訟の委任状への署名の趣旨を確認され、引き続き、平成28年1月16日に定年後再雇用をしない旨通告されたこと、その後原告組合が申し入れた団体交渉の場において、被告会社の当時の社長であった被告乙山が、会社に裁判を提起するような従業員については、信頼関係が保てないので再雇用や継続雇用をしない旨明言し、東京都労働委員会の調査期日においても、同様の内容を述べたこと、個人原告らが平成28年1月12日に別件訴訟を提起した後、被告会社が個人原告ら宛てに、同訴訟が提起されたとの通知に接した旨の確認書を送付したこと、被告乙山の指示により、同訴訟の原告となった従業員らに対し個別面談が行われ、複数の原告が同訴訟を取り下げたこと、被告会社の一連の行為により、残業代請求を断念した労働者が相当数に及んでいるという経緯に加え、後記の各原告の雇止めについての判断も併せ考慮すると、個人原告らが残業代の支払を請求し、その支払を求めるために別件訴訟を提起したことが、本件雇止め等の主要な動機であることが認められる。

 憲法32条は、

「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」

と規定しています。

 裁判所を含む公的機関が、訴訟提起への報復としての不利益な措置を是認することは、凡そ考えられません。

 そのため「会社に裁判を提起するような従業員については、・・・再雇用や継続雇用をしない」といったことは、例え内心でそう思っていたとしても、口に出されることはあまりありません。

 結果、報復目的であることの認定は難しいことも多いのですが、本件事案の会社社長は団体交渉と労働委員会の調査期日との二度に渡って素直に心境を吐露したため、雇止め等が残業代請求訴訟を提起した報復であることが認定されました。

(2)違法性

 報復的な雇止め等の違法性に関しては、次のとおり判示しています。

「別件訴訟において主張された賃金請求権が事実的、法律的根拠を欠くものであり、同訴訟の原告らが、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くことを認めるに足りる証拠はないことに照らすと、それ自体が違法とはいえない別件訴訟の提起をしたことそのものを主要な動機としてされた被告会社による本件再雇用拒否又は雇止め及びそれと相前後する一連の個人原告らに対する被告会社側からの働きかけは、国民の重要な基本的権利である裁判を受ける権利(憲法32条)に対する違法な侵害行為であるとともに、雇止めが無効であって、なお雇用契約に基づく賃金債権等を有している個人原告らにとっては、故意による債権侵害の違法な行為にも該当しうる行為である。」(※1)

(3)損害

 損害については、次のとおり判示し、会社に対し各原告に慰謝料として10万円を払うように命じました。

個人原告らは、本件雇止め及び本件再雇用拒否並びにその前後の一連の働きかけによって、別件訴訟の遂行に対する圧迫を受け、国民の重要な基本的である裁判を受ける権利を脅かされ、精神的苦痛を受けたものと認められる。ただし、個人原告らについては、実際に別件訴訟の取下げに至ったものではなく、前記残業代請求権の請求やその実現が直接侵害される結果にまで至っていないことなどの本件に顕れた事情を総合考慮すると、その精神的苦痛に対する慰謝料としては、各原告につきそれぞれ10万円と認めるのが相当である。」(※2)

3.二審の判断

(1)違法性

 違法性に関しては、一審の※1の末尾に次の判断を加えました。

「なお、上記説示のとおり、第1審被告会社が第1審原告A2、同A4及び同A9について雇止めとしたことについては、客観的に合理的な理由があったと評価することができたり、更新に対する合理的な理由があったと評価することができたり、更新に対する合理的期待を認めることができないといえたりするものの、上記の第一審被告会社による本件再雇用拒否又は雇止め及びそれと相前後する一連の第1審個人原告らに対する働きかけの態様を考慮すると、上記の点を考慮しても、これらの行為は、上記第1審個人原告らの裁判を受ける権利に対する違法な権利侵害であって、不法行為に該当すると言わざるを得ない。また、第1審原告A1、同A11及び同A12についても上記の評価が妥当するとともに、同人らについては、労働条件はともかく再雇用契約が締結される相当程度の可能性はあったものというべきであり、第一審被告会社の本件再雇用拒否によってこれが侵害されたことについて、上記第1審原告らはその精神的損害の賠償を求めることができるというべきであることは、前記説示のとおりである。」

