弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

裁判官の懲戒と国家公務員一般職の懲戒

1.ツイッターでのツイートを理由とする裁判官への懲戒処分

 報道等で既に有名になっている事件ではありますが、裁判官がツイッターでのツイートを理由に懲戒処分を受けた事案があります。

https://www.asahi.com/articles/ASLBK5WTVLBKUTIL04W.html

 当該裁判官は、特定の民事裁判について、

 「公園に放置されていた犬を保護し育てていたら、3か月くらい経って、

 もとの買主が名乗り出てきて、『返して下さい』

 え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・

 裁判の結果は・・」

というツイートをしたことを理由に戒告処分を受けました。

 その決定文が判例タイムズという雑誌の3月号に掲載されています(最大決平30.10.17判例タイムズ1456-39)。

2.純然たる私的行為であっても、懲戒の対象になる

 裁判所法49条は、

「裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される。」

と規定しています。

 この「品位を辱める行状」の理解について、裁判所は、

「職務上の行為であると、純然たる私的行為であるとを問わず、およそ裁判官に対する国民の信頼を損ね、又は裁判の公正を疑わせるような言動をいう」

との判断を示しました。

3.国家公務員一般職の懲戒処分の運用(公務外非行)

(1)法律の解釈

 内閣総理大臣や国務大臣などの特殊な職以外の国家公務員は、「一般職」として括られています(国家公務員法2条1~3項参照)。

 国家公務員法は、一般職の国家公務員が懲戒処分を受ける場面として、

一 この法律若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第三項の規定に基づく訓令及び同条第四項の規定に基づく規則を含む。)に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

の三つを挙げています(国家公務員法82条1項)。

 「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」

の理解については、

「必ずしも違法な行為に限定されるものではない。また、収賄等が本号に該当することはいうまでもないが、純粋に私行上の行為であっても、例えば、傷害行為等が全体の奉仕者としてふさわしくない非行として本号に該当することがある。」

とされています(森園幸男ほか編『逐条国家公務員法』〔学陽書房,全訂版,平27〕725-726頁参照)。

(2)実際の運用

 ただ、人事院が定める「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職―68)で懲戒処分の対象として定められている私行は、いずれも基本的には何等かの法律に違反するものになっています。

https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.html

 具体的に言うと、懲戒処分の対象となる「公務外非行」は、放火、殺人、傷害、暴行・けんか、器物損壊、横領、窃盗・強盗、詐欺・恐喝、賭博、麻薬等の所持等、酩酊による粗野な言動等、淫行、痴漢行為、盗撮行為と列挙されています。

 「公務外非行」という括り以外にも、「飲酒運転・交通事故・交通法規違反関係」という懲戒対象行為がありますが、ここで対象とされているのも、飲酒運転や過失運転致傷など何等かの形で法に違反する行為です。

 国家公務員の一般職に関しては、基本的には法に触れない私行が懲戒対象になることはないという発想がとられているのではないかと思われます。

4.裁判官の懲戒対象行為は広い

 これに対し、問題の裁判官の行為は、それが品位を辱めるかはともかくとして、法律に違反しているわけではないかと思います。

 本件は、裁判官の懲戒対象行為が、一般職の国家公務員に比して、より広いということを実証する事案として位置づけられるのではないかと思われます。

 

残業規制はここまでなら働かせても問題ないという基準ではない(医師の残業時間規制)

1.医師の残業時間規制

  ネット上に

「医師の働き方 識者に聞く 岡留健一郎さん 中原のり子さん」

という記事が掲載されていました。

 厚生労働省の検討会で、一部勤務医等の残業時間の上限が1860時間とされたことについて、医師や夫を過労自殺で亡くした方の受け止め方が記載されています。

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/medical_news/article/507998/

2.厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」

 記事が言うところの「検討会」というのは、厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」だと思われます。

 この検討会が今年の3月29日付けで報告書を作成・公表しています。この報告書の中では、地域医療確保暫定水準として、「臨時的な必要がある場合」の1年あたりの延

長することができる時間数の上限を1860時間とすることが記載されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04273.html

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000496522.pdf

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000496523.pdf

3.医師の残業に関する法規制「臨時的な必要がある場合」とは?

