弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

身だしなみチェック(飲食の職場へのスマホ持ち込みチェック)はセクハラの問題か?

1.身だしなみチェックは、セクハラ?

 ネット上に、

「勤務先の身だしなみチェックがひどい 体臭嗅がれ、ズボンの上をコロコロ」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_5/n_9788/

 記事には、

「回転寿司でパートをしている女性は、仕事に入る前に責任者から身だしなみチェックを受けることになっています。その際、スマホを持っていないか確認するため、粘着テープでズボンの上まで入念にコロコロされるそうで『不快です。違法ではないのですか』と聞いています。」

という事例が紹介されています。

 回答をしている弁護士の方は、

「コロコロをされることについては、セクハラに該当する可能性があります。セクハラとは、職場における労働者の意に反する性的言動であって、労働者の対応によって、労働者に不利益を与えたり職場環境を害したりするものです。」

「性的言動の例には、身体への不必要な接触と言った性的な行動も含まれます。スマホの確認のために、あえてコロコロテープを利用して体を触る必要があるとは思えません。さらに、労働者がコロコロを止めて欲しいと何らかの抗議をしながらも、コロコロを続けているのであればそれはセクハラになり得ます」

との見解を出しています。

 私も、所掲の事案には、違法性が認めらる可能性があると思います。ただ、セクハラというよりも、単なる人格権侵害・プライバシー権侵害の問題であるのではないかと思います。

2.コロコロの件は「性的な言動」か?

(1)性的な言動?

 「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)最終改正:平成28年8月2日厚生労働省告示第314号」は、

「職場におけるセクシュアルハラスメントには、職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けるもの(以下「対価型セクシュアルハラスメント」という。)と、当該性的な言動により労働者の就業環境が害されるもの(以下「環境型セクシュアルハラスメント」という。)がある。」

としています。

 そして、
「『性的な言動』とは、性的な内容の発言及び性的な行動を指し、この『性的な内容の発言』には、性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報を意図的に流布すること等が、『性的な行動』には、性的な関係を強要すること、必要なく身体に触ること、わいせつな図画を配布すること等が、それぞれ含まれる。」

と理解されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000133471.html

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000133451.pdf

 回答者の弁護士は、この指針上の表現をもとに、「セクハラになり得ます」と言っているのではないかと思います。

 しかし、

「大規模チェーン店での『不適切動画』騒動が相次いでいる。大手定食チェーン店『大戸屋』では、マスクをかぶった店員がズボンを脱いで露出した下半身をお盆で隠す動画が投稿されて流出。回転ずしチェーン『くら寿司』では、食材の魚の切り身をゴミ箱に捨てた後にまな板に戻して調理しようとする映像が流れ、大手コンビニの『ファミリーマート』では、商品のペットボトルを蓋ごと舐める店員の悪ふざけ動画がSNS上で公開された。」

などの昨今の報道を考えると、飲食の会社がスマートフォンの持ち込みに神経質になるのは理解できないわけではありません。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190320-00000004-pseven-soci

 スマートフォンの持ち込みの阻止に性的な意図はないことは十分考えられます。

 指針上、

「職場におけるセクシュアルハラスメントには、同性に対するものも含まれる」

と理解されています。

 しかし、女性従業員が不適切動画の作成・拡散を阻止する趣旨で、女性従業員のズボンのポケットにコロコロで触れることを想定すると、これがセクハラに該当するといえるのかは、議論になり得ると思います。

 少なくとも、性的な関係の強要と同質の行為・その延長線上の行為というには違和感があるという見解を、排斥できると言い切るには躊躇を覚えます。

(2)単なる人格権侵害・プライバシー権侵害ではないか?

 元々、会社は、従業員の所持品を検査すること自体、できないわけではありません。

 金品の不正隠匿の摘発・防止のために行なわれた所持品検査についての判示ではありますが、最高裁は、

「所持品検査は、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当を方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。そして、このようなものとしての所持品検査が、就業規則その他、明示の根拠に基づいて行なわれるときは、他にそれに代わるべき措置をとりうる余地が絶無でないとしても、従業員は、個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等、特段の事情がないかぎり、検査を受忍すべき義務があり、かく解しても所論憲法の条項に反するものでない」

と述べています(最二小判昭43.8.2労働判例152-34西日本鉄道事件参照)。

 問題は、コロコロで身体に触れることが、方法や程度において妥当かどうかだと思われます。

 バス車掌に対する所持品検査の適否が問題とされた事案で、

被検査者に何らの不審な点もないのにその着衣の上から検査者が手で触わったり、被検査者自身に全てのポケットの中袋を裏返しさせたりするいわゆる確認行為は、被検査者をバス乗務員であるがゆえにチャージするおそれのある者とみて不信感を露骨に表明し、これに多大の屈辱感、悔辱感を与えかねない行為と認めざるを得ない。

と判示し、所持品検査を違法とした裁判例があります(山口地下関支判昭54.10.8労働判例330-99 サンデン交通事件参照)。

 手で触るのか、コロコロで触るのかとうい問題はありますが、あまりに露骨な確認行為は、従業員に屈辱感、侮辱感を与える点で問題だと思われます。

 記事に掲げられている女性も、性的な意味で不快だというよりは、職場から不信感を露骨に表明され、屈辱感、侮辱感を覚えているという点で不快だと言っているのではないかと思います(男性からコロコロで触られているとすれば、いの一番にくるのは、男性に身体検査をされるのはセクハラではないかという相談であるような気がします)。

 サンデン交通事件との関係において、記事の事案でも、何か疑わしい徴表でもあればともかく、そうでもないのに自己申告を超え、身体に接触しての検査を行うことには、違法性が認められる可能性があるのではないかと思います。

3.問題を解決するための方法(法律構成)は一つではない

 セクハラに該当する場合、事業主が用意している「雇用管理上必要な措置」(均等法11条)での救済を求めることが考えられます。

(記事には「今年5月には、いわゆるセクハラやパワハラをふくむ職場のハラスメント対策を定めたハラスメント規制法が成立しました。この法律によって、セクハラ・パワハラに対して声を挙げやすくなり、事業主には相談体制の整備などの防止対策をとることが義務付けられました。」と書かれていますが、セクハラの場合、均等法11条で元から事業主には相談窓口の整備等が義務付けられています。)

 その意味で、セクハラへの該当性を議論することに意味がないとは思いません。

 記事の事件でも、相談を受けた会社が、「性的」要件の問題に拘らず、セクハラの問題として対応し、適切な是正措置をとるのであれば、特段の問題はないかと思います。

 しかし、私は、記事の事案は「性的」要件の問題で、セクハラの問題として採り上げてくれないという事態も十分あり得ると思っています。

 この場合でも、諦めることはありません。

 所持品検査の限界という観点から光を当てることにより、会社の対応は違法だとして是正を求めて行ける可能性は十分にあると思っています。

 会社から

「スマホ検査は、不適切動画の拡散を防ぐための正当な措置である。女性従業員に担当させているし、そこに性的な意味合いはない。よって、セクハラではない。」

などと言われても、それで全てを諦めてしまう人が出ないよう、本稿を執筆しました。