(2)損害

 損害に関しては、一審の※2の末尾に次の判断を加えました。

「第1審原告A1、同A11及び同A12については、上記イと同様の精神的苦痛を受けるとともに、労働条件はともかく再雇用契約が締結される相当程度の可能性はあったにもかかわらず、第1審被告会社の本件再雇用拒否によってこれが侵害されたことによる精神的損害を受けたものというべきであり、第1審被告らの行為の態様に照らすと、それらの精神的損害に対する慰謝料としてはそれぞれ100万円と認めるのが相当である。

3.慰謝料100万円が認められたA1、A11、A12の立場

 一審と二審とでは、一部原告(A1、A11、A12)の慰謝料額の認定が異なっています。

 これは、A1、A11、A12は定年後再雇用の対象であったところ、被告会社の定年後再雇用制度においては何通りかの勤務形態が用意されていて、再雇用契約の勤務形態や労働条件を特定することができなかったからです。

 そのため、雇用契約の成立を認めることができず、報復的な再雇用拒否がなければ働き続けていられた可能性がそれなりにあったにも関わらず、地位確認請求を棄却せざるを得ないという立場に置かれていました。

 地位確認に伴う賃金請求で救済することができないことに対応し、比較的高額の慰謝料が認定されたのだと思われます。判決文においても、

「上記第1審原告ら3名についても、労働条件はともかく再雇用契約が締結される相当程度の可能性はあったものというべきであり、第1審被告会社の本件再雇用拒否によってこれが侵害されたことについて、上記原告ら3名はその精神的損害の賠償を求めることができるというべきであって、この点は、同人らが請求している慰謝料額の算定において考慮すべきである。」

と「相当程度の可能性」を慰謝料の算定にあたり考慮したことが指摘されています。

 本件で原告らの請求慰謝料額は100万円とされていました。裁判所は請求額以上の慰謝料額を認定することはできないため、認容額が100万円となりましたが、より高い金額を請求していれば、慰謝料額はもっと高額になった可能性もあると思われます。

4.訴訟を提起したことへの報復は許されない

 本件に限らず、訴訟を提起するという話をすると、相手から報復されるかもしれないという懸念を示される方がいます。

 しかし、裁判を受ける権利は、誰にでも等しく保障されている権利です。訴訟提起によって不利益を受けることは、あってはなりません。

 訴訟を提起したことを理由とする報復を、裁判所ほか公的機関が是認することは凡そ在り得ません。むしろ、訴訟提起を妨害する行為に対しては、厳しい姿勢をとるのが一般です。

 報復目的の認定の難しい事案があることは否定できませんが、訴訟提起への報復行為に対しては慰謝料を請求することも可能なので、少なくとも代理人弁護士が選任されている事案において露骨な報復に及んでくることは、それほど多くはないだろうと思います。

 そのため、裁判をするかどうかを考えるにあたり、報復されることを過度に恐れる必要はないと思います。

 

身だしなみチェック(飲食の職場へのスマホ持ち込みチェック)はセクハラの問題か?

1.身だしなみチェックは、セクハラ?