 医師の残業に関する法規制は、少し複雑になっています。

(1)一般的な残業時間規制

 労働基準法36条1項は、

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、・・・その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。」

と規定しています。

 通称サブロク協定と呼ばれる協定で、これを結べば使用者は労働者に対して時間外労働や休日労働を命じることができるようになります。

 この協定には、

「対象期間における一日、一箇月及び一年のそれぞれの期間について労働時間を延長して労働させることができる時間又は労働させることができる休日の日数」

を定めることとされています(労働基準法36条2項4号)。

 この「労働時間を延長して労働させることができる時間」は「限度時間」を超えない時間に限るとされています(労働基準法36条3項)

 そして「限度時間」は労働基準法36条4項によって、

「一箇月について四十五時間及び一年について三百六十時間」

とされています。

 これが一般労働者に対して適用される標準的な残業時間規制の在り方になっています。

(2)医師の場合の特則

 医師の場合、これに変更が加えられています。

 労働基準法141条という条文があり、協定で定めるのは、

対象期間における労働時間を延長して労働させることができる時間又は労働させることができる休日の日数」

とされ、超過してはならないのは、

「限度時間並びに労働者の健康及び福祉を勘案して厚生労働省令で定める時間

とされています(労働基準法141条1項)。

 労働基準法141条1項の「労働者の健康及び福祉を勘案して厚生労働省令で定める時間」(医師限度時間)は一般労働者と同じ働き方を目指すという視点に立って、労働基準法36条4項と同じくつき45時間・年360時間とされています(報告書10頁)。

 ただ、医師に関しては、通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に医師限度時間を超えて労働させる必要がある場合(臨時的な必要がある場合)に備え、医師限度時間を超えた時間数を協定することができるとされています(労働基準法141条2項)。

 この「臨時的な必要がある場合」について、標準的な水準とされているのが、月原則100時間未満、年960時間になります(報告書10頁)。

 しかし、地域によっては、この水準を達成することが困難ではないかということで、報告書の中では「臨時的な必要がある場合」に特例を設ける必要性が説かれています。

 この特例となる水準が地域医療暫定特例水準であり、月原則100時間未満、年1860時間とすることが書かれています(報告書12頁)。

 報道されているのは、この「臨時的な必要がある場合」の延長限度時間に関するものです。

(3)医師の場合の特則の適用時期

 もっとも、上述の残業規制は、平成36年(2024年)3月31日から開始されるルールです。

 これは、労働基準法141条4項が、医師について、2024年3月31日まで、労働基準法36条3項・4項の限度時間に関するルールなどの適用を除外しているからです。

 したがって、現時点での医師は年1860時間云々のルールにさえ守られていない状態にあります。

4.1860時間働かせても何の問題もない?

 では、2024年から新ルールが始まったとして、臨時的な必要がある場合、使用者である病院は何の縛りもなく年間1860時間の残業を命じることができるのでしょうか。

 私は、そのようなことはないと考えています。

 以下にその根拠を示します。

(1)報告書も1か月あたりの時間外労働を原則100時間未満としていること

 報告書も1か月あたりの時間外労働を原則100時間未満としています(報告書12頁)。1860時間を12で割って1月あたり155時間まで問題ない、といった単純な規制をするわけではありません。

 新聞記事のネット版では、過労死遺族の方から、

「年1860時間は月換算すると155時間。脳や心臓疾患による労災認定基準となる『過労死ライン』(2~6カ月平均80時間)の2倍近い。過労死を前提とした働き方改革は、改革ではなく、野放しとしか言いようがない」

との懸念が示されています。

 しかし、年1860時間という時間数になったとしても、月原則100時間未満という縛りがあることから、法の枠内で1860時間も働かせるということは、現実には難しくなってくるのではないかと推測しています。

(2)労災の認定基準や安全配慮義務の水準を動かすものではないと考えられること

 報告書は、

「過労死等の労災認定においては、事案ごとに脳・心臓疾患の労災認定基準及び精神
障害の労災認定基準に沿って、個別に判断される。過労死等の労災請求がなされた
場合には、労働基準監督署が独自に調査を行い、実際に働いた時間等を把握し、適
正に労災認定を行うこととしており、この取扱いは適用される時間外労働の上限時
間数の違いによって変わるものではない。

と明言しています(報告書12頁)。

 安全配慮義務違反が認められるか否かを判断するにあたり、労災の認定基準は大きな考慮要素とされています。

 労災の認定基準が動かないということは、安全配慮義務の水準が緩和されることもないと考えてよいだろうと思います。

 現状、月155時間、年1860時間も働いていなくても、安全配慮義務違反が問われた裁判例は一定数存在します。

 例えば、大阪高裁平20.3.27労働判例972-63大阪府立病院(医師・急性心不全死)事件は、急性心不全で死亡した麻酔科医の相続人が提起した損害賠償請求事件において、

