弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

残業代請求訴訟を提起したことに対する報復は許されない

1.残業代を請求する訴訟を提起したことへの報復

 公刊物に、残業代を請求する訴訟を提起したことへの報復として雇止め・再雇用拒否などを行ったことが、不法行為に該当すると判示された例が掲載されていました(東京高判平31.2.13労働判例1199-25 国際自動車ほか’(再雇用更新拒絶・本訴)事件)。

 裁判所は、こうした報復的な措置を行った会社に対し、慰謝料の支払いを命じました。慰謝料の支払いを命じた点は、一審、二審とも同じですが、原告の立場によって慰謝料には差が付けられています。

2.一審の判断

(1)報復目的の認定

 本件で原告になったのは、12名のタクシー乗務員です。

 裁判所は、雇止め等が残業代請求訴訟を提起したことの報復であることについて、次のとおり認定しました。

「原告A2から原告A10までが雇止めされた動機については、原告らが平成27年7月15日付けで被告会社に対して未払残業代の支払を催告する通知を送付した後、同年12月に入り、原告A1が、被告会社のE課長から別件訴訟の委任状への署名の趣旨を確認され、引き続き、平成28年1月16日に定年後再雇用をしない旨通告されたこと、その後原告組合が申し入れた団体交渉の場において、被告会社の当時の社長であった被告乙山が、会社に裁判を提起するような従業員については、信頼関係が保てないので再雇用や継続雇用をしない旨明言し、東京都労働委員会の調査期日においても、同様の内容を述べたこと、個人原告らが平成28年1月12日に別件訴訟を提起した後、被告会社が個人原告ら宛てに、同訴訟が提起されたとの通知に接した旨の確認書を送付したこと、被告乙山の指示により、同訴訟の原告となった従業員らに対し個別面談が行われ、複数の原告が同訴訟を取り下げたこと、被告会社の一連の行為により、残業代請求を断念した労働者が相当数に及んでいるという経緯に加え、後記の各原告の雇止めについての判断も併せ考慮すると、個人原告らが残業代の支払を請求し、その支払を求めるために別件訴訟を提起したことが、本件雇止め等の主要な動機であることが認められる。

 憲法32条は、

「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」

と規定しています。

 裁判所を含む公的機関が、訴訟提起への報復としての不利益な措置を是認することは、凡そ考えられません。

 そのため「会社に裁判を提起するような従業員については、・・・再雇用や継続雇用をしない」といったことは、例え内心でそう思っていたとしても、口に出されることはあまりありません。

 結果、報復目的であることの認定は難しいことも多いのですが、本件事案の会社社長は団体交渉と労働委員会の調査期日との二度に渡って素直に心境を吐露したため、雇止め等が残業代請求訴訟を提起した報復であることが認定されました。

(2)違法性

 報復的な雇止め等の違法性に関しては、次のとおり判示しています。

「別件訴訟において主張された賃金請求権が事実的、法律的根拠を欠くものであり、同訴訟の原告らが、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くことを認めるに足りる証拠はないことに照らすと、それ自体が違法とはいえない別件訴訟の提起をしたことそのものを主要な動機としてされた被告会社による本件再雇用拒否又は雇止め及びそれと相前後する一連の個人原告らに対する被告会社側からの働きかけは、国民の重要な基本的権利である裁判を受ける権利(憲法32条)に対する違法な侵害行為であるとともに、雇止めが無効であって、なお雇用契約に基づく賃金債権等を有している個人原告らにとっては、故意による債権侵害の違法な行為にも該当しうる行為である。」(※1)

(3)損害

 損害については、次のとおり判示し、会社に対し各原告に慰謝料として10万円を払うように命じました。

個人原告らは、本件雇止め及び本件再雇用拒否並びにその前後の一連の働きかけによって、別件訴訟の遂行に対する圧迫を受け、国民の重要な基本的である裁判を受ける権利を脅かされ、精神的苦痛を受けたものと認められる。ただし、個人原告らについては、実際に別件訴訟の取下げに至ったものではなく、前記残業代請求権の請求やその実現が直接侵害される結果にまで至っていないことなどの本件に顕れた事情を総合考慮すると、その精神的苦痛に対する慰謝料としては、各原告につきそれぞれ10万円と認めるのが相当である。」(※2)

