弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務委託先からの「パワハラ」-安全配慮義務違反に基づく責任は追及できない?

1.業務委託先からのパワハラと安全配慮義務

 ネット上に、

「業務委託先からのパワハラ、もう耐えられない…違約金なしで契約は切れるか」

との記事が掲載されています。

https://www.bengo4.com/c_5/n_10050/

 記事は、

「パワハラを理由に、業務委託契約を終了することは可能か。」

「女性は、業務委託契約で週4日、オフィスで仕事をしているが、上司からのパワハラを理由に、退職を検討しているという。」

「相談者によれば、『理不尽に大勢の前で怒鳴られる』『仕事のやり方が気にくわない、あなたにやらせると失敗するからという理由で、業務開始から1カ月で、上司の独断でプロジェクトから外される』などの出来事があった。」

「現在は『その後の仕事から外されていて、仕事がない状態』だという。ほかの社員からも『これはひどいと抗議してくれている』そうだ。」

との設例のもと、

「仮に真の業務委託だったとして、業務委託でも『パワハラ』と主張できるのか。業務委託を途中で終了する場合、違約金は発生するのだろうか。」

という問題を設定しています。

 これに対し、回答者の弁護士の方は、

「検討すべきは、相手に不快な思いをさせているか、人格権を侵害しているといえるか(この場合には上司に、民事上不法行為責任が成立し、慰謝料を請求できる可能性が出てきます)という点です。これに該当すれば、パワハラにあたるということになります。」

「ただ、労働契約ではないので、パワハラ行為を放置した会社に対して安全配慮義務違反に基づく責任を追及することはできません」

との見解を示しています。

 しかし、 この回答は、読み手に誤解を与える可能性があると思います。

2.業務委託先からのパワハラ?

 前提として、業務委託先からの「パワハラ」という表現にはやや違和感があります。

 厚生労働省は職場のパワーハラスメントを

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」

として定義しています。

 ここでは、パワーハラスメントの対象は「同じ職場で働く者」されており、労働契約の存在は明文で予定されているわけではありません。

 しかし、パワハラを厚生「労働」省が所管していることや、今年6月5日に公布された改正労働施策総合推進法30条の2が雇用管理上の措置等について、

「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

と規定していることからも分かるとおり、パワーハラスメントは、雇用関係にある労働者の就業環境を保護することが念頭に置かれた概念です。

https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/198/meisai/m198080198038.htm

https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/198/pdf/s0801980381980.pdf

 雇用契約、労働契約を結んでいるわけではない個人事業主・フリーランスに対するパワハラの内容に関しては、公的な定義があるわけではありません。

 そのため、パワハラにあたる/あたらないといったことは、日常用語としての「パワハラ」という語感に合致するかどうかという以上の意味を持ちません。

 本件のような場合、パワハラに該当するかどうかを議論する必要はありません。議論の基盤となる明確な定義がないのだから、個々人がパワハラと感じるかといった次元での話にしかならず、該当性を論じてもあまり意味がないからです。

 この場合、端的に、

「人格権を侵害するものであれば、不法行為に該当します。」

という回答で足りるのではないかと思われます。

3.労働契約でなければ、パワハラを放置した会社に責任を追及できない?

 「上司」なる人物からの「パワハラ」に対し、会社に責任を追及できないかのような書き方になっている部分(「労働契約ではないので、パワハラ行為を放置した会社に対して安全配慮義務違反に基づく責任を追及することはできません」の部分)も、誤解を招くのではないかと思います。