死亡前1か月間の時間外労働時間は107時間15分

死亡前3か月間の平均の時間外労働時間は1か月あたり103時間15分

死亡前6か月間の平均の時間外労働時間は1か月あたり116時間7分30秒

という水準で、業務と死亡との間の因果関係も、安全配慮義務違反も認めています。

 また、大阪地裁平19.5.28労働判例942-25積善会(十全総合病院)事件は、鬱病を発症して自殺した医師の相続人が提起した損害賠償請求事件において、

死亡1か月前の時間外労働時間は105時間32分

死亡2か月前の時間外労働時間は121時間45分

死亡3か月前の時間外労働時間は123時間04分

死亡4か月前の時間外労働時間は104時間45分

死亡5か月前の時間外労働位j間は37時間55分

死亡6か月前の時間外労働時間は84時間06分

(ただし、上記の労働時間よりも実働時間が短かった可能性がある旨の注記あり)

という水準でも、業務と自殺との因果関係、安全配慮義務違反を認めています。

 業務と自殺との間の因果関係は、労働時間の長短だけで決まるほど単純ではなく、いずれの裁判例においても、時間外労働時間以外の観点を含む多角的な検討によって結論が導き出されています。

 しかし、労働時間が重要な要素であることに変わりはなく、安全配慮義務違反が問題になる可能性のある労働時間は、報告書に書かれている年間上限(1860時間)や、その単純な月割り(155時間)よりも低いです。

 まともな病院、法務が一定の機能を果たしている病院であれば、安全配慮義務違反を問われかねないような働き方にならないよう注意しているはずです。残業時間規制は裁判所の判断を厳しくする方向に作用することはあっても、安全配慮義務が認められにくくなる方向に作用することはないだろうと思われます。そのような使い方をすることは、残業を抑制しようという法の趣旨に反するからです。

 安全配慮義務は残業を制限する法理として機能してきましたし、今後も機能して行くはずです。

5.1860時間以内だからダメだと諦めないこと

 医師の方はかなり過重な労働を強いられていることが珍しくありません。

 今回、1860時間という数字が先行して報道されているように見受けられますが、厚生労働省にしても裁判所にしても「1860時間まではOK」と言っているわけではありません。

 無茶な働き方で体や心が壊れそうになった時、守ってくれる法律は必ずあります。

 1860時間以内だから病気になっても自己責任なんだと諦めないことが大切です。

 

紀要論文にウィキペディアを流用するリスク

1.論文不正に対する研究・教育制限措置

 論文不正に対して教授会がとった研究・教育制限措置等の適法性が問題になった事案の高裁判決が公刊物に掲載されました。東京高判平30.4.25労働判例1196-56 学校法人明治大学(准教授・制限措置等)事件です。

 この事案では、大学の准教授が紀要で発表した論文の内容の一部が、ウィキペディアの記載に酷似していることが問題になりました。

 該当の准教授がウィキペディアの記載を使用したことを否定できないなどと回答したことから、教授会は、

① 学部における組織的な研究活動への参加の制限、

② 学部教員としての対外的活動の制限、

③ 学部教授会での議決権の停止、

④ 2012年度の授業担当の停止

の措置などを決めました。

 本件では、こうした教授会の措置が厳しすぎるのではないかが争われました。

2.紀要論文は誰も読まない?

 紀要論文は、辞書的には、

「大学や研究所などで出す、研究論文や調査報告書などを載せた定期刊行物」

などと定義されています。

https://kotobank.jp/word/%E7%B4%80%E8%A6%81-477644

 ただ、法学の分野に関していうと、少なくとも実務家が普段の業務の中で参照・引用する類の文献ではないと思います。10年以上に渡り相当数の訴訟事件を経験してきましたが、裁判所に提出する書面を作成するにあたり紀要論文を引用したことは一度もありませんし、紀要論文の引用された書面を事件の相手方から受け取ったことも一度もありません。

 分野違いであるうえ、平成13年3月発行の多少古い論考になりますが、独立行政法人国立青少年養育振興機構のHPに掲載されえいる誌上シンポジウムでも、

「教育界では次のようなことがささやかれている。『研究紀要を読む人はたったの二人である。研究主任と書いた本人だけである』共同で研究を進めた同人にさえ読まれない研究紀要とはどんなものであろうか。」

との言及がなされています。

https://www.niye.go.jp/kenkyu_houkoku/contents/detail/i/1/

https://www.niye.go.jp/kanri/upload/editor/1/File/kiyo101.pdf

 誰も読まないは言い過ぎだとは思いますが、読む人が相当限定されているのは、おそらくどの分野も似たり寄ったりではないかと思います。

3.ウィキペディアの引用くらい大きな問題ではない?