 ネット上に、

「勤務先の身だしなみチェックがひどい 体臭嗅がれ、ズボンの上をコロコロ」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_5/n_9788/

 記事には、

「回転寿司でパートをしている女性は、仕事に入る前に責任者から身だしなみチェックを受けることになっています。その際、スマホを持っていないか確認するため、粘着テープでズボンの上まで入念にコロコロされるそうで『不快です。違法ではないのですか』と聞いています。」

という事例が紹介されています。

 回答をしている弁護士の方は、

「コロコロをされることについては、セクハラに該当する可能性があります。セクハラとは、職場における労働者の意に反する性的言動であって、労働者の対応によって、労働者に不利益を与えたり職場環境を害したりするものです。」

「性的言動の例には、身体への不必要な接触と言った性的な行動も含まれます。スマホの確認のために、あえてコロコロテープを利用して体を触る必要があるとは思えません。さらに、労働者がコロコロを止めて欲しいと何らかの抗議をしながらも、コロコロを続けているのであればそれはセクハラになり得ます」

との見解を出しています。

 私も、所掲の事案には、違法性が認めらる可能性があると思います。ただ、セクハラというよりも、単なる人格権侵害・プライバシー権侵害の問題であるのではないかと思います。

2.コロコロの件は「性的な言動」か?

(1)性的な言動?

 「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)最終改正:平成28年8月2日厚生労働省告示第314号」は、

「職場におけるセクシュアルハラスメントには、職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けるもの(以下「対価型セクシュアルハラスメント」という。)と、当該性的な言動により労働者の就業環境が害されるもの(以下「環境型セクシュアルハラスメント」という。)がある。」

としています。

 そして、
「『性的な言動』とは、性的な内容の発言及び性的な行動を指し、この『性的な内容の発言』には、性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報を意図的に流布すること等が、『性的な行動』には、性的な関係を強要すること、必要なく身体に触ること、わいせつな図画を配布すること等が、それぞれ含まれる。」

と理解されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000133471.html

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000133451.pdf

 回答者の弁護士は、この指針上の表現をもとに、「セクハラになり得ます」と言っているのではないかと思います。

 しかし、

「大規模チェーン店での『不適切動画』騒動が相次いでいる。大手定食チェーン店『大戸屋』では、マスクをかぶった店員がズボンを脱いで露出した下半身をお盆で隠す動画が投稿されて流出。回転ずしチェーン『くら寿司』では、食材の魚の切り身をゴミ箱に捨てた後にまな板に戻して調理しようとする映像が流れ、大手コンビニの『ファミリーマート』では、商品のペットボトルを蓋ごと舐める店員の悪ふざけ動画がSNS上で公開された。」

などの昨今の報道を考えると、飲食の会社がスマートフォンの持ち込みに神経質になるのは理解できないわけではありません。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190320-00000004-pseven-soci

 スマートフォンの持ち込みの阻止に性的な意図はないことは十分考えられます。

 指針上、

「職場におけるセクシュアルハラスメントには、同性に対するものも含まれる」

と理解されています。

 しかし、女性従業員が不適切動画の作成・拡散を阻止する趣旨で、女性従業員のズボンのポケットにコロコロで触れることを想定すると、これがセクハラに該当するといえるのかは、議論になり得ると思います。

 少なくとも、性的な関係の強要と同質の行為・その延長線上の行為というには違和感があるという見解を、排斥できると言い切るには躊躇を覚えます。

(2)単なる人格権侵害・プライバシー権侵害ではないか?

 元々、会社は、従業員の所持品を検査すること自体、できないわけではありません。

 金品の不正隠匿の摘発・防止のために行なわれた所持品検査についての判示ではありますが、最高裁は、

「所持品検査は、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当を方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。そして、このようなものとしての所持品検査が、就業規則その他、明示の根拠に基づいて行なわれるときは、他にそれに代わるべき措置をとりうる余地が絶無でないとしても、従業員は、個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等、特段の事情がないかぎり、検査を受忍すべき義務があり、かく解しても所論憲法の条項に反するものでない」

