弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

盗撮ハンターと非弁行為

1.盗撮ハンター

 ネット上に、

「盗撮魔に『2度とするな』と説教してお金要求…『盗撮ハンター』は正義の味方か?」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_1009/n_9799/

 記事には、

「相談者は、商業施設内で盗撮しました。その後、2人組の男に声をかけられ『要求に従えば何もしない』と伝えられたそうです。要求された50万円を渡し、動画を自分で削除。男たちは『2度とこんなことをしないように』と相談者を叱った上で、解放したといいます。」

「男性は『自分に非があることは重々承知はしていますが、盗撮ハンターと思わしき2人にも恐喝は成立しないのでしょうか』と聞いています。」

「『盗撮ハンター』たちの行為は『恐喝』など何らかの罪にあたるのでしょうか。」

と書かれています。

 これに対し、回答者となっている弁護士の方は、

「相談のケースでは、男性2人組の行為は、恐喝罪に該当する可能性があると考えます。刑法は『人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する』(第246条第1項)としています。」

「ここにいう『恐喝』とは、人に暴力を加えたり、被害を及ぼすことを伝えることで金銭などを要求することを言います。」

「今回のケースでは、盗撮ハンターは、相談者に『要求に従えば何もしない』と伝えており、要求に従わないと110番通報することをほのめかしています。」

「確かに、盗撮のような迷惑防止条例違反の犯罪を捜査機関に通報することは、一市民として推奨される行為ですが、仮に正当な行為であっても、相手の弱みに付け入り金銭を要求した場合、恐喝に当たる可能性があるのです。」

「男たちは『2度とこんなことをしないように』と相談者を叱ったとのことですが、自分たちが恐喝をしておきながら、金八先生、または、正義の味方のように振る舞うことに腹が立ちますね」

と回答しています。

 また、

「民事で、返金を求めることは可能でしょうか。」

との質問に対しては、

「相談者が『通報されたくない』という恐怖により冷静さを欠いて、50万円を渡してしまったことが立証でき、かつ2人組の氏名と住所がわかれば、民事訴訟において、この金額を取り戻せる可能性があると考えます」

と回答しています。

2.当該盗撮ハンターが被害者女性に代わって交渉した場合はどうか?

 確かに、当該盗撮ハンターが、被害者女性とは全く関係のないところで、要求に従わないと110番通報することを示唆し、口止め料として50万円を請求したのだとすれば、それは恐喝罪に該当すると言っても良いのではないかと思います。

 最三小判昭29.4.6刑集8-4-407も

「恐喝罪において、脅迫の内容をなす害悪の実現は、必ずしもそれ自体違法であることを要するものではないのであるから、他人の犯罪事実を知る者が、これを捜査官憲に申告すること自体は、もとより違法でなくても、これをたねにして、犯罪事実を捜査官憲に申告するもののように申し向けて他人を畏怖させ、口止料として金品を提供させることが、恐喝罪となることはいうまでもない。」

と判示しています。

 しかし、被害者女性に代わって、示談交渉をして、示談金の名目で50万円を受け取った場合はどうでしょうか。

 権利行使と恐喝との関係については、最二小判昭30.10.14刑集9-11-2173が、

「他人に対して権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であり且つその方法が社会通念上一般に忍溶すべきものと認められる程度を超えない限り、何等違法の問題を生じないけれども、右の範囲程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪の成立することがあるものと解するを相当とする」

と判示しています。

 「要求に従えば何もしない」というのが物理的な危害を加えないでやるという意味であれば、権利行使として逸脱しているというのにそれほどの問題はないとは思います。

 しかし、「要求に従わないと110番通報する」というニュアンスであったとすれば、それが、

「恐喝」行為に該当するのか、

仮に該当するとして、それが社会通念上一般に認容すべきものと認められる程度を逸脱すると言えるのか、

は、判断の難しい問題ではないかと思います。

 民事的にも、

「告訴または告発することは国民に与えられた権利であるから、これを行使することは、たとえ相手方に畏怖を生じさせて自分に有利な契約を締結させる目的でも、それだけでは必ずしも強迫にならない。」

と理解されています(我妻榮ほか『我妻・有泉 コンメンタール民法 総則・物権・債権』〔日本評論社、第2版、平21〕223-224参照)。

 個人的には、盗撮被害が真実であった場合、被害者(ないし法令上の資格を有する被害者代理人)が慰謝料50万円を請求し、「要求に従わなければ110番通報する」と言っただけで、恐喝罪として検挙してもらうのは難しいのではないかと思います。

3.弁護士法違反の可能性(非弁行為に該当する可能性)

 では、被害者の代理人として盗撮ハンターが通報を示唆して示談金をとることには何の問題もないのでしょうか。

 結論から申し上げると、そのようなことはありません。弁護士法違反の罪が成立する可能性があると思います。

 弁護士法72条本文は、

弁護士又は弁護士法人でない者は報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。

としています。

 この規制は、俗に非弁行為の禁止と言われることもあります。

 弁護士法72条に違反した者は、

「二年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。」

とされています(弁護士法77条3号参照)。

 債権者から債権の取立の委任を受けて、その取立のため請求、弁済の受領、債務の免除等の諸種の行為をすることについては、弁護士法第72条の「その他一般の法律事件」に関して、「その他の法律事務」を取り扱った場合に該当するとした判例があります(最一小判昭37.10.14刑集16-10-1048)。

 盗撮の多発地域で張り込みをして、被害に遭った方を見つけるとともに被害者や盗撮犯に声をかけ、親切を装って被害者から代わりに交渉することの了承を受け、盗撮犯に慰謝料を請求し、謝礼名目で慰謝料の一部を受け取る、そうした行為を反復継続している場合、当該盗撮ハンターには、弁護士法72条違反の罪が成立する可能性が高いのではないかと思います。

 また、弁護士法72条に違反する契約の私法的な効力に関しては、最一小判昭38.6.13民集17-5-744が、

「弁護士の資格のない上告人が右趣旨のような契約をなすことは弁護士法七二条本文前段同七七条に抵触するが故に民法九〇条に照しその効力を生ずるに由なきものといわなければならないとし、このような場合右契約をなすこと自体が前示弁護士法の各法条に抵触するものであつて、右は上告人が右のような契約をなすことを業とする場合に拘らないものであるとした原判決の判断は、当裁判所もこれを正当として是認する。」

と判示しています。

 したがって、当該盗撮ハンターなる者との契約は、法的に無効であるとして、払ったお金を取り戻せる可能性もあると思います(これが無効になったとしても、被害者に対して相応の慰謝料を支払わなければならないことに変わりはありませんが)。

4.被害者になった場合も加害者になった場合も、示談交渉の依頼は弁護士へ

 盗撮被害に遭った後、突然しゃしゃり出てきた盗撮ハンターなる人物に示談交渉を委ねてしまうと、後々、恐喝やら弁護士法違反の罪への関与を疑われる危険がないわけではありません。また、当該盗撮ハンターに不相当な謝礼を要求される可能性もあります。

 加害者の方に関していえば、犯罪を指摘されて、その場で冷静な意思決定をしていくのは、現実的に難しいのではないかと思います。

 現場での対応は、連絡先の確認・交換など最低限に留め、被害弁償を巡る交渉は、後日、弁護士に依頼して行った方が、トラブルにはなりにいだろうと思います。