 学校法人明治大学(准教授・制限措置等)事件でも、処分を受けた准教授側から紀要なのだからウィキペディアの記載を流用したところで大した問題ではないという主張がなされました。

 学者がそこまで思い切ったことを言うかとも思われますが、判決文に、

「控訴人(問題の准教授 括弧内筆者)は、①本件論文は、本件紀要に掲載されているものの、学術上の論文ではなく、『自由な書き物としてのエッセイ』のようなものであり、ウィキペディアの記載を流用しても大きな問題ではない・・・から、控訴人が学生にとって有害とはいえず、本件措置1は不当である・・・などと主張する」

と准教授の主張が要約されているため、本当にそこまで言ったのだと思います。

 しかし、裁判所は、

たとえ本件論文が学術論文の名に値しないものであったとしても、控訴人が本件論文を論文として発表する目的で、本件学部の教授らの論文と併せて論文集(紀要)に掲載させった以上、それは学術研究の成果物として、明大の内外に示されたものといわなければならないのであり、控訴人がこれにウィキペディアの記載を流用したことは、被控訴人の研究機関としての大学の名誉や信用を甚だしく害したものというべきであるし、このような人物を学生の指導に当たらせることは、学生にとって有害であり、学生の大学に対する不信を招来しかねず、被控訴人の不名誉が一層深刻なものになると懸念される。」

と准教授の主張を排斥し、大学側の措置に合理性があること(大学側の措置が適法であること)を認めました。

4.論文の不正行為に裁判所は厳しい

 論文の不正行為に対して、裁判所は厳格な姿勢をとっています。

 本件は、紀要論文のようなものであったとしても、また、他の研究者の論文の盗用といった大それたことをしたわけではないとしても、あまりいい加減なことをすると、重い処分を受けかねないことを示す事例だと思われます。

 

経営者(取締役)が長時間労働を放置することの危険性

1.長時間労働を放置して会社と一緒に経営者(代表取締役)が訴えられた

 長時間労働が原因で脳梗塞を発症し、後遺障害(高次脳機能障害、右上肢及び右下肢の麻痺)が残ったとして、従業員が会社を訴えた事案が公刊物に掲載されていました(福岡地判平30.11.30労働判例1196-5 フルカワほか事件)。

 この事案では、会社だけではなく、安全配慮義務を順守する体制を整備すべき義務を怠ったとして、当該会社の代表取締役も一緒に訴えられました。

 裁判所は原告の訴えを認め、会社及び代表取締役に対し、連帯して9000万円以上の損害賠償を支払うように命じました。

2.脳梗塞と仕事との因果関係が認められたポイント(長時間労働)

 裁判所が脳梗塞等と仕事との因果関係を認めたポイントは、時間外労働の多さにあります。

 脳梗塞の発症前6か月間における原告の時間外労働時間数は、

発症前1か月目 150時間15分

発症前2か月目 175時間30分

発症前3か月目 188時間15分

発症前4か月目 171時間00分

発症前5か月目 179時間15分

発症前6か月目 184時間45分

とされています。

 厚生労働省労働省の「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準(基発第1063号 平成13年12月12日 改正基発0507第3号 平成22年5月7日)によると、脳梗塞の発症との関係では、

「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月
間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認め
られる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる」

とされています。

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11a.pdf

 労働者に対して長期間に渡り強い負荷がかけられていたことが分かります。

3.取締役も個人責任を負う

 裁判所は、

「労使関係は企業経営について不可欠なものであり、株式会社の従業員に対する安全配慮義務は、労働基準法、労働安全衛生法及び労働契約法の各法令からも導かれるものであることからすると、株式会社の取締役は、会社に対する善管注意義務として、会社が安全配慮義務を遵守する体制を整備すべき義務を負うものと解するのが相当である。」

「被告乙山(代表取締役 括弧内筆者)は原告の勤務状況について、認識していたか、少なくとも極めて容易に認識し得たものというべきである。しかるに・・・被告乙山は、少なくとも原告の本件疾病発症前6か月間、被告会社の取締役として、従業員の過重労働等を防止するための適切な労務管理ができる体制を何ら整備していなかったといえる。」