と述べています(最二小判昭43.8.2労働判例152-34西日本鉄道事件参照)。

 問題は、コロコロで身体に触れることが、方法や程度において妥当かどうかだと思われます。

 バス車掌に対する所持品検査の適否が問題とされた事案で、

被検査者に何らの不審な点もないのにその着衣の上から検査者が手で触わったり、被検査者自身に全てのポケットの中袋を裏返しさせたりするいわゆる確認行為は、被検査者をバス乗務員であるがゆえにチャージするおそれのある者とみて不信感を露骨に表明し、これに多大の屈辱感、悔辱感を与えかねない行為と認めざるを得ない。

と判示し、所持品検査を違法とした裁判例があります(山口地下関支判昭54.10.8労働判例330-99 サンデン交通事件参照)。

 手で触るのか、コロコロで触るのかとうい問題はありますが、あまりに露骨な確認行為は、従業員に屈辱感、侮辱感を与える点で問題だと思われます。

 記事に掲げられている女性も、性的な意味で不快だというよりは、職場から不信感を露骨に表明され、屈辱感、侮辱感を覚えているという点で不快だと言っているのではないかと思います(男性からコロコロで触られているとすれば、いの一番にくるのは、男性に身体検査をされるのはセクハラではないかという相談であるような気がします)。

 サンデン交通事件との関係において、記事の事案でも、何か疑わしい徴表でもあればともかく、そうでもないのに自己申告を超え、身体に接触しての検査を行うことには、違法性が認められる可能性があるのではないかと思います。

3.問題を解決するための方法(法律構成)は一つではない

 セクハラに該当する場合、事業主が用意している「雇用管理上必要な措置」(均等法11条)での救済を求めることが考えられます。

(記事には「今年5月には、いわゆるセクハラやパワハラをふくむ職場のハラスメント対策を定めたハラスメント規制法が成立しました。この法律によって、セクハラ・パワハラに対して声を挙げやすくなり、事業主には相談体制の整備などの防止対策をとることが義務付けられました。」と書かれていますが、セクハラの場合、均等法11条で元から事業主には相談窓口の整備等が義務付けられています。)

 その意味で、セクハラへの該当性を議論することに意味がないとは思いません。

 記事の事件でも、相談を受けた会社が、「性的」要件の問題に拘らず、セクハラの問題として対応し、適切な是正措置をとるのであれば、特段の問題はないかと思います。

 しかし、私は、記事の事案は「性的」要件の問題で、セクハラの問題として採り上げてくれないという事態も十分あり得ると思っています。

 この場合でも、諦めることはありません。

 所持品検査の限界という観点から光を当てることにより、会社の対応は違法だとして是正を求めて行ける可能性は十分にあると思っています。

 会社から

「スマホ検査は、不適切動画の拡散を防ぐための正当な措置である。女性従業員に担当させているし、そこに性的な意味合いはない。よって、セクハラではない。」

などと言われても、それで全てを諦めてしまう人が出ないよう、本稿を執筆しました。

 

片道2時間の通勤になる配置転換 パニック障害があるからといって、それだけで拒否して大丈夫なのか?

1.通勤時間が長くなる配置転換

 ネット上に

「パニック障害、復職したら『片道2時間』の通勤に…拒否できる?」

との記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190619-00009756-bengocom-life

 記事は、

「相談者は体調不良のため2カ月間、休職。復職しようとしたところ『電車およびバスを乗り継いで片道2時間かかる部署』への異動を打診された。」

「相談者がパニック障害を抱えていること、電車に乗ることができないことは人事担当者にも伝えていた。そこで事実上の退職勧奨ではないかと不安を募らせているそうだ。」

との設例のもと、

「今回の配転命令は、不利益性が高いように思うが、業務である以上、仕方ないのだろうか。」

と問題提起しています。

 これに対し、回答者となっている弁護士の方は、

「(1)業務上の必要性がない場合、(2)業務上の必要性がある場合であっても、不当な動機・目的等をもってなされた場合や、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じる場合、配転命令は権利濫用となります(東亜ペイント事件-最判昭和61年7月14日労判477号6頁)」

