弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不倫相手の妻に協力するリスク

1.不倫相手の妻に協力するリスク

 ネット上に、

「『離婚調停に協力して』頼んできたのは、不倫相手の妻だった」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_3/c_1001/c_1350/n_10047/

 記事では、

「過去に不倫をしていた女性が、『相手の妻から、離婚調停に協力して欲しいと言われている』と、弁護士ドットコムに質問を寄せました。不倫相手とはすでに別れており、その際、妻に10万円の慰謝料を渡しています。8年前のことでした。」

「その際、肉体関係は認めませんでしたが、実は不貞行為はありました。」

「妻は、複数女性との不貞行為を理由に離婚を要求しているものの、夫は事実を認めないため、書面で証言して欲しいと望んできました。相談者は『当時、家庭内の不仲を聞いていましたが、私も家庭を持ち、いかに甘い判断で相手の発言を鵜呑みにしてしまったか反省しております』として、妻に協力したいと考えています。」

「ただ、自分が慰謝料を支払わなくてはいけないのであれば、証言はできないとも考えています。女性が妻に協力する場合、逆に慰謝料を請求される可能性はあるのでしょうか。」

との設例のもと、慰謝料請求をされるリスクについて論じています。

 これに対し、回答者の弁護士は、

「相談女性が協力する場合には、妻に対して『仮に肉体関係等が発覚したとしても妻から相談女性に対して不貞慰謝料等の要求は一切しない』旨の合意書の作成をお願いし、当該合意書が作成された後で妻に協力するという方法をとればよいと思います。」

「ただし、こうした申し入れ自体、肉体関係の存在を推認させる行為ですので、妻の真意を見極めて信用できると思えた場合にのみ申し入れを行うべきでしょう」

と回答しています。

 しかし、金銭を請求されるリスクの説明として、これでは少し不十分かなと思います。夫の存在が考慮されていないからです。

2.共同不法行為と求償

 不貞行為は、婚姻関係にある方と、相手が婚姻していることを知りながら性交渉を持った方との共同不法行為であると理解されています。

 共同不法行為というのは、

「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加え」

ることをいい、この場合、

「各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う」

ことになります(民法719条1項1文)。

 連帯して責任を負うというのは、請求権者側からみると、損害全額を上回る請求はできないものの、どちらにも損害全額の賠償を請求できるという法律関係をいいます。

 例えば、夫の不貞行為により、妻が200万円の慰謝料を請求する権利を取得したとします。

 この場合、妻は、夫に対しても、夫の不倫相手に対しても、200万円全額の損害の賠償を請求することが可能です。しかし、夫か不倫相手の一方から200万円全額の賠償を受けてしまったら、他方に対して、それ以上の請求をすることはできません。

 これが「各自が連帯してその賠償の責任を負う」という言葉の意味内容です。

 また、自分の負担部分を超えて被害者に損害賠償金を支払った共同不法行為者は、他の共同不法行為者に負担の分担を求めることができます。

 これを求償といいます。

3.不貞行為と求償

 不貞行為の場合にも、求償は問題になります。

 損害賠償の全額を支払った側が、一緒に不貞行為に及んだ相手方に損害の分担を求めることは、実務上、決して珍しいことではありません。

 例えば、東京地判平17.12.21LLI/DB判例秘書登載は、不貞行為を理由として慰謝料等164万0573円を支払った側が、一緒に不貞に及んだ相手方に対して行った求償金請求について、70万円を分担するよう命じています。

4.記事のような相談では、夫からの求償の可能性を意識しなければならないのではないか

 記事の回答は、夫からの求償の可能性についての説明が欠けている点で、問題があるのではないかと思います。

 所掲の合意書によって、妻からの慰謝料請求は行われないかも知れません。

 しかし、共同不法行為者の一方に対する債務免除の効力は他方には及ばないのが原則です。最高裁は、妻(上告人)が夫の不貞行為の相手方(被上告人)に慰謝料を請求した事案で、

上告人は、本件調停において、本件不法行為に基づく損害賠償債務のうち克正の債務のみを免除したにすぎず、被上告人に対する関係では、後日その全額の賠償を請求する意思であったものというべきであり、本件調停による債務の免除は、被上告人に対してその債務を免除する意思を含むものではないから、被上告人に対する関係では何らの効力を有しないものというべきである。

と判示しています(最一小判平6.11.24判例タイムズ867-165)。

 この裁判例では、

「民法七一九条所定の共同不法行為者が負担する損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務であって連帯債務ではないから、その損害賠償債務については連帯債務に関する同法四三七条の規定は適用されないものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(オ)第四三一号同四八年二月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一号九九頁参照)」とも判示されています。

※ 民法437条

「連帯債務者の一人に対してした債務の免除は、その連帯債務者の負担部分についてのみ、他の連帯債務者の利益のためにも、その効力を生ずる。」

 記事に掲げられている合意書は、「不貞慰謝料等の要求は一切しない」というものです。これは字義通りに読めば、単に権利の不行使を約束するものにすぎず、債務免除の意思表示ですらないように思われます。

 こうした文言の合意書を取り付けたとしても、夫からの求償は防げない可能性が高いのではないかと思います。

 つまり、妻に協力して不貞行為の事実を証言した場合、仁義の問題として妻からの慰謝料請求は受けないかもしれませんが、不貞行為の慰謝料を支払わされた夫の側から求償権を行使される可能性が否定できません。

 求償されてお金を払わなければならないとすれば、相談者にとっては、結局誰にお金を払わなければならないのかという問題にすぎません。

 お金が出て行くことを心配する相談者へのアドバイスとして、夫からの求償のリスクに言及しないのは、回答として、やや不十分であるように思われます。

5.他人間の紛争に介入するのは慎重になった方がいい

 紛争への関与には、負担もリスクも生じるのが一般です。自分の身を安全圏に置いたまま、人を懲らしめるのは非常に困難です。

 何か特殊な事情・特別な利害関係でもあるのであればともかく、自分から進んで他人間の紛争に首を突っ込むことはリスクにしかならないことが多いため、あまりお勧めはしません。

 特に、記事にあるような事案への介入は、全く相談者の経済的利益につながらない反面、求償のリスクだけは負うことになるため、私なら合意書云々などということは言わず、丁重に協力要請をお断りすることを勧めるのではないかと思います。