と判示し、代表取締役の従業員に対する個人責任を認めました。

 本件では後遺障害が重篤であったこともあり、会社と連帯しているとはいえ、最終的に賠償を命じられた額は9000万円以上になりました。

4.長時間労働の放置に伴うリスクは残業代請求だけではない

 長時間労働は精神疾患や脳・血管疾患などの原因にもなり得ます。

 労災では全ての損害が填補されるわけではありません。労災で一定の限度で損害の填補が図られる事案であったとしても、填補されていない部分の損害に関しては別途民事訴訟で請求される可能性があります。

 長時間労働を放置することに伴うリスクは、残業代との関係だけではありません。残業代の問題をきちんとしていたとしても、脳・血管疾患などで従業員が倒れてしまった場合、莫大な損害賠償の負担を負いかねません。

 しかも、被害が重篤である場合、個人責任まで追及される危険があります。

 労務管理はリーガル・リスクをコントロールするうえで極めて重要です。経営者の方にとっては、気軽に相談できる弁護士を確保して、普段から適切な労務管理を心がけておくことが大切です。

 

「ギリギリセーフ」ではない送り付け商法

1.Amazonを利用した送り付け商法

 ネット上に、

「Amazonからいきなり商品が来た...送りつけ商法の新型手口」

との記事が掲載されていました。

 記事は、

「ギリギリセーフを狙い撃つ新型・送りつけ商法の手口」

との表題のもと、下記のとおり被害実例を紹介しています。

(以下引用)

 佐川急便を装ってショートメールを送り、詐欺サイトに誘導する手口が猛威をふるっているが、本当に品物が送られてくる悪徳商法も存在する。Amazonやヤマトの代引きサービスを利用して一方的に商品を買わせる「送りつけ商法」だ。望まぬ商品を買わされた主婦の守田倫子さんが振り返る。

 「5500円の代引きが来たので、旦那が頼んだのかなと思って支払ったんです。後で聞いたら、身に覚えがないという。中身はビニールでできたヴィトンの財布でした」

 もちろん、コピー品だ。ジッパーが閉まりにくく、素材のビニールも安物。それでも守田さんは返品をしなかった。

 「それくらいの金額ならクレームを入れたり被害届を出すほうがめんどくさい。韓国のコピー屋さんで買ったら同じくらいの値段みたいだし、損はしてないかなって。実際、使ってますしね(笑)」

(引用ここまで)

2.セーフではなく、普通に詐欺罪が成立する可能性が高い

 「ギリギリセーフ」という言葉が何を意味しているのか(適法性のことなのか、摘発リスクのことなのか)は判然としません。

 しかし、適法か違法かと言われれば、このような手口は違法である可能性が高いと思います。

 より具体的に言えば、詐欺罪(刑法246条1項)が成立する可能性が高いです。

3.対価が提供されていたところで詐欺罪の成立は妨げられない

 昭和33年、普通の電気アンマ機を「ドル、バイブレーター」と称し、

「自分は毎週二回県立朝倉病院にこの機械で治療に行つている。この機械は久留米医大と県立朝倉病院にあるだけで普通の店では売つていない入手し難いものである。この機械を小児麻痺にかければ四十日位もすれば手足が自由に動くようになる。今日は一台だけあるから希望があれば特別で売つてもよい」

などと適当な嘘を言って、色々な人に売りつけていた詐欺師がいました。

 この事案で最高裁は、

「たとえ相当価格の商品を提供したとしても、事実を告知するときは相手方が金員を交付しないような場合において、ことさら商品の効能などにつき真実に反する誇大な事実を告知して相手方を誤信させ、金員の交付を受けた場合は、詐欺罪が成立する。」

と判示しました(最二小判昭34.9.28刑集13-11-2993)。

 最高裁の判旨は、

「真実を告知すれば相手方が財物を交付しないとみられる場合につき、財物の価値に相当する対価を提供しても詐欺罪が成立する」

との法理を示したものとして理解されています(前田雅英ほか編『条解 刑法』弘文堂,第2版,平19〕725頁参照)。

4.セーフではないので、被害に遭ったら警察へ

 記事の事案においても、

「旦那が頼んだわけではない」ということが告知されていたなら、お金を渡していなかったという関係がある場合、

又は、

パクリ商品ということが告知されていたなら、お金を渡していなかったという関係がある場合、

には、詐欺罪が成立する可能性が高いと思います。

 この種の法の抜け穴的な記事(私の感覚的にはセーフではなく、完全にアウトであって、全然抜け穴にはなっていないのですが)が出ると、「ギリギリセーフ」なんだという独自の理解のもと、真似をする輩が時折見受けられます。

 お金相応の物が手元に残ったとしても、真実(注文していない事実・パクリ商品である事実)を告知されていたらお金を渡していなかったという関係がある限り、詐欺罪は成立する可能性が高いと思います。