「本件の配転命令につき、業務上の必要性があったのかどうか、相談者を退職に追い込もうという不当な動機・目的等があったのかどうかは定かではありません。」

「ただ、相談者はパニック障害を抱え、電車に乗ることができない状態にあるとのことです。 電車やバスを乗り継いで片道2時間もの時間をかけて通勤することは事実上不可能であり、その不利益は著しいものといえるでしょう。

「裁判例においても、メニエール病に罹患した労働者に対する転勤命令につき、転勤により1 時間40分以上を要する通勤時間に耐えられるか疑問であること等を指摘して転勤命令を無効としたケースがあります(ミロク情報サービス事件-京都地判平成12年4月18日労判790 号39頁)。」

などと回答しています。

 しかし、転居の可能性を検討することなく、パニック障害に罹患していて電車に乗ることができない状態にある事実と、電車やバスを乗り継いで片道2時間もの時間をかけて通勤することから「その不利益は著しいものといえる」と結論付けることは、少し危険ではないかと思います。

 より具体的に言うと、転居の可能性を検討する必要があると思います。

2.就業規則により会社は転居命令を出すことができる

 労働者に対し、転居命令を出すことの可否が争われた事案があります(東京地判平30.6.8労働判例ジャーナル82-58 ハンターダグラスジャパン事件)。

 この事件で、裁判所は、

「憲法22条1項は『何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。』としており、同条は民法90条を介して原告と被告の労使関係にも一定の拘束力がある。しかし、被告の就業規則には、被告は、『その判断で社員の配置転換又は転勤を命じることができ』(10条)、『業務上の必要若しくは業務上の都合により、社員に対し就業場所若しくは従事する職務の変更を命じることがあ』り(13条)、『人事異動により居住地の変更を要する場合の取扱いは別に定める』(15条)との定めがあるから、被告は、原告との個別の合意なくして原告の勤務場所を決定し、勤務先の変更に伴って居住地の変更を命じて労務の提供を求める権限を有する。

「さらにその権限に基づき、使用者は、配置転換等の業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所や居住地を決定することができる。

との判断を示しています。

 要するに、会社は、配置転換に合わせて、労働者に対して、引っ越せという命令を出せるということです。

3.転居命令が有効と認められる範囲は広い

 上述のハンターダグラス事件では、転居命令の有効性について、

転勤命令(転居命令)につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該命令は権利の濫用になるものではない。そして業務上の必要性については、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは業務上の必要性が肯定される。(転勤命令権につき、最高裁判所昭和59年(オ)第1318号同61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)」

との判断枠組を示しています。

 裁判所が引用している判例は記事でも引用されている東亜ペイント事件です。

 東亜ペイント事件と同じ枠組みのもと、裁判所は転居命令の有効性を広く承認していることが窺われます。

4.転居の可能性は著しい不利益が認められるか否かの考慮要素となる

 転居することができるかどうかは、著しい不利益が認められるか否かを判断するうえでの考慮要素になります。

 例えば、東京地判平9.1.27労働経済判例速報1632-32は、

「原告の現在の住居から本社・玉川工場に通勤するには、片道二時間を超える通勤時間を要するというのであり、独身の女性である原告が漸く入居できた賃貸の公団住宅で老後も安定した生活を続けて行きたいと強く望んでいることも、心情として理解できないわけではないが、首都圏における通勤事情に鑑みれば、片道二時間を超えるといってもあながち通勤が不可能であるとはいえないし、通勤時間を短縮するために転居することが不可能な情があるとも認めがたい。そうすると、結局、以上のような事情があるからといって、本件配転命令が原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利を負わせるものとまではいうことができない。

との判断を示しています。

5.ミロク情報サービス事件との関係

 回答者となっている弁護士の方が指摘しているとおり、ミロク情報サービス事件で、裁判所は、メニエール病に罹患した労働者に対する転勤命令につき、転勤により1時間40分以上を要する通勤時間に耐えられるか疑問であること等を指摘して転勤命令を無効としています。

