弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

私生活上の非行と解雇の可否:ストーカー行為は懲戒解雇の根拠になるのか?

1.私生活上の非行を理由とする懲戒解雇

 私生活でストーカー行為をした従業員を懲戒解雇することができるのでしょうか? こう問われると、当たり前だと考える一般の方は少なくありません。

 しかし、法的に考察してみると、問題はそれほど簡単ではありません。

 懲戒処分とは、一般に「使用者が労働者の企業秩序違反行為に対して科す制裁罰という性質をもつ不利益措置」と定義されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕548頁参照)。従業員が私生活上で何をしようが、基本的に会社には関係ありません。そのため、私生活上の出来事で懲戒権を発動できるのかが問題になります。

 こうした議論は古くからあり、通説的な見解は、次のとおりとされています。

「労働者の私生活上の行為といえども、その行為の性質や態様が、会社の信用や名誉、社会的地位に悪影響を及ぼす可能性がある場合には、使用者は、就業規則等に基づき、当該行為に対し懲戒処分を行うことができる。ただし、これまでの裁判例では、労働者の私生活上の自由は尊重されるべきものであるから、使用者は、その私生活全般を統制することはできないとされ、労働者の私生活上の行為を懲戒処分の対象とし得るのは、当該行為が、会社の事業活動や社会的評価に相当な悪影響を与えるおそれがあると客観的に評価できる場合のみと解されている。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/06/63.html

 それでは、私生活上のストーカー行為は、会社の事業活動や社会的評価に相当な悪影響を与えるものとして、懲戒解雇事由になるといえるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。甲府地判令3.9.14労働判例ジャーナル118-60 全日本自治体労働組合山梨県本部事件です。

2.全日本自治体労働組合山梨県本部事件

 本件で被告になったのは、山梨県下の自治体労働組合及び関連労働組合をもって組織された労働組合です。

 原告になったのは、有期雇用契約を複数回更新した後、無期転換権を行使したことによって、被告の無期労働者の地位を得た方です。組合の金銭を詐取したことや、不正確・不適切な会計処理、情報の窃取、被告の単位組合の執行委員長であるとともにゴルフ場のキャディーを務めていたCに対するストーカー行為(解雇理由〔5))、Cの娘に対する卑猥な言動(解雇理由〔6〕)等を理由に被告から懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 このうち、解雇理由〔5〕〔6〕に関しては、元々、原告がCと交際し、娘とも親しくしていたことから、純粋な職務上の非違行為とも評価しにくい様相が呈されていました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、いずれの行為も懲戒事由に該当すると判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、Cが明確に交際の解消を告げた平成30年10月29日以降も、Cに対し、『会いたい』、『愛してる』などのラインメッセージを多数回にわたり送るだけでなく、同月31日に『今一緒にいる人は誰なの?』、同年11月3日に『バイト先の常連?』、同月6日に『本命?』、『ご旅行は楽しいですか?』、『マスター?』、『そろそろ中央公園ついた?』、同年12月4日に『今夜あたり、あれなんだろうねきっと』などのラインメッセージを送信し、これらのメッセージの内容はCの行動を監視しているかのように思わせるに足りるものであるというべきであるから、これらの送信は、Cの身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われたと認められ、ストーカー行為等の規制等に関する法律2条3項にいう『ストーカー行為』に当たるというべきである。」