 被害に遭っても、泣き寝入りをすることなく、きちんと警察に行くことをお勧めします。個々の被害額が小さくても、同種被害の相談がたくさん寄せられれば、警察はきちんと守ってくれます(最高裁の事案でも多数の被害が問題になっています)。 

 また、個人的には、模倣を防ぐという観点から、マスメディアとしては、この種の記事で「ギリギリセーフ」といった適法性に誤解を招きかねない表現を使うことには、慎重になった方が良いのではないかと思います。

 

非正規(有期契約社員)でも退職金を請求できる場合

1.有期契約社員と正社員との労働条件(退職金)格差

 今年の2月20日に、

「『長年勤務の契約社員の退職金格差は違法』 東京メトロ子会社に賠償命令 東京高裁」

との報道がなされました。

https://mainichi.jp/articles/20190220/k00/00m/040/211000c

 これは、東京メトロの子会社(メトロコマース)で働く有期契約社員の方が、正社員との労働条件格差を問題として、差額賃金相当額等の支払いを求めて訴えを起こしたという事案です。

 裁判所は、正社員に退職金制度を設ける一方で、有期契約社員に退職金を一切支給しないのは違法だと判断しました。

 報道に接した時、随分思い切った判断をするなという印象を持ちました。

 最新の(今年4月30日発刊の)労働経済判例速報という雑誌に東京高裁の判決文が掲載されていたので、有期契約社員の方でも退職金相当額を請求できる場合を考えてみたいと思います。

2.退職金制度を設ける/設けないの差を作ること自体、即違法というわけではない

 報道された事件(東京高判平31.2.20労働経済判例速報2373-3 メトロコマース事件)で東京高裁は、

「一般論として、長期雇用を前提とした無期契約労働者に対する福利厚生を手厚くし、有為な人材の確保・定着を図るなどの目的をもって無期契約労働者に対しては退職金制度を設ける一方、本来的には短期雇用を前提とした有期契約労働者に対しては退職金制度を設けないという制度設計をすること自体が、人事政策上一概に不合理であるとすることはできない。」

と判示しています。

 労働契約法20条は、不合理な労働条件の相違を違法とする条文です。

「不合理であるとすることはできない」

という判決文は、東京高裁が、正社員と有期契約社員との間で退職金制度を設ける/設けないの差を作ること自体、直ちに違法であるとまではいえない考えていることを示しているのではないかと思います。

 そのため、ただ単に、

「うちの会社では、正社員に退職金制度があるのに、非正規には退職金制度がない。」

というだけでは、東京高裁の判決を引用して救済を図るのは難しいと思われます。

3.長期間に渡る勤務実体が必要

 それでは、退職金制度から締め出されている有期契約社員の方が、東京高裁の判決を先例として退職金を請求して行くにあたっては、何が必要なのでしょうか。

 本質的な要素は長期間に渡る勤務実体だと思います。

 東京高裁が退職金不支給を違法だとしたロジックの骨子は、

「一般に、退職金の法的性格については、賃金の後払い、功労報償など様々な性格があると解される」

「契約社員Bは、1年ごとに契約が更新される有期契約労働者であるから、賃金の後払いが予定されているということはできない」

しかし、

「有期労働契約は原則として更新され、定年が65歳と定められており、・・・実際にも控訴人B及び控訴人Cは定年まで10年前後の長期間にわたって勤務していた・・・こと」(以下「理由①」といいます)

「契約社員Bと同じく売店業務に従事している契約社員Aは、平成28年4月に触手限定社員に名称変更された際に無期契約労働者となるとともに、退職金制度が設けられたこと」(以下「理由②」といいます)

を考慮すすれば、

「少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金(・・・正社員と同一の基準に基づいて算定した額の少なくとも4分の1はこれに相当すると認められる。)すら一切支給しないことについては不合理と言わざるを得ない。」

というものです。

 退職金の法的性質から結論を導き出していることから、似たような仕事をしている無期雇用に転換した人に退職金制度があることを指摘するにすぎない理由②の部分は本質的なものではなく、理由①の部分が本質的な理由になっているのではないかと考えています。

4.正社員と同じ金額まで請求できるわけではない

 有期契約社員でありながら長期間に渡る勤務実体を有している場合、ご自身に退職金制度の適用がなかったとしても、正社員を対象とする退職金制度を手掛かりに、会社に対して退職金を請求できる可能性があります。