 その判示事項は、下記のとおりです。

中堀(被告会社の京都支社長 括弧内筆者)は、原告の売上が伸びないのは労働意欲や営業努力が欠如しているからであり、また原告には他の従業員との協調性もないと判断し、原告の大阪支社への転勤を本社に申請し、平成一〇年三月二五日、本社から連絡を受け、原告に大阪支社への転勤と主任からの降職の内示を行ったが、原告にこれを拒否されたことなどの事実を認めることができる。」
「そこで、以上の認定事実等を勘案すると、原告は、被告から法的根拠がないのに自宅待機命令を受け、その間にメニエールの病に罹患したため、自宅待機命令が解除されて職場に復帰した後は、睡眠不足等によりめまい発作が起こらないよう注意しながら生活していたこと、原告は、メニエール病に罹患していることを京都支社長であった清水及び中堀はもちろん、京都支社の他の従業員にも知らせていたのであり、メニエール病のため仕事等に支障が生じるかも知れないことは周知されていたこと被告は、原告につき、他の従業員とは異なり、飛び込みによる会計事務所の新規開拓の仕事に専任させており、この仕事による売上はもともと僅かしか期待できないものであったこと、原告の供述によると、原告が自宅から大阪支社に通勤するには一時間四〇分以上を要するが、メニエール病のため、このような長時間の通勤に耐えられるかどうかは疑問であることなどを指摘することができ、これらの諸点を勘案すると、本件転勤命令は、被告の転勤命令権の濫用であって許されないというべきである。」

 ミロク情報サービス事件で問題となった配置転換は、売上が伸びないことによる労働意欲や営業努力の欠如、協調性の欠如が主な理由とされています。

 しかし、判決文では、仕事等への支障がメニエール病のためであることが示唆されていますし、売上が上がらないのも本人のせいでないことが指摘されています。

 ミロク情報サービス事件は、使用者側が主張していた配置転換命令の合理性を基礎づける事実を否定した事案であり、長時間の通勤に耐えられないことだけを問題視しているわけではありません。むしろ、判決における指摘順序からすると、通勤時間の点は傍論的な判示ではないかとも思われます。

6.著しい不利益が認められるかどうかは、転居可能性によるのではないか

 結局、記事のような配置転換が労働者に「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じる」と認められるかどうかは、相談者の方の転居可能性に依存してくるのではないかと思います。

 何か転居できないことを基礎づける理由があればよいのですが、そうでない場合に単純に現住所地からの通勤が不可能であるとして「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じる」と判断して配置転換を拒むのはかなり勇気がいるのではないかと思います。

7.配置転換の有効性に関する判断は慎重に

 なぜ、このようなことを書くのかというと、配置転換の有効性に関しては判断が難しいうえ、判断を誤ると決定的な不利益に繋がりかねないからです。

 配置転換を拒み、決められた場所・部署で労務提供をしないと、会社は労働者を解雇してきます。配置転換命令の有効性は、しばしば解雇の適法性・有効性を判断する中で議論されています。

 現行の判断枠組みを前提にする限り、配置転換命令の効力を否定することは、決して簡単ではありません。

 そのため、配置転換命令に従わないという決断を下すにあたっては、ネット上の一般論で間に合わせるのではなく、当該個別の事案における見解を弁護士に相談してからにすることをお勧めします。

 

ブラック再雇用の違法性

1.ブラック再雇用

 ネット上に、

「『ジャマだジジイ!』ブラック再雇用の酷すぎる現状」

という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190619-01580233-sspa-soci

