弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の懲戒処分-窃盗:被害額が少なくても免職になりえる

1.懲戒処分の量定基準

 平成12年3月31日職職-68(懲戒処分の指針について)は、公務外での窃盗について、

「他人の財物を窃取した職員は、免職又は停職とする。」

と規定されています。

 こうした規定ぶりをみると、比較的被害額の少ない軽微な窃盗については、停職に留められそうにも思われます。

 しかし、裁判例で争われる事案を見ると、話はそう単純ではありません。被害額が少額に留まっていても、懲戒免職になる事案はあります。近時公刊された判例集に掲載されている大阪地判令3.6.30労働判例ジャーナル115-26 大阪府・府教委事件も、そうした事案の一つです。

2.大阪府・府教委事件

 本件で原告になったのは、平成2年に採用されて以降、公立小学校の教諭として勤務していた方です。平成25年8月、パチンコ店で5円メダルを20円メダルにすり替えて取得しようとしていたところを見とがめられ、現行犯逮捕されました。

 このことは職場にも知られ、処分行政庁は、次の事実を理由に、原告に懲戒免職処分を行いました(本件免職処分)

「原告は、平成25年8月4日、布施店において、5円メダル約400枚を購入した上、同月10日、緑橋店において、上記メダル約400枚の一部を20円スロットの台に入れて返却ボタンを押す方法により、同台から20円メダルを窃取するとともに、5円メダルを20円スロットの台に投入して不正に遊戯を行った。」

「原告は、同月11日、布施店において、5円メダル約800枚を購入し、同月13日、八尾店において、上記メダルの一部を20円スロットの台に入れて返却ボタンを押す方法により、同台から20円メダルを窃取するとともに、5円メダルを20円スロットの台に投入して不正に遊戯を行った。」

「原告は、同月14日、八尾店において、原告が同月11日に布施店で購入した5円メダルのうち約200枚を20円スロットの台に入れて返却ボタンを押す方法により、同台から20円メダルを窃取するとともに、窃取したメダルを用いて不正に遊戯を行ない、さらに、原告が同月11日に布施店で購入した5円メダルのうち約50枚を、同様の方法により20円メダルにすり替えたところを、八尾店店員に発見され、警察官に窃盗の容疑で現行犯逮捕された。」

「これらの行為により、原告は、本件会社から、20円メダル約1000枚を窃取した。」

 これに対し、本件懲戒処分の取消を求め、原告が、勤務先である地方公共団体(大阪府)を訴えたのが本件です。

 原告が不正に持ち出して遊戯した20円メダルは約1050枚であり、

(20円-5円)×1050枚=1万5750円

が被害総額とされました。一般に窃盗の被害額として多額とまではいえないように思われます。

 また、原告が被害填補に迷惑料を含めて5万円を支払ったほか、本件会社は刑事処分を望まない旨述べて原告を宥恕していました。刑事手続としても、本件は、起訴猶予処分となり、公訴提起されることもありませんでした。

 こうした事情を考えると、懲戒免職にすることは、やや過剰な反応であったようにも思われます。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒免職処分の効力を維持し、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件懲戒条例は、職員が窃盗罪に該当する行為に及んだ場合の標準的な懲戒処分の種類につき、停職又は免職とする旨を規定している・・・、が、窃盗罪が故意犯であり、刑法上10年以下の懲役又は50万円以下の罰金という軽微とはいえない法定刑を定めることを踏まえると、上記定めについて合理性があるといい得る。」

「しかるところ、原告は、小学校教諭の職にあり、児童の人格の形成や道徳心を培うことを目標とする教育に携わる者として、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない(教育基本法1条、2条及び9条参照)から、児童に対して模範を示し、その規範意識の涵養に努めなければならない立場にあったといえ、ましてや、刑法上の犯罪行為に及ぶことはあってはならない立場にあった。」

「しかるに、原告は、窃盗罪に該当する本件非違行為に及んだものであって、その態様は、通っていた布施店の5円メダルの形状が緑橋店の20円メダルの形状に似ていることに目を付け、布施店において5円メダル400枚の貸出しを受け、緑橋店でその一部を20円メダルにすり替え、更に別の日に再度布施店で5円メダルの貸出しを受けた上、約700枚もの5円メダルを持ち出し、八尾店において二日間にわたって20円メダルにすり替えて窃取し、あるいは窃取しようとして持ち出した5円メダルを不正に使用したものであって、このような一連の行為は、複数店舗にまたがり、複数の日にわたって多数のメダルを用いて敢行するもので、一定の計画性があるほか、模倣性もあり、店舗を変えることで発覚を免れようとする意図もうかがえる点で悪質である。」