 ただ、その場合でも、東京高裁のロジックによれば、賃金の後払い的な部分は削ぎ落されてしまうため、正社員と同じ金額まで請求できるわけではなさそうです。

 東京高裁も、長年の勤務に対する功労報償的な性格を持つ部分を、「4分の1」と判示し、その割合に沿って原告の損害額を認定しています。

5.退職金が支給されないことに納得の行かない方へ

 東京高裁が功労報償的な性格を持つ部分を4分の1とした理論的根拠は、判決文に書かれていないので良く分かりません。

 おそらく担当裁判官の個人的な公平感覚に依拠しているのではないかと思います。

 担当裁判官の個性によって判断に幅が生じる可能性があるため、功労報償的部分はもっと大きいのではないかという争い方をすることは、できるかも知れません。

 長年に渡って勤務を続けてきたにもかかわらず退職金が支給されないことに納得の行かない方は、一度、弁護士のもとに相談に行っても良いだろうと思います。

 もちろん、私でもご相談をお受けすることは可能です。

セクハラ冤罪事件は後を絶たない?

1.セクハラ冤罪事件は後を絶たない?

 ネット上に、

「『セクハラ冤罪』の実態を弁護士が解説 ターゲットにされやすい男性のタイプは?」

との記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16397474/

 記事によると、

「近年はこうしたセクハラでの“冤罪”事件が後を絶たない現実がある」

とのことです。

 しかし、記事を読むと、本当かな? と思う部分もあります。

2.食事に誘って断られる、それだけでセクハラになるか?

 記事には、

「人間ですから人に恋愛感情を持つことはごく自然なことです。そんな中で男性が女性を食事に誘うこともあるかと思いますが、女性がそれを嫌がればセクハラ被害を受けたと訴えられることも。男女雇用機会均等法では、そうしたことまでがセクハラになるとは定義されていませんが、結果として社内でセクハラだと認められてしまうこともあります」

と書かれています。

 しかし、嫌がっている女性にしつこく食い下がる場合はともかくとして、単純に食事に誘うことが社内でセクハラと認められることがあるのだろうかと思います。

 例えば、厚生労働省のモデル就業規則は、セクハラについて、

(セクシュアルハラスメントの禁止)
第13条  性的言動により、他の労働者に不利益や不快感を与えたり、就業環境を害するようなことをしてはならない

という文例を設けています。

 純粋に食事に誘っただけだとした場合、それが「性的言動」に該当するというのは、少し無理があるのではないかと思います。

 食事に誘ってセクハラだと認定されたという事案があるとすれば、それは性的なことをほのめかしただとか、一度断られているのに何度もしつこく食い下がっているだとか、何らかの付加的な事情があるケースではないかと思います。

 少なくとも、

「食事に行きませんか。」

「いいえ、結構です。」

「そうですか、失礼しました。」

といった程度のやりとりだけで、セクハラとして処分されたという事件を私が見聞きしたことはありません。

 万一、何等かの懲戒処分がされたとしても、上記のやりとりだけでは企業秩序への影響は観念し難いため、その効力を争う余地は十分にあろうかと思います。

3.逆恨みからセクハラ被害を訴えられるパターン

 記事には、

「男性と別れることになって女性が逆恨みし、交際していたときのことを持ち出して、合理的な理由なしにセクハラ被害を訴えるというケースもあります。セクハラ冤罪の相談を受けていると、理解しがたいことを言い出すこともあります。なぜ、女性がそのような訴えを主張するのか、ということまでは正直私にはよく分かりませんが、セクハラはまったくのでっち上げというケースがあるのも事実です」

と書かれています。

 このパターンはなくはないと思います。私自身も相談実例や事件として経験したことがあります。

 しかし、交際していた場合、単に明示的に拒否していないというだけではなく、積極的に仲良くしていたこと・性的接触に同意があったことを窺わせる痕跡(メールやメッセージの送受信履歴など)があることが多く、意に反して性的な接触を行ったわけではないことの立証は、比較的容易なのではないかと思います。

 また、記事には、「なぜ、女性がそのような訴えを主張するのか、ということまでは正直私にはよくわかりませんが」とありますが、これは男性側から女性側の態度が変わったターニングポイントについて丁寧に聴き取りをすれば分かることが多いのではないかと思います。

 「当時は普通に交際していた。しかし、こういう出来事があって、それを機に恨まれるようになった。当該女性が言っているのは交際していたときのことである。」と証拠に基づいて丁寧に説明すれば、懲戒処分を受けるなどの大事になる可能性は少ないのではないかと思います。

4.会社は穏便に済ませたいとの理由で処分を下すか?