3.二審の判断

(1)違法性

 違法性に関しては、一審の※1の末尾に次の判断を加えました。

「なお、上記説示のとおり、第1審被告会社が第1審原告A2、同A4及び同A9について雇止めとしたことについては、客観的に合理的な理由があったと評価することができたり、更新に対する合理的な理由があったと評価することができたり、更新に対する合理的期待を認めることができないといえたりするものの、上記の第一審被告会社による本件再雇用拒否又は雇止め及びそれと相前後する一連の第1審個人原告らに対する働きかけの態様を考慮すると、上記の点を考慮しても、これらの行為は、上記第1審個人原告らの裁判を受ける権利に対する違法な権利侵害であって、不法行為に該当すると言わざるを得ない。また、第1審原告A1、同A11及び同A12についても上記の評価が妥当するとともに、同人らについては、労働条件はともかく再雇用契約が締結される相当程度の可能性はあったものというべきであり、第一審被告会社の本件再雇用拒否によってこれが侵害されたことについて、上記第1審原告らはその精神的損害の賠償を求めることができるというべきであることは、前記説示のとおりである。」

(2)損害

 損害に関しては、一審の※2の末尾に次の判断を加えました。

「第1審原告A1、同A11及び同A12については、上記イと同様の精神的苦痛を受けるとともに、労働条件はともかく再雇用契約が締結される相当程度の可能性はあったにもかかわらず、第1審被告会社の本件再雇用拒否によってこれが侵害されたことによる精神的損害を受けたものというべきであり、第1審被告らの行為の態様に照らすと、それらの精神的損害に対する慰謝料としてはそれぞれ100万円と認めるのが相当である。

3.慰謝料100万円が認められたA1、A11、A12の立場

 一審と二審とでは、一部原告(A1、A11、A12)の慰謝料額の認定が異なっています。

 これは、A1、A11、A12は定年後再雇用の対象であったところ、被告会社の定年後再雇用制度においては何通りかの勤務形態が用意されていて、再雇用契約の勤務形態や労働条件を特定することができなかったからです。

 そのため、雇用契約の成立を認めることができず、報復的な再雇用拒否がなければ働き続けていられた可能性がそれなりにあったにも関わらず、地位確認請求を棄却せざるを得ないという立場に置かれていました。

 地位確認に伴う賃金請求で救済することができないことに対応し、比較的高額の慰謝料が認定されたのだと思われます。判決文においても、

「上記第1審原告ら3名についても、労働条件はともかく再雇用契約が締結される相当程度の可能性はあったものというべきであり、第1審被告会社の本件再雇用拒否によってこれが侵害されたことについて、上記原告ら3名はその精神的損害の賠償を求めることができるというべきであって、この点は、同人らが請求している慰謝料額の算定において考慮すべきである。」

と「相当程度の可能性」を慰謝料の算定にあたり考慮したことが指摘されています。

 本件で原告らの請求慰謝料額は100万円とされていました。裁判所は請求額以上の慰謝料額を認定することはできないため、認容額が100万円となりましたが、より高い金額を請求していれば、慰謝料額はもっと高額になった可能性もあると思われます。

4.訴訟を提起したことへの報復は許されない

 本件に限らず、訴訟を提起するという話をすると、相手から報復されるかもしれないという懸念を示される方がいます。

 しかし、裁判を受ける権利は、誰にでも等しく保障されている権利です。訴訟提起によって不利益を受けることは、あってはなりません。

 訴訟を提起したことを理由とする報復を、裁判所ほか公的機関が是認することは凡そ在り得ません。むしろ、訴訟提起を妨害する行為に対しては、厳しい姿勢をとるのが一般です。

 報復目的の認定の難しい事案があることは否定できませんが、訴訟提起への報復行為に対しては慰謝料を請求することも可能なので、少なくとも代理人弁護士が選任されている事案において露骨な報復に及んでくることは、それほど多くはないだろうと思います。

 そのため、裁判をするかどうかを考えるにあたり、報復されることを過度に恐れる必要はないと思います。