「また、これら一連の犯行に至る原告の動機をみても、スロットに金を使い込んだ結果、約10万円という多額の損を生じさせたため、単価が4倍の高額なメダルにすり替えた上で、これを使用して遊戯を行い、負けを取戻したいという身勝手な考えに基づくものであって、一連の行為中に自己の行為を省みた様子もうかがわれない。仮に、原告の主張に係る日頃の職務におけるストレスが影響していたとしても、本件非違行為を正当化するものではなく、安易で自己中心的な動機に基づくものというべきであって、本件非違行為に至る経緯に特段酌むべき事情は見当たらない。」

「本件非違行為による被害額は、少なくとも判明している窃盗の被害額でメダル約450枚分、合計約9000円(1枚当たり15円として計算した場合は、6750円)であり、原告が不正に持ち出して遊戯した約1050枚について支払を免れた額は、1枚当たり15円として計算した場合で約1万5750円となる。したがって、被害額は高額ではないものの、軽微なものともいえない。」

「加えて、本件非違行為により、現職の教諭が現行犯逮捕されるに至ったことがマスコミによって報道されたこと・・・により、原告が、本件学校や大阪府の公立学校のみならず、公教育全体への信頼を低下させたという面があるといえ、その影響も無視することはできない。」

「以上によれば、原告は、その職の信用を傷つけ、又は職員全体の不名誉となるような行為をしたものとして地方公務員法33条に違反するとともに、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行にも及んだものといえ、同法29条1項1号及び3号に該当する事由があるというべきである。そして、上記説示に係る行為態様の悪質性、動機の身勝手さ、これによる影響等に鑑みれば、非違行為の違法性の程度は大きく、原告の職責をも踏まえると、信用失墜の程度もまた大きいものといわざるを得ない。」

(中略)

「原告は、本件非違行為後、本件会社に対して、迷惑料を含めて5万円を支払って被害弁償をし、本件会社との間で示談をし、本件会社は刑事処分を望まない旨述べて原告を宥恕している・・・。また、本件非違行為に関して、原告は起訴猶予処分となり、公訴は提起されていない・・・。このような本件非違行為後の事情は、本件免職処分における裁量権の範囲の逸脱又は濫用の有無を判断するに当たり、原告に有利な事情といい得る。」

「しかしながら、本件非違行為の違法性の程度や、本件非違行為が教育行政の信頼に対して及ぼした消極的影響、殊に、原告が児童に対して模範を示し、その規範意識を涵養すべき立場にあったにもかかわらず、これと相容れない行為に及んだことの重みは否定できず、さらに、動機や態様等の点からも厳しくみるほかないことを踏まえると、本件非違行為が私生活上の非行であること、原告が管理職ではないこと、その他原告の主張に係る有利な諸事情を考慮しても、懲戒免職を選択することについてやむを得ないといい得るところである。」

「以上によれば、懲戒権者たる処分行政庁が、本件免職処分にあたり、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したとは認められない。」

「したがって、本件免職処分が違法であるとはいえず、原告の同処分の取消請求は理由がない。」

3.重過ぎるようにも思われるが・・・

 公金の窃取等ではなく飽くまでも私生活了以以内での窃取であるうえ、被害額が少なく、被害弁償がなされ、被害店舗が宥恕まで行い、不起訴処分で終局した事案において、懲戒免職処分まで行ってしまうのは、直観的に行き過ぎではないかと思われます。

 しかし、裁判所は、懲戒免職処分の効力を維持し、原告の請求を棄却しました。

 刑事責任として比較的軽微に事案であったとしても、罪を犯した公務員の方に、厳しい行政処分(懲戒免職等)が行われることは、決して珍しくはありません。刑事処分として軽かったのだから、行政処分でも軽いはずだという推論は明白な誤りです。刑事処分として軽微であったとしても、目的が異なるため、懲戒免職等の重大な処分が行われる可能性は十分にあります。

 本件のように一旦処分が行われてしまうと争うのは困難であるため、心当たりのある方は、刑事事件として軽微な事案であるからといって胡坐をかくことなく、本腰を入れて職場への対応を行う必要があります。そのため、非違行為で勤務先から調査の対象になったら、その時点から、一度、弁護士に対応を相談しておくことをお勧めします。