 記事には、

「会社の上層部へ『密室で胸を触られた』などの被害の申し立てが出されて、それを受けた担当者が、証拠はないながらも女性の訴えを信じてしまい、男性がいくら『やっていない!』と主張しても聞き入れてもらえなかったそうです」

「このケースでは何故、会社は男性よりも女性の言い分を重視したのだろうか。」

「会社としては、証拠はなくても、『セクハラ加害者の疑惑がある人さえ居なくなれば穏便に済む』という発想で処分を下しているのでしょう。」

との事例が紹介されています。

 この点も「本当かな?」と思います。

 懲戒事由に該当する事実の存在は、基本的には懲戒権を行使する使用者の側に主張・立証責任があるとされています(懲戒解雇の有効要件の中での記述ではありますが、山口幸雄ほか編『労働事件審理ノート』〔判例タイムズ社,改訂版,2007〕15頁「懲戒解雇の有効性を立証する使用者としては、抗弁として、①就業規則の懲戒事由の定め、②懲戒事由に該当する事実の存在、③懲戒解雇をしたことを主張立証すべきである。」参照)。

 証拠がないのに懲戒処分を下すということは非常に危険なことです。

 記事にも言及がありますが、セクハラ加害者の烙印を押された男性は社会的信用が失墜します。

 そのため、でっちあげで懲戒処分をされたとすれば、訴訟提起してでも懲戒処分の効力を争うという発想になっても不思議ではりません。

 余程法務がきちんとしていない会社であればともかく、ある程度法務がきちんと機能している会社において、「セクハラ加害者の疑惑がある人さえ居なくなれば穏便に済む。」との発想で懲戒処分を下すことは、あまりないのではないかと思います。穏便に済まないうえ、裁判に負ける現実的な可能性があるからです。

 所掲のようなケースがあったとすれば、それは穏便に済ませたいという発想というよりも、元々当該男性が職場で嫌われていて、多少荒っぽいけれども、これを口実に排除してしまおうという発想になったからというほうが有り得そうな気がします。

5.細かい話であれば直ちに事実として認定されるのか?

 記事には、

「民事裁判では客観的な証拠を得るのが難しい場合、被害を訴えている女性がかなり詳しい話をして、『こんなに細かい話を作り上げるのは困難だ』と判断されると、事実として認定されてしまいます。」

と書かれています。

 しかし、私の実感では、民事裁判の事実認定はもっと緻密だと思います。

 確かに、小説を書くのと同じで、時間をかければ、細部に渡った作り話を創出することは可能です。

 しかし、作り話は、詳細にすればするほど、客観的な事実と矛盾するだとか、時系列の辻褄が会わないだとか、綻びが生じやすくなります。

 漠然とした話は具体性に欠けるとして信用されませんし、詳細かつ具体的な話は何等かの形で綻びを見つけられることが多いですし、作り話で濡れぎぬを着せるというのは、そう簡単なことではないだろうと思います。

6.録音のような大掛かりなことは必要か?

 記事では、冤罪に巻き込まれることを防ぐための方策として、

「難しいかもしれませんが、女性と2人きりになるときは、相手の同意を得て録音するようにしましょう。」

と録音を勧めています。

 しかし、職場での録音行為については、

「被用者が無断で職場での録音を行っているような状況であれば、他の従業員がそれを嫌忌して自由な発言ができなくなって職場環境が悪化したり、営業上の秘密が漏洩する危険が大きくなったりするのであって、職場での無断録音が実害を有することは明らかである」

とした判例もあります(東京地裁立川支判平30.3.28労働経済判例速報2363-9 甲社事件)。

 上記判例は無断録音の場合を判示したものですが、録音していいかと言われれば話しにくくなる人はいるでしょうし、どんどん増えていくであろう録音データの管理も面倒だと思われます。

 更に言えば、そもそも、圧倒的多数の女性は、性的でない言動をセクハラだといって大事にしたり、セクハラ被害をでっち上げたりしません。録音機を常時携行するなどしていれば、変人だと思われて職場に居辛くなり、別の意味で仕事を辞めたくなってくるだけではないかと思います。

7.心がけることは一つだけでいいのではないか

 個人的には、単純に食事に誘っただけでセクハラとして懲戒処分を受けるだとか、でっちあげでセクハラ犯人に仕立て上げられるだとか、そういうリスクは現実にはそれほど高くはないと思います。過剰反応して怯える必要もないだろうと思います。

 それでも気になるという方のために強いて冤罪対策を言うとすれば、女性と密室に二人きりにならないよう気を付けることくらいかなと思います。