「また、上記認定事実・・・のとおり、原告は、C娘に対し、平成30年12月4日にラインメッセージで『たぶんね今夜あたり、遊びに行って、焼肉食ってムフフしてくるよ』、『明日、多分、Cさんは仕事休みです。今夜は、バイト休みなので、ムフフの日だからです。』と送信し、その後、CからCの家族に連絡をするのも控えるよう言われていたにもかかわらず、C娘に対し、ツイッターのダイレクトメッセージで、平成31年1月29日に『Cさんには、男遊びよりも、Dを優先するようにとお願いしたけど、ダメみたいですね』、同年2月1日に『Cさんは不倫をしてますよ。ラインの画像をなくしてるのは、相手の奥さんから隠すためですよ。』、同月19日に『明日はCさんの誕生日、今日はバイト休みですから、当然、お出かけだと思います。多分、旅行にでも行ってるんでしょう。今頃、ホテルでパコパコしてますよ。Cさんは、アルバイトのお客さんと付き合ってます。不倫です。相手には妻子があります。何カ月か前から付き合っていて、ラブラブなんだって。盛り上がって、『離婚するから子どもも捨てて、一緒になろうね』ってなってるんだよ。もうね、なんだかなーって話よ『子どものため』と言いながら、自分は好き勝手なことをする。夜のバイト自体、『Jのために仕方なく』のではなく、『男遊びをするために』好きでやってるんだよ。仕方ないですね。これから、離婚、慰謝料とモメると思います。相手の家族から恨まれると思います。HちゃんやDも巻き込まれるかもしれません。』と送信しているところ、これらのメッセージの内容は、未成年であるC娘に母親であるCの性的な行為を連想させ、また、Cを侮辱するものであって、C娘に不快感及び嫌悪感を与える社会的相当性を逸脱した悪質な行為というべきである。」

「したがって、被告が主張する解雇理由〔5〕、〔6〕は、原告の私生活上の非違行為に当たる。そして、Cが当時被告の単位組合である全国一般山梨の執行委員長であり、組織拡大専門員たる原告の業務内容が全国一般山梨を含む公共民間労働者の組織化の推進並びに組織後の単位組合運動の支援とされていたことからすれば・・・、原告の上記非違行為は、被告と全国一般山梨の信頼関係にも影響を及ぼし得るような行為であり、被告の社会的評価を低下させる性質のものであるというべきである。

(中略)

「上記・・・のとおり、被告が主張する解雇理由〔1〕ないし〔4〕はいずれも職務上の非違行為に、被告が主張する解雇理由〔5〕、〔6〕は、いずれも私生活上の非違行為で被告の社会的評価を低下させる性質のものにそれぞれ当たり、その程度も相応に重大であるというべきであるから、被告が主張する解雇理由〔7〕の当否について検討するまでもなく、解雇理由〔1〕ないし〔6〕を理由の一部としてされた本件解雇には客観的合理的な理由があると認められる。

「そして、非違行為が複数にわたること、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が主張する解雇理由〔1〕ないし〔6〕について多くが事実と異なるなどと述べていたことが認められ、これらに真摯に向き合っていたとは認め難いこと、原告が本件労働契約において組織拡大専門員として雇用され・・・、被告は組織拡大専門員として将来性があり即戦力となる人物を採用することを想定しており・・・、また、上記認定事実・・・及び弁論の全趣旨によれば、組織拡大専門員は少なくとも被告内部の他の職種への任務配置・兼任は不可とされていたと認められることからすれば、原告に対して被告が解雇を選択したことは、社会通念上相当であったというべきである。」

「そうすると、本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認できるから、有効であるというべきである。

3.職場関係者だと企業秩序の侵害と繋げられる

 上述のとおり、裁判所は、ストーカー行為を私生活上の非行と位置付けながらも、Cが被告の単位組合の執行委員長であったことなどを根拠に、被告の社会的評価を低下させる性質を有してると指摘し、懲戒解雇の正当性をき基礎付ける事情になると判示しました。

 Cが職場とは何の関係もなければ別異の評価がありえたかも知れませんが、勤務先が同じでなくても、勤務先の関連組織の関係者への行為となると、看過できないということなのかもしれません。

 勤務先と関係があろうがなかろうが、ストーカー行為に及ぶことが許されないことは指摘するまでもありませんが、逸脱した言動をとると懲戒解雇という形で仕事を失うことにもなりかねないことには、留意しておく必要があります。