 先ず、当該「上司」の方に不法行為が成立する場合、民法715条に定められている使用者責任という規定を根拠に会社の責任を追及することが可能です。

※ 民法715条1項本文

「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」

 安全配慮義務があるかどうかに関わらず、民法715条を根拠に会社に責任を追及できる可能性はあります。

 また、安全配慮義務は必ずしも労働契約の存在を前提にしません。

 例えば、鳥取地判平21.10.16労働判例997号79頁鳥取大学附属病院事件は、医師である国立大学の大学院生が自動車を運転してアルバイト先病院に向かう途中、交通事故を起こして死亡したという事案において、
「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別の社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負うところの、相手方の生命、身体、健康等を危険から保護するよう配慮する義務である。そして、亡Bは、被告と在学関係にあり、かつ、現実に被告設置のA大病院において診療行為等に従事していたものであるから、亡Bと被告との間に、安全配慮義務発生の基礎となる法律関係及び特別の社会的接触の関係があったことは明らかであり、被告の安全配慮義務の有無を検討する上で、亡Bが行っていた診療行為等の法的性質を論じる必要はない。本件においては、亡Bが従事していた業務(ここでは、その法的性質を問わず、人が継続的、反復的に従事する行為をいう語として用い、また、被告の指揮監督又は指導の及ぶ業務であったか否かも問わないで用いる。)の内容、業務に従事した時間、被告の亡Bに対する指揮監督又は指導の実態等を検討し、具体的な安全配慮義務の内容を確定することが重要である。

と安全配慮義務の存在、内容を導くにあたり、法的性質を論じる必要はないと判示しています。

 安全配慮義務が認められるか、認められるとしてその内容をどのように理解するのかは、社会的接触関係の実態によって判断されるのであり、労働契約なのか業務委託契約なのかといった法形式から判断されるわけではありません。

 業務委託契約であったとしても、社会的接触関係の実態によっては安全配慮義務が認められることは十分あり得るのであり、

「労働契約ではないので、パワハラ行為を放置した会社に対して安全配慮義務違反に基づく責任を追及することはできません」

という記述は正確さを欠いているのではないかと思います。

4.会社の相談窓口を検討できる可能性も検討されてよいのではないか

 会社の法令順守体制によっては、相談者の方は会社に法令違反行為(人格権侵害)への対応を求めることも考えられます。

 最一小判平30.2.15労働判例1181-5イビデン事件という判例があります。本件は、子会社の契約社員として働いていた女性が、同じ事業所で働いていた他の子会社の従業員男性から繰り返し交際を要求されたことなどを受けて、親会社に対し、法令遵守体制に基づいて相応の措置を講ずるなどの信義則上の義務に違反したと主張して、債務不履行又は不法行為に基づいて損害賠償を求めたという事件です。

 最高裁は、

「上告人(親会社 括弧内筆者)は、本件当時、本件法令遵守体制の一環として、本件グループ会社の事業場内で就労する者から法令等の遵守に関する相談を受ける本件相談窓口制度を設け、上記の者に対し、本件相談窓口制度を周知してその利用を促し、現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものである。その趣旨は、本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正の確保等を目的として、本件相談窓口における相談への対応を通じて、本件グループ会社の業務に関して生じる可能性がある法令等に違反する行為(以下「法令等違反行為」という。)を予防し、又は現に生じた法令等違反行為に対処することにあると解される。これらのことに照らすと、本件グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、上告人は、相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ、上記申出の具体的状況いかんによっては、当該申出をした者に対し、当該申出を受け、体制として整備された仕組みの内容、当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。
と、直接雇用関係で結びついているわけではない者からの相談に対しても、一定の場合、会社が相談内容等に応じて適切な対応をすべき義務を負うことを認めています。

 記事の事例においても、会社が法令順守体制の一環として、特に主体を限定することなく、会社で働いている人からの相談に応じるような仕組みを設けている場合、信義則上の措置としてハラスメントへの対応を求めることも、考えられるのではないかと思います。

5.会社に対しては何もできないと絶望することはない

 労働者性の認められない業務委託契約の受託者だからといって、ハラスメントを受けた時に何も言えないということはないと思います。

 先例となる判例に乏しいうえ、研究も十分に蓄積されているとは言いにくい領域であるため、結果を請け合うことはできませんが、安全配慮義務や信義則上の措置の履行を求めて行く理屈自体を構築できないわけではありません。

 労働契約でないから安全配慮義務の履行や責任追及はできないと諦めてしまうのは、やや早計ではないかと思います。