 記事には、

「賃金が急降下する定年再雇用。『ご褒美再雇用は役員クラスの一握りのみ。中にはバイト並みに下げられることも……』と話すのは、社労士の平田純一氏だ。」

と書かれています。

 そして、

「定年を迎えた人が“望めば”必ず65歳までは継続雇用するという制度で、契約賃金は会社に委ねられています。最低賃金並みの時給制で、社会保険や厚生年金の加入が不要になる週20時間以内労働という契約も。国から支給される高年齢雇用継続給付を加えても、月10万円程度の人もいます」

との社会保険労務士の言葉を紹介しています。

 しかし、「契約賃金は会社に委ねられています。」との言葉が、賃金を会社が自由に決定できるとする意味合いで使われているとすれば、それは適切ではない理解だと思います。

2.到底受け入れ難いような労働条件を提示することには違法性がある

 定年後再雇用の場面で大幅な労働条件の切り下げを行うことの可否が問題になった事事案に、福岡高判平29.9.7労働判例1167-49九州惣菜事件があります。

 この事件では、定年前に33万5500円の月額賃金をもらっていた労働者に対し、時給900円・月収ベースで月額賃金8万6400円になるような給与水準を示すことの適否が争われました。

 裁判所は、

再雇用について、極めて不合理であって、労働者である高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難いような労働条件を提示する行為は、継続雇用制度の導入の趣旨に違反した違法性を有する
「その判断基準を検討するに、継続雇用制度(高年法9条1項2号)は、高年齢者の65歳までの『安定した』雇用を確保するための措置の一つであり、『当該定年の引上げ』(同1号)及び『当該定年の定めの廃止』(同3号)と単純に並置されており、導入にあたっての条件の相違や優先順位は存しないところ、後二者は、65歳未満における定年の問題そのものを解消する措置であり、当然に労働条件の変更を予定ないし含意するものではないこと(すなわち、当該定年の前後における労働条件に継続性・連続性があることが前提ないし原則となっており、仮に、当該定年の前後で、労働者の承諾なく労働条件を変更するためには、別の観点からの合理的な理由が必要となること)からすれば、継続雇用制度についても、これらに準じる程度に、当該定年の前後における労働条件の継続性・連続性が一定程度、確保されることが前提ないし原則となる

「有期労働契約者の保護を目的とする労働契約法20条の趣旨に照らしても、再雇用を機に有期労働契約に転換した場合に、有期労働契約に転換したことも事実上影響して再雇用後の労働条件と定年退職前の労働条件との間に不合理な相違が生じることは許されないものと解される(同法3条所定の労働契約の諸原則もそのような解釈を補強するものである。)。」
例外的に、定年退職前のものとの継続性・連続性に欠ける(あるいはそれが乏しい)労働条件の提示が継続雇用制度の下で許容されるためには、同提示を正当化する合理的な理由が存することが必要である
「本件提案の労働条件は、定年退職前の労働条件との継続性・連続性を一定程度確保するものとは到底いえない。」
「月収ベースの賃金の約75パーセント減少につながるような短時間労働者への転換を正当化する合理的な理由があるとは認められない。」

と判示し、会社に対し、原告への慰謝料100万円の支払いを命じました。

 この判決は、平成30年3月1日に上告棄却判決、上告不受理決定が出されたことにより確定しています(最一小平30(受)29号、同平30(オ)26号、同平30(受)28号)。

 福岡高裁の判示の趣旨からすれば、高年齢雇用継続給付を併せて月収が10万程度にしか満たない労働条件を提示することには、違法性が認められる可能性があります。

3.再雇用の条件が酷すぎる場合、慰謝料を請求することも視野に入れてはどうか

 記事には、

「そんな賃金契約でも、すがりつきたいのが定年世代の本音。」

と書かれています。

 しかし、適切な報酬が払われない作業にすがりつくことに、果たして本当に意味があるのかどうかは、よく考えてみてもいいように思われます。

 到底受け入れ難いような労働条件を提示された場合、会社に媚びたりせず、慰謝料を請求するのも、一つの選択ではないかと思います。